神獣 

 俺、セス、セフィ、オーレンが屋上から、走り出し、柵を越えて、港に飛び降りる。そして、一直線にリーベルティが乗った商船を襲った。オーレンとセフィには船員の無力化。俺とセスは抵抗する船員の無力化とリーベルティの救出だ。

 

 まずは、船の甲板に飛び乗った。すると、俺たちにすぐに気づいた男が2人、戦闘態勢に入った。レベルは25と23。まぁまぁだな。

 

「お前ら、誰だ!」

 

「すみませんが、神獣の子供は渡してもらいますよ。」

 

「なぜそれをっ!」

 

「『フローズンエリア』」

 

 船の船員が動揺した隙を狙って、セスがいきなり甲板を氷漬けにした。俺たち以外全員くるぶしあたりまで氷漬けにされた。大きな隙ができたので、俺とセスが船内に入るために走り出した。スリアルは走る気はないらしい。ものすごい揺れてるはずなのに、降りようとしないのは、なんでだろうか。まぁいいけど。この程度の人間ならば、手こずらないし。

 

 中に入ると、ある程度船に残っていたらしく、騒ぎを聞きつけて出て来た船員がいたけど、俺たちを見て戸惑っているうちに、こめかみをぶん殴って気絶させていく。相手が脳震盪を起こしているうちに、どんどん奥へ進んで、敵を見つけて殴るか睡眠魔法を使って気絶させ、階段を下り、敵を気絶させ、また奥まで進み、階段を下がる。最初に索敵魔法で地図を頭の中で作っておいてよかった。迷いなく進み、ものの数十秒で倉庫に辿り着いた。中には1人見張りがいるらしく、鑑定するとレベルは10の非戦闘員。まだこちらに気づいていないので、ドアを蹴破って中に入り一直線に船員に睡眠魔法をかけた。

 

「よし。これで終了。」

 

 俺は、檻に向きあった。フェンリルの子供、リーベルティは俺を警戒しており、ガルルルルと威嚇をする。

 

「『言葉はわかるか?』」

 

「ガルルルルルルゥゥゥゥ!!」

 

 わからないのか、話す気がないのか。威嚇するだけで返事をしてくれない。一応念話魔法と併用して使ってるんだけどなぁ……

 よく観察すると、白い毛並みに混じって、足に赤いシミがある。血だ。傷つけられたのか。

 

「『怖かったよな。もう、大丈夫だ。』」 

 

 檻を開けようと南京錠に手を伸ばすと、爪で引っ掻かれた。残念ながら、物理攻撃耐性も魔法攻撃耐性も持っているから傷はつかないけど。

 リーベルティがなんで傷つかないの? って戸惑っている間に、鍵を持ってなかったから南京錠を水刃という水魔法で壊した。水魔法って便利だよね。ほとんどの人が水魔法ってあんまり攻撃魔法として使えないって勘違いしてるけど、水魔法こそ、威力が高くなる魔法だと思うんだよね。水は長い年月をかけて地形を変えられるんだから。滝壺ができる理由が、落下してくる水によって浸食されてできる地形なんだ。攻撃力がない? アホぬかせ、バリバリに攻撃力高いわ。魔法も使い方次第だ。

 

 セスは慣れたものだけど、リーベルティはあっけなく壊したのを見てものすごく驚いていた。キョトンとしているリーベルティに手を伸ばすと、我に帰ったのか驚いたのか俺の手を噛んだ。

 

「俺には物理攻撃耐性があるから痛くないぞ。噛んで落ち着くなら、ずっと噛んでてもいいよ。」

 

 優しく語りかけると、目を見開いた。あ、言葉通じてるな? ジーと俺を見ているので、微笑んでから目を瞑って、リーベルティの足を直すイメージをした。

 

「『ヒール』」

 

 魔力を少し使ってヒールをかける。目を開けると、リーベルティが口を離してくれた。そして、足を床につけたり離したりして、様子を見た。

 

「治ってる!!」

 

「「喋った。」」

 

「僕はフェンリルだもん、ちゃんと喋るよ!」

 

 怒られちゃった。でも、可愛いから怖くないんだよな。

 

「ごめんごめん。足、綺麗にするよ。少し濡れるけど我慢な。」

 

 それは水魔法を出して、水球をリーベルティの足に浸した。汚れが目立つところを重点的に水流を作って流し、汚れた水は炎魔法で蒸発させ、風魔法で濡れた場所の水分を飛ばして乾かした。

 

「綺麗になった! 人間のお兄ちゃん、お父さんぐらい魔法をうまく使ってるね。人間なのにすごい。」

 

 あー……うん……海の上を走ってるフェンリルさん達と比べたら人間なんて、魔法下手くそだよね……うん……

 

