紅蓮、対峙する

〜side:紅蓮の魔王 フランマ視点〜




 クソ真面目野郎に言われて、俺はアイスリア王国の王都の前にいた。


「なんだこれは……神話の時代より発展してんじゃねぇか。」


 現在、紅蓮の魔王フランマは王都を見下ろすように丘の上から見ている。遠目からでもわかるほど頑丈に作られた城壁に美しい王城、それら全てを囲うように張り巡らされた高度な結界魔法。全種族の中で一番寿命が短く、世代が交代している人間にしては、ここまでの高度な文明を築いたことに驚いた。


「あれを人間が………? エルフの集落でもあんなもの見たことねぇぞ。まぁ、俺ならあんなやつ簡単に壊せるし、別にいいか。」


 驚きはしたものの、壊せないほどの頑強さがあるとは思えなかったので、深く考えるのをやめた。それよりも、気付かれずに中に入る方法を考えた。

 人間に擬態することにした。関所を通るのに必要な身分証は、殺した冒険者から略奪済みだから、問題はない。最終確認をしてから城壁へ向かった。王都へ入るための関門を順番に並ぶ。順番が近くなると前の人間がどんなことを聞かれているのかがわかった。当たり障りのない関門のちょっとした審査をして終わりのようだ。俺の番が来たため、騎士に呼ばれた。


「身分を証明できるものはありますか?」


「これだ。」


 冒険者カードを見せれば、騎士が受け取って確認をすると返却された。


「……はい、確かに。では身分証をお返しします。」


 騎士の横、窓口の方に水晶は置いてあった。近くで見ても何もわからない。


「これはどういった魔道具なんだ?」


「こちらは新しく出来た試作品の魔道具で、なんでも種族を探知できるものだとか。」


「種族を?」


「はい。原理は私にもわからないので、ご説明ができないんですが…」


「ほう。面白そうだな。」

 

 昔は種族によって魔力の性質が違うのは常識だったが、種族探知なんてものを作る必要はなかった。人間以外の種族は隠蔽スキルを簡単に見破れるからだ。まぁ、魔王格になればこそこそせずとも正面からぶつかって制圧できるというのもある。だから、生まれ落ちてから魔道具というものに頼ったこともなければ触ったこともない。


「触ってみますか?」


 試作品とはいえど、貴重な魔道具だろう。それに触れる機会などないから、興味を持った。 

 ここで魔族だとバレてもターゲットである第一王子を手っ取り早く誘き寄せられるし、あれが壊れたりバレなかったとしても、王都観光してから暗殺すればいい。


「では、お言葉に甘えるとする。」


 種族探知機だという水晶へ近づき、手に触れてみると、水晶が濃い紫色に光った。その下にはよくわからない文字に数値が映し出された。万人にわかるような結果が表示されるわけではないのだな。この数値が何かがわかればいいのだが…


「?!」


 水晶の変化に気づいた騎士たちが驚いた顔をしていた。俺の対応をしていた騎士は信じられないものを見る目だった。俺が魔族なのがバレたか?


「何か問題だったか?」


「い、いえ、濃い紫色というのは、魔力量が多いという結果です。私は紫色なんて初めてみたので、驚きました。すごいですね。」


 顔が引き攣り気味だが、魔族だとバレたわけではなさそうだ。まぁ、それはそれで長くこの王都に居てサボれるから良いけどな。

 

「そうか。では、王都に入っていいか?」


「え、えぇ、構いませんよ。良い日々を。」


 騎士が最後には笑顔になった。やはり気付かれなかったか。サボれて嬉しいような、気付かれなくてがっかりしたような…

 なんて思いつつ、冒険者ギルドに向かった。ギルドには情報源が溢れているからな。大通りをまっすぐ進んで行けばギルドがあると言っていた。最初は屋台やら馬車やら、人通りが多かった。しかし、徐々に人が少なくなっていき、数十分後。大通りのはずなのに人も馬車も全ての気配がなくなった。それに、大通りをずっと進めば王城へ辿り着くのに、さっきから距離が縮まったように感じなかった。


「ククク…いつのまにか、誘い込まれたようだな。」


 これは幻か? それとも、なんらかの魔法やスキルで誘導されたか? そんなことをした何者かがいるのは確実。俺を狙ってのことか、無差別か。さて、どう対処するべきか。


「いるんだろう? 姿ぐらい見せたらどうだ?」


 声を張り上げて問いかけたが何も反応がなかった。遠隔で行っているのかと考えていた時だった。左方から小さい何かがくる気配がした。反射で一歩後ろに下がれば、目の前を何かが通り過ぎた。何か確認しようとしたが、その前に背後から迫るもう一つの気配を感じて振り向いた。白い何かが目の前に来た。避けるのは間に合わないのがわかり、咄嗟に腕を強化して受け止めた。衝撃が走ると、白い何かは見たことのない形をした剣であり、それを握るのは灰色の髪をした男だった。


「へぇ。よく俺に気づいたね。」


 受け止められたはずなのに、目の前の青年とも子供とも言える年齢の男は口角を上げていた。それと、斬られていたらヤバそうな剣だということも、なんとなくわかる。


「おあいにく様、気配に敏感なんで、な!!」


 背中に冷や汗が伝うのを自覚しつつも、力任せに剣を弾いた。弾かれた衝撃で男が空中へ投げ出された。一見無防備に見えるが、隙がないのでそのまま追撃せずに様子を見ていれば、男は体勢を変えて地面に着地した。


「さすがは魔王といったところかな?」


 心底楽しそうな男が発した言葉に俺は驚きを隠せなかった。初見で魔族だとわかっても、魔王だと見破れる奴はいなかったからだ。それだけでも、この男が相当の実力者なのはわかる。


「よくわかったな。」


「自己紹介と行こうか。俺はこのアイスリア王国の第一王子、グラキエス・ウィン・アイスリアだ。」


 男は名乗りながら眼鏡を外し、髪の色を銀に変えた。まさか、暗殺対象であるあの子供だとは思わなかった。


「驚いたぜ。まさかターゲットから来てくれるとはな。いつから俺が魔王だって気づいた?」


「最初からだよ。関門を通った時に魔道具に触っただろ?」


「やはり、あの時か。」


 しかし、なぜあの時に俺が魔族だとわかっていながら、あの騎士は見逃したのか。普通ならわかった段階で殺気を見せるものだろうに。それすらなかったのは素直に賞賛ものだな。


「そ。見たなら知ってると思うけど、出てきた数値は種族によって異なる。門番から魔族が来たっていうから俺が来てみれば、魔王だったんだからこっちの方が驚いたね。」


 それにしては、驚きよりも嬉しさの方が勝っている顔だがな。


「俺を誘導したのはいつからだ?」


「それはあんたが噴水を通った時かな。」


「なに?」


 俺が知っている噴水とは、城門を抜けたすぐ後に存在する。歩いて1分もかからない場所だ。この男が元々どこにいたのかはわからないが、少なくとも近くにはいなかっただろう。


「俺は王宮にいたんだけど、遠隔でちょっと細工させてもらったよ。」


 俺は騙されていたのだと自覚すると、笑いが込み上げてきた。


「クッ、はーっはっはっは! 俺がここまで出し抜かれるとはな! 聞いていた以上だぜ!」


 エクレールの部下たちから聞いていたより、ずっと強い男だ。これは評価を変えねばならない。魔王クラスでも、この男を殺せるかどうか。相打ち覚悟ならあるいは……面白くなってきやがったぜ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る