想う気持ちに、種族は無関係。
ユリンがこの国に潜入してから、1ヶ月経過した。その間、シーラ、弟の婚約者であるサリナ嬢、ミシェルたちと女子会をしたり、ユグドラたちと酒盛りしたりと、まるで何年も前から居たかのように一瞬で馴染み、楽しんでいた。フランマに聞くと、ユリンは魔王ということで部下たちからは距離を置かれていたし、対等で同じ女である水海の魔王とは馬が合わずお互いに避けていたらしい。
それなのにシーラたちは魔族だとか、年上だとか、そんなの気にせず対等に話してくれるから、はしゃいでるのだとか。普段より行動が幼くなってしまっているのは、嬉しいがため、だそうだ。遊んでもらってる子犬かな?って思ったのは内緒だ。
そんなユリンが、ある時俺の執務室を尋ねてくると誰も居ないタイミングで話があると切り出した。書類仕事中だったから、キリのいいところまで待つように頼むと、嬉々としてソファに座って目の前の机に置いてあった紅茶を自分で淹れ始めた。しかし、紅茶の淹れ方を知らないのか、雑に淹れていて自分で飲んで首を傾げていた。笑いを堪えながら俺が淹れ直してやったらめちゃくちゃ喜んでたので、それを見ながら俺は仕事を片付けた。シーラには負けるけど、可愛いやつだと思った。年上の女に思うことではないが、実妹であるルナを可愛がる感じに近い。
程なくしてキリが良くなったので、俺はユリンに話しかけた。
「待たせたな、ユリン。俺に話したいことってなんだ?」
話しやすいようにユリンの正面に回ってソファに座った。ついでに俺の分の紅茶も淹れた。
「お疲れ様なのじゃ。早速本題に入るが、フランマや妾たちはグラキエスのお金を使ってグータラ生活をしているじゃろ?」
「ん? まぁ、そうだな。」
二人も魔王を受け入れた俺に、父上がめちゃくちゃため息をつきながら「半分は私が出そう」と支援してくれているから、厳密には俺だけの金ではないけどな。あ、父上のお金は自分用のものだよ。元々自分に対して金をかけない人で、金を腐らせてしまうと財務大臣からお小言をもらうぐらい、いつも何に使おうか悩んでる人なのだ。多分、今回のことも、金を使ういい機会とでも思ってんだろ。多分。
「もらってばかりじゃから対価として、妾も仕事をしようかと思うての。こう見えても情報収集は得意じゃ。もちろん、戦闘面も強い故、魔族たちと戦争をする時も役に立ってみせるぞ。」
どんっと主張する大きな胸を張ってドヤ顔を披露したユリン。だが、別にそれに食指が働くわけもないのでスルーした。どちらかというと発育のいい妹を見ている気分だった。失礼だけどな。
「まぁ、それはありがたいけど。」
煮え切らない俺の言葉にユリンが無いはずの犬耳を垂れさせた。なぜだ。
「やはり、吸血鬼である妾のことは信じてはもらえぬか……?」
盛大に勘違いしてんな。
「そんなんじゃねぇよ。今更お前が俺たちを騙すなんて思わないし、俺には真偽眼があるからユリンの嘘もわかる。」
1ヶ月間、ユリンが俺たちに嘘をつかずにいたことも、無邪気に遊んで走り回っていたことも、仕事がなくて落ち着かない様子で自主的に侍女たちの仕事を手伝ったりしていることも、全部報告を受けて知っている。ユリンの根っこの部分は働き者で素直なだけなのは結構早めの段階で、彼女と接している人間は気づいている。
「なら、なぜじゃ?」
不思議そうな顔をして首を傾げた。隠すことでもないか。
「ユリンに何かあったらフランマが悲しむ……ってのは、まぁ建前なんだけど。」
「ほう。」
「俺が個人的に、魔族に恨みがないユリンを同族殺しにしたくないってだけだ。たとえ、直接手を下さなくても、な。」
俺たちがしていることは、魔神と魔族殺しを有利に進めるためのものだ。どんなにうまいこと取り繕っても、全ては魔族殺し、ユリンたちにとっては同族殺しにつながる。魔族は残忍な性格だとは聞いていたが、それは女神サイドの種族から見た話で、実際は魔族の中にもまともな奴はいる。それが少数であったとしても、な。ユリンやフランマたちがいい証拠だ。
