天を見た者

決闘騒ぎが終わり、これで一件落着かに思えた。

 

 翌朝。教室に着き扉を開けると、目の前にミシェル嬢が腕を組んで仁王立ちしていた。また何かつっかかってくるのかと身構えていると、予想外のことが起こった。

 

「昨日は申し訳ありせんでした。」

 

 あのミシェル嬢が頭を下げて謝ったのだ。てっきり衆人環視の中でボコったことを根に持ってさらに恨まれると思っていた。

 

「なんのかぜの吹き回しです? 昨日はあんだけ噛みついてきたくせに。」

 

 アイが訝しんで俺の横まで来ると、ミシェル嬢に皮肉を言う。それには同意するけど、ミシェル嬢がバツが悪そうな顔をしているから、辞めてやれ。

 

「うぐっ、その通りですけど……昨日の決闘でどうやっても勝ち目がないことを実感して、心を入れ替えたと言うか、なんと言うか……」

 

 もじもじしながら言われても可愛くはない。それに、その言葉は半分嘘だな。フェンリル族族長のリーズロットと契約したことで、共有された真偽眼のスキルを用いれば嘘か本当かの見分けなんて容易い。

 

「で? 本音は?」

 

「え、あ、そのー……決闘前の私は私であって私じゃなかったと言うか……」

 

 これが本音? 嘘も言ってないけど、本当のことも言ってない感じ。何かを濁してる。真偽眼こわ。改めて真偽眼の恐ろしさ、もとい重要性利便性を理解していると、ミシェル嬢が俺の顔を見て首を傾げた。

 

「ん? あれ? ちょっと待って。」

 

「なんだよ。」

 

「えっと、グラキエス・ウィン・アイスリア殿下、よね?」

 

「ついに名前まで忘れたのか?」

 

「アイスリア王国の第一王子、よね?」

 

「そうだけど、それが何?」

 

 むしろ俺を知らないやつはあんまりいないと思うんだけど。なんでそう何度も確認をするんだ。

 

「なんで?!!」

 

「何がだよ!」

 

「16歳で死んだんじゃなかったの?!」

 

「「「は??」」」

 

「え、だって、え?? なんで?? ゲームと違うんだけど? 私が留学する前にはもういないんじゃないの?」

 

 ……こいつ、前世の記憶、昨日思い出したな?

 

『はぁ……お前バカだろ……』

 

『なっ、失礼ね! え?? に、日本語?』

 

『お、前世は日本人か。こりゃあ助かったな。』

 

 転生者=日本人とは限らないから、日本語で話しても日本語が通じない可能性もあった。けど、すんなりと反論したし、発音もおかしくなかったから、日本人決定。

 

『な、ななな、なんでぇ?!』

 

 なが多いな。反応的に同郷に会ったのは初か。

 

『お前、転生者初めてか。』

 

『初めてに決まってるでしょ?! 私以外にいるとは思わないから!』

 

『むしろ、自分が転生してる時点で前例があるんだから他に転生者がいてもおかしくねぇだろ。本当にバカなのか?』

 

 従妹が持ってくる漫画は大体転生もので、たまに主人公以外にも転生者がいるパターンがある。俺はもしかしたらって思っていたけど、シリアスと会って、まだ居るかもと思った。つか、普通に考えつくだろ。悪役令嬢に転生しました系のやつは、大体正ヒロインも転生者ってオチだしな。そんなことも考え付かなかったのか。

 

『だから、失礼よ!!』

 

 ムキーっと腹を立てているミシェル嬢は無視してセスが呟いた。

 

「またか。天を見たことのある人間。」

 

「? 天を見る?」

 

『転生者ってことだよ。俺たちは一度死んだだろ? 死んで天国を見たから転生したのかもなーってシリアスが。』

 

 普通、輪廻転生するにも、記憶を洗いざらい消去してからするはずだ。前前世の記憶はないわけだし。前世でやり残したことがあって、記憶を残せる特典付きで転生させてくれたのかなーって、随分ロマンチックなことを言っていた。

