フェルドと凍結の棺
ユグドラたちのために、王宮の中庭を座標とした転移石と、どんな攻撃でも一度だけ跳ね返せる魔道具(ピアス)を渡して見送った後。
またもや父上に呼び出された。その内容が、魔神復活を公表することだった。女神のお告げがあり、その対抗戦力が俺やシーラたち半神であることもだ。
まぁ、半神という種族は神官長になったもの以外は知らない存在らしいから、それについてはわざわざ言わなくてもいいだろうということになったけど。
王宮はその準備に大忙しで、ちなみに俺も忙殺されていた。救いなのが、シーラという癒しが目の前でちょこちょこ動いてくれることだろうな。いや、シーラも仕事を手伝ってくれてるんだけどね?? いやもう、可愛いのなんの……
それで癒されてニッコニコの俺が、たまに手を止めても部下たちはスルーだ。会えなくて、鬼気迫った速度で仕事を捌く緊張した雰囲気がない分、まだマシだとでも思ってそうだ。実際、セスたちに言われたしな。「シーラ(プリシラ様)が同じ空間にいる方が、キース(殿下)の雰囲気が和らいで仕事がしやすくなる」ってさ。うるせぇな、仕方ねぇだろ。会いたくて早く仕事を終わらせたかったんだから。
「そういえば、キースは側近を増やさないの?」
突然のフェルの質問に俺は書類から手を離して、フェルを見た。
「いきなりなんだよ。」
俺の執務室には、シーラはもちろん、セスやアイを含めた文官たちがいる。その中にはミシェルとフェルも。理由は、こいつらも一応、魔神に対抗できる当事者だからだ。俺の部下でもない、ましてやアイスリア王国の人間でもないのにここにいるのは、俺が二人を信頼しているからに他ならない。ダメな書類とかはそもそも渡さないしな。
「これからもっと忙しくなるのに、側近が二人だけなんて少ないと思ったんだ。それとも、何か増やしたくない理由でもあるの?」
「それ私も気になってましたの。どうなのかしら。」
まさか、ミシェルまで食いついてくるとはな。まぁ隠すことでもないからいいけど。
「増やせない理由はいくつかあるぞ。俺たちが信用できる人間なのは当たり前だが、まず、総合的に見て俺らについて来れる奴が少ないこと。」
書類仕事は別に良いが、それ以外だ。側近とは、仕える主人と四六時中、ほぼずっと一緒にいるような物だ。俺らは王都を出て色々な場所を見て回っているし、俺たちのそばを弱い奴がいると足手纏いになるだけだから、最低限として王国騎士団の団長や魔法師団の師団長ぐらいの実力があった方がいい。
「普通に無理に決まってますわ……」
「うるせぇ。二つ目は、ユグドラやリーズロット、インフィが認めた相手であることだ。」
ユグドラたちは、自分の気に入った者に、気に入らない奴が近づくことを極端に嫌がる。仲間意識が強ければ強いほど、気に入ったものを守るために拒絶する。まぁ、それは人間も同じだけど、ユグドラたちは俺のことを息子のように思っているからな。長命種だから子が出来にくい分、子供に愛情を注ぐという性質もあるし、それは仕方ない。
「いきなりハードルが跳ね上がりましたわね……」
「ユグドラたち、かなり基準高いもんね…そりゃ増やせないわけだ。」
二人でウンウンと頷いている。納得してくれてよかったよ。
「それらを踏まえた上で、側近にしたい奴はいるにはいる。」
「え、グラキエスたちの信用を得ていて、強くて、ユグドラさんたちに気に入られている人物がいるんですの??その人はすごいですわね。化け物ですか?」
ミシェルの発言に俺は呆れた。同じように、シーラ、セス、アイ、そしてなんとなく察したフェルが、マジかこいつって目で見ていた。みんなからの注目を集めている理由がわからないミシェルが首を傾げているので、俺は現実を教えてやった。
「……ミシェル、その質問、自分にブッ刺さってんぞ。」
「へ?」
「俺が側近にしたいと思ってるのは、お前たちだよ。ミシェル、フェル。」
名前を呼べば、フェルはやっぱりなーって顔をしたが、ミシェルは不思議そうな顔をした。
「あら? 私、いつから化け物になったのかしら…………って、心外ですわ!!!! なった覚えはありませんの!!!!!!」
すぐに自分の言葉に否定を入れた。自分で喧嘩を売って買うのは結構だが、面白くはない。
「変なノリツッコミしてんなよ。つか、お前らも半神じゃん。」
「そうでしたわ、その通りで何も言えませんの……」
