愛しの君に全てを



「なんでこうなったんだ………」



 現在、俺は自分の部屋のソファで項垂れていた。

 理由は数時間前に遡る。



 


 昼食でミシェルとセスたちに散々揶揄われた後、シーラをAクラスまで送った。その時に、好奇の視線に晒された。理由は、元平民の女に長年連れ添った婚約者を奪われる哀れな女って感じのやつだ。

 人によっては、奪われる方が悪いとかなんとか言っていた。俺がシーラ以外を選ぶわけがないし、そう態度で示してきたのに、小娘とゼーリアごときの言葉、一回でそれを信じるのだ。目の節穴さに怒りを覚えたね。だけど、それはほんの数人だった。


 しかし、放課後。たったの3時間だけだ。3時間で、小娘たちの言葉を信じる人間がかなり増加した。それでもまだ学園で半数には満たないだろうけど、増えていたのは一目瞭然だった。

 

 怪しいと思って調べてみれば、案の定、小娘の魅了スキルにかかっていて、踊らされていた。魅了は一種の状態異常だから神聖魔法で治すことができるので、俺はわかる範囲で治した。しかし結果は、やっても意味がなかったと言うことがわかった。

 魅了に深くかかっているやつは、それに比例して小娘といる時間が長く、小娘を信頼していると錯覚してしまうので、正常でも小娘の味方をする。魅了が浅い人間は小娘との信頼関係を築いてないため、言いなりにはならなさそうではあるが、軽めだろうと魅了が効くので、2度目以降は操られないとは言えない。


 軽めだろうと、上位貴族の令嬢や子息に、ほんの少し自分に有利になる噂を流してもらうだけでも、効果は絶大だ。貴族社会とは、上の立場の言葉の方が重いから、上位貴族が言ってるからそうなんだって下級貴族や平民は思うわけだ。つまり、一度広まった噂は消すのが大変難しい。


 これを覆すほどの話題はなにか。女神の言っていた紅玉の少女を見つけること、あの小娘が嘘をついている証拠とか色々とやりようはあるが、どれを使うかは父上と相談しないと………


 


 そう思って父上とゴルドールに話したんだが…

 

「それでは、殿下が娘と一線を超えて、娘が大聖女に目覚めるか否かで今後を決めることにしましょう。」


 なんてゴルドールが言い始めやがった。

 俺は反対した。俺がヘタレっていう理由はあるけども、それ以外に、婚前交渉はあまり世間的に見てもよろしくない。隠れてしてる奴もいるけど、それは後少しで結婚するってわかっていて、その上で妊娠しても誤魔化せる範囲である1ヶ月前とかの期間だ。一年前とかで妊娠が発覚すると、多少問題になる。結婚して仲が良ければ多少って範囲に収まる場合もあるけど。

 シーラがここで妊娠が発覚してみろ、周りから白い目で見られる可能性がないわけじゃない。シーラに苦しい思いはさせたくない。


「殿下は娘以外と結婚する気はないですよね。それなら、書類上ではもう夫婦になってしまい、住まいも王宮に移してしまいましょう。結婚式は告知さえしておけば、一年後でも間に合うでしょうし。」


「おい。」


「予定が早まっても、何も問題はありません。過去に我慢できなくて婚約者と一線を超えて結婚を早めたという事例もありますしね。」


 過去の王族よ。何してくれてんだ? 顔も知らない祖先のせいで、俺が窮地なんだが?


「婚約者を思うあまり我慢できずつい早めてしまったとでも言えば、周りは納得しますよ。」


「お前のプリシラ嬢溺愛っぷりは周知されているからな。」


 なるほど。この二人は、俺のわがままであれば周りも納得すると言っている。なんとなく、そんな感じはするけどさ…それでいいのか、父上たちよ。


「私としては孫の顔が早く見れるので、何も問題はありませんね。」


 もうだめだ…俺の味方は誰一人としていないんだと気づいた。


 なんてことがあり、シーラに助けを求めたんだが……ポッと頬を染めるだけで拒否なんて空気はなく………侍女たちにあっという間に風呂に放り込まれてしまった……頭の中が大混乱のまま、15年ぶりに熟練の侍女たちに風呂の世話をされてしまい、書類仕事で凝った体まで解され、自分の部屋に放り込まれて、今に至る、と……


 何度も考えたけど、並列思考が全力でお仕事していても、原因がわからなかった。使えねぇぇ!! いや、使えないのはスキルではなく俺の頭なんだけどな?? 責任転嫁は良くないけどさ、マジでなんでこうなったのか。ゴルドールたちは早く孫の顔が見たいからチャンスとでも思ったのか??


「ありえなくはない…………」

 

 でもさ、普通学生に孫を期待するか?? 俺が前世の常識に囚われすぎてる訳ではない、はずだ。たまに結婚するから退学するって女生徒はいるが、ごく少数だぞ??


