式典前の緊急事態


 さて、ミシェルとフェルがアイスリアに残ると決まってから、数ヶ月。魔神復活から半年が経過した。



 その間、何があったかっていうと、別に何もなかった。魔神復活は、一部の貴族たちはもちろん、騎士団や魔法師団の上層部だけ公表して、その準備に追われていたぐらいだ。一応、緘口令は出していたけど、察してる奴らは忙しそうな上層部を見て、噂が本当だと勘付いているだろうけどな。


 そして、今日。魔神復活を国民に公表する。


 混乱が起きないための準備はした。

 スケジュールとしては、昼の12時に王宮の正門に国民を集めて、正門を見渡せる二階のテラスから国王である父上が演説をする感じだ。拡声器を使うけどな。


 さて、開始まで残り15分。すでに正門にはたくさんの国民がいる。ま、国王が重大発表をするってんだから、みんな気になって聞きにくるわな。

 俺とシーラはもちろん、父上、母上、そして、今回の件で必要不可欠な存在である半神に至ったセス、アイ、シリアス、ミシェル、フェルがテラスに出る予定だった。母上を含めた女子三人はもうそろそろ来る時間だろう。男連中はテラスの手前で待機中だ。


「俺だけ場違いじゃない??」


 シリアスが若干涙目で泣き言を言った。 


「まだ言ってんの?」


「あのなぁ、前世も今世も平民の俺には、国王陛下って雲の上の存在なんだぞ? 前世平民だったキースならわかるだろ??」


 現在、シリアスの周りには、アイスリア王国の国王と、第一王子、第二王子、宰相兼侯爵、宰相の息子、アーノルド王国の第五王子がいる。つまり、平民から見たら雲の上の存在である身分の奴らが顔を揃えていると言うわけだ。まぁ、半分以上は対等な友人なんだけどなぁ?

 まぁ、シリアスにとって俺の父上とは、前世でいう天皇陛下と顔を合わせるのと同じって感じだし、それは確かにわかる。だが、今世は友人の父親だとでも思っておけば良いさ。父上は気のいい親父だしな。


「大丈夫、大丈夫。父上は細かいことは気にしない男だ。」


「それはそうだろうけど、それとこれとは話が別に決まってんだろうがっ!」


 小声だけど大声という器用なことをして叫んでいるシリアスに父上が苦笑した。


「シリアスくん、息子と仲良くしてくれていて嬉しいよ。あまり気にせず、楽にしてくれ。」


「な?」


「キースは少しは気にして!!!」


 他の貴族に会う時は肝が座ってるくせに、なんで父上に会う時だけこうなるんだろうなぁ……不思議なやつ。あ、でも、俺が転生者だと確信を持つ前は緊張してたって言ってたし、不思議でもない、のか? 俺たちのせいで感覚バグっただけって可能性もありそうだ。


「はいはい、悪かったって。」


 謝りながらジャケットの中から懐中時計を取り出して時間を見た。父上の演説開始まで10分を切っている。おかしいな。もうすでにここにいなくてはならない時間だ。女の子たちの支度が遅いのはいいとして、集合時間に遅れてはならないと口を酸っぱく言う母上が、遅れている。体調が悪い時と父上が離してくれない時以外は時間に遅れたことがないあの母上が、だ。シーラたち女の子たちの面倒を見てテンションが上がっていたとしても、ルナや優秀な侍女が諌めないはずがない。明らかにおかしい。


「父上。」


 何か知っているかと思って父上に聞こうとしたら、同じことを思っていたらしく、首を横に振った。


「今朝の体調は悪くなさそうだったし、本人も元気だと言っていた。もちろん、ルナもだ。」


 誰かの体調が急変したとしても、侍女の誰かが教えてくれるはずだ。それすらないのもおかしい。


「なにかがおかしいな。キース。」


「わかってる。」


 一体何が起こっているのかと、心配で索敵魔法を使った。本当に遅れているだけなら良い。だが、王妃と次期王妃たちが関わっている時点で、誘拐なども疑うべきだ。俺たちは魔族たちを相手にしているのが、何も魔族だけが敵なわけではない。悪意を持つ人間だって、敵となりうるのだから。

