不安な出だし

 学園初日は、入学式と説明と案内のみ。

 翌日から早速、授業が行われた。と言っても、俺たちはほとんど学ぶことはないため、他と少しだけカリキュラムが違う。軍での即戦力となるために、基本は魔法師としての戦いである戦略、戦術など実践的な内容や、学園の教師になるのを前提とした教授としての必要な勉強など、幅広い様々な内容となっている。

 Sクラスと名付けているが、学園卒業後ありとあらゆる場所で即戦力となるべく教育されるため、訓練生のようなものだ。半年に一度の全クラス共通のテストとSクラス限定のテスト(あるならば受講している授業の最後の授業時間に実施)、月1のダンジョン攻略さえ受けていればいい。好きなように受けたり休んだりしていいし、その時間で興味のある他の授業も受けたっていい。何かの研究をしたり、さらなる知識を身につけるべく図書館に通って勉強したりと、自由行動となる。

 

 昨日の説明によるとこんな感じ。

 本当にSクラスは自由時間が多いらしい。まぁ、学園で学ぶことがないからこその措置だろう。

 

 俺とセスとアイは、ちょくちょく真面目にSクラスの授業を聞くことにした。特に戦術や戦略などの戦闘系統と、魔道具製作に関係がありそうなもの、ポーションなどの調合関係は受けることにした。いくらスキルがあるからとはいえ、どんなものがあるのかを知らなきゃ何も作れないからね。あとは、Aクラスの武官志望の生徒と合同で剣術魔法の実践訓練かな。

 

「セス、アイ、お前らはなに受けんの?」

 

 どうせ俺に護衛は必要ないし、一応影を付けているから何かあっても証言してくれる奴はいる。だから、2人とは自由行動だと言ってある。

 

「そうだなー。俺は殿下みたいに器用じゃないんで、魔道具とか調合系の製作系はやめときます。その代わりに違うの受けます。それはまだ悩んでますけど。」

 

 アイは出来ないわけじゃないんだけど、大雑把な性格だから、細かい作業とかが苦手なんだよな。そう、じっとしてるのが嫌ってやつ。だから、まぁこれは予想通り。

 

「セスは?」

 

「俺はサバイバルに必要そうなものにする。おそらく遭難するとしたらキースと一緒にするだろうし、受けてて損はないだろう。」

 

「なんつーこと想定してんだよ……」

 

「何事も備えが大事なんだろ?」 

 

 確かに言ったけど、冒険者やってれば自然と身についてるはずだ。もう一度受け直す必要は……あるような、ないような……ま、いっか。

  

「ねぇ」

 

 そんなことを考えていると、横から声をかけられた。振り向くと、炎を思わせる赤い髪が視界に入った。クラスメイトであり、同盟国の一つ、アーノルド王国の第五王子 フェルド・ボッサ・アーノルドだった。

 

「どうかしました?」

 

「いや、敬語じゃなくていい、ですよ。第一王子と第五王子じゃ身分違う、違いますし、俺、そういうのは苦手だし……」

 

 一応同盟国の王子だからと敬語を使ったが、どうやら気後れしたようだ。すらすら話せてないところを見るに本当に敬語が苦手そうだ。俺も敬語じゃない方が話しやすい。

 

「じゃあ、フェルド殿下もなしで。」

 

「……殿下も、いらない……フェルドでいい。」

 

 どうやら、本当にかしこまられるのが嫌らしい。王族らしくねぇ。俺も人のこと言えないけどさ。

 

「わかった、フェルド。俺のことも敬称なくていい。」 

 

「ん。あの……グラキエスって、『キース』と同一人物?」

 

 質問の意図がわからない。が、同一人物という聞き方となると、冒険者のキースを知っている? たとえそうだとしても、昨日会ったばかりの男に正体を明かすわけにはいかない。

 

「どういうことだ? 確かに俺の愛称はキースだけど……」

 

「そう。じゃあ、次の質問。弟は好き?」 

 

