婚約者だけに夢中
アリアーデ辺境伯の屋敷に泊まることになり、部屋に案内された。シーラは俺の右隣の部屋、その隣にシーラの侍女の部屋。俺の左隣の部屋はセスの部屋。4部屋の向かい側にアイやセフィたち護衛の部屋だ。
自分で荷物を解いてから、ベットに座り膝にスリアルを乗せて撫でながら休んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
失礼しますと言って入ってきたのはシーラだった。少し開かれた扉の隙間からひょこっと覗き込んできた。
「キース様、今いいですか?」
「シーラ? いいよ。どうしたの?」
スリアルが首に飛び乗ってから2人で扉まで向かう。
「クリスティーナ様とお兄様が中庭でお茶会するそうなんですけど、キース様もどうですか?」
『お菓子?!』
ワクワクとした顔になったスリアルを見てシーラがふふっと笑った。
「えぇ、準備してくれているみたいよ。スリアルもおいで。」
『やったー! 行く〜!』
部屋から出て扉を閉めると、セスとクリスティーナ嬢がいて、みんなで中庭に移動する。到着するとすでにお茶の用意ができていた。俺とセスが女性たちの椅子を引いて座らせてから自分の席についた。スリアルには俺の隣にあった子供椅子に座らせた。
「お菓子っ! お菓子っ!」
「はいはい。今とるから少し待ってろって。」
「お兄ちゃん、早く早く!」
ワクワク、ワックワクしているのが見なくてもわかる。それぐらい隣でソワソワとしているスリアルを宥めつつお菓子をいくつか取り皿に盛り付けた。人払いが済んでいるからスリアルが人型に戻り、渡したお菓子をつまみ出した。
パクパクとお菓子を食べているスリアルはこれでおとなしくなるだろう。
「本当に、子供の姿になれるのですね。セスタ様を疑っていたわけではありませんでしたが、いまいちピンと来なかったんですよね。」
「その気持ちはよくわかる。だが、これが日常なんだと思い始めたのだから、俺もキースに影響されているんだろう。」
クリスティーナ嬢が表情には出ていないけど驚いているらしく、スリアルをじっと見てつぶやいた。それを拾ったセスが俺に視線を向けながら返事をした。
「俺が非常識みたいに言わないでくれないかな?」
「キース様は一応常識はあるのですけれど……」
「色々と規格外だからな。」
「非常識が常識みたいなものですし……」
「というより、事件に巻き込まれる体質なだけか。」
「お前ら兄妹は本当に毒舌だよな。」
「「すみませんが事実です(だ)。」」
食い気味に2人に否定されて俺は少し悲しい。でも、事件に巻き込まれる体質なのも、
「否定できなくて悲しい……つか、俺だって好きで巻き込まれてるわけじゃねぇんだわ……」
前世は問題という問題も起きなかったのに、なんで今世はこんなにも問題が起きるの?? スリアルとか、ポイズンリザードとか俺の暗殺とか、シーラの暗殺とか……俺の周りで起こる問題は、俺を大人しくさせてくれないのだ。今回だってそう。なんとなく、動いたほうがいいと思ったのだ。
「それもこれも、全部バッカー大陸のせいだ!! マジで滅ぼしてやろうかな……」
「え???」
クリスティーナ嬢が俺の発言に戸惑いの声を上げたが、誰もそれには何も言わずに、セスが俺を諌め始める。
「実行するなら、後処理が楽になるようにしてほしいものだ。」
「え?! セスタ様?!」
「わかった。できるだけ
「あれ?」
俺が思っていたより素直に身を引いたからクリスティーナ嬢はさらに戸惑っていたが、俺はさらに混乱させることを言うことにする。
「そうだなぁ。あの大陸全部を竜王族たちの棲家にするのも悪くなさそうだ。」
「えぇ?!」
「それは嬉しい! けど、お兄ちゃんと離れたくはないなぁ……何か違うのがいい!」
それにすかさず乗ってくるのがスリアルである。子供の見た目であるからと侮るなかれ。俺とセスにはさっぱりだが、それ以外の揶揄い甲斐のあるものにはここぞとばかりに揶揄い始めるぞ。シーラはたまに俺との関係を揶揄われ、照れさせられるのは見たことがある。可愛い2人の戯れを俺は眺めて和んでるけど。
「じゃあ、第二の住処とか、俺たちやスリアルたちの別荘とかはどうだ? スリアルの背に乗って移動するのは楽しそうだ。」
「それはいいね! 楽しそう!!」
「ええぇぇぇぇぇ……???」
もう何がなんだかわからないと言うクリスティーナ嬢にやっとセスがフォローを入れた。
「クリス。キースはこういう顔をして結構人を揶揄うから、気をつけなさい。」
こういう顔ってなんだよ。こういう顔って。一言余計じゃね?