「あー、でも、これ以上小娘に騒がれるのはめんどくさいって意味もあるのか?」


 父上たちも、女神が俺たちの仲を引き裂くようなことをするのかって疑問には思っていたらしいから、確かめたいってことか。


「だからって、実践させようってところが、あの二人の微妙にズレたところか……はぁ…」


 盛大なため息をついていると、廊下へと出る部屋の扉が開かれた。ノックなしで俺の部屋に入る人間はあまりいない。父上か、母上か……このタイミングでこの二人はちょっと嫌な予感がする。絶対に茶々入れてくるはずなので、どっちだと警戒していれば、予想とは違い、薄紫色、薄桃色?のネグリジェを着たシーラが顔を覗かせていた。


「キース様? あの、申し訳ありません。ノックをしたのですが、お返事がなくて心配になってしまって……」


 俺の顔を見たシーラは申し訳なさそうに頭を下げた。シーラならノックはいらないって言ってるんだけど、毎回律儀にしてくれるんだよな。


「あぁ、ごめん。考え事をしてて気づかなかった。」


「いえ、倒れているとかではないようで安心しました。」


「……」


「……」


 お互いに黙ってしまった。なに、この雰囲気。気まずい空気を変えようとして、愚痴を吐き出すことにした。


「えーっと、父上たちにも困ったものだよな。いきなり、そんなこと言われても心の準備だって……」


「あの……私ならできてます。」


 俺の言葉を遮るように、頬を赤く染めたシーラが言った。今日、シーラの恥ずかしそうな顔、かなり見てる気がする。かわいいなぁ、押し倒した、、、じゃなくて、今なんて言った?


「え?」


「私なら心の準備……できてます。」


シーラが勇気を出したように一歩踏み出し、ソファに座っている俺の隣に腰かけた。顔は俯いていて見えないけど耳が赤い。


「……自分が何を言ってるか、理解してる? ミシェルからもらったあの小説みたいなことをするんだぞ?」


 おそらく、シーラはちゃんとわかっていると思う。ミシェルからお勧めされた女性向けのそういう絡みが有りの恋愛小説を読んでいたから、男にそんなことを言って何をされるかなんて、推測できているはずだ。

 わかりきっている質問をする俺も意地がわるいけど、聞いておかないと後でやっぱり嫌です、なんて言われたらショックだしな。


「わ、わかって、います。婚約が決まった時からずっと、私の全てはキース様のものです。キース様になら何をされても、嫌ではないと自信をもって言えます。」


 膝の上にあった俺の手に、シーラの手が重なった。俺たちは何度も手を繋いでいるし、最近では街で堂々と手を繋いで歩くのも恥ずかしがらなくなった。でも、今は状況が違うからか、頭から湯気が出そうなくらいにシーラの顔は真っ赤だ。多分、はしたないなんて思われたらどうしようって考えてるはずだ。令嬢自ら男を誘うような行動は、はしたないと言われる。まぁ、全然そんなことないんだけど、それよりも……


「そこの自信はあまり持って欲しくなかったかなぁ?!」


「大丈夫です。キース様は私の嫌がることはしません。」


 ほんっとに、この子は…なんでこんなにかわいいんだ。前世のゲームで出てきたシーラと今のシーラは同じ歳で、同じ見た目なはずなのに、今の方が何倍もかわいい。可愛すぎて、俺の心臓が壊れそうだ。


「死にそう………」


 重ねられた手とは逆の手で赤くなった顔を隠すように覆うと、シーラが俺の首に両手を回し、胸を押し付けるように抱きついてきた。上目遣いで俺を見上げているシーラ、見下ろしているから、俺の胸に押し付けてるせいでちょっと形が変わっている胸も見えた。感触と、暴力的な景色のせいで鼻血出そう。興奮で鼻血は出ないんだけどな。


「私が老衰で死ぬまでずっと一緒にいてもらいますので、まだ死んじゃダメです。」


「死ぬとしたらシーラが原因なんだけど?」

 

「ダメです。キース様は私を一生かけて幸せにしてください。代わりに私の心も体も、全てキース様に捧げますし、キース様を全力で幸せにします。」


 ゲームのシーラが言わないセリフだな、これは。

 でも、それもそうだな。ゲームでは婚約者に愛されていなかったシーラで、今は愛されてると自信をもって言えるシーラだ。言わないようなセリフを言ってもおかしくない。

 あぁ、そうだ。これは、俺が全力でシーラを愛したからこその結果だ。俺が、シナリオを変えた結果だ。俺が育てましたって言っても過言じゃないな。


「シーラ、その条件じゃダメだ。」


「え?」


 俺の言葉に、首を傾げた。ここで不安にならないところが、俺に愛されてるという自信を、シーラは持っているのだと、わかる。


「俺の全てはもうシーラに捧げているし、一生をかけて幸せにすると、初めて会った時から誓っている。だから、俺の全てはシーラのためにある。俺はシーラのものだよ。」


 シーラの右手、その薬指にキスをすると、嬉しそうにシーラが笑った。月明かりに照らされたシーラの、海のような青い髪が光に反射してキラキラしてるように錯覚した。目尻に涙を溜めていて、それすらも綺麗に見えた。


「ふふ、嬉しい。それなら、お互いがお互いのものですね?」


 妖艶な笑みを浮かべるシーラは、小悪魔なのか天使なのか、わからなくなった。でも、どんなシーラでも愛おしいのは変わらない。


「うん。そうだよ。俺はシーラのものだし、シーラは俺のものだ。」


「はい。大好きです、キース様……いえ、キース。」


 初めて敬称なしで呼んでくれた。あぁ、鳩が豆鉄砲を食ったように驚くのは、これのことだな。でも、この幸福感だけは、間違えることのない事実だ。


「俺は愛してるよ。シーラ。」


「はいっ!」


 どちらともなく顔を近づけて、俺たちはキスをした。


 その夜、俺たちは初めて朝まで過ごした。

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