 俺の返答に納得いってなさそうだったけど、次の質問に移った。でも、弟が好きか? って、二つの質問に関係があるようには思えない。けど、問題はないか。

 

「好きだけど?」

 

「そう。……羨ましいな……」 

 

 羨ましいと言ったフェルドの顔はどこか寂しげな顔をしていた。昨日、フェルドが自堕落だという噂は所詮噂に過ぎないと思って、父上から詳しい話を聞いた。どうやら、アーノルドの王太子である第一王子と同じ母から生まれたことと、王太子より頭の回転が早くて政治に向いていることを知った家臣や貴族たちがフェルドを王太子にと望んだことがあったそうだ。それがあり、兄弟との仲は険悪。そして、自堕落と評価されるような生活をし始めたとか。でも、鍛錬は隠れてちゃんとしているようで、アーノルドの騎士たちの何人かはフェルドのことを好きなのだとか。フェルド個人に密かに忠誠を誓う騎士もいるらしい。相変わらず影の情報網が怖いけど、ありがたい情報だった。

 

『羨ましい』とは、おそらくそれ関連なのだろう。元は仲良かったから余計に。

 

「俺は、周りの言葉を気にして大切な人を突き放すやつは、嫌いだね。」

 

「え……?」

 

 俺のいきなりの発言に驚いて顔を上げると、気怠げな瞳を見開いていた。その方が人間味がある。

 

「俺は周りじゃなくて、自分自身の言葉を信じてくれる奴を信じて大切にする。じゃないと、王子なんてやってやんねぇよ。フェルドもそうだろ?」

 

 ふっと、シニカルな笑みで笑ってやると、フェルドは呆気に取られていた。だけど、瞳に生気が宿った気がする。

 

「そっか。そうだよね。うん、俺もそう思う。」

 

 表情を綻ばせた顔は年相応で可愛げがある。

 

「俺さ、兄上を支えたくて勉強してたんだけど、それが裏目に出ちゃって、国から逃げたくてここに来たんだ。情けないでしょ。」

 

 やっぱりそうなのか。自重するかのように笑うフェルドは少しだけ痛々しかった。

 

「別に逃げたっていいじゃん。」

 

「え?」

 

「全部に全力でまっすぐぶつかったって疲れるだけじゃん。鍛錬だって、休憩を挟まなきゃ体が壊れる。それと同じで、人間だって疲れる心がある。がむしゃらにやったって、結果なんて伴わないよ。だから、逃げてきて正解かもね。」

 

「グラキエスは、そういう経験、あるの?」

 

「俺はね、魔法も魔道具も好きだから研究しまくってんだけど、去年3日寝ずにやってたことが執事長にバレて怒られたことある。だから、ギリギリ経験はないけど、知識としてはそうなるってのは知ってる。」

 

 1年くらい前の話だけど、気づいたら3日経ってたんだよね……疲労耐性があることで調子に乗ってたんだよね……

 

「ふははっ。グラキエスって、意外とやんちゃしてんだね。」

 

「意外とって何?!」

 

「前にパーティで見かけた時は、完璧な王子って感じだったのにって思って。」

 

 俺、完璧人間じゃないんだけど……? 俺を完璧だという貴族といい、フェルドといい、王族を美化しすぎじゃない? 王族だって人間なんだけど。

 

「これでも一応王族だから、パーティではちゃんとするよ?」

 

「あはは。わかってるんだけどね。親近感湧いた。」

 

「そりゃどうも。」

 

 微妙に複雑……

 

「ふんっ、くだらないわね。」 

 

 和やかな雰囲気に水をさす、冷たく高い声。同じくクラスメイトのミシェル・ワーグナーだった。

 

「穏やかに兄弟喧嘩ですか。羨ましい限りね。」

 

 訳:平和ボケした悩みができるとは、呑気なものだ。

 

 だろうな。ワーグナーの出身は、メトス公国。メトス公国はウェストリア島のドリスタ王国から独立した国だ。そして、ドリスタ王国と戦争中。ワーグナー侯爵はメトス公国の騎士団長のため、戦争の最前線にいるはず。そんな国から娘を留学させたとなると、前線である侯爵領から遠ざけたってところか。

 

「こんなところ、来たくなかったのに……」

 

 無理やり留学させられましたってところか。そして、それに拗ねてる、と。 

 

「はっ、ガキくせぇ。」

 

「な、なんですって?!」

 

 アイさん? 16歳なんてまだまだガキの範囲だよ?