半神は人間からしたら化け物だし、その化け物に二人は先日なったばかりだ。比較的、半神の中で一番時間に融通がきくシリアスが転移魔法要員として付き添って数日間ダンジョンに潜っていたらしい。俺が知らない間の数日でレベル100を越えて、その日のうちに種族神たちから加護をもらったとか。シーラだけ、半神になるための最低条件であるレベル100になっていて、二人で抜け駆けなんてずるいですわ!!と、涙目だった。いやぁ、それについては、俺が付き添わないとダメって言ってたから、申し訳ないとは思う。
「やっと自分が化け物の仲間入りしたことを自覚したか?」
「正直認めたくないのが本音ですの……」
「言うと思った。気持ちはわかるけど。」
フェルがふっと笑ったけど、何も言わずにお茶を飲んだ。それに誰も言葉を発することなく、それからしばらくは目の前にある書類を片付けていた。
しかし、その静寂を破ったのは、ミシェルだった。
「グラキエス。」
「なんだ。」
呼ばれたけれど、俺は書類から目を離さなかった。そのために、フェルとミシェルが視線を交わしていたのは気づかなかった。
「その話、私たちはお受けしても良いと思ってますの。」
「は?」
突然なんの話だと思って、顔を上げればフェルも頷いていた。二人は、何かを決めたように俺を見ていた。
「俺さ、この国にきてからずっと思ってたんだよね。どうやってこの国に居残ろうかなって。」
フェルが窓の外をみた。俺の執務室は王都を一望できる場所にある。西向きのため、夕方になると夕焼けを背にする王都を見ることができて、かなり眺めが良くなる。仕事に行き詰まった時にそれを見ると、守ろうと思えるんだから気に入ってる部屋だ。
フェルも同じことを言っていたことがある。夕焼けを背にする王都が一番美しくて好きだと。今は真昼だけど、それを思い出しながら、王都を哀愁漂わせて眺めた。
「兄と仲違いしてから祖国のどこにも、俺の居場所はなかった。息が詰まる生活に嫌気がさしていた。」
フェルはアーノルドの王妃から生まれた正式な第五王子だ。同じく王妃から生まれた第一王子がいたが、生憎と兄よりも優秀だったため、本人の意思とは関係なく王位継承争いが始まる火種を作ってしまった。そのせいで兄とは仲違いし、フェルはその争いを起こさないよう自堕落な、次期国王としては不適切であるように生活を送ることにした。
そんなことをしていれば、周りはいつしか優秀だったのは気のせいだったと思い込むか、頭が良くても国王としては不相応という烙印を押すようになる。
大好きな兄との仲違い
嘲笑の的
自分を利用する貴族
自分を見てくれない人間
本心を曝け出せない環境なんてものは、毒にしかならない。しかし、そんな環境に慣れてくれば、毒になっていることには気づかなくなってしまう。慣れとは、いい意味でもあるが、悪い意味でも使われる残酷なもの。
そんな環境でも腐らずにいられたのは、第一王子と同じぐらい愛してくれていた王と王妃、フェルにとっての両親の存在だ。王も王妃も、フェルを守りたかったが、立場上できないことの方が多く、苦肉の策として、アイスリア王国の学園に入学させようとしたらしい。学園なら、同じ年にアイスリアの王族、つまり俺が通うためにセキュリティもバッチリだし、安心だと思ったんだろう。
「父上たちは、俺を国から出したかったんだ。2度と俺が帰ってこなくても良いように、できるだけ楽しそうな、治安のいい国へ。そして、俺は去年、学園の入学試験を受けて無事に合格した。そして国へと帰る道すがら、俺はパンツァーグリズリーに襲われた。」
パンツァーグリズリーとは、森の奥に生息している熊の魔物で、体長は子供ですら3メートル、大人はその倍の6メートルの巨体だ。巨体から生えた爪や牙もそれ相応にでかく、力も強いため、爪で引き裂かれたら人間は一発でアウト。そして、パンツァーというだけあって、体は戦車のように硬質だ。本来なら街道にいるはずのない魔物でもある。
「アーノルドにはいないAランクモンスターのパンツァーグリズリに、護衛たちは手こずった。不幸中の幸いとして、襲われたのは街道だったから、通りすがりの冒険者たちが助けてくれたから、誰も死ななかった。」
そういえば去年、パンツァーグリズリーが街道を彷徨いてるから討伐してくれって、ギルドマスターから凍結の棺直々に依頼をされたな。
あれ、なんか、今、何かを思い出しかけたような……
「その冒険者パーティーの名前は、
口にしたのは、俺たちのパーティー名だった。
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