決闘

「はい、みなさん。こんにちは! 本日はなんと! 十数年ぶりに決闘が開催されましたー! 実況はわたくし! 1年Aクラスのメイリン・ガンズバリーがしたいと思います! 解説席にはこちら! この国の次期国王! 幼い頃から魔法勉学共に超優秀と名高いあの第一王子、グラキエス殿下と! 同じく超優秀な王子殿下の護衛兼側近! セスタ様にお越しくださいました〜!!」

 

「なにこのバカ高いテンション……」

 

「わたくし、男爵令嬢の身分なのですが、超恐れ多くも同じ席に座らせていただきました! ごめんなさい! そしてありがとうございます! お二人とも超顔面凶器で眼福&眩しすぎて目が潰れそうです!」

 

「意味不明な実況はいらねぇ……」

 

「冷静なツッコミ、ありがとうございます! 会話できてる時点で私は鼻血が出そうです……」

 

「興奮しすぎた小学生男子かよ。」

 

「キース、そこじゃない。」

 

「さて。お二人ともっと会話していたいですが、決闘について話を戻しましょう。」

 

「脱線させたのはメイリン嬢だった気が……」

 

「あぅ、名前を……なんという幸福……今死んでも本望です……あ、いえ、ごほん。えー、お集まりの皆様もご存知かと思いますが、今日は決闘が開催されます。対戦者はなんと! 両者共に! あの幻のクラスに配属されたSクラスの人たちです!」

 

 

 さて、ここで少し話を遡ろうか。

 

 今日の昼休み。俺たちと同じクラスのミシェル嬢がアイに決闘を申し込んだ。ここまでは、みんな知ってるだろう。その後、一応担任であるミルティアに……じゃない。普段は騎士団関係者は名前で呼んでるから癖が出た。(敬称つけると長いから、騎士団で指示を出すのに手間だから名前呼びが暗黙の了解。しない人もたまにいる。)

 アストリー先生に報告したんだけど、決闘というパワーワードに先生が叫びながらひっくり返りそうに……っていうか、尻餅をついた。その一連の流れを盗み聞き? という、大声すぎて聞こえてしまった生徒が噂を流してしまい……観客が集まってしまったのだ。

 人がいるところで言った俺も悪いけど、大声を出した先生も悪い……

 

 とまぁ、不本意な形として噂が広まり、メイリン嬢が勇気を出して? 興奮して勢いで? 俺たちに土下座する勢いで解説を頼み込んできた。断ったのだが、アイが乗り気で、押しに押されて俺が折れるハメになった。

 

 そして、訓練場の観客席の実況席みたいな場所まで案内されてみたら、想像以上に観客がいたので、噂広まるの早いなって若干感心してしまった。

 

「ではお二方にこの決闘についてどう思うのか聞いてみましょう!」

 

「あー、つまんない、クソつまんない、帰ればよかった。どれになるかは、ワーグナー侯爵令嬢がどれだけアイに喰らい付けるかによるだろうな。」

 

 俺の発言に場が凍った。そりゃそうだ。第一王子が決闘に否定的なんだからな。メイリン嬢も顔を引き攣らせていた。だから、俺は解説なんて嫌だって言ったんだよ。正式な競技とかならまだしも、くだらねぇことを賭けた決闘なんてな。

 

「と、とても、厳しい3択ですね……」

 

「元々クソつまんねぇことで決闘なんて言い出したんだ。それに、結果は目に見えてる。」

 

 実力差があるからつまらないとは思わない。自主的な訓練ならいいぞ、もっとやれってみんな応援するために盛り上がるし、俺も楽しい。本人はそれどころじゃないだろうけど、嫌悪はしてないからいいのだ。嫌悪する奴ならみんな控えるし。って、今はその話じゃねぇな。

 

「えっと、セスタ様はどうでしょうか。」

 

 さすがに空気をかえるためか、セスに話を振ったが、セスも基本俺と同意見だからな……

 

「これ以上場の空気を白けさせたくはないので、本音はノーコメントで。楽しくなるといいですね。」

 

 セス、それもう答え言ってるようなものだから。副音声が、つまんないだろうけど一応見てやるよ、だろ?? 皮肉すぎんだろ。この会場にいるやつは大体貴族だから、副音声感じ取るやつばっかりだぞ……

 

「そ、それでは、決闘を始めさせていただきたいと思いまーす!」 

 

