ヒロイン暗躍疑惑
スリアルとリーベルティが悪魔捕獲作戦に出て行った8分後……
ドタドタという派手な音が2人分、廊下から鳴り響いてきた。そして、ほぼ同時に外にいる騎士が慌てて扉を開くと、俺の腰あたりに頭が来るぐらいの大きさの黒い毛色のフェンリルが何者かを背負っていて、同じ大きさで白い毛色のフェンリルが何かを咥えて部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん。捕まえたよ〜。」
「ミーゼンさんに化けてたからついでに探してきた! 外で気絶してたよ。」
ご機嫌な白いフェンリル、成長したリーベルティが執事服を着た知らない男を咥えていた。さっきの小さなサイズは大きさを変えていたからで、本来の大きさはこっちだ。黒い方はスリアルの擬態した姿で、セバスの補佐官であるミーゼンが目を閉じて背負われていた。その2人が俺のそばによると褒めて欲しそうに俺の周りをぐるぐるした。
「よくやったな、2人とも。」
俺は2人の頭を撫でると、尻尾をブンブンに振り回した。あー、やっぱもふもふ最強だな。
「よし、リーベルティ、汚いそれをぺってしなさい。スリアルはそのまま動くなよ。」
「「はーい。」」
2人が元気よく返事をすると、リーベルティは咥えていた男をぺっと放りだした。意外と勢いがあったからか壁に叩きつけられて、男が呻き声を上げた気がするが構わず、悪魔とやらを鑑定した。
名前:リヒト
年齢:250歳
種族:悪魔
階級:伯爵三位
二つ名:寝技のリヒト
レベル:110
HP 900/1025
MP 960/980
能力値:筋力380 敏捷550 守備400 器用さ290 幸運値300 魅力125
適正魔法属性:闇、大地
スキル: 火魔法(上級)、風魔法(中級)、闇魔法(上級)、隠蔽(上級)、改竄(上級)、隠密(上級)、鎌術(上級)
耐性:毒耐性(上級)、麻痺耐性(中級)、魅了耐性(中級)、精神攻撃耐性(下級)、物理攻撃耐性(下級)
称号:
その他:
バートよりは少し強いってところか。この広すぎる王宮で、執事たちを怪我させない程度の速度で走ったことと、応接室までの時間を考えれば、2人はとてもうまくやったようだ。2人がニコニコで褒めて欲しそうに待っているから、多分、どこも壊してない。壊してたらしゅんとして耳垂れてるからな。
「よし。2人とも、よくやったぞ!」
2人の頭を同時にわしゃわしゃすると、2人は嬉しそうにぐりぐりと擦り寄ってきた。尻尾もぶんぶん振り回しているから、相当嬉しいようだ。うん、やっぱこいつらは可愛い弟みたいなもんだな。最近のウェスは、あんまり頭撫でさせてくんねぇし……まぁ、本人は大人だと思ってるから、子供扱いは嫌なんだろうけど。反抗期がないだけマシか。
じゃ次は、ミーゼンの様子を見た。呼吸はしているから、殺されてはいないらしい。鑑定すると、睡眠魔法で眠らされたことがわかった。見たところ外傷もなさそうだし、呪われたりもしてなさそうだ。これなら、あとで医務室で念のため診てもらうだけでいいな。
「スリアル、ミーゼンを医務室に運んでやってくれ。睡眠魔法をかけられただけっぽいから、平気だとは思うけど、念のためな。」
俺は基礎的な医療知識はあるけど、専門家ではないので、宮廷医師に見せた方が安心だ。
「はーい!行ってくる〜!」
るんたったって効果音がなってそうな雰囲気でスリアルが出ていくと、リーベルティもそれについて行った。楽しそうようで何よりだよ。
「……さすが、フェンリルと竜王族ですね……」
「これでまだ子供だと言うのですから、人間の脆弱さを思い知りますね。」
現、財務大臣であるジョルダン・ウォールマーが、ため息をつきながら呟いているのも気にせず王宮全館に動いていいと言う放送をしてから、俺は2人が捕まえたリヒトとやらを拘束した。
「まぁ、そう腐るなよ。人間の強みは数が多いからこそだぞ。父上、俺はこいつを吐かせるためにセスを起こしてくるよ。」
「わかった。」
