昨日までの常識が、今日からは非常識
1.日常は必ずしも「当たり前」ではない
私は、先月まで勤めていた会社を先月いっぱいで退職して、今月より転職する事に成功した。
前職と違い、会社員ではなく専門職という扱いになるだろう。
前職では人の質に問題がある事が多く、他者をすぐに悪者にする習慣が目立った。
しかし、今回はそういう人たちとは全く種類が異なる。
お互いに協力するのが当たり前の組織に私は転職したのだ。
今までの常識がひっくり返るような雰囲気の組織だった。
2.昨日までの常識が完全に非常識になる
環境が変わると人も変わるという言葉は本当に有名で、それだけ環境に左右される人がそれだけ多いのだと思う。
私も恐らくその中の一人に過ぎなくて、環境で考え方も生き方も変わるのは間違いない。
そう考えると、環境が全てではなくても限りなく人生観をつくる基盤にはなるとは思う。
酷い事が当たり前になると、酷い事が常識になっていく。
一見当り前だと思っていた世界が実は非常識だとわかると、人は軌道修正をする前に、戸惑いが多くなってしまう事が多い。
あらゆる意味で今までが非常識だったと感じた時点で、過去に居た場所が異常であった事を再認識した。
3.そもそも人の考え方がまるで違う
他者に対して変に冷たい人たちの集まりだった過去の組織を考えると、他者に思いやりを持ち、協力的な今の組織との差は大きい。
社会的にハンデを持っていても、明らかに連携して仕事をする方が効率は上がる。
障害者でもここまでやれるぞ、という事を見事にわからせてくれる人たちの集まりであると私は感じている。
最終的に健常者や障碍者との差ってのは得手不得手の差が激しい事ぐらいしかないのではないか?
障害者達の方が苦労が多かった分、他者に優しく思いやりがあると思う。
あらゆる意味で、社会とは居場所で全てが決まる、考え方も人も、環境で変わっていく。
面白い事に、そういう組織の上というのは既婚者の集まりである(笑)
ある一定の自己肯定感が出来てくれば、やる事は決まっているので下手に壁をつくる必要性もない。
こういう人たちの集まりである事から、一度で良いから障害者と共に仕事をしてみてもらいたい気持ちになってくる。
必ず、障害者であっても、こちらが悪かったら謝る、お礼を言う、人として礼儀を尽くす事を忘れなければ相手にもそれは必ず伝わる。
そうすれば、いざという時にお互いを尊重して助け合う事に協力してもらえる。
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