ダンジョンでレベル上げ


 冒険者ギルドに顔を出すとシーラを連れてることもあり、色々なやつに囲まれた。その間にセスとアイがフェルとミシェル嬢の冒険者登録を済ませてくれていて、助かった。

 

 なんとか人混みから抜け出すと、俺はここ最近できるようになった転移魔法を使って、迷宮へと潜った。

 転移魔法は一度行ったことがある場所じゃないと飛べない上に、距離が離れれば離れるほど魔力を消費する。俺は国の端から端に飛んでも魔力はあんまり減らないけど。いや、人数にもよるけど俺1人であれば500ぐらい減る。高練度である俺の魔力制御を持ってしても500だから、常人だったら5000は減るんじゃないか? 知らんけど。試せるほどみんな魔力ないし。

 たったの数十メートルでも、100だからほとんどのやつが乱用はできない。そりゃ、転移魔法を使える奴が長年いないわけだ。

 

 

「で、これから何をしますの?」

 

「これからダンジョンに潜る。」

 

「え、今からですか?! 何も準備なんてしてませんが?!」

 

「あぁ、大丈夫。必要なもんは全部異空間収納に入ってるし。」

 

 一度、異空間収納の容量を知るために色々なものを押し込んだことがある。とにかく色々なもの。俺が持っている私物、シーラの私物、セス、アイなど色々なやつの私物を家具ごと入れた。だけど、どんなに入れても俺には痛くも痒くもなかった。限界がわからない、ということがわかった。だから、ダンジョンに潜るのに必要な道具は全て異空間収納に仕舞いっぱなしだ。出す方が場所を取るし。

 

「あ、そうですか……」

 

「それに、日帰りするから服とかいらねぇしな。」 

 

「それだと低階層でのレベル上げになりません? 私たちのレベルになるとあまり需要はないかと……」

 

 俺一回も低階層でレベル上げするなんて言ってない。レベルを上げるシステムは、死亡した時に放出する魔力をその身に浴びること。強い魔物ほど放出する魔力は多く、よりレベルが上がりやすい。低レベルでも余裕で対処できる低階層でちまちまやることほど非効率的なことはない。かと言って無茶をして大怪我したり死ぬことも効率悪いから、無謀に下階層に潜るのもダメだけどな。

 

「何言ってんの? 下階層に決まってんだろ。」 

 

 だが、今日は俺たちがいる。その階層に適正以上の実力を持ち合わせたパーティに実力不足な人間を連れて行くことも、いいレベル上げになる。ま、連れて行ったやつはあんまりメリットないが。とにかく早くレベルを上げたいなら、かなり有効な手段だと思う。

 

「は?! だって、今さっき日帰りだって、!」

 

 ミシェル嬢の言う通り、ダンジョンの大きさにもよるが、よほどの小さいダンジョンでもない限り下階層に行くには数時間(走れば別)はかかるし、ミシェル嬢やフェルのレベル上げに適正な下層となると、1日で帰って来れないだろう。文句を言うのもわかる。が……

 

「転移魔法使うに決まってんだろ。」

 

 転移魔法でダンジョンに入るのは違法だが、ダンジョン内で使っちゃダメなんてルールはない。それに、ダンジョン内は転移陣だらけなんだ。転移魔法を使う使わないは問題じゃない。

 一応言うと、別にダンジョンに違法で入れたとしても、中で死んだらギルドは一切責任を取らないし、どっかの冒険者に襲われたとか、素材奪われたとか言われても、そもそもあなた方ダンジョンにいませんでしたよね? ってことで、もしそれが本当だったとしても、被害届は出せない。自業自得だと言われて終わる。まぁ、転移魔法が使えたとしても、ダンジョンに入るためだけに魔力を無駄に消費することほど、馬鹿なことはないから、ダンジョンに入る前に受付をしたほうがいい。だが、中に入ったら……あとは転移魔法は使っても良い。

 

「ち、ちなみに、どの階層に転移するのですか。」

 