悪魔を俵担ぎして、転移魔法を発動させた。まずは事前に設定していた座標(使っていない牢の隅にある白い円の中)である地下牢に飛んだ。地下牢を監視していた騎士は、知ってはいたけど実際に目の前で体験するのは違うみたいで驚かせてしまった。謝りつつ、隣の牢にリヒトを放り込んだ。バートがリヒトに気づくと目を見開いていたので、知り合い確定だな。
「な、なぜ、リヒトが……」
「弱いくせに俺たちの国に手を出したからだろ。」
淡々と答えてから、セスが今使っているはずの客室から1番近い座標に飛んだ。中庭だったため庭師がいたけど、動揺することなくお辞儀をしてくれたので、ご苦労様と声をかけてから客室に向かった。庭師は、第一王子は規格外の天才だから何か驚くことがあっても何も不思議じゃないと思っているらしく、反応が薄いんだよね。驚かせ甲斐がないけど、化け物として見てないことは素直に嬉しいからそれでいい。
客室に到着して、ノックをしようとしたら中からセスが出てくる気配がしたので一歩下がった。ドアが開かれると、セスが出てきた。
「そろそろ来る頃だと思ったよ。何があったんだ? 避難等しないのなら、もう危険ではないんだろうけど。」
多分、俺が行った念話魔法の館内放送のせいで、客室で寝ていたセス、部屋の中であくびをしているアイ、シリアスを起こしてしまったようだ。でも、3人は状況を正確に推測できているようで、焦っている様子はない。
「さすがセス。冷静だな。魔族が侵入していたから、2人に捕まえさせたんだ。」
「なるほど。じゃあ、魔族の尋問は俺たちでやってみるよ。」
「助かる。」
3人と分かれて会議に戻ると、渡してあった魔道具をどうするかという話をしていた。種族探知機は予想通り、最初は王宮の城門、王都を囲う城壁門に設置し、使用感を試した後、冒険者ギルドや教会に譲渡、量産の目処が立てば有力貴族や商人に販売されるようだ。広範囲探知機の方は、今のままだと王国魔法師団しかまともに扱えないし、あっても使い道ないだろうと言うことで、魔法師団が管理することになった。魔法師団がどのくらい魔力を消費するかにもよるけど、最初は魔法師団で1日1回、俺やセスたち半神で2回の、1日最低3回は使用する。しばらく試してみて大きな問題がないなら、俺らの回数を減らしたり、改良したりして、どんどん増やしていくらしい。
魔族対策の魔道具は開発していくのは変わらないにしても、それ以外の対策も考えないとならなくなった。警備態勢の変更とか……まぁ、その辺はイスタルトやパズランがどうにかしてくれるだろ。
王宮の警備態勢など、様々なことが変化した数日後。
「は? なんて?」
「シーラ様が、連れ去られてしまったんです!!」
学園の昼休み開始直後だった。シーラの親友であり、俺の弟ウェスペルの婚約者でもあるサリナ嬢が、俺たちがいつも食事をする王族専用(と言っても、王族の誰かに許可さえ取れば誰でも入れる)ラウンジに駆け込んできた。そして、「シーラ様が連れ去られてしまいました、」と、焦りや驚き、困惑、恐怖など、色々な感情をごちゃ混ぜにした表情をしていたのだ。最初は理解ができなくて聞き返してしまったが、放たれた言葉はさっきと一緒だった。
「誰に?」
俺はいつもの声を心掛けていたはずが、少し低めの声を出してしまい、サリナ嬢を怯えさせてしまったようで肩が震えていた。それをみたウェスが彼女の隣へ行くと、背中を支えた。
「サリナ、兄上は君には怒っていないから、落ち着いて話をしてくれ。」
「は、はい……」
ウェスに励まされた、と言うより心強かったのだろう、サリナ嬢は深呼吸をすると、伝え忘れないように思い出しながらゆっくりと話し始めた。
1年生は4限目に魔法実習の訓練があったらしく、グラウンドで魔法の練習をしていた。終了直後、ご飯が食べられると、シーラを含めた全員の気が緩んだ一瞬の出来事だった。突如として虚空が歪み、腕が出てきてシーラを引き摺り込んだらしい。咄嗟にサリナ嬢は手を伸ばしたそうだが、掴めずにシーラはどこかへ消えてしまったらしい。混乱しながらも、俺たちに報告するのが最善だと思って着替えもせずに走ってきたらしい。普通なら教師たちに報告しそうなものだけど、先に俺たちに報告したのは英断だろう。