 メイリン嬢も感じ取ったらしく、場の空気を元に戻すため、無理やり元気に決闘の開始を宣言した。すると、凍った空気を振り払うように、会場が沸いた。

 同時にアイが、会場から出てきた。

 

「まず東からはSクラス所属、グラキエス殿下の側近兼護衛のアイザリードだ!」

 

 武闘台へと上がると、綺麗な一礼をした。アイにしては珍しく、執事をしている時の所作だ。一応、元は影だったから執事もできるんだよな。影ってのは、なんでもできるよな……

 

「そして、反対からは! 海を超えた先にあるウェストリア島のメトス公国の侯爵令嬢、ミシェル・ワーグナーだ!」

 

 同じく、反対側からミシェル嬢が出てきた。しかし武闘台に上がってもむっつりと顔を顰めているだけだ。

 

「ここでお二人の情報を開示しますね。アイザリードさんは、1番得意とする武器はロングソードで、苦手なのはロングソード以上の長物です。あら? アイザリードさんが今手にしているものは長物ですか?」

 

 そう。アイが今持ってるのは2メートル(乙女ゲームの世界だからか、単位は前世と一緒)の木の棒だ。なんの変哲もない木の棍棒ってところだろう。

 

「苦手武器で挑むということでしょうか。」

 

「ハンデがないと勝負にすらならないので、妥当かと。」

 

 ハンデ……あってもミシェル嬢は勝てないからなぁ……

 

「セスに同感。」

 

 セスに同意すると、下の方、武闘台のところから殺気が飛んできた。ミシェル嬢だ。煽られ耐性無さすぎじゃね? 今の煽ってすらいないんですけど。

 

「ミシェル・ワーグナー様の得意武器は同じくロングソード。苦手武器は徒手空拳だと先生から伺ってます。ミシェル様は愛用の剣であるシャイニングソードを使うみたいですね。」

 

 メイリン嬢の言う通り、ミシェル嬢の右手には黄色の柄に白い刀身のロングソードが握られていた。決闘だと武器は何を使っても平気だし、持ち込みもOKだ。反則じゃない。ありゃ、殺す気だな。

 

「ワーグナー侯爵令嬢。最後の忠告だ。悪いことは言わない。この決闘取り消せ。」

 

 決闘の取り消しなんて、あんまり褒められたことじゃないけど、王族の命令として辞めさせることもできる。あまりよろしくないんだけど、できなくはない。だが……

 

「いやです。」

 

 とりつく島なしか。本当、バカなことを……俺は肩をすくめて、この決闘を進めるようにメイリン嬢に視線を投げると、頷き進めた。

 

「では、進めますね。この決闘では、降参するか戦闘不能だと審判が判断したら決着となります。では、Sクラス担任のアストリー先生、審判をお願いします。」

 

 先生を見ると、お腹を左手で抑えながら右手の親指と人差し指で丸を作った。その顔は青白い……なんで問題を起こしてくれたのよって思ってそうだ。いや、胃が痛い、かな。セフィと模擬戦してる時はイキイキとしてんのにな。

 

 武闘台に上がると腹を括ったのか背筋を伸ばして、中央まで歩いて行った。アイとミシェル嬢の中央で立ち止まると、右手を上に挙げた。2人の顔を確認して、右手を振り下ろし、「始め!」と声を上げた。

 開幕速攻、ミシェル嬢がロングソードでアイを上から切りつけた。アイはそれを読んでいたのか、実際には見えていたんだろうけど、すぐに木の棍棒を頭上に持っていき防いだ。細い木が鋭い切れ味の剣を受け止めたことで、観客が戸惑った。

 

「おっと?! 開幕速攻をかけたミシェル様! しかしそれを読んでいたかのごとくアイザリードさんはうけとめた?! 木の棒じゃないんですか?!」

 

「あれはただの魔力だ。」

 

「魔力?」

 

「後で教える。実況。」

 

「はっ、すみません! あれ、アイザリードさん、目を瞑ってませんか?!」

 

 ミシェル嬢は戸惑ったがすぐにアイから距離を取り、アイの側面に走り込んだ。メイリン嬢の言う通り、アイは目を閉じていた。レベルが90を超えるとスキルがなくても多少五感は強化される。空気の動きや魔力の流れ、音など、気配もわかるようになる。目を瞑っていてもミシェル嬢のレベルなら片手で相手できる。

 