「んー、ざっと120階層ってところかな。」

 

 大体50〜70階層あたりまで中堅冒険者が潜れる想定階層。75〜90階層でBランクパーティ、90〜100階層でAランクパーティが潜るレベル。それ以降はちょこちょこSランクの魔物が出るから、Sランクパーティが潜るようなレベル。だけど、120階層を超えるとSランクの魔物がウヨウヨいる世界になる。正直、Sランクパーティ1組だけで挑めるレベルではない。

 

「それ、私たち死にますわ。」 

 

「あ? 俺らを誰だと思ってんだ。足手纏いが2人いたところで120階層程度、何も問題はない。」

 

「俺らの最高記録は180階層だぞ? 今更120階層なんて赤子の手を捻るぐらいには簡単だぞ。」

 

 俺たちが今から潜るダンジョンは、現在世界中で発見されているダンジョンの中で、おそらく最大規模だと推測されている。理由は、50階層も潜っても中堅冒険者が対処できるレベルだからだ。

 

 そもそも、ダンジョンとは何かというと、迷宮を形成する魔物だ。魔物だから、魔石を持っているし、魔石に内包された魔力が多ければ多いほど、ダンジョンが大きくなる。そして、階層を作り出すと、魔力の元とある魔素を発生させて内部に充満させる。それが魔物にとって住みやすい環境となる。そして、ダンジョンには別名がある。魔物を生み出す魔物、『母なる魔物マザーモンスター』。

 ダンジョンは、魔物だから核があり、核である魔石はダンジョンの入り口から最も遠い場所にある。階層を下に作っているダンジョンだったら最下層、階層を上に作っていくダンジョンなら最上層にある。まるで、外部のものから身を守るかのように。

 

 作られたばかりの階層には魔石から放出される魔力が満たされていて、空気中に飽和している魔素がとんでもなく多い。時間が経過すると、外に出たりダンジョンの壁に吸収されて魔力を含んだ鉱石を作る素になったりする。それと、魔物は魔素があるところほど活発・活性するため、魔物にとってダンジョンの内部環境はまさに天国。

 

 もうわかったと思うけど、階層が形成されて時間が経過したものほど空気中の魔素は少ない。最下層(最上層)から遠く離れていることと同じだ。

 

 他のダンジョンは基本的に100階層代、多くても180階層で最下層ができる。この場合、単純計算で50階層付近が中堅冒険者が踏破できる階層になる。だけど、このダンジョンは中堅冒険者が攻略できる想定階層数が多い。

 つまり、このダンジョンの魔石コアは200階層以深だと推定されている。そして、おそらく、200階層以深は、過去最低最悪の危険度となっているだろう、と。人間が攻略できるものではないとさえ言われている。

 

 ダンジョンにも危険度ランクはある。普通はダンジョン全体での危険度を示すのだが、このダンジョン、マリアビス迷宮だけは、Eランクから最高ランクであるSSSランクだ。

 

「で、出鱈目ですわ……」

 

「お前もフェルもその出鱈目の仲間入りすんだよ。」

 

「ぎゃーー!! 命がいくつあっても足りませんわ!!」

 

 何言ってんだこいつ。俺が目の前にいて死なせるようなヘマしねぇ。そんな後味悪いこと誰がするか。

 

「俺が居て死なせるわけねぇだろ。アホなこと言ってねぇで、行くぞ。」

 

 駄々を捏ねそうな予感がしたから浮遊魔法で浮かせて運ぶことにした。

 

「ぎゃ!! そんなかっこいいことこんな場面で聞きたくありませんでした!!! ちょ、いぃやぁぁぁぁー!! おろしてくださいーー!!!」

 

 ぎゃあぎゃあ喚くのでミシェル嬢の声だけ結界魔法で遮断した。ミシェル嬢は俺たちの声は聞こえるはず。ふと、フェルがおとなしいことに気づいた。

 

「フェル?」

 

「え? なに?」

 

