激震



 女神からお告げがあったとかで神官長と聖女が王宮に来た日の翌日。俺はシーラ、セス、アイ、フェル、ミシェルを呼び出してシリアスの家(マゼンティア大商会)に来た。もちろん、お告げの内容をみんなに話すためだ。いきなり来たから、シリアスは仕事中だったけど、1時間ほど待っていたらマゼンティア商会長が休みをくれたらしく、合流できた。そこで、本題に入ったのが、数分前だ。

 

「って、女神からのお告げだとさ。」


 腹が減ったのでシーラが作ってくれたサンドウィッチを全員でつまみながら。俺は3個目に入ったところで説明が終わった。


「もうその段階に入りましたの。」 


「なに、なんか知ってんの?」


 今この世界は魔神の復活が近いのだが、それは前世のゲームでいうと続編の時間軸となる。本来の俺たちの歳や時期を考えればまだ第一作目の序盤も序盤なはず、なんだけどな。

 この中で唯一、続編のゲームを知っているミシェルが、神妙な顔をしていた。何か知っていそうだ。


「恋ラブの方はシナリオ崩壊してるので、続編の聖カレもシナリオ通りにはいかないと思いましたわ。だから、今まで何も言わなかったんだけど。でも、シナリオはまだ生きてますわ。続編で魔神の復活が分かるのは、ウェスペルルートに入ったとき、女神からのお告げがあったからですし。」


 詳しく聞いてみると、セスタたち四人を攻略した後にウェスペルルートが解放される。そして、少しほのぼのとした日常パートを進めていくと、ある日、ウェスペルがヒロインに神官長が受け取た女神のお告げを君に伝えたいと言って、その場を設けることになった。聞いてみると、魔神が復活するという内容だった。


「でも、よく考えてみると、『白銀の王子と紅玉の少女が結ばれし時、大聖女が生まれる』なんてお告げはなかったはず……『黄金の王子と赤の聖女が向かいし時、魔神の討伐が叶う』というお告げはあったけれど。」


 まじかよ。ゲームになかったお告げ、か。まぁ、俺かウェスの違いが出たのは仕方ないにしても、なんで違う人物なんだ? 赤の聖女と紅玉の少女はおそらく違う人物だろうし……最初は今、ヒロインは聖女じゃないからなのかと思ったけど、それなら赤の少女でよくね? 紅玉っていう必要はないはず………いや、まぁ、ここは現実世界だからって言われたらそれまでなんだけど。


「ねぇねぇ。ゲームでのお告げと今回のお告げ、ウェスペル殿下とキースはともかく、聖女を示す内容が違うのはなんでだろうね?」


 俺の気になっていた部分をシリアスは言葉にした。やっぱり、そこは気になるよな。


「それがわかったら苦労しないんだ。」


 セスの言いたいことも分かる。俺だってそこで行き詰まったし。でも、何か考えがあるのか、シリアスはセスの言葉は予想通りというかのように笑って、続きを話した。


「あとさ、女神って時々、前世の言葉を使わない? 白銀とか黄金って、こっちの世界だと普通シルバーとか、ゴールドっていうよね。でも、女神は俺たちがいた前の世界の言葉をよく使う。そこから考えるとさ、女神って俺らの世界に詳しくない?」

 

「まぁ、そう言われれば、そうかも?」


 紅玉という言葉も、どちらかというと前世の表現で、こっちだとルビーの方がわかりやすく通じるだろう。わからないわけじゃないけど、微妙に伝わりにくいって感じだ。


「詳しい上にお告げでも好んで使うなら、あっちの世界のこと好きなんじゃない? となると、愛し合ってるキースとプリシラさんを引き離そうとするようなお告げ、言うかな?」


「えぇ、それはこじつけじゃね?」


 普通、神が一個人の恋愛事情に口を挟むか?