 瞬く間に王宮の半分まで索敵を広げたタイミングで、ミシェルの反応が引っかかった。しかし、全速力で移動中だった。


「は?」


 移動中ではなく、飛んでいる?いや、これは飛ばされている。走っている時のフォームじゃない。理解した瞬間、ミシェルが壁に激突した。生体反応はあるから死んでない。まず間違いなく、異常が起きている。


「どうかしたか?」


「っ、いきなり何が起こってんだ、おい!」


 その時だった。ドゴンという鈍い音と共に、王宮のどこかが壊れる音がした。その場にいる人間全てが異常に気づくと同時に、テラスより上の階から誰かが飛び出した。淡い水色のドレスを纏った女の子、シーラだった。


「シーラっ?!!」


 訂正内容



 俺はテラスの柵に足をかけて飛び越え、重力魔法で飛びあがりシーラを受け止めた。瞬時にシーラの顔を見れば、苦痛に顔を歪めていた。脇腹に獣の爪で引き裂かれたような切り傷があるので、神聖魔法で癒した。


「シーラ、何があった?」


「キース様、申し訳ありません……不届きもののせいで、ドレスが……」


「いや、ドレスはいいから。」


 多分、本当にショックなんだろう。俺の呼び方が昔に戻っている。それも可愛いけど、今はシーラが傷ついてる理由の方が先だな。

 

「よくありません! 不届きな男が突然私たちの前に現れて、暴れ始めたのです! そして、宣戦布告だとか言って突然ぶん殴られてしまって……不覚ですわ……!!」


 傷が治って少し余裕ができたようで何よりだ。大事にならなくて少しだけホッとした。

 

「旦那様から頂いたドレスを台無しにするなんて、淑女失格です!!」


 まぁ、気持ちはわかるが、状況分析が先かな。不届きものや暴れるという、単語で何者かが襲来してきたと言うことがわかる。さて、突然現れたとなると、魔族がらみの可能性が高いな。半神に進化したばかりとはいえ、ミシェルが吹っ飛ばされたこともあり、あまり油断はできない相手だろう。そのはずなのに、シーラはドレスを守れなかったことを悔しがっているらしい。余裕だな……いや、恐怖を他のことで紛らわせていると言った方が正しいかもな。シーラも十分に強いが、肩が少し震えているところを見るに、相当な強者と考えてよさそうだ。

 もう一度、索敵魔法を広げて一緒にいたであろう母上やミシェルを探そうとした。しかし、


「ふん。今代の女神のお気に入りとやらはこんなものか。肩透かしだな。」


 まるで校内放送をしているかのような男の声が、広場にいる国民たちにも聞こえるほどの大きさで聞こえてきた。そして、俺たちの正面、数メートル先の何もない虚空から2メートルほどの大男が出てきた。しかし、額には2本の黒いトグロを巻いたツノが、背中からは蝙蝠のような羽がある。わかりやすい魔族の特徴だ。しかし、うちに秘めた魔力量はおそらく、ユリンやフランマ以上。あいつらより上の存在は、一体だけ、おそらく魔神だろう。存在しているだけで威圧される感覚は、子供の頃に初めて自分より上の魔物と出会った時以来だろう。何もしていないのだろうが、その存在感が国民たちを見えない何かで圧迫して、怯えさせている。


「何者だ。」 


 魔神で間違い無いだろうが、できれば違うと答えて欲しい。しかし……


「我が名は魔神アクゼスター。」 


 俺の現実逃避は叶わなかった。クソッタレと悪態をつきたくなるのをギリギリ耐えた。

 

