津波



 シリアスを連れて、転移魔法で飛んだ先は、リンジー港街だ。ここは、貿易港があるため人が多い。、他国の人間も集まりやすいし、もちろん商船もあるから、商品も集まりやすい。津波なんてありえないレベルで存在しないこの街は、防災なんて考えられていないため、一度津波が起こって仕舞えば、被害は甚大だ。商品の被害が大きいのはまだいい。変えがきく可能性が高いしな。でも、人の命は変えられない。


「よし、まだきてないな。」


 街中に飛んだ場合、すでに津波が来ていたら俺らは海の藻屑となるため、街のはるか上空に飛んだんだが、街の至る所にある建物が倒壊してはいるものの、波に飲まれた痕跡はなかった。あの地震の大きさだし、震源地ははるか遠くのバッカー大陸だから、津波はかなり遅れてくるだろうと予想はしていた。まだ来てないことに喜べばいいのか、地震を未然に防げなかったことを悔めばいいのか。いや、そもそも俺は半神ではあっても、半分は人間だ。人間が自然災害…と言ったらいいのかはわからないけど、それに勝てるわけがない。割り切るしかない。言うほど、そこまで気にしてねぇけど。


「震源地はアーバン帝国でしょ? それなら、津波が来るのはもうちょっと後かもね。」


「おそらくな。今は地震発生から約8分。シリアスはわかるか?」


「あと何分で来るかってこと?? わかるわけなくない? ただの営業マンだったんだよ?」


 大企業の営業部門でエースだった男がって、ちょっとムカつくけど、今はつっこんでる場合じゃないか。それに、俺だって人のこと言えないしな。


「数十年前の日本の津波は、地震発生から30分後、だったか?」


 授業で数回きいた程度の知識だし、忘れているものは思い出せないから、曖昧だ。


「確かそんぐらい。でもさ、それって日本の近海じゃなかった?」


 言われてみれば、震源地が陸地から離れていた気がする。


「あー、そうだった気がする……でも、海外で発生した津波も日本に来た事例はあるから、来ないことはない、はずだ。」


「そうだよねぇ。あの強さの地震が起きて津波は発生しない、ってのは説得力がないし、来る前提で動こう。避難させる?」


「……この街は王都じゃない。アリアーデ辺境伯に伝えるのが先だ。おそらく、まだ10分の余裕はあるはずだ。」


 王都なら肝が座った人間が多いし、俺のことを信じてその場で臨機応変に動いてくれるだろう。だけど、ここは辺境の地だ。第一王子としての俺が指示を出しても、実力はできる限り隠してる(気づいてる人間は多数だから、隠しきれてないけど、辺境にまで知られてることはない)から温室育ちのくせにって思われそうだし、冒険者としての俺が指示を出しても、その実力は辺境になればなるほど、正確に情報が伝わらなくて半信半疑になる。だから、いきなり子供が騒いでも指示を聞いてくれるかはわからないし、少なくとも時間があるなら、信用されやすい領主の方がいいだろう。 


「オッケー。」


 シリアスと一緒にまた転移魔法を使ってアリアーデ辺境伯家に飛んだ。屋敷の門番に、辺境伯に取り次ぎを頼めば、すぐに辺境伯が来てくれたので、事情を話せばすぐに動いてくれることになった。まぁ、津波自体は俺たちが死んでも食い止めるから、街にいる人たちの救助を優先させたけどね。街の人たちがパニックにならないようにって通告みたいなものだ。


「俺らは海で待機?」


「その方がいい。」


 フェンリルたちがこの港に来ようとしていた時に待ち伏せしていた場所より少し手前の位置で待つ。津波がどれだけ脅威かわからない以上、俺やシリアスの魔力切れも考慮して港から少し離れつつも、すぐに港に辿り着ける場所に待機することにした。

 

 待ち構えること数分、それは来た。


「俺津波って初めてみた! めちゃくちゃ黒いじゃん!」


 俺たちが住んでいた場所には海がなくて、津波が来る不安なんてものは一切なかった。でも、その脅威と惨状はテレビで見て、なんとなく知っている。しかし、実際の津波の映像なんてものは見たことがない。つか、見たことあってもおそらく死んでる。