「意外と喚かないんだな。俺が言うのもなんだが、良いのか? 120階層。」

 

「いいよ? 怖くないって言ったら嘘になるけど、あの有名なSSランクパーティ凍結の棺フリーズ・コフィンが一緒だし。」

 

 凍結の棺フリーズ・コフィン

 俺とセス、オーレン、セフィが結成したパーティは、ここ三年でメンバーが増えた。シリアスと、ついさっき加入手続きしてきた身内であるシーラ、アイだ。この2人の実力の伸び具合が早いからそろそろ良い頃合いだろうと思っていた。

 ごく稀に(メンバーとは言えないのではないかと言うツッコミは受け付けない)参加する、バイオス、サンザ、オリブをオーレンの代わりに扱いたりするけど。

 180階層の階層ボスを倒した時(全員無傷)のメンバーは俺、セス、オーレン、セフィ、シーラ、アイ、シリアスという最強メンバーだ。(その時、ギルドには俺たちフリーズコフィンと、他の人たちと合同で行ったと報告している。)

 

「メンバー若干いないけどな。」

 

 今日は急遽決まった半神育成だから、セフィもオーレンも誘っていない。

 

「いない上でこのメンバーで120階層でもいけるって思ったんなら、俺が騒ぐだけ無駄かなって。」

 

「潔いな。そう言うの俺は結構好きだぞ。」

 

「お褒めに預かり光栄だけど、ちゃんと守ってね……」

 

 遠い目をして言うから、何事かと思ったら。

 

「誰が殺すかよ。」

 

「うっわ、すっごい自信。かっこいい〜!」

 

「シリアス、うるさい。」

 

「えぇ?! プリシラさんもかっこいいと思ったよね?」

 

「え? むしろかっこよくないキース様はいませんわ。」

 

「あ、キースの限界ヲタクなのを忘れてた。」

 

 俺の限界ヲタクってなんだよ。つか、シーラもシーラで何言ってんの?

 

「また変なことをシーラに吹き込みやがって……」

 

「変なことじゃないよ! ねぇ!」 

 

「はい! 変ではありませんわ! 私はキース様のファンですもの!」

 

「君は俺の婚約者じゃなかったっけ?! ファンなんて有象無象と一緒にしないよ?!」

 

「有象無象として扱ってくれるキース様も絶対好きです。」

 

「………どうしよう……シーラが本当に限界ヲタクみたいになってる……」

 

「あははは!」

 

「笑い事じゃねぇよ! お前のせいだぞ、シリアス!」

 

「俺じゃないもん! 教える前からすでに限界ヲタクとして育ってたもん!」

 

「嘘だろ?!」

 

「嘘ではありません! 事実です! その後から色々とシリアス様から教えてもらってますけれど!」

 

 あ、もう、ツッコむのはよそう……

 

 色々言っていたらマリアビス迷宮前の受付に到着した。受付嬢に冒険者カードと滞在予定期間を告げて、全員が受付終わったのを確認してから中へと入る。あ、ちゃんとミシェル嬢は結界から出してあげたよ。(シクシク泣きながら受付してて、受付嬢にどうかしたのか聞かれると、俺に無茶振りされると愚痴った。受付嬢は苦笑いしつつも俺への信頼があるのか、頑張ってくださいねって激励していたため、さらにミシェル嬢が泣き出したということがあった。)

 中に入ると、フェルに受付で滞在期間をいうのはなんでなのかと問われた。

 

「そもそも、ダンジョンに入る前に受付するのはなんでだかわかるか?」

 

「えっと、確かダンジョンに行ったはずの冒険者が、次々に行方不明になったことがきっかけだよね? 実際は盗賊に襲われていて、死体がダンジョンじゃなくて盗賊団のアジトにあったり、他国で人身売買されていたり……」

 

