暗殺者


 一番奥の牢まで行くと黒装束の人間がいた。王家直属の影は動きやすい洋服だけど、牢の中にいる男は袖のない着物と袴、足袋、マフラー、二の腕まである腕当てをつけている。頭巾があれば完全に忍者じゃねぇか。しかも、無駄な筋肉がなさそうな細マッチョの爽やかイケメン。

 あれ? そう言えば、闇ギルドに所属している暗殺者って2人1組のツーマンセルで任務をするって言っていたよね? よっぽどの実力者でもない限り。

 

「1人だけ?」

 

「はい。逃してはいないそうです。」

 

「ふーん。」

 

 ゴルドールの返事を聞いてから、索敵魔法で影の様子も窺うけど、なにも反応がないから暗殺者は単独行動だったと言うことか。それとも、2人だったけど、魔力以外で姿を隠す方法があり、それを使っていて2人目は獲り逃したか。ま、見ればわかることだな。

 

 鑑定スキルを使って暗殺者のステータスを見た。

 

 

 名前:アイン・ケミサリー

 年齢:25歳

 種族:人間

 職業:暗殺者

 二つ名:黒の暗殺者

 レベル:55

 HP 400/400

 MP 460/460

 能力値:筋力450 敏捷600 守備250 器用さ650 幸運値340 魅力500

 適正魔法属性:火、水、風、嵐、結界

 スキル: 隠密(上級)、隠蔽(上級)、短剣(上級)、体術(上級)

 称号:

 その他:元アイスリア王国ケミサリー公爵家三男

 

 

 

「ゴルドール。ケミサリー公爵家の三男っていなかったよね?」

 

「そうですね。流産として、死亡届が出ているはずです。」

 

「……そういうことか。」

 

「そういう、とは?」 

 

「最近、あの家の情報はほぼ網羅していると言ってもいいほどに情報は集まっていた。その理由が口の軽い暗殺者だったこと。そんな暗殺者はプロとしての意識が低いはずだから、誰も雇おうとしないでしょ? なのに、こいつはペラペラ話すんだよね。」

 

 色々腑に落ちた。報告にあった口の軽い暗殺者は報告されていたし、顔も知っている。目の前の暗殺者だ。そして、ソロで任務を任されるほどには腕が立つ。暗殺者とは、プロ意識が低ければ低いほど死亡確率が上がる。この男はスキルを見た感じ、真面目の部類だろう。上級スキルってのはとんでもなく時間がかかるし習得しにくい。なのに、この男は四つ以上ある。並大抵の努力じゃできないはずだ。

 

 ちょっと興味出てきちゃったかな。

 

 俺はゴルドールから鍵を受け取って中に入ると、男が少し驚いた表情をしていた。

 

「ねぇ、きみさ。なんで情報吐かないの? ケミサリーの情報は吐いてくれたのに?」

 

「お前は?」

 

 おや。話してくれた。ゴルドールが言うには一言も話さなかったはずなのにね。気が向いたのかな。

 

「俺はきみが襲った女の子の婚約者だよ。」

 

「やはり、グラキエス第一王子か。」

 

「ご名答。で? きみのステータスは努力して手に入れたもののように見えるけど、なんであっさり捕まったの? いくら強い護衛がいたとしても、きみ程の実力者なら、護衛に傷を付けて逃げるぐらいはできたはずだよ?」

 

 実際、シーラの護衛につけていた影は、手練ではあるけど上級の隠蔽と上級の隠密スキルを見破れるスキルは持っていなかったはず。隠密と隠蔽を駆使すればシーラは無理でも影を殺して逃げられたはずだ。

 

「……お前は、俺の出身がわかるのか?」

 

「元がついた公爵家三男でしょ? それぐらいならわかるよ。流石に家族構成とかは知らないけど。」

 

「そうか。俺はケミサリー公爵家の三男として生まれたが、父が娼婦に産ませた子供だった。屋敷の奥、探さないと見つけられないようなわかりにくい場所に別棟があり、そこで生きてきた。母が死んでからは使用人以下の扱いだった。」

 

 母親が死んでから虐待されていたそうで、ケミサリーの長男と次男に攻撃されて死にかけた時に、屋敷から逃げ出し、闇ギルドに足を踏み入れ、暗殺者として過ごしたそうだ。そう言えば、確かにアインという名の暗殺者が一番の稼ぎ頭だというのは報告で知ってはいた。それがケミサリー公爵家の隠された三男だったとはな。隠された、と言えるのかは知らんけど。