 ミシェル嬢が苦虫を噛み潰したかのような顔をして、すぐに魔力を練った。そして空中に無数の火の矢が現れた。初級の火魔法、ファイアーアローだ。それをアイの全方位から放つ。どれか一つは当たるかと思われたが、アイはまるで見えているかのように、舞うように綺麗に全ての魔法を避けた。

 

「なっ!」

 

「ななななんと! アイザリードさんは目を瞑ってても周囲の状況がわかるスキルでもあるのでしょうか?!」

 

「そんなもの、アイにはない。純粋に高レベルに上がったから、五感が鋭くなっただけの立派な体術だ。」

 

 セスの言葉にまた会場が沸いた。

 

「それはすごいですね! 一体どのくらいなのかは知りたいですが、今は決闘に集中します。」

 

 ミシェル嬢は唇をかみしめて、今度は初級の風魔法、ウィンドカッターを無数に作り出し、魔法を放つと一緒に走り出した。魔法による多角攻撃に混じった純粋な物理攻撃を仕掛ける気のようだ。アイはウィンドカッターをさっきと同じように避ける。そこに、魔法でわざと隙間を作っていた空間にアイを誘い出し、風魔法を纏わせたロングソードを横に薙ぎ払った。アイはまた、棍棒でミシェル嬢のロングソードを防いだ。ミシェル嬢がそのまま何かを話しているらしい。アイがそれに答えたが、ミシェル嬢は顔を歪ませた。何を話しているのかは聞こえなかったが、いい内容じゃ無さそうだ。

 

「アーイーさーん。遊んでんじゃないよー(棒)」

 

「殿下、棒読みっすね!!」

 

「だって、クソつまんねぇんだもん。帰ってシーラに会いたい。」

 

「ほんと! ブレないな!! ったく、我が主君がもう待てないってんで、さっさと決着をつけますかね。」

 

 アイがニヤッと、顔を歪ませた。ものすごく悪人顔。

 それを見て、ミシェル嬢が怯んだ。

 そして……

 

「……え?」 

 

 ロングソードが宙を舞った。理由は、アイが一瞬で距離を詰めて、棍棒でロングソードを弾いたからだ。

 

「降参したらどっすか? あんたじゃ、いくらやっても俺には勝てねぇよ。」

 

「今のは、転移魔法?」

 

 呆然とした顔でミシェル嬢が言った。何言ってんだ?

 

「そんなもん、使えるわけないでしょ。つか、たとえ持ってたとしても、あんた相手に使うほど俺弱くねぇし。」

 

「嘘よ! あんな一瞬で距離を詰めるなんてできるわけない!」

 

 あぁ。そういうことか。

 

「ワーグナー侯爵令嬢。王族である俺の名に誓っていう。この決闘でアイは魔法を一切使っていない。魔力を武器に纏わせていたが、それだけしかしていない。」

 

「は……?」

 

「つまり、純粋な体術しか使ってねぇよ。今のは特殊な歩法の一つ、抜き足というんだ。相手の認識をずらすんだが、残像をその場に残すようなもの、か? うまい例え話がないな。とりあえず、真正面で見てる奴には残像のようなものしか目に入ってない。動体視力が低いやつほど引っかかる。第三者が見れば、アイは普通に動いてるようにしか見えないがな。」 

 

「キース。それは俺たちの話であって、観客にはアイが消えたように見えたはずだ。」

 

「あー、そっか。レベル差あるの忘れてた。」

 

「そういえば、アイザリードさんのレベルってどのくらいなんでしょうか?」

 

「俺? 俺は……殿下ー、俺なんレベルでしたっけ?」

 

「97だろ。」 

 

「き、97ぁぁぁぁ?!!!!」

 

「そうそう! 確かそのぐらい!」

 

「自分のレベルくらい覚えておけよ。」

 

「殿下が覚えていてくれるんで覚える必要がないんですよー」

 

「はいはい。」

 

「え? ちょ、え?」

 

「ん?」

 

「確か、騎士団長や魔法師団長のレベルが80前後だったと記憶しているのですが?」

 

 この3年でセフィもオーレンも団長たちと肩を並べるほどになった。俺たちがダンジョン攻略を始めたからだろう。王都近辺って、ダンジョンに潜らない限り、手応えがなくなったんだよな。だから、ダンジョンの下層階まで潜ることにした。そのために色々な魔法を教えてもらったけど。

 

「まぁ、俺たちは色々やらかしてるからな……」

 

