式典前の緊急事態 二




 頭の中に自分の声が響いて、自分で発した声と重なり気持ち悪いが、仕方ない。我慢しよう。


「っ?! 貴様、どうやって我の魔法に割り込んだ?!」


 魔神の念話魔法を探知し、法則操作のスキルで乗っ取っただけ。魔法をハイジャックしただけだ。教えてやらないけど。俺は国民全てを捕捉して念話魔法なんてしたことがない。する意味がないってのも大前提としてあったけど、したら色々疲れるし下手したら脳がオーバーヒートする。地震の時に王都の人間の位置を捕捉して……なんてやらかしの方がもっとやばかったけど、あれは範囲が狭かったからな。国全域なんてやってられるか。どんだけ広いと思ってんだ。あと、プライバシーの侵害だからな。だけど、今回は緊急事態だ。

 それに、発動に必要な条件は魔神がクリア済み。俺はそれを乗っ取るだけだから、簡単にできるさ。難点は、魔神が魔法を止めるか俺がハイジャックをやめないと魔力がゴリゴリ削られてることだ。まぁ再ハイジャックも対策されてできるかわからないし、魔力もそこまでやばいレベルまで消費はしてないから、良いけどさ。勝った気になって高笑いしてるのも腹立ったから、驚愕の顔になった魔神はいい気味だな。いい酒の肴になりそうだ。

 

「なぁ、魔神さんよぉ。この国を落としたい理由は、国が保有する大量の魔石だろう? その弱体化した体を元に戻すために体に取り込むつもりなんだろうけど、させねぇよ?」


 邪魔な前髪をかき上げて後ろに撫で付け、挑発的な笑みを魔神に向けてやった。うん、視界良好だな。


「はっ、強がりだな。下等種族がどんな進化をしようと所詮は下等種族。貴様が我らに勝つなど笑わせる。」


「下等下等うるせぇよ。その下等生物に昔足元救われたくせに。」


「なんだと?」


 魔神の眉がピクッと反応したのを見逃さない。安い挑発に乗るやつは好きだ。扱いやすくていい。


「ついさっきお前が言ったんだろ? 青銀の姫神という先代の半神にやられたってな。俺が、その先代の血筋だと。」


「だからなんだ。貴様が我を殺せると本気で、」


 思ってるのかっていいたいんだろう? あぁ、その通りだ。だから、思いっきり肯定してやろう。


「俺は創造神、エルフ神をはじめとした様々な種族神たちから加護を受けている。もちろん、精霊神・・・からもな。精霊神の専売特許である魔法は、魔神なら知ってるだろう??」


「まさか、」


 漫画でよくある、精霊と契約するとその精霊の得意な属性が強化されるとかあるじゃん? この世界の精霊も同じで、気に入った人や種族が精霊の得意な属性魔法を使う時には補佐し強化してくれる。

 そして、精霊神兼精霊王イグニスは全ての精霊の頂点であり統べる存在。全ての属性が得意であり、対象を強化、弱体化することができる。そして、イグニスの得意な魔法は弱体化魔法だ。敵と戦う時は必ず使うと言っていた。つまり、敵対していた魔神にだって違ったことがあるはずだ。その証拠に魔神が苦虫を噛み潰した顔をしている。


「精霊神如きの魔法を見抜けなかったというのか?この我が……?」 

 

 弱体化魔法を敵以外に施す必要性も意味も、魔族お前らには理解できないだろうな。


「さーて、いくら弱体化している本体の分身とはいえ魔神は魔神。半神の本気を、少し見せてやるよ。」


 自分に施した弱体魔法ディテリオレイションを解くと、鎖や枷をつけて無理やり押さえられた力が解放された感覚がした。窮屈さがなくなり、体も軽くなった。今なら空も飛べそうだ。重力魔法使って飛んでるから比喩表現にしかならないけど。

 疲労耐性があるとはいえ、溜まってた疲労感が解放されたみたいなスッキリした感覚に肩を回していると、魔神が鼻で笑った。

 

「解放してもその程度とは、肩透かしではないか。」


 こいつやっぱりバカだな。


「ふっ、お前は魔神のくせにアホだな。」


「はぁ?!」 


 鼻で笑い返してやれば、魔神が怒りをあらわにした。本当に扱いやすくて良いね。


「確かに魔法を解除して、無理やり押さえつけた力が解放されてるけどな。あくまで自分で抑えられない分だけだ。」


 結界魔法で作った足場を蹴って一足で魔神の背後に回り、神聖魔法を纏わせた足で回し蹴りをした。魔神の腹部に直撃して、横に魔神が吹っ飛ぶが、すぐに体勢を立て直して空を飛んだ。忌々しげに俺を睨みながら血混じりの唾をペッと吐き出した。魔神は俺から目を離さなかった。にもかかわらず、魔神は俺を見失った。その要因を探してるんだろうが、単純に魔神の動体視力が俺の動きに追いついてないだけだ。でも、まだ本気じゃないなとわかる。