 

「お前、なんのためにここに来たんだ? 親に言われて仕方なく来ましたってか? そんで、拗ねてんのか。情けねぇな。」

 

「それは我が侯爵家を侮辱していると受け取りますよ!」

 

「どちらかというと、侯爵家っていうより、俺個人がお前個人に言ってんだよ。そんなこともわかんないんですかね。」

 

「アイ、その辺にしておけ。」

 

「殿下がそういうなら引きますよ。ちょっとした挑発も受け流せないような奴をこれ以上相手して国際問題に発展したら俺の首が飛びますし?」

 

 煽るなぁ……本当……別に問題にはならないと思うけどね? 向こうからしたらゴタゴタしてるところに軍事力が桁違いである超大国の俺たちを相手にしたくないだろうし。あ、それをわかった上でやってんのか? だとしたらアイは相当ブチギレてんな……

 

「はぁ……全く。お前の物おじしないところは評価するが、相手は選べよ?」

 

「はーい。」

 

「謝罪を要求します!」

 

「現段階で俺が謝る要素なんてないんですが? むしろ、主人を侮辱されたんですから、当然ですね。そちらが謝罪してください。」

 

「っ、何も知らないくせに……!」

 

「そちらだって、殿下たちを知ろうとしてませんよね? お互い様です。」

 

 あーあー、なんでこうも拗れたのかね……

 

「グラキエス、いいの?」 

 

「アイがワーグナー侯爵令嬢に個人的に喧嘩を売ったから、微妙なところ。しばらくは様子見かな。」

 

 正直なところ先に攻撃してきたのは向こうが先だし、俺が本格的に仲裁すると、平和主義の腰抜け扱いされそうだしね。王太子じゃないなら、その評価があっても、あまり問題はないんだけど、いやあるにはあるけど、王太子になるやつがそれだとよろしくないんだよ。

 それに、学生個々人の喧嘩なんていちいち仲裁してられない。

 

「やっぱ、次期王太子となると大変なんだね。」

 

「いらんことまで世話しなきゃならんのがなぁ……」

 

 魔神とか魔神とか魔神とか。

 王太子関係ないけど、魔神の件はマジでいらない。

 

「よくわからないけど、ドンマイ。」

 

「はぁ……」

 

 バンッ!

 俺がため息をつくと同時に机を思いっきり叩く音が響いた。音の発生源はアイと喧嘩していたミシェルで……あ、嫌な予感……

 まさかと思っていると、ミシェルが手袋を取りアイの胸元に向けて投げつけた。アイは何してんだこいつって顔をしていた。

 

「決闘ですわ! アイザリードと言ったわよね! あなたに決闘を申し込みます!」 

 

 身につけていた左手の手袋を相手に投げつけるのは決闘の申し込みだ。

 

「あーあ……やっちゃった……」

 

 昨日鑑定した時、ミシェル嬢のレベルは30。令嬢にしては高めだが、騎士団長の娘ならあり得なくはない。だが、アイはその3倍以上の97。ミシェル嬢が勝てる見込みはゼロだ。ステータスやレベルが絶対なわけじゃないけど、地力に差がありすぎる。

 

「私が勝ったら先ほどの言葉、取り消しなさい!」

 

「えぇ……俺が受けるメリットなくない? 弱いやつをいじめる趣味はないんだけど……」

 

「どこまで私を侮辱する気?!」

 