 だから、10メートルほどの津波が、黒いなんて知らなかった。4メートルでも、前世以上に危険なのに10メートルって……


「あれの正体、海底に溜まったヘドロらしいぞ。」


「うっわ、最悪じゃん! だから津波に流された場所ってあんなに黒いのか!」


 もしこの会話を第三者が聞いていたら、余裕そうに軽口を言い合っているように感じるだろう。しかし、二人して人間には扱えないだろう莫大な魔力を練って準備している。


「まずいな……波の中、いろんなゴミがあんぞ。」


 念のためにと思って、索敵魔法でどのくらいの範囲の津波を抑えたらいいのかと考えていた。しかし、波の中にある複数の反応、つまりゴミに、冷や汗が出てきた。

 そういえば、前世の知り合いの誰かが言ってたな。津波はただの波じゃなくて、色々なゴミを溜め込んでいるから、波に飲まれたら生還は絶望的だって。まぁまず、流れが早すぎて泳げないし、水面に到達する前に溺死、もしくはゴミにぶん殴られて気絶か。


「どういう作戦にする?」


「……ちょっと津波舐めてたわ。これ、凍らせてからちょっとずつ砕いた方が楽だろ。」


「それもそれでどうなの?」


 それは俺だって思ったけど、仕方ない。津波を舐めてた俺が悪い。これ水魔法でどうにかする方がめんどくさい。


「ゴミやヘドロ混じりの水を操作なんて神経使うし、凍らせた方がまだマシだ。」


「そうだけどさー、その後の被害は?」


「そのあとで考える。ほら、そろそろくんぞ。シリアスは右側10キロ。」


「オーケー!」


 俺たちは少し距離をとって、各々で氷魔法を使い、波を凍結させていった。





 


〜side:アリアーデ辺境伯〜


 数分後……


 屋敷の屋上からギリギリ見える海上。本当に津波というものが起こるのかと、殿下を信じていないわけではないが、どれほどの脅威なのかを知るために見ていたのだが……


「夢でも見ているのか?」


「旦那様、これは現実です。」


 殿下が津波の説明をし、屋敷を飛び出して十数分。かなり高そうな波が現れた。あれが街を飲み込んだらどうなるかとゾッとしながら考えていれば、一瞬で波が凍ってしまった。


「一瞬にして波が凍ったぞ……」


 海を、超広範囲で凍らせるなど、ただの人間にはできない。魔力が多いエルフでさえも、波を凍らすことなど不可能だろう。

 それをやってのけた、と。齢18の人間の男が……信じられないが、それが、半神の力、というべきか……


「そうですね。規格外だとは思いますが、これが半神の力でしょう。」


 陛下と旧友である私は、グラキエス殿下のことは知っていた。知ってはいたが、ここまで規格外だとは思わなかった。出会ってからずっと、殿下の底はわからないのに、さらに測れなくなった。

 

「そうだな。敵であればゾッとしたが、味方であればこれほど心強いお方もいないだろう。」


 まぁ、あの強大な力が、この国を守るためにふるまわれるのだから、この国は安泰だな。だが、強大すぎるが故にあの方に頼りすぎてしまう可能性がある。そうなれば、いつか国は滅ぶだろう。気を引き締めて、娘たちを育てなくてはならない。ま、自慢の娘たちなら、そのようなことにはならないだろう。

 それより……


「父親に似て、面倒ごとに首を突っ込む人だな…」


「それについては、血筋でしょう。この国の王族は代々、優秀で国民思いですからね。」


 アイスリア王国の王族は、何代かに一度、規格外な人間が生まれる。しかし、規格外だからこそなのか、優しい性格になることが多く、自分を犠牲にする傾向にあり短命になりやすい。おそらく、頑張りすぎてしまうのだろう。殿下を見ていれば、なんとなく予想できる。

 今も私たちのために、転移魔法を使って駆けつけて、さらに波を止めてみせた。いくら半神とはいえ、自然現象を止めるなど大変なはずだ。人は自然には勝てないし、被害に遭っても、仕方がないと諦めるしかない。それなのに、殿下は私たちを守ってくださった。父親である陛下も、よく面倒ごとに首を突っ込んでは、物事をより良い方向へ導こうとしていた。巻き込まれる私たちは、たまったものではなかったが……


「おっと、懐かしんでいる場合ではないな。住民たちの安全確保を続けなくては。この先は私が指揮をとろう。」


「かしこまりました。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る