人質 〜side:プリシラ〜

 

 遡ること数十分前。私は学園で魔術実習をしていました。愛しのキース様やお兄様たちには敵いませんが、冒険者として強くなったと自負しております。学園であったこともあり、油断していたところ、何者かによって連れ去られてしまったのです。おそらく転移魔法で、王都外にある森の中の小さなボロ小屋に。かなりの年数放置されているのか、屋根どころか壁すら崩壊している小屋とも言えない場所ですけれど。

 まぁ、縛られたり等はされておりませんし、むしろ毒なしの飲み物やお菓子なども振る舞う始末でして……すぐに逃げ出そうと思えば、逃げ出せたのですけれど。それをしない理由は、目の前にいる私を連れ去った2人が原因です。

 

「はぁ……この人間の女の子、捨てて逃げたい……」

 

 部屋、というより、かろうじて肩の位置まで残っていた壁の隅っこで膝を抱えながらため息をつき、ウジウジとキノコを生やしている色白な巨乳で黒髪の美人な女性と、その女性を見て呆れた顔を見せた褐色肌な巨乳で赤茶色の髪の美人な女性……今は擬態しておりますが、魔族だと2人は言いました。

 

「同感ですわ。わたくしだってあのバカの命令に従うなんて嫌でしたし。でも仕方ないのよ、シェリュー。我らが愛しの義弟とその婚約者を人質に取られてしまいましたもの。」

 

 キノコを生やした色白肌はシェリュニア、褐色肌の方がシェファーリエと言う名前だそうです。2人は義理の姉妹だそうで、お互いにシェリュー、シェファーと呼び合うそうです。どうやら、この2人は義弟とその婚約者の4人で人間を襲うこともなく、静かに暮らしていたそうです。しかし、数年前にあるクズどもに義弟とその婚約者を人質に取られてしまい、命令に従わざるを得なかったそうです。最初はある作戦が終了する約三年で解放すると言う話だったそうですが、そのある作戦が失敗し続けていて、あれよと数年経った様です。いつになっても解放されないため、痺れを切らした2人は、このままじゃだめだと思い、行動を起こした様です。外部の人間に、クズどもを殺して欲しい、と。

 

「あの男に協力してもらうにはこれしかない、とは思ったけど、本当に大丈夫かな、シェファー……?」

 

「敵となったものに容赦はない、とは言いますけれど、い、一応、味方に引き入れたものもいるとか……」

 

「あの元暗殺者でしょ? でも、私たち魔族だよ?? この国を手に入れるために手を出してるバカどもと同じだと思われてる可能性高いから、問答無用で殺されるかもしれないし……」

 

 予想できているでしょう。私の婚約者であるキース様に頼みたいそうなのです。元暗殺者とは、アインのことでしょう。

 しかし、キース様に近づこうものなら、とんでもない強敵に殺気を飛ばされるか、キース様ご本人からまかれたりするそうで、ことごとくうまくいかなかったとか。そこで目をつけたのが、私と言うことらしいです。私を攫えばキース様ご本人が捜索隊に出てきますし、キース様ならば犯人のその顔を絶対に拝みに来るだろう、と2人は考えた様です。かなり情報収集していたらしく、キース様の性格を少なからず知っておりますし、私の扱いもかなり丁寧です。今も、地べたに座らせるのではなく、シェリューの上着を下に敷いていますし。

 

「わ、わたくしも、怖いですわ。でも、あのクズどもの魔の手から2人を助けたり、一泡吹かせるには、あの男に協力してもらわないとならないのよ? 悪魔にでも魂を売らなくては!」

 

 キース様を知っているだけに、私に手を出すのはとても恐ろしかったようですが、人質の2人を助けたい一心で恐怖心を押し殺したみたいです。

 

「でも、これじゃあ、人質解放したければ条件飲めって言ってるものじゃん……」 

 

「で、ですから、お菓子などを差し上げて、顔繋ぎをと!!」

 

 ちょっとやり方はおかしくなってますが、2人を助けたいと言う焦りからでしょう。私を丁寧に扱っているだけ、キース様はお話を聞いてくれるとは思います。が、それを2人に言っても信じていただけなくて……

 

「せめて、婚約者じゃなくて、仲間とかにすればよかったんじゃない?」 

 

「私たちが簡単に攫えて、大事になる前に王都から本人がすぐに駆けつけられる場所にいるのは、この子しかいなかったでしょう??」

 

「そうだけど……そんなんだけどぉ〜……」

 

 今も己の恐怖心と闘いながら、不安を口にして落ち着こうとしています。冷静な考えが片隅にあるだけまだマシです。

 と、その時です。突然、シェファーの体が空に舞い上がりました。いえ、何者かによって下から殴られたことで、体が吹っ飛んだのです。その正体は、私のよく知るキース様でした。

 

「シェファー?!」

 

「おっと、大人しくしてろよ?」

 

 シェファーを助けようとしたのか、シェリューが立ち上がりかけた時。アイが軽い口調でシェリューの後頭部のすぐ後ろにロングソードの鋒を向けていました。

 

「シェリュー!!」

 

「動くな。」

 

 地面で受け身を取ったあと、シェファーはすぐに起き上がりシェリューを助けようとしますが、なんの音もなく、首元に短剣を突きつけられていました。しかし、短剣が浮いているように見えます。

 

「アイに、キース様?! もしかして短剣の方はお兄様ですか?」

 

 アイとキース様がいるということは、かなり大事になってしまったかしら。私が攫われたことは報告されたのでしょうし……私が攫われた場合、キース様とその側近方と、影が真っ先に動き出します。その中で、2人の魔族を相手に気付かれず姿を文字通り消して動くことができるのは、お兄様とキース様、シリアスさんだけのはず……それに、短剣の色からみて、お兄様のはずだ。

 

「正解だ。」

 

 私が当てると、シェファーの背後が水面のように揺らぎ、お兄様の姿が映し出さたのです。

 

「シーラ、怪我は?」

 

 キース様が心配そうに私のそばに来てくれました。そして、私の頬を撫でながら、声をかけてくれました。心配そうな顔のキース様も色気があってとてもかっこいいです。

 

「全くありませんわ。」

 

 私が横に首を振ると、ほっとした顔にをしていました。やはり私はキース様に愛されていると実感します。

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