vs紅蓮の魔王 ニ

「『天正逆鱗』」


 静かにつぶやいたのを合図に、空から巨大な雷が魔王に向かって落ちた。直撃した魔王は苦しげな叫び声を上げたが、原型をとどめている。普通の人間なら食らったら炭になるだろうに、軽い火傷で済んでいる時点で、やっぱり魔族は頑丈だと思う。威力の高い天正逆鱗を一発モロに食らった魔王は地面にぶっ倒れた。だが、油断するべきじゃない。相手は魔神の次に強い魔王だ。半神でやっと対応できるレベルの強さを持っている。下手したらまだ気絶してなくて、倒れたのはこちらの油断を誘うための演技の可能性もある。血の性質的に、電気を通さないわけじゃないから、完全な防御はできていないとは思う。だが、念のためだ。

 

「『神聖の鎖ホーリーバインド』」

 

「うおっ!」 


 神聖魔法で拘束しようと魔法を発動させたが、発動とほぼ同時に魔王が飛び起きて避けた。やっぱり気絶してなかったか。


「気絶しとけよ。」


「それはこっちのセリフだ。倒れたんだから油断しろよ!」


「誰がするかバカ。そういうのはフラグって相場が決まってんだよ。『ホーリーバインド』『×5クインタプル』」

 

 神聖魔法で作られた鎖を多数、地面から出現させてその全てを魔王へ向けた。しかし魔王はその悉くを躱してしまう。


「そんな遅い攻撃、当たるわけねぇだろ!」

 

 絶え間なく襲う鎖を魔王は右へ左へと避ける。そして、突然魔王がその場で振り向き黒剣で鎖をぶった斬った。隙ができたところをすり抜けて、こちらへ走ってきた。だが……


「だから、学習しろよ。」


 俺が設置した魔法陣を魔王が踏んだ。魔法陣が光り出したと魔王が認識する前に10本のホーリーバインドによって拘束された。


「なっ?!」


 拘束された魔王は驚きながら、抜け出そうと鎖を引きちぎるように力を込めた。しかし全く力が入っていない。そもそも神聖魔法は、魔族とは対極にある魔法なんだから勝てたら怖い。


「俺はちゃんと魔力を感知していたし、万が一発動してもその瞬間に避けられる想定だったんだが?」

 

 意外と冷静だな。冷静に今の状況を確認している感じだ。

 魔法陣とは魔力を流し込んで発動させる。戦闘中に使われる設置型の魔法陣はあらかじめ魔力をこめておいて任意のタイミングで発動させるのが基本的だ。だから、魔力を感知して事前にそこを避けるルートを通ることもできるし、熟練の探知魔法使いがいるパーティーに設置型の魔法陣を踏ませるのは至難の業。最近では牽制目的に置くことが多い。

 もちろん、魔族も魔力を探知することには長けているから、設置型の魔法陣を踏ませられないし、魔王なら尚更だ。


 だけど、俺は二度も魔王相手に魔法陣を踏ませた。理由は…


「そうだね。魔力を感知していれば魔法陣をさけられるし、普通なら避けられるかもね。だけど、あんたは探知が甘いんだよ。」


 原因を教えてあげると魔王は目を瞑った。おそらく探知するために集中しているんだろう。そのまま数秒待ってやると魔王がカッ!と勢いよく目を開けた。


「なんだこの魔法陣の数は!!」


 俺が設置した魔法陣の数は、直径1メートルのものがおよそ100ある。そのうち10個は感知しやすくして、20個はそれよりすこし感知しにくく、30個はもっと感知しにくく、それ以外は探知魔法の精度をかなり上げないと感知できないぐらいに、気配を薄くしてある。魔法陣を隠す方法は、隠蔽スキルで魔力を隠すこと、法則操作で魔力を探知されないように弄ること、改竄スキルで魔力をないように視覚情報を改竄することができる。といっても、普通の人間がやろうと思ってできるものじゃないけど。


「あんたが騙された理由は、気配の強い魔法陣に気を取られて気配の薄い魔法陣に気づかなかったからだ。」


「発動した瞬間に避けられなかったのは?」


 設置型の魔法陣は、触られたら即座に発動するタイプと指定の動作をしないと発動しないタイプがある。前者の触られたら発動するものは、触れられた、感知した、魔力を消費、発動したっていう一連の流れが自然とできるから、発動するまでにどうしてもタイムラグが生じる。魔王ほど強ければ、そのタイムラグのうちに避けられるだろう。俺ができるからな。