「え? 揶揄う……?」
「半分は本音だろうけど、もう半分は君の素直さが面白いのだろう。なので、キース。あまり私の婚約者を揶揄わないでくれ。」
バレたか。さすが何年も俺と一緒にいるだけはある。
「バレちゃった? まぁあんまり構うと君たち兄妹に後ろから刺されそうだからもうやめるけどね?」
「そうしてくれ。俺たちが嫉妬でおかしくなる前にな。」
意外とやりそうなんだよなぁ、セスとシーラ。兄妹だけあって嫉妬深いところは似てるのだ。
「お兄様、それこそ冗談では? 私はキース様が女性をどんなに揶揄っても、それは一時の戯れです。キース様のお心は常に私のものなのはキース様ご自身が証明してくださっていますので、嫉妬は致しません。」
そんなに俺を信用してくれているなんて……シーラへの愛をほとんど隠さなかったのが功を奏しているな。伝わっているようで何よりである。でも、俺ばっかり嫉妬してるから、もう少しくらいはヤキモチを焼いてくれたり、しないかなぁ……
「それもそれで複雑だから、少しくらいヤキモチは焼いて欲しい気がするなぁ。俺はいつも、君が俺以外と楽しそうに話しているのを見て嫉妬してしまうというのに。」
特にシーラをそう言う対象として見てる男、ども……あれ? そういえば、そういう男にシーラは本当の笑顔を向けていない気がする。主に、俺の側近どもと俺の話をしているときだった気がする。ありゃりゃ? 俺、めっちゃ愛されてない? やば、無理。死ぬほど嬉しい。死なないけど。
「私がキース様以外となんて、それこそ絶対にありえません。私にはキース様だけですよ?」
不思議そうに首を傾げるその仕草、超可愛い。デロデロな顔になりそうで、少しだけ口元に力を入れて我慢した。
「シーラを信頼してないわけじゃないんだ。俺の心が狭いだけ。君の笑顔は常に俺だけに向けてくれたらいいのにって。」
本音だけどさすがに無理だし、そこまで束縛すると俺が好きになったシーラだと思えないから冗談で済まされるように軽口で言うと、シーラはくすくすと笑った。
「それはさすがに無理ありますが、私の心はキース様以外には触れられない奥にしまい込んでおります。誰にも暴かれることはありませんので、安心していただけませんか?」
なにそれ。なにそれ!! すんごい殺し文句!!! あー、今すぐに部屋に連れ込んでしまいたい……だが、俺はシーラに怖がられたくないし、余裕のあるかっこいい男として見られたいので、紳士に振る舞わなければ! 獣にはなりたくないので、ガッツポーズして小躍りしたい気持ちを押し殺して、平常心に見えるように努める。
「それはとても嬉しい話だ。是非とも、今後一生、俺以外が触れられないように鍵をかけて欲しいものだよ。」
「もちろんです。箱を開けられる鍵はキースご自身ですから。」
「シーラ……」
やばい。心臓破裂するかも……人の寿命って心臓の鼓動の数とかいうありえない話もあるけど、本当だったら俺はドキドキしすぎて絶対寿命縮んでる。本気で抱きしめてキスしたい。キスならいいよね。シーラの頬を撫でると、俺の頭に軽い衝撃が襲った。全く痛くないけど、現実には戻された。
「こらこらこら。2人きりの世界に入らないでくれ。私は慣れているが、クリスが過剰供給で死にそうだ。」
真向かいに座ったセスが立ち上がって俺にチョップしたようだ。その隣にいるクリスティーナ嬢が顔をこれでもかってぐらい真っ赤っかにして湯気が出そうだ。スリアルは気にした様子もなくニコニコとお菓子を頬張るだけ。仕方ない、クリスティーナ嬢を気絶?させるわけにはいかないし、ここでやめとくか。
「それは悪いことをした。」
「思ってないだろう。」
「悪いとは思ってないけど反省はするよ。人目があるところでキスはデリカシーがなかったなーって。」
キスしたい欲求は萎んだので、紅茶を飲む。さすがに嫌だったかなって思って横目でシーラを確認すると、顔を真っ赤にしてるけど、嫌と言う雰囲気はなかった。どちらかというと、寸止めだった落胆と同時に見られていたことの羞恥心ぐらい、かな。可愛くて癒される。
「やっぱりする気だったのか……頼むから、俺の目の前でイチャイチャはするのはいいとしても、キスはやめてくれ。さすがに妹のキスシーンを見るのはいたたまれない。」
「確かに。」
俺の発言に呆れたように返したセス。その言葉通りに、俺も想像してみた。ウェスとサリナ嬢、ルナとまだ見ぬ未来の婚約者とのキスシーンを。見たくねぇな。父上と母上もやだけど。結婚式でやるような軽い接触なら別にいいけど、生々しいやつは嫌だ。と、なると、少しだけ自重しないとな。できるかな……? うん、多分無理。
「キースお兄ちゃんたちは仲良いよね〜!」