 約十年前、冒険者ギルドでダンジョンに行くと受付で話していた冒険者パーティがいくつも行方不明になる事件が発生した。ダンジョンで死んだと思われていて、そこで何かあったのだと推測されて調査されたが一向に見つからない。ダンジョンにも特に変わったところはないから、逆に不自然でダンジョンの外を調査することにした。すると、盗賊が関係していて、人身売買されていたり、殺されていたり……

 事件の解決には一年かかった。長期化した理由が、行方不明になった冒険者がダンジョンにいるだろうと思われていたことだ。実際は全く違う場所にいたのだから、そりゃ調査だって難航するし、長期化する。

 これをきっかけに、ダンジョン前で受付をして、何日ダンジョンに潜るのかを聞くようになった。受付する=ダンジョンに入るのを見送るので、これで何かあってもダンジョン内でのことだとわかるようになる。そして、大体何日程度潜るのかをギルド側で把握しておけば、冒険者パーティは「一週間潜るぞ」という認識なのに、ギルド側では「帰ってこない! 何かあったのか?!」っていうすれ違いも起きにくくなる。受付で何階層に行くのかも聞いておけば、帰ってこなくなって調査する時、目的地付近から調査すれば、無駄な調査時間も省けるようにもなる。

 できるだけ嘘申告はしないほうがいいが、多少の誤差は結構許容範囲内だったりもする。

 

「で、一日しか潜らないのに、120階層まで潜るって言っちゃって良かったの? しかも、受付嬢さん、一瞬驚いていたけど結局は苦笑して頑張れしか言わなかったし。」

 

 俺が受付で本当のことを言ったことが気になったようだ。しかも、出鱈目なことを言っているはずなのに、受付嬢は苦笑して、頑張れと激励するだけという反応も。普通のまともな受付なら、嘘は良くないって遠回しに諭すところだ。

 

「フリーズコフィンのパーティリーダー、SSランク冒険者のキースはとにかく規格外だ。本人のいう、規格外発言は大体本当のことだからあまり気にするな。というのが、このアイスリア王国王都のギルド本部、受付嬢たちの共通認識なんだと。」

 

 実際、俺は転移魔法で一瞬で下階層まで潜って素材を調達してしまうし、嘘発見器である魔道具も反応しないことからギルド側も本当のことを言っているのだと理解して以降、驚きはするものの、何も言わなくなった。たまにどうやってんだって聞かれるので、転移魔法習得したとか言うと、逆に納得されたりもした。

 

「受付嬢たちだけでなく、冒険者ギルドに通う全ての人間の共通認識だった気がしますけどね?」

 

「アイうるさい。」

 

「ひどい!」

 

 アイの余計な一言を黙らせたタイミングで、人の通りがない場所まで来た。

 

「よし、ここでいいだろ。」

 

 俺がそういうと速攻でシーラが俺の服を摘み、反対の手でミシェル嬢の手を握る。俺の左肩にセスが手を置き、反対の手でフェルの手首を掴む。シリアスとアイはセスの両肩に片手ずつ乗せたのを確認して、俺は転移魔法を発動させる。一気に120階層まで行くと、目の前に大きな気配がしたので、重力魔法を使って俺たちの周りに普段の数倍の重力を発生させた。

 

「ふぅ、鴨が早速来やがったか。」

 

 気配の主はレッドグリズリーという赤い毛色のクマの魔物。剛腕というスキルを持つ魔物で、一撃一撃が重く、家なんか一発で木っ端微塵になるほどには強い。スピードはやや遅いから仕留めるのは容易いが、魔力を持っているかと言われるとそこまで無いから、ダンジョン攻略する時はスルーする。まぁ、今はフェルとミシェルの半神育成開始時期だから、良い鴨だけどな。

 

「え、鴨? き、きゃぁぁあーー!!!! れ、れれ、レッドグリズリーではないですか!! Sランクの!!!」

 

 あー、叫ぶ気力は残ってたか。それに、手間が省けた。

 

「おー、ミシェル嬢、お前度胸あるな。」

 

「もうミシェルで構いませんわ……って、え? 何ですって?」

 