「サリナ嬢、真っ先に報告してくれてありがとう。訓練していたグラウンドは第二か?」
「はい。そうですわ。」
「そうか。少しみてくる。」
虚空が歪んで腕が出てきたと言うのが気になる。魔法を使うと、魔力の残滓がそこに残るから、なんの魔法が使われたのかわかるかもしれない。俺の万能感知なら、使用した者の強さや種族、使ったことがある魔法ならどのくらいの距離からどれ程の強さで発動されたかなどもわかるようになる。魔力の残滓がなければ、魔法ではなく何らかの特殊スキルだとわかるから、確認しておいて損はない。
まぁ、この時期にシーラを攫うとなると、魔族絡みだと思うけど。
「グラキエス殿下、この地点の虚空が歪み、シーラ様が飲み込まれた場所です。」
サリナ嬢たちが訓練していたというグラウンドまで案内されて、虚空が歪んだという場所で万能感知を発動させた。魔力の残滓が確認された。距離的にはギリギリ王都の外から転移魔法が使われた感じではある。だが……
「……転移魔法の痕跡が少し離れた場所にある。が、それだけじゃないな。」
王都全体を魔法で探索したけど、魔力の残滓と一致する魔力持ちはいなかった。一瞬で王都外から来て、王都から出るなんて、まぁまぁの転移魔法の使い手というわけだ。総魔力量の問題で人間にできる芸当じゃない。他種族の可能性もあるにはあるが、魔族がこの国を狙っている以上、魔族のなんらかの策だという方がまだ納得できる。まぁ、鍛えたはずのシーラが、あっという間に攫われたという時点で、かなりの使い手とも言えるだろうけど。
「どう言うことですか?」
並列思考で考えていたために、思考時間はたったのコンマ数秒。その間にサリナ嬢が俺の言葉に疑問を返した。
「転移魔法は虚空が歪むような反応はしない。おそらく、転移魔法を使って学園の中に入り、スキルを使ってシーラを連れ去った、と言うのが妥当だろ。」
回りくどいことをしている気がする。魔族はどこまで行っても人間を見下す種族で、普通人間に見られないようにシーラを攫うなんてしない。それこそ、バートみたいに存在を誇示して無謀にその場にとどまるバカばっかりだと聞いている。それなのにシーラを攫ったやつは、まるで何かが来ることを恐れて速攻で逃げたような反応だ。
「ま、なんでもいいか。どんなやつだろうと、八つ裂きにしてやるまでだし。」
シーラは、俺が作って贈った基本ステータスをあげるアクセサリー類は、自分の本当の力ではないということで実習の時は外して、体操服のポケットに入れていたらしい。シーラらしいとは思うから、別にその点を責めたりはしない。それらを外していたとしても、右耳につけたピアスがあるならば、やりようはある。
「さらっと怖いこと言ってますね……」
「サリナ、兄上はプリシラ嬢が関わるといつもあんな感じだ。」
ウェスが余計なことを言っているので、くるっと振り向くと、ウェスがサッと明後日の方向を向いて目を逸らした。このやろ、わかってて言いやがったな。
「ったく、余計なことを……」
「ウェスペル殿下の余計な一言はいつものことでしょ。それより、早くお嬢を見つけてやりま、」
アイが不自然に声を途切らせると、校舎の方に顔を向けた。同じタイミングで俺の万能感知に、知っている魔力を感知した。
「キース様。ご報告があります。」
そいつは夜猫とよばれる元暗殺者であり俺の部下であるアインだ。ただ、姿は見えない。理由は、セスが教えた水魔法と光魔法を使って姿を隠しているからだ。普段は魔力を隠蔽しているけれど、俺に報告したいことがあって、魔力隠蔽だけは解いたのだろう。
「アインか。今、シーラが攫われてんだがそれと関係ありそうか?」
「十中八九、関係しております。例の小娘が得体の知れぬ女2人と接触しました。」