呑気なスリアルの声が聞こえてきたのだった。
しばらくして、クリスティーナ嬢が落ち着いてきた。クリスティーナ嬢が俺に揶揄われていたのを助けてくれなかったからと拗ねてしまい、セスがしばらくはご機嫌取りを勤しんでいた。
それもやっと落ち着いてくると、クリスティーナ嬢が何かを思い出したようで、「そういえば」とこぼした。
「先ほどお父様と話していた時に、船に近寄りたいとおっしゃっていましたよね?」
「え? うん。それがどうかしたの?」
「普通なら荷物の中身が知りたいはずです。だから、中を見たいというはずですのに、殿下は近寄りたい、とだけ。少し違和感がありまして……」
「なるほど。クリスティーナ嬢の疑問も当然だろうね。いいよ、教えてあげる。どうせ君のお父君にはバレているしね。」
父上経由で何か知ってるはず。そうじゃなきゃ、俺が近寄りたいと言っても「近寄るだけで何ができんだよ」と思うはずだ。でも、それがなかった。父上が辺境伯は大丈夫だと判断したってことだ。セスの婚約者でもある彼女にもいつか知られるだろうし、セスが惚れるほどの女性ならば、信頼できるだろう。
俺は明日関係するだろう自分のスキルや魔法の一部を話した。主に鑑定スキルと索敵魔法についてを。
「辺境とはいえ貴族の端くれ。ここでも、殿下は優秀で将来は安泰だという噂は聞いておりました。ですが、噂には尾鰭は鰭がつくものでしたので、あまり信じておりませんでした。」
「そりゃそうだよ。アリアーデ辺境伯は忙しいから年に一度来れればいい方だし、まだ14歳のご令嬢を護衛がつくとはいえ1人で王都に来させるとは思えない。まぁ俺の全てを教えていない段階で将来は安泰とか言われても、それこそ過剰評価だと思うけどね。俺にだってできないことはあるし。」
「殿下は自己評価が低くていらっしゃいますね。そう思いませんか? セスタ様、プリシラ様。」
2人してうんうんと頷いてしまった。でも、俺は冒険者としては出世するとは思ってるけど、王としては向いてないと思うんだけどなぁ。政治手腕とか、難しいし。ゴルドール、父上の方が上手なのは経験があるから、比べるべくもないけど、セスの方が上手なのだから、向いてないと思う。まぁ、そんなセスが、将来の補佐なんだから俺は運がいいんだけど。
「ほら。殿下をよくご存知のお二人がいうのですから、過剰評価でもありませんわ。」
「やめてくれ。本当に調子乗るから。」
「私としてはキース様はもう少しぐらいいいと思います。」
「シーラは惚れた欲目だよ……」
「それをいうなら俺も側近として惚れた欲目になってしまうじゃないか。少なくとも俺は欲目なしで言ってるんだが?」
「お兄様! 私も欲目なしですわ! 間違えたら困ります!」
論点そこじゃないと思うよ、シーラさん。
「セスさんもシーラさんもやめなさい。本当に、俺が調子に乗るから。」
「いいと言っているのだが。まぁ、そういうところもキースらしいといえばらしい。」
「はいはい、この話はやめやめ。それより、セスたちはどうなんだよ。」
こうなったら話を逸らすしかないと思い、セスたちのことを聞くことにした。
「どう、とは?」
「デートとかしたのかって話。」
「でっ?!」
この世界では婚約者と会う方法はお茶会が主流でデートというものはあるけど、貴族だとあんまりしないんだよな。警備上の問題で。でも、俺は俺自身が強いから少ない護衛でお忍びデートができる。セスもセスで強いからクリスティーナ嬢とデートできると思う。俺の影響を受けまくってるから、婚約者と会う方法の中には当然のようにお忍びデートが含まれているはずだ。
クリスティーナ嬢は思ってもいないことだったらしく顔を真っ赤にしているけど。
「まだできていない。この滞在期間でできればいいなとは思っているがな。」
そういえば、セスはほとんど俺と一緒だけど休むタイミングは俺の公務がなくて部屋にこもってる日ぐらいか。自分から休みたいと言う時は大体クリスティーナ嬢と会う日だけど、半日しか休まない。クリスティーナ嬢が長く王都に滞在できないから、大体は数時間のお茶会で終わる。そんなだから、お忍びデートなんてできなくてもおかしくはない。初のお忍びデートを成功させるためにも後顧の憂いは晴らすに限るな。
「なら、婚約者のために気合い入れて、さっさと不審船調査を終わらせますかね。」
「言われなくても、俺は最初からそのつもりだ。」
セスが不敵な笑みで返してきた。自信満々かよ。かっこいいな、おい。さすがクールイケメン攻略対象だよ。
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