「じゃあ、お言葉に甘えてミシェルって呼ぶわ。ダンジョンで大声出すのは、魔物を呼び寄せる常識だぜ?」

 

「……」

 

 え? って顔してるけど、これはまじな話。ダンジョン内は常に食糧不足で、他の魔物を襲って食料を得る。つまり、魔物が魔物を食すなんて当たり前で、音がある方=食料かもしれないって思考(してるのかはしらん)だから、魔物が寄ってくるのは当たり前。弱い人間は魔物にとっては鴨だ。

 

「言っとくが冗談じゃねぇぞ。ほら来た。」

 

 言ってる側から、索敵魔法で紫色の毒々しい色合いの蜘蛛型魔物がカサカサとやってきた。

 

「ぎゃっ、ぽ、ポイズンスパイダー……! ど、どどど、どうしますの?!」 

 

 さっきより小声で喋れるぐらいには錯乱してないってことだな。ポイズンスライダーは、俺が作った重力場に入ると速攻でベシャっと地面に潰れるように転がった。起き上がれないのを確認してから、俺はフェルとミシェル嬢を結界の中に閉じ込めた。

 

「よし。これでいい。」

 

「これは??」

 

「物理攻撃は防ぐが、魔力は通す結界だ。2人以外は物理も魔力も防ぐ結界を張っている。」

 

「つまり?」

 

「今からお前たちだけ、レベルを上げる。」

 

「はぁ……え? レベル?」

 

「レベルが上げるシステムは、知ってるか?」 

 

「魔物を倒すことでは?」

 

「もっと細かい部分だ。魔物は、死ぬと微量に魔力を放出する。その放出された魔力を浴びると、その浴びた魔力を使ってレベルが上がる。前衛と後衛のレベル上げに差が出るのは後衛の方が討伐された魔物の魔力を浴びないからだ。」

 

「つまり?」

 

「俺が討伐して、お前らに魔力を浴びさせる。」

 

「はぁ……理屈は分かりましたけど、どうやって?」

 

「こうするんだよ。」 

 

「「え??」」

 

 俺は結界で閉じ込めた2人を敵の眼前に投げた。

 

「鬼ーーー!!! 鬼畜ーーーー!!!」

 

 ミシェルの罵声は無視して、異空間収納からロングソードを取り出して、魔力を足にこめる。

 

身体強化ビーストモード

 

 フェルリルたちが使う身体強化を足に集中させ、踏み込む。一息にレッドグリズリーに近づき首を切り落とした。レッドグリズリーの上まで投げられた2人は魔力を浴びていたので、着地した後は2人の元へ近づいた。鑑定スキルで見ると、2人のレベルが10上がっていた。いきなりか。

 

「よし。ちゃんとレベル上がったな。」

 

「よし、じゃありませんわぁぁ!!! あなた! 私たちを殺す気ですか?!!」

 

「結界張ってやったろ?」

 

「そういう問題じゃなーーーーい!!!!」

 

「別にいいだろー? こうしないとお前ら突っ込まねぇだろ。このほうが手っ取り早い。」

 

「ぐぬぬ、正論なだけあって、反論の余地なし! しかし、怖いものは怖いんですが?!」

 

「慣れろ。」

 

「横暴!!」

 

 まぁ、俺もそう思う。けど、このままだとSランクの魔物がウジャウジャと湧いてくるし、後でめんどくさくなるのは経験済みだ。だから、とっとと終わらせたい。

 

「あはは。俺もやられたなぁ。懐かしい! な、アイ!」

 

「そうですね。俺もやられましたっけ……」

 

 シリアスとアイが遠い目をしていた。 

 

「でもさ、あれやられると怖いもの無くなるよね。全部が全部あれよりマシに思えてくる。」

 

「それは心底同意! 無防備な時に投げられることほど怖いものはない!」

 

 2人の会話内容を聞いて、フェルとミシェルが納得顔をした。まぁ俺もやられたくはないから気持ちはわかる。が、意外にもこれが度胸作りにいいんだよなぁ。

 

