法則操作

 俺は一瞬で王都全域を索敵し、取捨選択のスキルと法則操作のスキルを発動させた。

 具体的に言うと、索敵魔法で人を感知し、取捨選択スキルで人のいない場所を見つける。王都はかなり範囲が広いため、マニュアルにすると脳が焼き切れる可能性がある。オートで場所を選択して、法則操作で地面から建物に伝わる力を選択した場所に逃がす。他人からは転移魔法で揺れを転移させたように見えるだろうが、そんなことはない。物理法則を捻じ曲げただけだ。揺れが人のいる場所を避けた、ってな。これが地震となるとかなり力が強いから負担がかかるけど、まぁ、できないわけではない。

 スキルを操作する影響でゴリッゴリに精神力やら索敵魔法で、魔力やらを削られていくが構うことなく発動させ続けた。鼻から鉄臭い匂いもするから鼻血が出てるんだろう。さすがに法則操作のスキルを王都全体にするのはかなりの負担だ。

 でも、地震は長くても数分のはずだ。まだ、死ぬことはない。


 数分後、徐々に揺れが小さくなっていくのをスキル越しに感じた。しばらくして、スキルで力を逃さなくても壊れない程度に弱くなったので、スキルを切った。瞬間に、ドッと汗が吹き出た。


「っ、はぁ、はぁ、はぁ、」


 集中が切れたことで、息切れを起こした。思っていた以上に疲れているのは軽く驚くが、ちゃんと考えれば、王都全体を把握しながら地震という強い力を操作していたんだから、息切れと鼻血だけで済んで良かったというべきだな。下手したら途中で脳が焼き切れて死んでたかも。


「キース様、鼻血が出ています。」


 シーラが少し離れると俺の顔を見て、ポケットからハンカチを取り出した。俺の顔に近づけたので、鼻血を拭いてくれるのがわかった。だけど、お気に入りのハンカチを血で汚したくは無い。


「シーラのお気に入りのハンカチを俺の血で汚すのはダメだよ。」


「ハンカチは汚すためのものです。それにキース様の血なら、このハンカチも本望ですよ。」


 そう言って、有無を言わさずに俺の顔を優しくトントンと拭ってくれる。血で汚してしまうのを申し訳なく思うけど、シーラの優しさを無碍にできないから、大人しくした。


「キース様、あんた今何したんすか? 索敵魔法だけじゃないですよね?」


 流石にバレるよな。さっきの索敵魔法は、周囲の人に気づかれないように、なんて気遣いはガン無視して索敵の精度を重視した。そりゃあ、王都全体にかかる大きな力を別の場所に、なんてできない。発生した原因はともかくとして、自然現象に近いものを操るのは神でもない限りは無理だろう。一応、まだ俺は本当の神じゃないし。だから、被害を小さくするためにできることは、王都の人がいない場所に力を逃すことだけ。人がいない場所を選ばないといけないからそれもかなり大変だったけどさ。


「アイのいう通りだ。索敵魔法で人のいない場所を探して、法則操作のスキルでそこに地震の力を逃した。」


「まさか、王都全体を?」


「えぇ……そんなことしてよく脳が焼き切れなかったね。」


 セスとシリアスが、信じられないものを見る目で俺を見た。その顔はちょっと傷つくんですが?


「かなりギリギリだったぞ。あと2分も続いてたら被害覚悟して神聖魔法で回復してた。」


「2分ももつのか…」

  

 フェルさん、遠い目をしないでくれるかなー? 俺ですら驚いてるんだからな?


「それよりも、だ。今の、どう思う?」


 話を逸らすためでもあったけど、さっきの地震、少し違和感があった。地震が起きる前の嫌な気配が、嫌なことを予感させた。


「魔神復活に一票。」


「同じく一票。」


 シリアス、ミシェルに続いてこの場にいる全員、反論はないようだった。俺も、反論はない。魔神が復活すれば、世界にわかりやすい異変が起こるって言っていた。

 

「俺も同感だ。魔神じゃないと断言できる要素がない。そうじゃなければいいとは思ってるけどな。」


 俺、セス、アイ、シリアスだけでも対処できるように準備はしていたけど、フェルとミシェルも半神になってくれた方がいい。対策の幅が広がる。


「残念だけど、魔神は復活しちゃったよ。」


 ため息をついたところで、聞き覚えのある声が聞こえた。全員一斉に部屋の出口を振り返ると、イグニスがいた。


「だ、誰ですか?!」


「ミシェル、落ち着け。こいつはイグニス。精霊王であり、精霊神だ。」


「なぁんだ、種族神の一人ですか〜。って、なるわけないでしょ?!! なぜ、精霊神がここにいるんですの?! 上級以上の精霊は精霊界から滅多に来ないって!」


 精霊は、人間界に存在する魔素を操って、自然環境を調整する役割がある。どのくらいの範囲を調整できるかは個体によって差はあるが、下級精霊、中級精霊、上級精霊、特級精霊によって大きく変化するらしい。下級精霊は視界に映る範囲だけど、特級精霊になると王都規模の大きさの街を二つ分、調整できるとか。まぁ、特級を冠するのは八体で、この国に一体いるらしい。人間界には基本的に大陸に一体ずつ、計五体いて他の三体は精霊界から五体を補佐しているとか。

 ついでに言うと、上級以上の精霊は本当に気に入った人間にしか姿を見せないため、存在自体が人間たちにとっては希薄。だから、全個体は精霊界に引っ込んでると思われている。幻の存在であると認識している上級精霊よりさらに上の精霊王がここにいること自体がおかしいと思ったんだろう。気持ちはわかるけどな?