シェファーやシェリューのような、魔族に恨みがあるなら話は別だが、そうでもなさそうだしな。だから、ユリンをこの件に積極的に関わらせるつもりはなかった。ユリンに対価を求めない理由は、"契約したのはフランマであり追いかけてきたユリンではないから"ということに他ならない。甘いと言われようが、俺がユリンを受け入れたのは事実だ。受け入れた奴には幸せになってほしいと思う気持ちに、種族は関係ない。
言外に込めた意味を察せないほど、ユリンは鈍くなかった。
「……優しいのぅ。フランマに出会う前であれば惚れていたかもしれぬ。」
「それについてはやめておけ。俺にはシーラしかいない。幸せにはできねぇよ。」
前世から愛していたシーラがいるのだ。シーラがいない世界に転生したらワンチャンあった可能性は、絶対にないとはいえないが、この世界では絶対にあり得ない話だ。この場合においての、たらればの話をするのは時間の無駄だ。今現在、俺はシーラを愛しているのだから。
「そういうところも好ましい。さて、半分冗談はさておき、」
「半分は本気なのかよ。フランマが泣くぞ。」
「ふふふ、今目の前にいないからセーフじゃ。」
「おいおい。」
ぺろっと舌を出して、てへぺろ、じゃねぇんだよなぁ…仕方ないから苦笑するだけにしてやるけど。
紅茶を一口飲むと、舌を引っ込めたユリンが真剣な雰囲気を醸し出した。
「グラキエス、妾をあまり舐めてくれるでないぞ?フランマの隣にいると誓ったその日から、妾はどんな者が敵に回っても手を下す覚悟はしておる。妾の最優先はフランマじゃからな。」
あの時の、不敵な笑みを浮かべたユリンに、俺は頭をガツンと殴られた気がした。
「……覚悟が足りなかったのは俺の方か。」
たまに俺やシーラたちに無邪気に戯れ付いてフランマを振り回している子犬みたいに思っていた。しかし、あくまでもユリンは神話の時代を生き抜いた魔王だ。俺たちよりもずっと、覚悟もある強いやつだ。それを改めて実感させられた。
「わかったよ、ユリン。お前のこと、ちゃんと戦力に数えると約束する。」
「それで良いのじゃ。役に立てること、嬉しく思うぞ。」
嬉しそうにしているところに水を刺すようで悪いが、役に立てることが嬉しいというのは少し嫌な予感がした。
「ただし!」
「はぇ?」
「俺の部下になったんだ。お前だって死ぬことは許さねぇからな。」
俺に忠誠を誓う者たちは、基本的に俺のためなら命を捨てる覚悟がある。ユリンの目は、少しそれに似ていた。フランマを助けた(つもりはないが)俺の役に立つためなら、喜んで命を賭けそうだ。そんなこと、俺は絶対に許さない。
「…妾は魔族じゃぞ?」
心底理解できないという顔をしているユリンに言ってやった。
「だからなんだよ。俺は、懐に入れた人間には死んでほしくない。いいか?これはお願いじゃねぇ。命令だ。」
俺は、俺のために、命令をした。目の前で、懐に入れた奴に死なれることほど、夢見が悪くなることはない。力強く言い放てば、ユリンが呆気に取られた。しかし、すぐに立ち上がると床に片膝をつき、こうべを垂れた。
「……御意。主の御心のままに。」
覚悟を決めた芯の強い声が返ってきて、俺は満足した。ちょっと震えた声になっていたのには気づかなかったことにした。惚れた女以外の涙には触れる物ではない。嬉し涙なら尚更な。
「フランマ!お前もだからな!」
ティーカップから視線を逸らさず、廊下にいるであろう奴に聞こえるほどの声量を張り上げると、扉が開かれた。顔を出したのはやはりフランマだった。
「なんでバレてんだよ!!!!」
「俺を出し抜こうなんざ百万年早ぇんだよ。」
暗殺やら間者やらをしていたのは伊達ではないぐらい、気配は消せていた。実際、ユリンは気づいていなかったらしく驚いた顔をしていた。でも、だからと言って俺を出し抜けるかと問われたら、それは否だ。半神舐めんなよ。
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