「さて、レベルが上がった2人に任務を言い渡す。このポイズンスパイダーをぶっ叩け。」

 

「はい??」

 

「倒してレベル上げろ。」

 

「いやいや、無理ですから!!」

 

「大丈夫だ。お前らには重力がかからないように制限かけてるし、このまま首を刎ねれば討伐成功だ。」

 

「このままなら……まぁ……」

 

 ミシェルが渋々という感じでそろそろとポイズンスパイダーに近づいて行った。フェルもその後に続いて2人で首を刎ねた。

 

「うっわ、なにこれ。」

 

「力が、ものすごく上がった気が……」

 

 2人が自分の体の変化に気づいたようで、驚いていた。急に10レベルも上がると、身体能力が爆発的に上がるから、力加減が難しくなる。それを忘れていた。

 

「うーん。2人さ、今使ってる武器に愛着はあるか?」

 

「え? 特にはないけど……」

 

「私は少し……」 

 

「なら、武器は変えた方がいい。これ以上使うと修復不可能なレベルでこわれるぞ。」 

 

「えぇ?! それは嫌です! というか、なぜですか?! お手入れは欠かさずにしていましたのに!」

 

 少しとか言いながら、結構愛着あるだろ、その反応。まぁ良いけど。

 

「手入れの問題じゃない。この先使っていくには、その武器じゃ役不足だ。その武器自身の耐久力がないから、SSランクの魔物に当たれば一発で砕ける。」

 

「そ、それは……いやです……」

 

 砕ける想像をしたのか、ミシェルが落ち込んだ。

 

「それに、急激にレベルを上げるから、力加減できなくて、まともに扱ったらこわれるから、SSランクに当たらなくても近いうちに砕ける。」

 

「今日、砕けますか?」

 

「んー、微妙なところだ。120階層付近は正確な情報がないから、SSランク以上の魔物がいないとは限らない。」

 

 100階層付近までは、どうにかギリギリAランク冒険者パーティがマッピングしたり、魔物の情報を持ち帰る。初めての場所に行くのは危険があるが、情報提供すると金がもらえたりするから、高ランク冒険者は下層で活動すると色々な手段で儲かることができる。

 俺たちも、一応マッピングしたり、遭遇した魔物の情報はギルドに提供しているが、あくまで戦力強化のためのレベル上げが目的なだけだから、スタスタと奥まで進んでしまう。だから自分たちが通ってきた道しか正確な情報はない。

 

 まぁ、ある程度は俺の索敵魔法で把握はできるけど。

 

「そうですか。できれば壊したくないのですけれど……」

 

「なら、俺の予備を貸すけど?」 

 

「え? あるの?」

 

「あるぞ。10本ぐらい。」

 

「「10?!」」

 

「俺が本気で使っても壊れない武器っていまだに作れてないんだよ。」

 

 竜王族族長、ユグドラからもらった牙は俺の武器の素材として使えると思うんだが、それを加工できる職人がいまだに見つからないんだ。ドワーフならもしかしたらって思ってはいるんだが、西の大陸で生活しているため、王族であり数少ないSSランクの冒険者でもある俺が、いろいろな問題を抱えたこの国から出られるはずもなく……

 

「え、まじ?」

 

「まじだ。今は自分に弱体化魔法をかけてるから、ある程度の力を入れても壊れやしないが、魔法を解除すれば速攻で壊れるものばっかりだ。」

 

 今までは、弱体魔法ディテリオレイションを使って自分を弱くして、武器に合わせてきた。それでも、ふとした時に本気を出すと、魔法をかけていても武器が壊れかけることもある。だから、本気を出す時は殴るか蹴るかに依存している。自分の中では一番日本刀がしっくり来るんだけどな…… 

 

「それ、ほぼ使い捨て……というか、グラキエス殿下のレベルはいくつなのですか?」

 

「グラキエスでいいぞ。俺は150。だけど、能力値が千単位だから150とは言えねぇ。実質400以上か?」 

 

