感動の再開、と言えるのだろうか。
万感の魔王が、フランマは人間に与していると憶測で語り、他の魔王がそれを一蹴していた頃。
万感のいう通り、人間に与していたフランマはというと………
「ご主人〜。」
「なんだよ。今仕事で忙しんだけど。ニートのお前と違って。」
主人であるはずの俺の執務室、そこにある上等なソファに、人間にうまく擬態したフランマは寝転がっていた。そのぐうたら具合を見て、本当に魔王なのかと疑いたくなった。
手を止めずに一応返事を返してやれば、なんてことはないように、重大なことを言い放った。
「言い忘れてたんだけどさ、もしかしたら俺の恋人がここに来るかもしれない。」
まるで、昨日猫がいたんだというノリで報告しているが、魔族であるこいつの恋人となれば、相手も魔族な可能性が高い……
「ちょっと待て。それ詳しく話せ。」
思わず書類を読んでいた目を、フランマに移した。だが、フランマはなんてことないようにぐうたら姿勢を続けて、俺の作ったポテトチップスを摘んでいた。
「だから、俺の恋人である千手の魔王、ユリン・レトヴィーラが、俺を探しにこの国に来るはずだ。一切、連絡もせずにこっち来たからな。」
「お前…大切な恋人なら一言言ってからこいよ、最低だな。」
どうでも良いと思ってる相手なら、名前を呼ぶ時に少しだけ声音が柔らかくなるわけがない。大事そうに呼ぶなんて、絶対にありえない。だから、フランマが彼女を大切にしてないなんてことはない。大事にしていた女が、自分を探しにくるってわかってる時点で、お互いに愛し合っていたと胸張って言ってるのと同じこと。それなのに、何も言わずに置いてきたって、マジで最悪だな。
ゴミを見るような目でフランマを見てやれば、バツが悪そうに口をもごもごさせていた。最低なことしてるって自覚はあるんだな。
「で? そのユリンって女魔王は、どういうやつなんだ。いきなり国に攻撃なんてしてこねぇだろうな。」
「あぁ、それについては安心して良いと思うぜ。あいつ、調査したいことがあると基本的に変装して潜入するか、ら………」
「へー。変装…」
待てよ? ちょーっと嫌な予感が…
「ご主人、俺、ちょっと」
「それ以上言うな。フラ、」
フラグになると言おうとした瞬間、俺の部屋に置いていた通信魔道具が光った。
「「…………」」
嫌な予感がしていた時の連絡だ。二人して無言になってしまったが、出ないわけにはいかない。覚悟を決めて魔道具を手に取れば……
「こちら城壁警備のものです!グラキエス殿下!お急ぎのご報告があります!」
「……話せ。」
「はっ、只今魔族が王都へと侵入いたしました! 淡いアメジストの目、髪を腰まで伸ばした女です。」
「はぁ…おーけー、了解した。お前たちはいつも通りに城壁を守れ。」
「かしこまりました!」
水晶の光が収まると同時に、俺は机に突っ伏した。マジで来やがったか…
「アメジストの髪と目……おそらく、ユリンだ。」
「お前ら魔族は本当、この国に侵入するのが好きだなおい。俺の仕事を増やすんじゃねぇよ、クソが。」
なーんで、こんなにも魔族が侵入してくるんだよ。もういっそ、この国に魔族限定の結界でも張ってやろうか??