 

『実際に見たの?』

 

『さぁな。死んだ原因は覚えてるが、死んだ後から一歳前後までの記憶はない。』

 

 記憶がないから、ただの妄想に過ぎない。それを言ったら、シリアスに夢がないなって怒られたけど。

 

『そんな前から記憶があるものなの? 私昨日思い出したんだけど……』

 

『人それぞれだろ。シリアスはもう少し後だって言ってたぞ。』

 

『私たちの他にもいるの?! その人はいくつで思い出した?』

 

 そんなに何時ごろ思い出したのかが重要なのか?

 

『4歳とかだったか?』

 

『早いじゃない! なんでこんなに差があるの……』

 

 シリアスが比較的早めに思い出したと知るやズーン……と落ち込んだ。情緒大丈夫か?

 

「それはしらねぇ。それより、『恋ラブ』やってたんだな。」 

 

 とりあえず、セスたちにもわかる言語で話すか。これ以上は聞かれても大丈夫だろ。 

 

「えぇ。けど、続編もやったわよ。」

 

 俺の意図が伝わったようで、この国の言語で話し始めた。意外と察し能力はあるな。つか、続編?

 

「は? 続編?」

 

「そう。『恋ラブの続編、恋する学園ラブストーリー〜聖女と彼の恋〜』って題名だったかな。略式名は『せいカレ。」

 

 ところどころ日本語が混じってるのは、こっちの言語だと訳し方がわからなかったってところか?

 

「まんまだな。」

 

「まぁね。というか、恋ラブは知ってるのに、続編は知らないのね。まぁ、男性が恋ラブ自体知ってることが珍しいけど。」

 

 男で乙女ゲームはそりゃ知らないだろう。

 

「従妹がやり込んでたのを横で見てて、悪役令嬢に一目惚れしてやり込んだ。あと、続編がでたのは20XX年以降か?」

 

 俺が知らないとなると、俺が死んだ年より後のはず。

 

「そうよ。なるほど、その年に死んだのね? そりゃ知らないわけだわ。制作決定したのがその2年後だったから。あなたはプリシラが好きだったのね。いかにも男の人って感じ。私はプリシラ嫌いだったなぁ。」

 

「あ"?」

 

 まさか、俺の目の前でシーラが嫌い宣言とはいい度胸だ。その度胸に免じて一撃で仕留めてやるよ。

 

「ちょ、怒んないでよ!!」

 

「シーラを嫌いだと言う奴は俺の敵だ。」

 

「待って待って待って!! ゲームの話! 今世のプリシラは知らないから!!」

 

 ちっ。それなら殺すのはやめるか。仕方ねぇ。

 

「よく俺がゲームで死んだアイスリアの第一王子だって気づいたな。自己紹介もまともに聞いてなかったワーグナー侯爵令嬢?」

 

 ゲームでは俺の名前は愛称のキースとしか出なかった。兄とか第一王子って表現されていて、一度だけ、ウェスがキース兄さんと呼んだから、名前はキースだと思われていた。俺が初っ端からこの世界がゲームだって気づいたのは、父上と母上のキャラデザが設定資料集とまんま同じだったのと、アイスリア王国という国名のおかげだ。その二つと知らない名前の子供がいれば死んだ第一王子だと特定できる。愛称も最初からキースと呼ばれていたしな。

 ミシェル嬢は、ついさっき俺の顔を見るまでは普通だったのだ。あの頃のミシェル嬢なら自己紹介は聞いてなくても納得できる。

 

「はい……おっしゃる通りです。あと、気づいた理由はその続編でグラキエスが出てくるから……」

 

「出てくる? 死んだ人間が?」

 

「えっと、魔神っていうラスボスが憑依するための憑代に使われてたの。つまりアンデッド化して復活させて、その体に魔神が入ったって感じ。」

 

 ポクポクポク……

 

 チーン

 

「はああぁぁぁぁ?!?!?!!!!」

 

 とんでもないことをぶっ込みやがった。

 魔神が? 俺の死体を? アンデッド化させて? 憑依した?

