二人の今後



「そういえば、そんなことあったな。」


 パンツァーグリズリーを索敵魔法で見つけたその時には、すでに馬車が襲われていた。俺たちがギリギリで助けられたんだが、それがフェルたちだったとはな。


「んふふ。やっと思い出してくれた?」


「ごめん……赤髪に会ったことないから、まじで気づかなかった。」


 今のフェルとは正反対の男だったから、全然気づかなかった。髪、赤じゃなくて黒だったし。そりゃあ、赤髪じゃないなら、同一人物だと思わないわ。


「全然気にしてないよ。俺も変装してたし。その後に君たちと少しだけ話して、君たちが貴族っぽそうなのに自由で楽しそうで、ちょっとだけ羨ましかった。」


 あの後、パンツァーグリズリーで焼肉パーティしたっけ……襲われてたフェルたちと一緒に。ついでに次の街まで護衛したんだった。報酬は全部断ったけど、その数ヶ月後にギルマス経由で御礼の品を色々もらったけど。ギルマスは「差出人はわからんが、お前らに御礼の品だとさ。危険なものじゃないし、受け取っておけば?」と言われて受け取ったけど………まさか、あれって、アーノルドの王から、だったりして……? 考えるのはやめよ。


「俺はその時に、息苦しかったんだって気づいたんだ。気づかせてくれたことも含めてお礼を言うために、学園には喜んで入学した。そして、同じクラスに助けてくれたキースたちがいた。驚いたけど、キースたちは隠したいんだろうなって思ったから、お礼を言うのはやめたんだ。お礼を言いたいと言う俺の我儘で、恩人たちに迷惑かけたくなかったし。」


 なるほどなぁ。だから、最初に出会った時にキースと同一人物なのかと聞かれたんだな。会ったことないはずなのに一瞬でバレたからなぜかと思ったんだけど、腑に落ちたわ。つか、お礼を言うだけで我儘だと考えるとは、良いやつすぎるな……


「それで、キースたちと過ごすうちに、王族であることも忘れて楽しめたし、温かいこの国が好きになった。自分の国の民より、他国であるここの人たちの方が好きになっちゃって、この国に残りたいと思うようになった。そう思う俺は、薄情なのかな。」


 確かに、この国の奴らは良い奴ばかりだと思う。悪いやつもいることはいるが……

 王都の人たちは笑顔に溢れているし、活気もある。なんていうか、全体的に余裕がある。裕福であるとかは別にして、だ。アイスリア王国の歴代の国王が築き上げてきた治世や信頼の影響が大きいと俺は思っている。俺が父上に負けているものは国王としての器と、国民たちからの信頼の厚さだしな。同じことをしようとは思えないし、出来ないのは自覚ある。俺は、俺のエゴで国王になるって決めてるからな。

 だから、国民を褒められるのは、それを守っている父上をほめられている気もするし、父上を信頼して支えてくれている国民をほめられている気もする。俺にとっては大変嬉しい言葉だ。


「別に、それでも良いだろ。誰を好きになるかは、自分でコントロールできるもんじゃない。人間関係なんてものは、自分の立場で結構変わったりするし。」 


 ほら、昔の自分だったら、こいつとは仲良くなれなかったなーとか、逆に仲良くなれたよなー、とか。たった数年で自分の価値観が変わるのが人間で、変わろうとすれば努力次第ではそれも可能。変化をする生き物な上に、この世界では身分などの立場の違いもあるのだ。人間関係も、好きになる人物も、種族も変わるものだ。自分の国の国民より、他国の国民を好きになってしまうことの何が悪い。


「フェルだって、王族である前に人間だ。心がある。他国の人間を好きになることの何が罪になる?それを罪にしてしまえば、"国王に忠誠を誓っているが嫁を溺愛する騎士たち"も罪に問うことになるぞ。」