「殿下、どうしますー? 俺めんどくさいんですけどー、受けなきゃ俺だけじゃなくて殿下まで腰抜けって思われちゃうじゃないですか。でも、弱いものいじめもしたくないですし。」

 

 そうなんだよなぁ……決闘って命をかけたもので、自分の誇りを賭けたものだ。軽々しく申し込んじゃダメなんだけど、受けないのも誇りをかけられない腰抜け呼ばわりになる。 

 

「はぁ……ワーグナー侯爵令嬢。悪いことは言わない。取り消した方がいい。」

 

「できません。私のプライドに傷をつけられたのです! 取り消させないと気が済みません。」 

 

 やっすいプライドだな……あ、いや、言葉に出すのはよそう。火に油だ。

 

「それができないから言ってるんだ。」

 

「あなたまで私を馬鹿にするのですか?!」

 

 親切心で忠告したんだけど、憎悪を含んだ眼差しを向けられた。

 

「なんで、そういう発想になるんだよ……もう一度忠告する。死ぬぞ?」

 

「っ、」 

 

 脅すように言ったのだが、一瞬息を呑んだ気配のあとすぐに威勢が戻った。

 

「バカにしないでください。」

 

 バカになんてしてねぇっつの……でも、ここまで周りが見えてない自分本位な考えでいる奴には何を言っても無駄か。

 

「俺は忠告したからな。」

 

「殿下。それでは?」

 

「くだらないことに決闘を使いたくはないが、受けてやれ……ただし、手加減しろよ。」

 

 俺がそういうと、ミシェル嬢がさらに憎悪を膨らませたのがわかる。そんなものは気にせず、アイは善処しますと言って、ミシェル嬢の手袋を拾った。

 

 手袋を拾うと決闘の申込を受けた合図となる。

 

「本日の放課後、第三訓練場で。逃げないでくださいね。」

 

「へいへい。」

 

 ミシェル嬢はそういうと教室から出て行った。

 

「なんであんなに怒ってたの?」

 

「え、フェルドはそこからなの?」

 

「いや、怒る要素なくない? ってこと。怒ってる理由はなんとなくわかるけど……」

 

 ミシェル嬢が侮辱されたと思って怒ったのはわかるけど、あそこまで怒る意味がわからないってところか。

 

「俺もよくわからんけど、何かが彼女の逆鱗に触れたんだろ。拗ねたガキの相手もめんどくさいものだな。」

 

「グラキエス。一応、彼女も同じ年だよ。」

 

「あれは癇癪を起こした5歳児と一緒だろ。」

 

 まさにそれに見えた。そういうと横と後ろから吹き出す音が聞こえた。

 

「で、殿下……それは、言い過ぎでは??」

 

「癇癪を起こした、5歳児……くく……」

 

 セスは肩を振るわせて小さく、アイは隠す気ゼロで大爆笑している。ツボに入ったようだ。

 

「本当のことだろう? あとさ、いい加減昼飯食いたい。腹減った。」

 

「はいはい。食堂に行こうか。」

 

「フェルドも一緒にどうだ?」

 

「ん。お言葉に甘える。ありがと。」

 

「どういたしまして。あと、俺のことはキースでいいぞ。」

 

「じゃあ、俺もフェルでいい。セスタ? と、アイザリード? も。敬語もなし。」

 

「では俺のこともセスで。」

 

「俺はアイでよろしく!」

 

「ん。」

 

 2人とも、フェルドとは仲良くやれそうで良かった。俺とフェルが仲良くても2人が認めないとこの先面倒だからな。願わくば、ミシェル嬢もあの癇癪が治まればなぁ……

 

 

 一時はどうなることかと思ったが、今日の決闘でどこまで矯正できるか。見ものだな。

 

 あ……アイってその辺、直球でぶつかるから、あの手合いにはきついか? オブラートって言葉知らないからな。俺にはあれくらいがちょうどいいんだけど、他の人間にとっては感じ方が違うからな。

 

 学園を辞めるなんてことにならなきゃいいが。

 

 

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