「それはありがとう。仲良く自己紹介といきたいところだけど、時間がないから省くよ。俺はキース。リーベルティ、お願いがある。」

 

「あれ? 僕の名前……まぁいっか。何?」

 

 俺が名前を知ってることはいいんだ。こっちとしては助かるけど。残り6分ぐらいのはずだから。

 

「おそらく、君を助けにフェンリル達がきてる。」

 

「本当?!」 

 

 リーベルティが目を輝かせたけど、俺たちは喜んでいられない。

 

「うん。本当。だけど、我を失ってる。このままだと、俺の国がめちゃくちゃになる。だから、君がみんなを説得して欲しいんだ。君を襲った人間のことなんて助けたくないだろうと思う。だけど、この国にいる人は、みんな君を襲った人間とは違う。無関係なんだ。俺のわがままなのはわかってる。都合がいいこと言ってるってわかってるけど、どうしても、ここにいる無関係の人たちと君たちを戦わせたくないんだ。」

 

 真面目な話。本当に、敵対する気はないのに、戦いたくない。このままなら、どちらにも犠牲が出るかもしれない。俺は、時間稼ぎがほとんどできないとは言ったけど、フェンリル達を殲滅できないとは言ってない。手加減する気がないのなら、いくらでもやりようはある。フェンリル達が冷静になって、人間全てが敵じゃないと思ってくれないと、俺は最終的にこの手段に出る他にない。

 

 でも、できれば、そんなことはしたくない。

 

 クソ帝国という同じ敵がいるのに、味方は無理でも協力か無関心か。戦わなくてもいいのに、謀略のせいで戦うなんて馬鹿みたいだろ。

 

「謝って済む問題じゃないのもわかるけど、「いいよ。」え?」

 

「お兄ちゃんは、僕の傷を直してくれた。その分の恩返しはする。」

 

 嫌だと言われると思っていた。もしくは、信用できないって。子供なら簡単だったけど、意外と精神年齢は高そうだったから、無条件に俺を信用しないと思った。交渉はできないって。だけど、簡単に了承してくれた。びっくりしていると、リーベルティが条件をつけて来た。

 

「でも、僕を襲った人は別。僕らフェンリルはやられたら倍にしてやり返すのがモットーだから。」

 

「そんなことか。それについては力を貸すよ。だけど、この船の人間は俺たちの敵だから、なんでこんなことをしたのかを聞かなきゃいけないんだ。だから、その後にしてくれると助かるんだけど……もしくは1人だけとか。」

 

「わかった。大丈夫だと思うよ? その竜王族の人がいれば。」 

 

 本当に快諾しちゃったよ。でも、スリアル? 鑑定スキルもない状態でフェネリーに擬態してるのによく見破れたな。

 

「よくわかったね?」

 

「僕たちと一緒に行動していた人が竜王族だったから、種族特有の匂いとか魔力は覚えてるよ。」

 

 魔力はまぁわかるけど、匂い……さすがフェンリルと言ったところか。

 

「なるほど。というか、俺たちのこと、そんな簡単に信用していいの?」

 

 いくらなんでも信用しすぎじゃないのか、そう思ったんだけど、逆に首を傾げられた。 

 

「なんで? 竜王族はフェンリル族と友好的な種族の一つで、信用できるよ? 一族に何かあったら竜王族を頼れとも言われてる。人に懐くことがない竜王族がお兄ちゃんには懐いてる。」

 

 確かに、スリアルは俺やシーラ以外の人には懐きにくい。セスや母上は最近懐かれたけど、いまだにウェスやルナ、父上にはなついてない。近づくのと懐くのは別問題だからね……

 

「とりあえず、お父さん達を説得しに行こう。すぐ近くまで来てるんでしょ?」

 

「え、あぁ。うん。来てるよ。こっち、うぉっ」

 

 立ち上がって、セスと一緒に倉庫から出ようとすると、スリアルとは反対の肩に乗られた。びっくりしたけど、ふらつくような体幹はしてない。

 

「意外とこれ楽しい!」

 

「でしょでしょ??」

 

 俺の両肩がちょっと重い。耳元ではしゃがれると、うるさいんだなぁ……

 

 倉庫を出て、走って船を駆け上がると耳元でキャッキャッとしてる声が聞こえる。仲良くなったようで何よりだよ……

 

「モテモテだな、キース。」

 

「嬉しいけど、若干重いんだよねー……あー、でもリュックを背負ってると思えばいけるかも。」

 

 王族だから荷物を自分で持たない上に、異空間収納という便利なものがあるから、リュックなんて今世で触ってないんだよな。懐かしい重さを感じつつ、甲板に出ると、すでにセフィたちが船の制圧を終わらせて、船員を縄で締め上げているところだった。オーレンがすぐに俺たちに気づいて声をかけてくれた。