「それは極論すぎでしょ。」


「そう思うだろ? 人間の心を否定するのは、そういうことだ。」


 極論だけど間違ってもいないからと、フェルは笑った。そして、哀愁を漂わせていた雰囲気から一転して、楽しそうな顔で俺を見た。


「それでね、俺はこの国に残るために、学園を卒業したら王族籍を抜けようと思ってるんだ。」


「ん??」 


 なんか、とんでもないことを言い出した気が……


「父上たちは俺を国から逃すために学園に入学させた。そして、俺がこの国を気に入れば、そのままこっちに残れるように手配するつもりなんだ。」


 こっちに残れる手配……フェルが言うなら、本当のことなんだろう。おそらく、フェルの両親は、フェルに2度と会えないかもしれないことも覚悟しているのだろう。愛している子供を手放す覚悟がどれほどのものかはわからないが、幸せに願っているからこそできることだろう。


「俺は、二人の覚悟を無駄にしないように生きたい。そのために必要なのは、この国に残りたいという感情を大事にすることだと思う。あと、友達であるキースたちと一緒に楽しくワイワイ騒ぎたいし、この国の人達を守りたい。」 


 両親の幸せになってほしいという願いに支配されているわけでも、最初の頃のような俺たちに必要とされたいというわけでもない、純粋な、フェル自身のやりたいことなのだろう。子供のような顔をしていた……と、思いきや、ニヤッとわっるい顔をした。


「俺、思いついたんだけどさ、俺が幸せになるために一番手っ取り早いのはキースの側近になることじゃない? だから、お願いされる前に、その席、実力でもぎ取るから。」

 

 なんでだろう、ちょっと寒気したのは気のせいかな……?

  

「お、おう……というか、多分、大丈夫だと思うけど……」

 

 王族のまま他国の王族、それも次期国王の側近になるなんておそらく無理だ。普通にやりにくいのもそうだけど、情報とか抜かれた時が面倒になるだろう。

まぁ、アーノルド王国は同盟国だから、国民たちは受け入れられはするだろうけど。フェルの王族らしいところ、初めて見た気がしたなと思っていれば、今度はフェルがミシェルを見た。


「ミシェルも、そうでしょ?」


「えぇ。メトス公国は無事に戦争に勝利して平和そのもの。」


 話しかけられたミシェルはなんでもないかのように肯定した。だけど、すぐに遠い目をした。


「それに、どこから嗅ぎつけたのか、お母様に『好いた男を捕まえるまでは国に帰ってくるな。帰ってきていいのは好いた男を恋人として紹介する時のみ。』なんて言われてしまいましたもの……」


 アグレッシブ?な母親を持つと子供は大変だな。俺はアイをチラッと見たけど、めちゃくちゃ視線を逸らされた。この野郎、まーだミシェルの気持ちに答えてやってねぇのか。ミシェルには同情するな。


「親の件は同情するし、俺の不甲斐ない側近のせいで家に帰れなくてすまんな。」

 

「いえ、グラキエスは悪くありませんの。それもこれも、私の気持ちに気づいてなお逃げ続ける意気地なし男がいけませんの。」 


 紅茶の香りを愉しみながら口に含むミシェルと、バツが悪そうに視線を逸らすアイ。ちなみに、この件に関してはミシェルの味方であるシーラがアイを睨んでいて、さらにアイの居心地が悪そうになっていたのは言うまでもない。


「まぁ、捕まえるまでは祖国には帰れませんし、捕まえた後はこちらに嫁ぐと決めていますから、どちらにしろ、この国に残るための理由は必要ですの。その理由が、超大国の次期国王からの引き抜きであれば、これ以上ありませんわ。」


 これ以上ない、極上の滞在理由になるわけね。オーケー、そういうことなら大いに利用してくれていいぞ。そういうのは大歓迎だ。面白いからな。


「お前ら、卒業したら国に帰る気は毛頭ないのかよ。」


「「全然。」」


 二人して祖国と言ってる時点で、側近に、なんて言わなくてもなんとかして帰らない気だというのがわかる。なんだよ、今までそれを気にして言わなかったのに、無駄に終わったじゃん。


「そういうことなら早く言えよ。全力で囲ってやったのに。」


「言い方がハーレムを築こうとしてる王様ですわ……」


 ミシェルにはあとで書類整理の刑を執行しようと決めた。


 その日。第一王子の執務室から、シクシクと涙を流す女と、それを無視する第一王子と側近たちの姿を見たとか、見てないとか。


  

  

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