窮屈 〜side:フランマの部下〜


 俺は名はフレリアン。紅蓮の魔王、フランマ様が率いる魔神軍第0番隊に所属している。この隊は魔神軍の中で一番若く、深鬼で構成された暗躍部隊だ。神話の時代、女神軍に危険種だと認識される前のフランマ様は部下を持っておらず、部隊を作らなかった。そのため、九つの部隊しかなかった。

 だけど、弱い魔族が増えて、新しい種族も生まれてくると、女神軍に危険種だと認識された。しばらく後に激しい戦いがあり俺を含めた多数の吸血鬼が進化した。

 深鬼となった吸血鬼たちは、ある日、血を飲むとステータスが上がることに気づいた。強い者であればあるほど、そして新鮮な生き血であればあるほど、ステータスの上昇値も高かった。もちろん、血の持ち主は人間に限った話ではなかった。仲間であるはずの魔族だって、同じ深鬼でさえ、その対象に入っている。

 その特異性から深鬼は悪魔や吸血鬼たちに捕らえられて、研究対象になった。しかし、それをフランマ様が反対して、深鬼をまとめて全員保護してしまわれた。あの方は、魔王の中で力比べをしたら弱いのだろう。しかし、それは真正面からの話であって、なんでもありの状況であれば、魔王の中でも上位の存在だったから、できたことだろう。

 他の魔王もそれはわかっているからこそ、深鬼についてはちゃんと監督しろという警告?のみで終わらせた。


 それ以降、深鬼はフランマ様に忠誠を誓い、いうことを聞くようになった。その後に俺は生まれた。深鬼と深鬼から生まれたからか、俺も種族は深鬼だった。生まれて500年。ずっといがみ合ってきた我らは、女神軍との長き戦いに終止符を打つため、魔神は打って出た。

 諜報活動が得意なフランマ様率いる我ら深鬼部隊を使って情報収集を今まで以上に行った。俺たちが詳細に調べたから、魔神軍は優位を取れていたし、あと少しで女神軍を負かすことができる段階まできた。


 しかし、その代償は大きかった。


 深鬼部隊は詳細な情報を求めるため、敵陣に潜り込むという危険が伴う仕事だった。見つかれば逃げるか死ぬかの二択。逃げられずに殺される仲間は多かった。逃げられても、再起不能なことも多い。

 他の魔王たちから無茶な仕事を振られて、どんどん仲間が減ってくると、俺たち一人一人に回ってくる仕事の量が増え、過労で倒れる者も続出した。ボロボロになった深鬼部隊を労う者は、部下思いであるフランマ様を抜けば、誰一人としていなかった。


 ついに、深鬼部隊はフランマ様含めて六人になってしまった。


 深鬼部隊が数を減らせば減らすほど、魔神軍は衰退していった。


 俺たち深鬼部隊は同じ魔神軍、仲間に殺され、その死を無駄にされているも同然だった。

 

 そんな中、仕事の大半を請け負っていたフランマ様が女神軍によって封印された。フランマ様からの合図だ、と。深鬼部隊、全員がそれを悟った。


 そして、俺らはフランマ様が封印されたと言われる場所へ向かった。そこにいたのは、ブルーサファイアの瞳に美しい青銀の髪を腰まで伸ばした人間の美女だった。美女の背には凍らされたフランマ様がいた。フランマ様は穏やかな顔をしているように見える。


「よく来たわね。貴方たちがフランマの言っていた部下たちね?」


 人間は無表情で俺たちをまっすぐに見つめた。その美貌に見惚れる部下もいた。しかし、儚い印象の女ではあったが、フランマ様と同じぐらいに強いのは本能でわかっていた。


「あぁ、その通りだ。フランマ様を封印したってことは…」


「えぇ。フランマとの約束通り、貴方たちを封印するわ。数千年後に解ける封印を、ね。」


 注意深く見ていないとわかるぐらいではあったが、微笑んでいたようにみえた。


 フランマ様は言った。女神軍の中には強力な戦力が存在すると。人間が進化した種族、半神が。その半神の存在で魔神軍は長い間、勝利を収めることができなかった。数百年前は忌々しいと思っていた。だが、今はあれだけ忌々しいと思っていた感情が全く無かった。理由は、明確。仲間に使い潰されている現状だ。それしかあり得ない。

 

 フランマ様も同じく思っていて、賭けに出た。


『俺たちの持ちうるすべての情報を明け渡し、魔神軍を壊滅させてもらい、俺たちを平和な世に再び復活させてもらう。』


 賭けにもならない賭け。敵に封印させるなんて、嘘をつかれれば普通に死ぬだけだ。敵に生殺与奪を握らせているのだから、もちろん俺たちは反対した。だけど、フランマ様は聞き入れてくれなかった。ただ一言。


『青銀の姫神は誠実な人間だ。生まれつき鑑定スキルと真偽の魔眼、培った洞察力で、他者の心を正確に見抜ちまう。他者の心を覗いている罪悪感があり、自身が嘘をつくことに嫌悪がある。たとえ魔族相手だろうと、な。』