 

「キース。終わったのか?」

 

「うん。今からフェンリルのところに行ってくるよ。」

 

「了解。死んだら許さねぇぞ。」

 

「誰に言ってんの。死ぬわけないよ。じゃあ、ここはよろしくな。」

 

「「「お気をつけて!」」」

 

 俺以外は海の上を歩くとか、空を飛ぶとかできないから、ついてくると俺の浮遊魔法頼りになる……そうすると、俺の魔力と集中力を戦闘に割けなくなり、結果的に足手纏いになる。それをわかっているからこそ、ついていくって言わないのだ。俺の帰りを信じて待っている。でもさ、それだけで俺は帰って来れるよ。だって、悲しませたくないし。死んだら、シーラまで後を追うとか言って実行しちゃいそうだから、余計に死ねないしね。

 

 浮遊魔法で空へ飛び上がり、索敵魔法で探知した方向へと向かう。

 

「あー……これは、すごい怒ってる……」

 

 リーベルティが俺の背中でつぶやいた。

 

「だよなぁ……話聞いてくれそうか?」

 

「わかんない。僕を見てくれれば、多分止まってはくれると思う。」 

 

「止まるだけじゃ、ダメなんだよなぁ。話を聞いてくれないと。」

 

「うん。それが問題だと思う。」

 

 港が見えない範囲まで来たので、海の上に 立って待つことにした。フェンリルたちは水魔法を使って水流を絶えず作ってその上を蹴り上げて進んでいたっけ……意外と難しいな。前世の漫画の知識で水に立ってたキャラは……あ、忍者!

 

「こう、かな。お、できたできた。」

 

 足の裏から魔力を流して、自分の体重分、沈む力とは反対の力で押し上げるようにしてみたら立てた。おぉー。ん? 結界魔法を使って足場作れば簡単じゃん……ま、いっか。これも経験ってことで。

 

「お兄ちゃん、呑気に新しいこと試してるけど、大丈夫なの?」

 

 リーベルティに呆れられてしまった。

 

「キースお兄ちゃんはいつもこんな感じだよ。一緒にいて楽しいよ〜?」

 

 スリアルが、フォロー……してくれてんの? それ。さらに呆れられる要素しかないんだけど。まぁいいけどさ。いつも通りで緊張しなくて済むし。

 

「正直言って、リーベルティを彼らに返すぐらいしか方法は思いつかないし、これでダメなら被害が出る前に追い払うしかないよ。リーベルティには悪いけど、俺には俺の国を守る義務がある。優先すべきことがあるんだ。ま、最優先は婚約者だけど。」

 

「ふーん。お兄ちゃんにも守るべきものがあるんだ。なら、僕は家族を守るために、家族を説得する。多分、お兄ちゃんが本気になったら家族はみんな死んじゃうしね。」

 

「え、俺が? 流石に無理だよ。相打ち覚悟しなきゃ勝てないって。」

 

 3人には死なないと言ったけど、正直言って俺が絶対に生き残る方法を取ったとき五体満足でいられるかは五分五分だ。殲滅できる魔法を使えば、全滅させられるだろうけど、もし生き残ったものがいた場合、俺は手負の獣相手にほとんどの魔力を使い切った状態でどこまで戦えるのかという勝負になる。その魔力も切れたら俺は海に沈む。泳げるけど、泳ぐほど体力が残ってるのか。

 それ以外だと地道に一匹一匹始末していくことになるけど現実的じゃない。

 どちらにしても、俺にはこの数を殲滅するには、賭けに出ないといけないということだ。

 ま、それは最終手段だけど。

 

「嘘つかなくていいよ。お兄ちゃんの魔力制御なら『天正逆鱗』使えるでしょ。あれを海の上で使われたら、フェンリル族はおしまいだもん。」

 

 天正逆鱗てんしょうげきりんとは、上位の雷魔法の一つで、神の怒りに触れたものに与えられるという雷魔法だ。実際には神の怒りとかは関係ないけど。それのようだからそう言われてるだけ。別名、神の鉄槌とも言われている。雷魔法だから、海に打ち込めばそれだけで感電する。天正逆鱗という大量の雷が落とされれば、周囲の生態系は死滅するだろう。

 

「できるけど、できれば使いたくない。」

 

「なんで?」

 

「ここが海の上だから。天正逆鱗を使ったら魔力使い果たして死ぬわ。」

 

「なるほど。それは嫌だ。」

 

「僕が飛べるから、大丈夫じゃない?」

 

「まぁ、スリアルがいればだけどな。でも、使いたくないよ。フェンリル達は何も悪くない。悪いのは、帝国のクソどもだよ。お互いに、傷つかない手段を選びたい……」

 

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