後者は普通に言葉通り、指定した何らかの動作をしないと発動しない。逆に、それさえしてしまえばほぼゼロタイムで発動する。デメリットは、指定した動作をしてくれるかどうか、だ。

 俺が設置した魔法陣のタイプは触れたら発動タイプで、普通なら魔王なら避けられるだろう。でも、魔法は避けられずに捕まった。


「単純だよ。発動前と発動後の時間を極端に短くすればいい。つまり、タイムラグを無くすんだよ。」


「そんなことできるかぁ!!」


 確かにこの時間を詰めるのは難しい。人間の反射速度を無理やり上げろって言ってるような物だ。だけど、それを突き詰めるのが面白いんだよ。


「できるからお前は捕まったんだろ?」


「くっそー……お前化け物すぎね?」


 抵抗する気も無いのか、魔王は力無く笑うだけだった。今だに拘束してるから、ちょっと面白いけど。


「魔王に言われたくないね。」


「まぁいい。煮るなり焼くなり好きにしろよ。」


 ほう。今まで見てきた魔族は基本的にクソだったけど、この男は潔いな。武士か?まぁ楽でいいけど。

 

「じゃあ、俺の手足になって馬車馬のように働いて?」


「あぁ、負けたものに拒否権は、、なんて??」


「だから、俺の部下になってよ。」


 俺の言葉を理解できないのか、魔王の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がっている幻覚が見える。わっかりやすいなぁ。


「……俺の耳は幻聴を聞くように改造されたか?」


「してねぇよ。」


 そいつはどこのサイコパス野郎だよ。俺はしてねぇ。

 

「え、いや、は? 俺を部下にって言ったか?」


「そうだよ? だって君、人間と戦いたくないでしょ。」


 魔王は王都を見て顔を綻ばせていた。まるで知らない世界に飛び込んで楽しんでいるかのように。食べ物に目を輝かせていたし、幻覚の人間に話しかけられたら楽しそうに返事をしていた。イグニスが魔族=残忍だと言っていたから、魔族なのかと疑ったね。いや、シェリューやシェファーの時も思ったけど。魔王となれば、魔神の力を多く与えられている分、考え方は魔王寄りだと思っていた。

 

「いやいやいやいやいや、俺は魔族だぞ!?魔王なんだぞ?!」


「関係ないっつの。あったら魔族を部下にしようなんていう発想自体しないだろ。」


「そうだが……」


 へぇ、意外だな。悩むのか。俺の部下というのは、魔神を裏切って魔族を殺す手伝いを自ら行うことを意味する。つまり、こっちにきても地獄しかない。普通なら拒否一択だろうに。


「死んでも情報を話す気はなかったが、部下になるなら話は別だ。条件がある。」


「なんだ?」


「俺の知ってる情報を全て吐く代わりに三食昼寝付きでサボりたい。俺の部下五人も含めて、だ。」


 こいつ……サボれればなんでもいいのか……?まぁ、魔神勢力の情報を知れるのは大きいか。捕らえた魔族は基本的に詳しい内情までは知らない奴ばっかりだったし。民の血税を使うのはダメだが、魔物討伐の報酬の金でなら魔族の五体ぐらい養えるだろう。


「はぁ…わかった。それを受け入れるよ。」


「お。いいのか?」


「お前が聞いてきたくせに何を言ってんだ。」


「いやぁ、さすがに3食昼寝付きだと、無駄飯喰らいじゃん?だから、だめかなーと思って。しかも俺含めて六人もいる。」


 自覚してんなら少しは遠慮しろっつーの。


「俺は働きに見合った報酬は払うつもりだし、損得差し引いても得が大きいなら、魔王だろうとその部下だろうと養ってやる。」


 面子で国が守れるならそれでいい。だけど、そうはいかないのが、国を守るということだ。清濁合わせ飲むことも必要だ。面子なんか捨ててやる。

 俺は基本的に最適解を探すが、国やシーラを守れないなら、手段は選ばない。


「なるほど。その覚悟、気に入ったぜ。これからよろしくな、ご主人様。」

 

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