 

「一作目の物語も破綻してんじゃね?」

 

「キース、論点そこじゃない。」

 

 俺のズレた発言にすかさずセスが修正した。

 

「だってさ、俺が生きてる時点で、ウェスペル、セスタ、シリアスは丸潰れだろ? 他の攻略対象は知らねぇけど、半分も潰したんだ。」

 

「確かにそうだけど、今はキースの死体が魔人復活の媒体になっていたって話だ。」

 

「それもさー、俺が死ななきゃ復活しようもなくない? どうせ、媒体にするアンデッド化した死体も何かしら条件があんだろ。」

 

 ちらっとミシェル嬢を見ると、コクコクと首を縦に振って肯定した。

 

「えっと、全魔法適正を持ってて魔力量が多くて、多少無茶しても耐えられる体。」

 

「おい……」

 

「な、なに?」 

 

「俺当てはまってんじゃねぇか。」

 

「そ、そんなこと知らないわよ!! でも、たまたまいい死体が見つかったって言ってたから、狙われてるわけじゃないはずよ! 多分……」

 

 俺みたいに完全記憶があるわけじゃないのに、その自信があるのかないのかわからない発言は信用できねぇ……

 

「まずその記憶力が信用ならねぇな。」 

 

「本当なんだってばぁ!」

 

「なんか面白い話してるね。」

 

 教室の扉を開けて入ってきたのは、アーノルド王国の第五王子、フェルド・ボッサ・アーノルド、昨日仲良くなって愛称で呼び合う仲になった。

 

「いつ入ってくるのかと思ってた。」

 

「聞かれちゃまずい話じゃなかったの?」

 

「フェルは、俺らのことを面白おかしく吹聴する奴じゃないって思ってたんだけど、違う?」

 

 フェルは、廊下で結構序盤の方から俺たちの話をずっと聞いていた。驚いたり困惑してはいたけど、嫌悪や嘲笑などは全くしていなかった。そして、教室に入ろうとした時、知りたいという欲求と、頼って欲しい、仲間に入れて欲しいと言う気持ちがあった。フェルは1人だけ兄たちと衝突しているから、祖国では一人ぼっちだったのだろう。でも、兄たちを支えたかったと言う優しい心はいまだに健在している。要は、フェルも寂しいんだ。仲間が欲しい。そんな時に仲良くやれそうな俺たちが現れたんだ。裏切る理由がない。傲慢かな。でも、俺がフェルの立場ならそう思うし、国なんて早々に出て行ってやるね。

 

「違わない、けど。そんな簡単に信じていいの?」

 

「俺さ、結構人を見る目、あると思うんだよね。」

 

 初対面でもある程度その人となりはわかる。俺が王族だと知ってどう行動するかだ。俺の近くに置くやつは大体俺を地位だけで見ないし、だからこそ選んでいるとも言う。

 

「その通りだけど、真偽眼があるんだから余計だろ。」

 

「それは言わないお約束。」

 

 真偽眼を手に入れたここ数年は、さらに警戒心が高まった……というより、相手の打算がわかってしまって、俺の側近がさらに決まりにくくなってしまったのだ。もう、セスとアイがいれば良くね? って思ってる。無駄に増やしてもめんどくさいし。

 

「ふふ、そっか。ありがとう。」

 

 フェルが心底嬉しそうに微笑んだ。あー、普段気だるげ男子が子供みたいに笑顔になるとか、反則すぎんだろ。こりゃ女が惚れるわ。

 

「ん? 俺の顔、なんかついてる?」 

 

 どうやら凝視してしまったようだ。

 

「いや、ついてない。んじゃまぁ、ここにいるやつ全員、俺のクソめんどくせぇ役目のために、巻き込ませていただくぜ。覚悟しとけよ?」

 

 ケケケと笑うと、王子の顔じゃねぇ! って言われた。失礼な。王子だって悪巧みはするよ。

 

 

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