「本当にやらかしまくりだよ。」 

 

「セス様だって乗り気だったじゃないですかー!」

 

「そりゃあ、強くなるに越したことはないからな。」

 

「危険に飛び込むのはいいんですかー?」

 

「ある程度の危険なら織り込み済みだ。引き際を見極める訓練にもなるだろう?」

 

「そう思えるのはセス様と殿下だけですよー?」

 

「セフィとオーレン、セバスもそういう思考だろう。」

 

「あ、そうでした。あのクソジジイならありえますわ。すっかり殿下の思考に染まってますねー!」

 

 セスとアイで会話していたのに、なんで俺が出てきた。

 

「俺のせいかよ。」

 

「なっははは!」

 

「と、とりあえず、アイザリードさんが規格外だったと言うことでいいですか?」

 

「俺だけなのは心外!! もっと規格外なの他にいるから!!」

 

「レベル97より上の存在が??」

 

 おっと、よろしくない流れだな。あんまり俺が規格外なのは知られたくない。積極的にバラすのは自慢してるようで嫌だ。

 

「アストリー先生、決闘は終わりでいいですよね?」

 

「え、あ、はい! 勝者、アイザリード!」

 

 まだ終了の合図をしていないのに気づいてすぐに勝者宣言をした。パチパチと拍手が起きると、すぐに解説に移った。

 

「それでは、さっき聞きそびれたことを聞いてみますね。アイザリードさんが武器でロングソードを防いでも折れなかった理由はなんでしょうか。」

 

「ロックドラゴンに物理攻撃が通りにくい理由は、体が硬い鉱石に覆われていること以外に、魔力を纏って自分を守っているからだ。」

 

「ふむふむ。鉱石を纏っているのは皆様ご存知かと思いますが、魔力を纏うのは最近の研究でわかったことですね! 論文に出ていたのを読みました。」

 

 俺がロックドラゴンを討伐したときに、どれだけ硬度を持っているのだろうと気になって試したんだが、俺が思いっきりやると剣が耐えられないから軽く斬ってみた。まぁ予想通り硬いから、剣が耐えられる程度の力を使って物理攻撃しても討伐ができないと思って、魔法攻撃で討伐した。その後、鉱石を採集しているときに触ったら、微妙にさっきとは魔力の感じ方が違う気がして、試しに剣で斬ってみたら、鉱石が斬れた。そこで王宮魔物研究所に伝えたら、魔力を纏っていたからこそ、あの討伐のしにくさだったらしい。普通の魔物より纏う魔力は強力だったにも関わらず、冒険者が気づかなかったのは、魔力が薄かったからだ。魔力膜といったところだろう。

 あの論文を学生である彼女が見ているとは思わなかったが、情報通なガンズバリー家ならではと言ったところか。

 

「ある冒険者がわざわざ教えてくれて、研究をすることになった。」

 

 と言うことにした。

 

「アイは、ロックドラゴンと同じことをして、最近では武器にも纏わせた。ただの木の棒が鉄の棍棒に成り代わるコスパ最強のお手軽技だな。」

 

「ただ、魔力を常に使っている分、慣れないと体と一緒に動かすのは難しいし、魔力を余分に使うから初心者が同じことをやると魔力が切れる。魔力制御に自信のないやつは辞めておいた方が身のためだ。」

 

 魔力制御の練度を上げないと、無駄に魔力を消費するからな。俺も最初は手こずった。魔力切れなんてものはないから比較的すぐに習得できたけど。

 

「それを、1日で習得した化け物もいましたよね!」

 

「いたな。そんなやつ。」 

 

「えー、そんな奴いたのー? すごいねー。」

 

「思いっきり棒読みなの辞めません?」

 

「俺は通算27時間ですけど?」

 

「正確すぎますから!! ほぼ1日じゃないっすか!」

 

「はいはい、わかったから、喚いてないで帰るぞ。」

 

 俺が席から立ち上がると、セスも立ち上がりスタスタと出入り口に向かう。

 

「え、ちょ、待ってくださいよ、殿下ぁー!」

 

 後ろから焦ったような声が聞こえてきたけど、アイの荷物はセスが持ってるし、身一つあれば帰れるのでアイが追いつけばいいだけだ。俺たちは歩いてるからすぐに追いつく。会場? そんなもん、知らない。勝手に集まっただけだし。この後はアストリー先生がどうにかするでしょ。まかせたー。

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