「精霊って、見えないだけでいろんなところにいるんだよー?」


「そうなんですの?」


「いるいる。その辺にふよふよ飛んでるよ。」


 イグニスがニコニコ笑いながら、右の手のひらを上に向けた。ミシェルたちには何かを受け取る時の手の形にしか見えないだろうけど、実際は手のひらにちょこんと座るようにして、中級精霊が一体いる。

 俺もイグニスから加護をもらって、精霊が見えるようになった。下級精霊は光の珠みたいな見た目で、中級精霊は羽の生えた小さな人間っぽい感じ。前世で言うと小さなシルフみたいな? んで、上級精霊が二又の猫とか、九尾の狐とか、動物系だった。

 そこらじゅうに光の珠はいるし、ちょっと探せば羽の生えた小さな人間はいるし、その辺のベンチで変な猫たちが日向ぼっこしてるんだよなぁ………可愛いから癒されるんだけど、あんまり長く見てると、精霊が見えない人間に変な男扱いされるから、じっくり見れるのは王宮内だけだったりする。

  

「なんなら君にも加護をあげようか? 精霊が見えるよ。」


「え、そんなことが?!」


 精霊を見る方法は、精霊王の加護をもらうか、精霊魔法の適性がある半神のみ。俺とセス、シリアスは精霊魔法の適性があるから見えるけど、アイは半神ではあるが加護も適性もないから見えない。


「君は精霊に愛されそうだし、キースの仲間だからあげてもいいよ。ただし、精霊神の加護は無理だけど。」


 ミシェルに、精霊神の加護を与える気はないらしいな。まぁ、ミシェルは魔法が苦手だしな。地頭はいいし、たまに面白い発想を思いつくんだけど、どうにも不器用で、自分でできなくて俺たちに再現させることが多い。だけど、精霊神の加護は魔法が得意な人間に与えられる傾向にある。精霊に好かれる人間ってのは、魔法が苦手でも好かれるし、得意でも好かれないやつは好かれないから、精霊神はともかく、精霊王の加護は付与しやすいらしい。


「ぜ、ぜひ!! 小さい頃から、可愛らしい精霊さんとお話がしたいと思っていたんですの!!」


「うん、いいよー。」


 食いついたミシェルににっこり笑顔でイグニスが加護を与えた。ミシェルはイグニスの右肩に移動した中級精霊を見てびっくりしていたけど、次の瞬間には仲良くなってたから、楽しそうにはしゃいでいた。


「それより、だ。イグニス。魔神が復活したって?」


 俺が楽しい雰囲気をぶった斬るように、低い声を出して、イグニスに問いかけた。


「そ。前に言ったと思うけど、エルフ神フィーニアが封印をギリギリまで維持してた。けど、ついにその封印が破られちゃってさぁ。アーバン帝国?だっけ。そこに復活した。さっきの地震は強力な封印を無理やりぶち壊した影響だね。」


 アーバン帝国からこのアイスリア王国は、かなり距離があったはずなんだがなぁ…


「はぁぁぁ。欲を言えば、もうちょっと粘ってくれたらよかったんだがな……」


「あぁ、でもね。フィーニアは咄嗟に封印を書き換えたみたいでさ、正規の手順以外で封印が解かれたら、一年間は弱体化するようにしたって。」


「やっぱ神様もチートだねぇ〜。」


 あははーって呑気にシリアスは笑う。けど、あんまり悠長にしてられないんだぞ。つか、この後に来るだろう王都以外の被害報告もある。港町なんかこれから来る津波のせいでさらに被害、が……


「あぁ!!」


 突然の俺の叫び声に、部屋にいた全員がびっくりして体を震わせた。本当にそれは反省するけど、今は呑気に謝罪してる暇はない。


「え、なになに?」


「忘れてたんだよ、津波の存在を!!」


 日本は地震大国だけど、地震だけを警戒してたわけじゃない。地震によって引き起こされる津波や、建物倒壊はもちろん、火災や液状化、土砂崩れなど、さまざまな場所で自然災害が起こっていた。その中で一番どうしようもなくて被害が大きくなるのは、津波だと俺は思っている。火災も油断してると痛い目を見るけど、津波は油断してなくても逃げられないことが多い。震源地が近いと2分とかで津波が来る場合があるし、その場合は避難する前に波に飲まれると言っていた。実際にそういう震災が過去に何度かあったって学校で話もあった。


「津波?」


 地震なんて経験したことがない連中が首を傾げているけど、俺は水の適性があって水魔法を特級まで鍛えたシリアスの肩を掴んだ。

 

「ミシェルは説明頼んだ!!!」


 一言だけ言い残して俺はシリアスを伴って転移魔法を発動した。

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