「まだ全快してない体で、一体何しにきた?」


「ふむ。教えてやろう。宣戦布告だ。」


「宣戦布告?」 


 国民にとっては予期せぬ強者の襲来に宣戦布告。その正体が魔神だとしって、国民たちに動揺が走った。いますぐに混乱しても不思議じゃない。

 しかし、弱体化しているとはいえ魔神のはずだが、少し気になる。腐ってもエルフ神の力を押し除けた魔神のはずなのに、思っていた以上に弱い。それはなぜだ? エルフ神の言っていた弱体化は、半神以下にまで落としていたのか? いや、そんなことはないはずだ。


「貴様が、エクレールの計画を悉く潰したとかいう小童だろう?」


 疑問系だが、確信があるようだ。俺を見定めるように頭からつま先までを見て、嘲笑した。


「しかし、人間に毛が生えた程度の存在感、創造神も落魄れたものよ。これでは先代の方がマシだろうて。何が、先代を超えている、だ。笑わせてくれたものよ。」


 ムカつく言い方だな。


「なんの話だ。」


「貴様は先代の半神、青銀の姫神の血筋だろう? その忌々しい顔、忘れはせぬ。」


 先代の半神? 確かにアイスリア王族の先祖は尊い方の血を引いている、なんてことは聞いたことがある。とはいえ、その尊き血筋なんてものはどんなものか知らないし、伝わっていない。そんな不確かな情報だけで威張るのは愚者のすることと教わっているから、今まで忘れていた。なるほど、尊き血筋とは、先代の半神なのか。女神が俺を気に入っているのも、先代半神の血筋だからもありそうだな。まぁ、今はそんなことはどうでもいい。本当に半神以下まで落ちたのか、それとも分身か何かの類か。どちらにせよ何しにきたのかがわからないと動きにくい。


「で?だからなんだよ。」


「おっとこれは失礼。あまりにも脆弱に見える半神にしてやられるなど、情けないと思っていただけだ。」


「言ってくれんじゃん。」  


「まぁ、落ち着け人間。我を殺したければ受けて立つぞ?」


 そういうと魔神がニヤッと悪い笑みを浮かべて、徐に両手を広げた。何かをするのかと警戒心が高まり、何をされてもいいように結界魔法の用意をした。


「アイスリア王国全国民に告げる!我が名は魔神アクゼスター!」


 その俺の警戒を嘲笑うかのように、魔神は大きな声を出した。ついでに、実際の声と重なるように頭の中に声を流し込まれた。おそらく、一方的な念話魔法を使って、国全体に流してるんだろう。うるさすぎて思わず顔を歪めた。同じようにシーラも頭を抑えている。俺らの様子を見た魔神が嬉しそうに口角を上げるのもムカつく。


「この世界を創造神イーストリアラから奪い、支配する神の名である! 創造神イーストリアラの愛し子たちよ、古の聖戦の続きをしようではないか! 」


 くっそ、やりやがったなクソ魔神がっ! 国全体で魔神復活が囁かれてる時に、未知の魔法を使う存在が魔神だと名乗った。この時点で魔神復活は民たちの中で確定した。


「すでにアーバン帝国は我ら魔族の支配領域、次はこの国だ! 阻止したければ、我を殺せ! その悉くを返り討ちにしてくれよう!」


 魔神の高笑いが響き渡った。宣戦布告が、王都だけならまだ混乱は抑えられた。しかし、国全体となるとこの国だけではなく、周辺諸国にも情報が渡る。敵対国が知れば調子に乗って混乱に乗じて攻めてくるだろう。


「はぁ……仕方ないか……」


 俺は抱えていたシーラを結界魔法で作った足場におろした。不思議そうな顔をしているシーラを背中に隠して、俺は集中した。魔神の魔力を探知するために。


「『国を取るつもりなら、まずはこの王都を落としてからしろよ、クソ魔神が。』」


 

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