「す、すまん…」
「罰としてお前も来い。」
垂れ下がった耳と尻尾が見える全然可愛くねぇフランマの首根っこを掴んでやった。
「え?!い、いや、俺は遠慮、」
「してやると思ってんのか?お?」
「はい!喜んで行かせていただきます!」
俺に引きずられるフランマを持って、俺は執務室の窓から飛び降りた。おそらく、ユリンはフランマを探しに来ただけだしな。連れ戻す気かはわからんが、その時はその時だ。
索敵魔法で魔族の反応を探れば中央通りを紫髪の女がフラフラしていた。気配を極限まで殺して屋根伝いに走り抜ける。平和そのものである王都の街並みをゆっくり見ることなく。
女魔王がいるらしい場所を見下ろせる位置まで来ると、騎士たちの言っていた紫髪の女を肉眼で見つけた。食べ物に目がないらしく、色々と買い込んで食べていた。昨日のフランマと同じことしてんじゃん。念のためフランマを見るが、フランマは彼女を愛おし気に見ていたから、確定だ。
とりあえず、彼女に敵意はなし。まぁ、あったとしても、俺がフランマを連れている時点で、相手は人質を掴まれてるも同然だから、下手なことはしないだろう。人払いの結界は必要ねぇか。いざという時のために警戒しておくけどな。俺はフランマを引きずったままの姿勢で街に降りた。ちょっと目立ったけど、仕方ないな。
「そこのお姉さん。かなりの量買い込んでるね。観光?」
驚かせないようにわざとらしくないように足音を立てて、近づき声をかけた。すると、女魔王が俺を見てとんでもなく驚いた顔をしていた。第一王子が変装しているとはいえ護衛をつけずに堂々と街を歩き、女に話しかけたからなのか。とりあえず、世間話として探ってみるか。
「どうかした?俺な顔に何かついてる?」
「いや、そなたに似た女性を知っていたものだから驚いたのじゃ。妾は観光も兼ねた人探しをしている。」
嘘はついてないから、どうやら本当に観光とフランマを探しに来ただけだろう。まじかよ、それらはついでで王宮に潜入とか色々するんだと思ってたのに……俺と似た女は気になるが、今はいいか。
「その人探しってさ、もしかしてこいつ?」
俺は借りてきた猫のように、大人しくしていたフランマを差し出した。すると、フランマを食い入るように見つめた。
「よ、よぉ、ユリン……ひ、久しぶり………」
その彼女に、気まずそうにフランマが挨拶をすれば、ユリンと呼ばれた女はみるみると目に涙を溜めて…
「フランマのバカー!!!!!」
バチーンっと良い音が鳴った。とんでもない勢いのビンタをされたフランマは綺麗な紅葉を頬に咲かせていた。
「あほんだら! 女ったらし!! すけべ!! 変態!! 妾のこと一生愛してくれるって言ったくせに!!」
ユリンがわーわー泣き喚くから、なんだなんだと周囲の人間が集まり出したので、俺は人混みに紛れて影に徹することにした。
「わ、悪かったよ、ユリン!だから、泣き止んでくれ!」
「知らない、フランマの大馬鹿者!!」
女魔王が公衆の面前で子供みたいにみっともなく泣き喚くなんて、城の連中はなんて言うかな。ちょっと楽しみだ。
しばらくして、街中で泣き喚いたユリン・レトヴィーラをどうにか落ち着かせたフランマは、疲れた表情で俺のところにきた。
「すまん、ご主人。ユリンが迷惑をかけた。」
「どっちかというとフランマのせいだから、お前はあとで俺の書類仕事を手伝えよ。」
情報と引き換えにニートで居させてやると約束はしたが、放置した恋人が突撃してくるという迷惑は考慮に入れてない。それはわかっているのか、フランマは控えめに肩を落として肯定した。これで逆ギレしてきたらぶん殴ってるところだから、話のわかるやつで助かるわー。
「それで、そっちはユリンと言ったか。」
「妾はフランマの恋人のユリンじゃ。其方がフランマを保護してくれたのじゃろう?心から感謝する。」
ユリンがニッコニコで俺に頭を下げた。えー、思ってた反応と真逆の反応されたんだけど。
「……そうなんだけどさ、普通は人質にするとは卑怯だー、とか言う場面じゃねぇの?」