「どういうことだ……」


「俺自身がかなり力を抑えてんの。それでも抑えきれない分を魔法で無理やり押さえつけただけ。何のためにって? そうしないと簡単に人の骨を折れるからだよ。」


 本人にその気がなくとも、人を傷つけることがどれほど他人に恐怖を与えると思う? ちょっとした擦り傷ならまだしも、死ぬレベルの大怪我をだ。普通に怖いし、近寄りたくない。俺だって嫌だね。


「俺さ、半神になってから本気で何かを殴ったことがないから、どれだけ力を出せるのか自分でも未知数なんだよ。」


 半神じゃなきゃ、絶対に近づかないと自分でもわかってるから、家族、仲間、そしてシーラにしか力を見せないことにした。でも、どんどん強くなる力に、自分自身も恐怖を感じたからこそ、普段から力を出さない本気を出したくないと細心の注意を払って生きてきた。その弊害が、まさかここにきて響くとはな。最初っから全力が出せねぇ。まぁでも、これはこれで悪くないな。

 

「力加減がわかんねぇから、俺の力試しのために、出来るだけ粘って死んでくれよ、魔神さま?」


 出来うる限り最大の嫌味を含ませて笑えば、魔神の額に青筋が浮かんだ。挑発するのは楽しいねぇ。

 

「……調子に乗るなよ小童が!」


 そして、怒りに任せた竜巻のような火魔法、ファイヤートルネードを放った。普段、魔法師団で見るようなファイヤートルネードより何倍もの威力があるそれが、俺たちを包み込んで爆発した。だけど、対物理と対魔法両方に特化した結界を張っているため、俺たちは無傷だ。足元から、騎士たちの焦った声が俺を呼んでいる気がした。

 煙が晴れるまで待っていようとはしたが、その前に魔神のあざ笑う声が聞こえた。


「ふん。人間の小童が調子に乗るからだ。」


 なーんか、さっきからむかつくな。あー、わかった。俺、見下されたり舐められるのが一番大嫌いなんだ。いや誰だって嫌いだろうけど、それ以上に捻り潰して苦悶の表情を見なきゃ気がすまなくなる。あーいやだ。自分がこんな悪役みたいこと考えるなんてなぁ…

 まぁでも、それが俺の性質だしな。威嚇程度の土魔法、ロックアローを一発だけ、魔神めがけて放った。とはいえ、普通のロックアローより鋭く速く射出したから、その威力はライフル弾以上だろう。それを、一応、顔に向けたんだけど生体反応はあるし、あたってはいなさそうだ。まぁ、これだけで殺せるとは思ってないからいいんだけどさ。

 煙が晴れてくると、魔神が驚いた顔をしていたのが見えてきた。あ、頬がほんの少し切れてたわ。


「念話魔法、解いたな?」


 余裕がなくなったのか、魔神が念話魔法を解除したらしく、魔力の消費が止まった。

 

「貴様……どうやって我の魔法を防いだ??」


 格下だと侮っていた奴に一発かまされた気分は良くないだろうな。うんうん、その表情、いいね。警戒して攻撃が入らなくなるのは嫌だけど、侮られていたせいで、準備してきたことが一瞬で終わるのも肩透かしだしな。まぁ、分身ごときに隠し玉なんぞ披露しないけど。

 

「そっちこそガキだからって舐めてんじゃねぇぞ。分身如きに潰されるほど、鍛錬はサボってねぇんだよ。」


「なぜ分身だと?」


 確信はなかったんだけど、本当に分身だったのか。


「ただのカマかけだったんだが…分身でくることといい、こんな生緩い魔法で半神最強の俺を殺せると思ってたことも含めて、随分とめでたい頭してんな。」


 進化して数ヶ月の半神ならともかく、数年間毎日欠かすことなく鍛えた半神が、魔王に毛が生えた程度の分身に負けるほど弱くない。まぁ、フランマたちがいうには、俺は"良くて半神に進化する直前の人間"だと思っていたらしいし、それなら分身でもいけると思ったんだろう。だからと言って、アイスリア王国に向かった魔王が失踪した事実を忘れていい理由にはならないが。

 

「……はぁ……なるほど。エクレールとフランマの情報収集不足か。貴様、進化して何年だ。」


 魔神はため息を吐いて、再び俺をぎろりと睨んだ。さっきと違うのは、俺を見下してるわけじゃないということか。

  

「さぁな。少なくとも五年は経ってるよ。」


「……エクレールはともかく、第0部隊の情報収集能力を掻い潜るほどの情報操作は認めてやろう。」


 実際は情報をつかむ前に俺たちが捕まえていただけだ。フランマが寝返ってなかったら……いや、種族探知機を作ってなかったら、もしかしたら今頃はフランマに情報を抜かれてたかもしれない。


「そこは隠し通した俺の頑張りを褒めて欲しいもんだね。まぁ、いいけどさ。それじゃあ、分身には派手に消えてもらうよ。」


 俺は魔力を練り上げると、魔神は臨戦体制に入った。


「先ほどは油断したが、次は簡単に行くと思うなよ。貴様は我の悲願の邪魔だ。消し炭にしてやる。」


 怒りを漲らせたのが魔力でわかる。何かをしようと手を前に出したその瞬間、魔神の胸もとが何かに貫かれたように小さな穴が空き、血が吹き出た。


「できるなら、やってみれば?」


 

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