アインには今、乙女ゲームのヒロインである平民の娘、シルヴィアナを監視させていた。例の小娘とは、そのシルヴィアナのことだ。前世ではウェスペルルートと、隠しルートのアスタリスクが1番有名で人気だ。初めて会ったあの日、学園前でウェスとぶつかって顔を真っ赤に染めていたシーン(ゲームの最初のイベント&ウェスの綺麗な顔が少し驚いたような表情をしていてヒロインを抱きとめているスチルゲット。かなり絵が凝っていたと言っておこう)からして、シルヴィアナはウェスに惚れていたのかと思っていた。万能感知にも、ピンク色の感情がウェスに向いていたし、魅了スキルも使っていた。あの小娘に引っ掻き回されて、幸せそうなウェスとサリナ嬢の邪魔をされたら敵わない。まぁ、今のウェスなら、あんな小娘に惚れるとは思えないけどな。俺とルナが、サリナ嬢にウェスの好きな女のタイプから、ドキッとする態度、性癖などの情報全部暴露してるからな……
って、それはどうでもいいか。シルヴィアナと接触した女2人は手練れに見えたために近づくのは危険だと判断して、アインは遠くから監視していたらしい。会話はほとんど聞こえなかったが、ところどころ聞こえた単語から、シーラを攫う計画をしていた、と。終わった途端に女2人がその場から消えた、と。アインは俺と一緒に転移したことがあるし、俺が転移したのを見送ったこともある。そのアインが、消え方的に転移魔法だと言ったなら、そうなんだろう。
「その2人の女の正体は? サンドリアさんが首突っ込んでんでしょ?」
アインから微妙にサンドリアさんの魔力が感じられた。匂いと同じで、魔力も少しは他人にうつる。まぁ、俺みたいに敏感なやつじゃないと感知できないけど。あ、もちろん普段は感知はきってるぞ。ずっと感知してたら疲れるし。
「さすが、キース様です。どこから嗅ぎつけたのかはわかりませんが、昨日の晩にサンドリアさんが面白そうだからと、私と一緒に見張り始めました。」
「だと思ったよ……」
「そのサンドリアさんは、あの2匹は魔族だ、とおっしゃっていました。」
はい、ビンゴ。そうだと思った。と、なると、あの
「他に聞こえてきた単語はあるか?」
「げぇむ? とやらで、キース殿下に一目惚れをし、婚約者になるのはひろうぃん? である私だと世迷言をもうしておりました。」
「は??」
た、たしかに? 男の俺から見ても俺の顔はかなりイケメンな部類になると思う。前世の基準から考えてもかなり良い方。王族という身分もあるけど、女はうざったいほど寄ってくるのは否定しないし、この顔で口説かれたら女は惚れるだろうなとは思う。けどさ? ウェスに惚れてる(仮)のに、俺を狙ってる発言してんの、なんで? 意味わかんない。
あー、でも、これであの女が転生者は確定したな。日本語はこの世界にはないから、下手な日本語みたいになってるけど、『ゲーム』と『ヒロイン』を口にしたんだろうな。『ゲーム』はともかく、『ヒロイン』と言う単語はこの世界にはないし。
「それって『ゲーム』と『ヒロイン』でしょ。」
「そうです! その単語でした! どういう意味なんです?」
その部分だけ日本語で話してみると、コクコクと頷かれた。アインは俺が転生者なのは知ってるし、教えてやるか。
「『ゲーム』は、何かをして遊ぶことを言うんだよ。チェスとかあるだろ? 『ヒロイン』は、物語の女主人公のことだ。」
なるほどと頷いているアインに、俺はこんなことしてる場合じゃないことを思い出した。
「やべ、解説してる暇じゃねぇ。とにかく女の監視はお前とサンドリアさんに任せるぞ。」
「かしこまりました。」
転移魔法を使ってここから離れたのなら、索敵魔法の範囲外に逃げた可能性もある。俺なら、かなりの広範囲に索敵を広げられるけど、広く索敵しようとすればその分魔力を使うし、近くにいる人ほど感知されやすくなる。索敵魔法は絵の具が水の中で溶けていくような広がり方をするのから、その量が多ければ多いほど水を濃く染める。範囲を広げれば広げるほど、魔族に感知される可能性もある。何度も行えば、術師の位置まで気付かれる恐れもある。
今回は、人間よりも魔力の感知に優れた魔族が相手だ。逃げられる可能性がある。それは嫌だから、ここは……
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