 いちいち口出してたら、年がら年中お告げだらけになるし、ありがたみが薄れるだろ。神は種や国家は見ても、個人は見ないイメージだ。


「でもさ〜、愛を司ると言われる女神が、愛し合ってる男女、しかも片方は自分の加護を与えた半神だよ? 引き裂くかな?」


「「「た、確かに……」」」


 精霊王だけど、精霊神でもあるイグニスが言っていた。たまたま目についた人を気に入って見ていたとかでもない限り、神は個人を見ない。でも、気に入った人間や、加護を与えた人間、数少ない半神なら、話は別だと。それは全種族神、そして、創造神に共通していると。

 

「ね? おかしいと思わない?」


 確かにその理屈でいくと、紅玉の少女=シーラ以外の女、というのは成り立たない。


「じゃあ、紅玉の少女がシーラだとして、どこにその要素が…………」


 俺の淹れた紅茶を飲んでいるシーラをみると、不思議そうな顔をして首を傾げた。うん、可愛い。って違う。シーラに赤い要素を見つけようとして……ん?


「もしかして、目か??」


「マゼンタだけど、光とか角度によっては赤にも見える、よね?」 


「そもそもマゼンタって、赤紫色ですよ? 赤に見えてもおかしくないですわ。」


「「……」」


 全員にじーっと見られているシーラは、恥ずかしそうに目を逸らして紅茶を飲んだ。うん、やっぱりシーラは可愛い。


「じゃあ、結ばれて大聖女が生まれるってのは?」


 フェルが、今まさにそれを言おうとしてためらったのに、躊躇なく言いやがったぞ。

 

「こういう時は、肌を合わせるのが乙女ゲームの定番よね! 手っ取り早く抱いてしまいなさいな。」


 それに便乗したミシェル。予想通りだけども……


「ミシェルは、そういうと思ったぞ。第一、貴族や王族は結婚するまで純潔でいることが重要なんだぞ。」


 男はともかく、女は純潔が重んじられる。理由は、まぁ誰でも予想できる通り、妊娠している可能性があると後継問題に支障が出るからだ。王族なら、尚のこと。ただでさえ、第一王子より第二王子の方が優秀だった場合でも国が荒れるんだ。王の子じゃなかった時は尚更……

 

「あら。どうせ二人は結婚するのですし、バレなければ問題ありませんわ。」


 はっ、確かに……他の男との子を妊娠している可能性があるから純潔が重んじられているだけで、相手が婚約者ならその限りではない?? まぁ、後から何があるかわからないから、結婚後が推奨されてるんだけど……

 まずいぞ……俺の中の天使という名の理性が悪魔という名の本能に負けそうだ。


「というか、グラキエスは避妊具ぐらい作れるでしょう?」


 ここにきてミシェルに止めを刺された。俺の天使ちゃんが瀕死の重体である。避妊具の存在を思い出させんじゃねぇよ、クソがっ!! とりあえず、話をそらそう。

  

「女がそういうこと言うのはどうかと思うぞ??」


「あら、じゃあ作れないの?」


 逃げられなかった………


「…………ノーコメントで…………」


 前世のものと全く同じものを作るのは流石に無理だけど、似たようなものはスキルやら魔法やらでなんとかなる気がする………でも、あれを世に出して良いものか?? 貴族がこぞって手に入れたがるぞ……そうなると、色々と未来がやばくなりそうな予感が………


「答えが出ましたわね。」


「あのー、ミシェル様。避妊具、とはどう言うものなのですか? どういう目的に使用するのかはなんとなく想像出来るのですが、見たことがなくて……」


 この世界で言う避妊に使うものは薬一択だ。月に一度くる女の子の日を促すものである。それ以外は存在しないから、シーラが見たことないのは当たり前だ。そもそも、子供を望わない家庭は行為自体を避ける。前世の日本のように、性行為=一種のコミュニケーションという方程式は一部にしか成立しない。

 だからこそ、あれをシーラに見せてはダメだ。俺の理性のために!!