「フランマが人質であったとしたら、今頃はどこかに拘束されておるはずじゃ。こんな場所で野放しにされるほど、フランマは弱くないのでな。」
確かにその通りだな。信用できないと思えば、俺は城に拘束してるだろう。まぁ、真偽眼がある時点で信用できるできないなんて関係ないけどな。言った言葉が事実になるんだし。
「それもそうだ。んで、聞きたいんだけど、ユリンさん?は、どうしたい?」
一応、年上だろうから敬称をつけてみたが、ちょっと笑われた。
「ユリンで良いぞ。フランマの恩人じゃからな。して、どうしたい、とは?」
「別に恩を売ったわけじゃねぇけど、まぁいいや。フランマについてくる気はあるのか、お前らの主と敵対する覚悟はあるのか、って話だ。」
フランマを追いかけてきて、俺に頭を下げた時点で返事は推測できる。が、本当にその覚悟があるのかを問いたかった。すると、ユリンはさっきとは違った笑みを浮かべた。
「妾は何があってもフランマの隣にいることを、フランマと付き合う前から誓っておる。たとえそれが地獄であろうと、現在の主と敵対する人間の元であろうと、じゃ。」
不敵な笑みを浮かべたユリンの瞳は、覚悟を決めた女のそれだった。覚悟を決めた時のシーラと同じ、強い女の目だった。俺も、それに見合うように笑ってやった。
「わかった。いいぜ。フランマと一緒に面倒見てやるよ。」
「感謝するぞ、ご主人様。」
受け入れられたと理解したユリンが、さっきの不敵な雰囲気を崩して子供みたいに笑った。フランマが惚れた理由、少しわかったかもな。
「ご主人はやめろ。グラキエスでいい。長いだろうが、愛称は婚約者だけの特権だからな。」
「わかったのじゃ、グラキエス。」
超嬉しそうに言うから、俺は面食らった。てっきり、見た目から妖艶な大人の女をイメージしていたが、意外と違うらしい。へーと思っていたのがわかったらしい、フランマにジト目を向けられた。
「ご主人????」
「別に惚れねぇよ。シーラ以上にいい女なんかいないしな。」
「はぁ?!ユリンの方がいい女だろうが!」
そこで噛み付くのかよ、ガキか。
「それを争って何になるんだよ……惚れた女が世界一可愛くて美しくて魅力的なのは当たり前だろうが。競うなよ、終わりがねぇんだから。」
「……それもそうだな。」
納得してくれて何よりだよ。伊達に年はとってねぇな。あと、ユリンは嬉しそうに頬を染めるなよ、見てて砂糖吐きそうだから。
「今失礼なこと考えなかったか?」
「伊達に年はとってねぇなと思っただけだ。」
「失礼すぎんだろ!!」
「うるせぇな。そろそろ帰んぞ。」
俺が背中を向いて歩き出すと、二人とも付いてきたようだ。そして、我に帰ったユリンが俺の隣に来た。
「なぁなぁ、グラキエスの恋人はどういう
どれだけ歳を取っていても、女は恋バナが好きだな。まぁ、隠してないし教えてやるけど。
「さっきも言ったけど、俺にとっては世界一可愛くて美しい女の子だよ。海の妖精かと思うほどに魅力的だ。俺には勿体無いほどにな。」
「ほうほう。その女子はグラキエスに愛されておって、幸せ者じゃな!」
にぱっと満面の笑みを浮かべるこの感じ、人懐こい子犬みたいだなと思った。口調は全然そんな感じじゃないのにな。
「そうだと良いな。」
「きっとそうじゃ!いいのう、妾もその女子を見てみたいぞ。仲良くなりたいのじゃ!」
シーラはこういう真っ直ぐな人間が好きだし、ユリンのことは気にいるだろうな。二人が楽しそうに話しているのを見るのは、俺も少し楽しみだ。
「紹介してやるよ。多分、シーラもユリンのこと気にいると思うしな。」
「そうだと嬉しいのじゃ!」
後日。予想通り、ユリンを紹介すればシーラが一瞬で絆されて仲良くなった。ミシェルたち友人を含めて、よく女子会を開くようになった。ちなみに、シェファーたち兄弟姉妹とは面識があったらしく、感動の再会をしたとかなんとか。仲良い奴に再会できて何よりだよ。
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