 良くも悪くも曲げたことが大嫌いな性質らしい。まっすぐにしか生きられない心優しい人間だと言う。フランマ様は、部下や仲間を思う俺たちの気持ちを汲んでくれるはずだと言った。なぜだかわからないが、フランマ様の断言した言葉と、真剣な瞳に、俺たちは根負けした。

 どうせ三人の半神、青銀せいぎん姫神ひめがみくれない軍神ぐんしん新緑しんりょく鬼神きしんが生きている現状、どんどん数を減らす魔神軍が勝てる保証はないし、女神軍が勝利をしたら俺たちは全滅だ。遅かれ早かれ死ぬならフランマ様と、最も慕う上司と同じ道を辿るのも悪くはない。


 こうして俺たちは、青銀の姫神によって封印された。数千年後に解ける封印を。

 

 封印されていても、どこか心地がよかった。仲間の気配を、フランマ様の気配を近くに感じていた。この暖かな微睡は、おそらく青銀の姫神の優しさではないかと思った。俺の妄想でしかないがな。

 その中にいた俺は、どのくらい経ったかわからないぐらいに長い時間を過ごしいたが、突然叩き起こされて目覚めた。文字通り、叩かれている感触と共に。青銀の姫髪が行うとは思えない不快な目覚めに顔を歪ませて目を開けば…


「やっと見つけましたよ。深鬼部隊。」


 俺たちの封印は、自然に解かれたのではなかった。なぜわかったのか?そんなもの、目の前にいる人物を見ればわかる。


「雷鳴の魔王、エクレール様…?」


「お前たちを見つけるのに苦労しましたが、それはよろしいでしょう。さぁ、寝ぼけていないでさっさと働いてもらいますよ。」


 そう言って俺には目もくれずに次々と部下の封印をぶち壊していき、最後にはフランマ様の封印も無理やり壊してしまった。


 封印してもらっても、俺たちは逃げることのできない奴隷だと気づいてしまった。



 俺たちが封印されたあと、魔神軍は俺たちの捜索をしていたが見つからず、その間に女神軍が攻めてきて、魔神軍は壊滅した。魔神と魔王は封印されて、幾星霜。魔神は力を貯めて封印を解き、復活したらしい。それが1ヶ月ほど前の話で、それから俺たち深鬼部隊の捜索を最優先にして見つけ出した。

 策士と呼ばれる雷鳴の魔王ですら、俺たちが望んで青銀の姫神に封印されたなどと、露ほども疑っていないようで、人間や他の種族たちの情報を集めさせた。

 そして、今日。西の大陸のアイスリア王国へと調査に向かったフランマ様が突然目の前に現れた。俺以外の部下を四人も担いでいた。


「おうフィリー! お疲れ! 聞いておどろけ! 今代の半神が俺らを保護してくれるってよ!」


 突然現れたフランマ様、その言葉に俺の脳は理解が遅れた。ただわかったのは、フランマ様が嬉しそうなことだけ。


「はい?」


「そいつは雷野郎が目をつけてた銀髪の子供だったんだが、驚いたことに半神だったんだよ。」


 そういえば、雷鳴の魔王がとある子供を暗殺のターゲットに指定していたのを聞いた。その対象を殺すためにフランマ様が呼ばれたんだけど、まさか半神だったとは…


「しかも、青銀の姫神よりもずっと強いぜ?俺が手も足も出ずに負けたんだ。」


「はぁぁ?!まじっすか?!」


 おっと、つい素で話してしまった。まぁ、部下は眠ってるから大丈夫か。つか、青銀の姫神ですらやばかったのに、それ以上って………まぁ、そのぐらいの実力がなければ、魔王を保護するなんて言い出さないか……一歩間違えれば、敵を自陣に引き入れる行為だし。


「フランマ様、もしかして………」


「あぁ、間違いねぇ。今度こそ、魔神を討伐してくれるはずだ。」


 俺たちを生み出した魔神アクゼスター。恩は感じても、感謝はできない。魔神軍など、壊滅したところで心なんか傷まない。やっと、


「やっと、自由になれるんですね…?」


 生まれた時から深鬼だった俺は、仕事しか知らない。遊びというものもわからない。食事なんて、生命活動に不必要なもので、嗜好品ですら無かった。そんな生活が窮屈だと感じたのは、まだ仲間がもう少し生きていて、フランマ様が息抜きに付き合ってくれた時だ。俺は、食事が美味しいと感じたし、遊ぶことも楽しくて、買い物をして、興味のなかった反物をみて綺麗だと思う心を持てて、色とりどりのコップが鮮やかに見えて………今まで人生は色褪せていたのだと気付けた。だが、気づいたところで、俺たちに自由はなかった。


 今、追い求めた自由が、手に入る。 


「あぁ。今までよく頑張ってくれた。」


 泣きそうなフランマ様の顔を見て、俺も涙を流した。


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