紅蓮と雷鳴
本来なら小娘をもう少しだけ泳がせておいて、その裏にいる人物、魔族を炙り出そうと思っていた。その魔族がシェリューやシェファーの上司で、そいつはアーバン帝国の状況が詳しくわかるらしい。つまり、情報の塊だということだ。めちゃくちゃ捕まえたいだろうが! なのに、さぁ…
「はぁ……ったく、予定狂いまくりじゃねぇか…あの小娘め…」
ソファにどかっと座って、ネクタイを緩めた。窮屈な正装をしなくてはいけないのが、貴族の面倒なところだが、外す時の開放感は気持ちがいい。まぁ、窮屈にならないのが一番いいんだけどな。
「仕方ありません。あそこまで派手に動かれちゃったら、泳がせることもできないもの。」
「まぁな。それで、その台車は?」
シーラが両手でワインと二つのグラスが乗った台車を引いて持ってきた。さっき侍女に何かを頼んでたみたいだから、その時のだろう。
「ワインです。飲もうと思って持ってきてもらいました。」
そういえば、アイスリア王国の王族は結婚した時に、自分の生まれた年と同じ年代のワインを、結婚相手と一緒に飲むんだった。変な習慣だと思ったけど、祖先の趣味が習慣化したらしいんだよな。俺もワインは好きだし、良いけど。
「結構な年代物だな。」
「もう鑑定スキル使ったのですか?飲んでから当ててもらおうと思ったのに。」
「それはごめん。でも、シーラの口に入れるものだからさ、つい。」
俺は特級の毒耐性を持っているから、毒の類が全く効かないので、食事の鑑定をする必要がなくなった。結構前から鑑定はしなくなったんだけど、シーラが口に含むものは別だ。
「もう、過保護ですね。私だって毒耐性あるのに。」
たとえ毒耐性を持っていたとしても、本来は体に害のあるものだし、食べていいことはない。俺みたいな毒吸収なんてものがある場合は別だけど、シーラには無いから、正直口にしてほしくは無い。美味くないし。
「それでも嫌なものは嫌だ。過保護すぎてうざいって言うならやめるけど。」
「そんなこと思いません。愛されてる証拠ですから。」
ふふッと笑うと、シーラがワインが注がれたグラスを受け取った。シーラも自分の分のグラスを持つと、俺の隣座って、グラスを掲げた。
「では、世間話はこれくらいにして、これからは私だけを見てくださいませ。」
どうやら世間話が気に食わなかったらしい。独占欲が強くて可愛いなと思いながら、「わかった」と返事をして、お互いのグラスを軽く当てて乾杯した。このあとは夫婦の時間だ。誰であろうと邪魔は許さない。
〜side:???〜
とある城の国王執務室にて、褐色肌の男が1人いた。男の頭にはヤギのような湾曲した黒いツノに、背中にコウモリのような羽が生えていた。明らかに人間ではない男は、黒雲に覆われ雷が鳴り、大雨が降っている空を見ていた。
「はぁ……あの国で唯一、国が把握していない魅了スキル持ちだったのに……やはり、人間は使えませんね。これならまだ音信不通となったあの姉妹の方がマシでした。」
誰も聞いていない呟きを吐くと同時に、部屋の中心部が波打つ水面のようにゆらめいた。ゆらめきの中から出てきたのは、鋭い牙を持った男だった。
「貴方ですか。」
男の部屋に、ノックもせず堂々と現れる人物はほとんどいない。ある意味予想通りの人物に男はため息をついた。その顔を見て、現れた男は嫌そうに顔を顰めた。
「呼ばれた気がしてな。」
「呼ぶつもりだったので、手間が省けました。」
「ってことは、人間の小娘は失敗したのか。」
「えぇ。だから後は貴方に頼みますよ。紅蓮の魔王。」
牙を持つ男は十人いる魔王の一角、『紅蓮の魔王 フランマ』だった。
「俺を二つ名で呼ぶな。雷鳴。」
対して、フランマと話すこの男は、『雷鳴の魔王 エクレール』だ。
「呼ばれたくなければ、仕事をしてください。」
小言を言えば、フランマは舌打ちをして消えた。
「はぁ、あの男と話すのは嫌ですが、仕事はやる男ですし、任せても大丈夫でしょう。」
仕事の成功率は100%のくせに手を抜く癖がある。完璧にやり遂げたいエクレールとの相性は最悪だった。しかし、認めていないわけではない。嫌いだが信頼はしている。
「あとはいつ戻ってくるか、ですね。まぁ、あの男のことですから、時間がかかっても成し遂げるでしょう。」
執務机に置いてある資料には、ある人物の顔写真があった。銀髪に青眼の1人の男、名をグラキエス・ウィン・アイスリア。
「強いとは言え所詮は脆弱な人間。魔王に敵うはずもありません。」
エクレールは、不的な笑みを浮かべながら、写真を二つに切った。
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