「……まさかの化け物でした……」

 

「本当、ミシェルは俺に対して失礼だな、おい。」

 

「でも、化け物と呼ばれてあんまり気にしてませんよね。」

 

「力に対して化け物とは思ってても、俺自身のことを化け物とは思ってないだろ。」

 

「まぁ、そうですね。鬼畜とは思いますが、化け物ではないですね。」

 

「本当、失礼な奴。」

 

 まぁ、その方がいいんだけどさ。王族だから、半神だから、強すぎるからって理由で畏まられるのは嫌いだし。ミシェルは貴族に転生したから、その辺わかってくれてる気がする。かと言ってシリアスは違うとは思わないけどね。

 

「んじゃ、続き行くぞ〜」

 

「あ、はい……」

 

 さっきまでの勢いはどうしたのかというぐらい、げんなりしたのは笑ったが、無視する。それからしばらくは同じように俺が結界で2人を守りつつレベルを上げさせていき、55に達したあとは自分たちで戦わせていき、最終的には65レベルまで上げられた。

 ダンジョンは良いな。AランクとかSランクの魔物がゴロゴロいるし、ダンジョンの中だからか、魔力も豊富に溜めている。レベル上げをするのに、最適な環境だ。1日で30近くも上がるんだからな。

 

「これなら、80階層のフロアボスは2人で行けんだろ。」

 

「はぁ?! 流石にそれは無理です!」

 

 これが意外と無理じゃねぇんだよなぁ。

 

「120階層の雑魚を狩れてんだぜ? 80階層のボスなんて雑魚だろ。」

 

 ダンジョンには10の倍数の階層ごとにフロアボスというボスが存在するが、今まで戦ってきた雑魚魔物より強いという特徴がある。

 目安としては、(フロアボスのいる階層×1.3)階層先に溢れている雑魚魔物レベルだ。つまり、10階層のフロアボスは13階層付近にうじゃうじゃいる魔物と同じ強さ、20階層のフロアボスは26階層付近の魔物、30階層は39階層……となり、80階層のフロアボスは104階層と同レベルということになる。だから、120階層の雑魚を狩れるなら80階層も余裕でいける。あくまで目安だから当てにするもんじゃないけど、このダンジョンの80階層と120階層代のことは知ってるから、2人でも80階層のフロアボスは倒せる。

 

「いやいや、アイ! よく考えて! 私たちはまだ初心者ですよ?! いきなり80階層のボスとか、何考えてますの?!」

 

「どう考えてもあんたらの実力を見て言ってんだよ。転生者というチートスキルがなくても、一般冒険者とかフェルでもいけるレベルだって。つか、Aランク冒険者の平均レベル知ってるか? 60だぜ?」

 

「その方たちには長年の経験があるじゃないの!」

 

「あーあー、うるさい、うるさい。ごちゃごちゃ言ってないで、やってこいよ。」

 

 わーきゃー騒いでいるミシェルがうるさそうに、小指を耳に突っ込んでるが、慰めて(と言えるのかは置いといて)やるところ、意外とミシェルを気に入ってるのかもしれない。アイにしては珍しいな。基本、影として生きてきたからか、自分から他人と深く関わろうとはしないやつだ。俺の周りと家族は抜きにすれば、の話だが。

 

「アイって、意外とミシェル様のこと気に入ってませんか?」

 

 シーラが俺のそばにくると、口元を隠すようにして、小声で言った。

 

「あ、シーラにもわかる?」

 

「はい。アイが他人にあそこまで言葉をかけるのも珍しいので。もしかして、恋に発展したりして……?」

 

「さすがにそれは、どうなんだろう……」

 

 ありえない、とは思わないけど、そう判断するのは早すぎる気がする。

 

「まぁ、様子見だな。」

 

「ですね。」

 

 いまだにワーワーと騒いでる2人の肩を掴み、俺は転移魔法で80階層に飛んだ。全員いることを確認してからフロアボスへと続く扉を開けた。

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