「シーラは興味持っちゃダメ!」


「え? なんでですか?」


 心底不思議そうに見られてしまった。若干、残念って思ってない??


「じゃあ、俺が作ろっか?」


 まさかのシリアスが裏切りやがった。確かにシリアスも作れそうではあるけどな?? 


「シリアスもやめろバカ!!!!!」


 シーラが目をキラキラさせてるんだが?! ねぇ、その期待した目は、新しい道具を見られる期待だよね??別の意味じゃないよね?? お願いそうだと言って。じゃないと俺が襲われる気がする。


「えぇー? でもさー、大聖女がプリシラさんなら色々楽じゃん??」


 確かにシーラなら、疑うことなく全ての情報を教えることができるよ?機密情報だって教えられるし信用できるけどさぁ……


「既成事実が作れて、一石二鳥。」


「おいこら!」


 俺やミシェル、シリアスはともかく、なぜこの世界の住人であるフェルが既成事実を促してるんだよ…


「俺も賛成だけどな。」


 まさかのシーラの兄であるセスまで同意しやがった。


「ねぇ、俺の味方はいないの?!?!」


「いないでしょー。」


 はははって感情を含まない声で笑うんじゃねぇよ、アイのバカ。


「シリアス!!ぜっ、たいにあれは作るんじゃねぇぞ!!」


「えぇー、どうしよっかなー」


「やめろよ?!」


「この世界にまだ存在しない道具なんて、心躍るよねぇ〜」


「やめろ!!俺の理性のために!!」


「理性なんてふっとばせ〜。」


 シリアスの悪ふざけが始まり、俺が叱ろうとした瞬間だった。


「うるせっ、……ん?」


 突然現れた嫌な気配に、俺は言葉を止めて、南東の方角を見た。俺の様子が変わったのと同じタイミングでセス、アイ、シリアスの雰囲気も変わった。それ以外の三人が様子の変わった俺たちに気づいて、首を傾げたときだった。明らかにゴゴゴという地震が起きる直前のような音が鳴った。


「全員伏せろ!」


 警告をすると同時に俺はシーラの頭を守るように抱きしめると、アイもミシェルを抱きよせてから地面に伏せた。それ以外の男たちは床に座った。それと同時に揺れが始まった。


「え、え? じ、地面が、」


 まだ初期微動のはずなのに震度3ぐらいの強さがある。まずいな、これ、主要動はかなり強くなる気がする。そう思っていれば、あっという間に震度6弱ぐらいの強さの揺れが来た。


「き、キース様!」


 初めて経験する強い揺れに恐怖を覚えたのか、シーラはぎゅうと俺の服を掴んで肩を振るわせた。そりゃそうだ。この世界に地震が起きるとしたら、それは世界の終わりというイメージがある。さっきまでの震度3ぐらいなら、元日本人ならどうとも思わないけど、この世界の人間はそれだけでも大騒ぎになる。それなのに、人が立てないレベルの地震だ。普通に怖いだろう。安心させるようにシーラを苦しくない程度に強く抱きしめ返した。


「大丈夫だよ、シーラ。俺がいるから。」

 

 安心させるように声をかければ、シーラは俺に体を預けた。肩の震えはさっきよりはマシになったものの、まだ怖いらしく、俺の胸元に顔を埋めた。シーラの背中を撫でながら、俺は別のことを考えていた。

 この世界の建物って、耐震工事してないんだよな。建物が崩れないのかという心配をした直後だった。天井から照明が落下してきた。

 

「まずい……っ、」


 やっぱりそうだ。この世界の建物は耐震工事なんてしてない。そのままだと王都だけでもかなりの死傷者が出る。地震で人が怪我するのは揺れのせいで満足に立てずに転ぶこともそうだけど、何より、建物が崩れてきて下敷きになって怪我したり死ぬことの方が圧倒的に多い。

 

 このまま、何もしないのは人間として腐ってる。


 そう思った俺は、王都全体を一瞬で索敵できるように魔力を込めた。

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