 結構有名になったことで、実父であるケミサリー公爵が目をつけてかなりの大金を叩き、雇ったそうだ。虐待してる時のようにしおらしい態度を見せてみればアインを見下し始めたそうだ。それから、アインは、変わらない公爵の好感度が下がり、没落させたかったそうだ。死ねばいいとすら思ってるって。

 

「じゃあ、なんで暗殺しなかったの? きみなら簡単にできたでしょ?」

 

「暗殺するだけじゃつまんねぇじゃん? あいつらには俺以上に苦しみを味あわせてから死んでほしいし。」

 

 あー、わかった。この男、ちょっと性格が歪んでるわ。

 

「じゃあ、なんで今まで口を開かなかったの?」

 

「……このままでも、あいつらは没落する。間接的に王族に逆らったからな。この依頼を受けたら多分俺は、あんたに殺されると思った。とんでもない規格外だし、とんでもない魔道具を作っているみたいだから、婚約者にそれを渡してないわけがない。でも、あのクズどもが苦しんで死ぬなら、俺は殺されても本望だと思った。だから、あいつらを追い落とす確実性が欲しくてあんたを調べてたんだ。」

 

 そう言えば、最近俺の周辺を嗅ぎ回る人がいるって話があったっけ。泳がせておけばいいと思ってたけど、アインだったのか。

 

「そして、あんたが鑑定スキルを使えると知った。」

 

「ギルドの依頼の時?」

 

「ああ。このまま侯爵家に捕まって、口を割らずにいれば、鑑定スキルを持ったあんたが呼ばれると思った。あんたは婚約者にゾッコンだしな。」

 

 その通り過ぎて何も言えないわ……ちょっと手のひらの上で踊らされている感じが癪だけど、許してやるか。

 

「それで、俺を呼んで、あいつらを潰せって?」 

 

「うん。そのためなら、俺はどんな情報でもあんたに話すし、命令にだって従う。あいつらが苦しんだのを見届けたらすぐに死んでやる。」

 

 アインの目は本気だった。復讐者の目と、死ぬ覚悟をした目だった。その気持ちはわからなくもない。でも、ちょっとやだなぁ。俺は死に急ぎ野郎は好きじゃないぞ。

 

「その条件を飲んだと見せかけて、俺がきみを殺したらどうするの? わかってるとは思うけど、俺はきみより強いよ。」

 

「わかってる。仮にそうなったら自分の目が節穴だったと言うことで、自分を恨むしかねぇな。騙された方が悪い。」

 

 死に急ぎの部分は好きじゃないけど、この潔さは好き。ちょっと欲しいな。

 

「じゃあさ、きみ、俺の部下にならない?」

 

「「「は???」」」

 

 すんげー怖い顔でセスとゴルドールに睨まれた気配がする。目の前にいるアインは目が点になっている。まぁ、普通、自分の溺愛してる婚約者を襲った人間を部下になんてするわけないよね。

 

「きみ、シーラを殺す気はあったの?」

 

「どちらかと言うと、プリシラ・ガーディーアンの命はどうでもいいし、どうせ殺せないと思っていた。」

 

「あくまで俺が目当てだったってわけね。」

 

「キース、本気か??」

 

「本気も本気。この屋敷に忍び込めるほどの人間だよ? それに、こういう男の方が俺としては信頼できるね。」

 

「こういう、とは?」

 

「潔さと覚悟を持った目。この人、公爵家が苦しんで死ぬなら、自分が死んでも本望って本気で言ってたよ。」

 

「だとしても、娘を襲った男ですよ……私としては反対したいのですが……」

 

「ゴルドールが言ったんだよ? 使える人間はどんな人間でも使えって。」

 

「ぐっ……」

 

 おーおー。あのゴルドールが渋ってる。それも当たり前だけど。俺だって怒りがなくなったと言われると微妙ではある。

 

「殿下はこの男に同情して助けると言ったのですか?」

 

 俺が、同情で、シーラを襲った男を助ける? いくらなんでもそれは違う。

 

「んなわけねぇだろ。ふざけんな。確かに俺はこの男の生い立ちには同情はするが、だからと言って同情から助けるわけじゃねぇ。俺はそこまで聖人じゃねぇよ。」

 

 俺の魔力が少し漏れ出て、威圧していることに気づいたゴルドールが息を呑んだ。だけど、宰相というだけあってすぐに立て直した。それぐらい胆力がないと宰相なんてできないから当たり前か。

 

「では、どんな理由で?」

 

「ケミサリー公爵家は、1ヶ月かそこらで尻尾を出すようなバカだったか?」

 

 ただ一言。それだけ言うと、ゴルドールは気づいた。そうだ。ケミサリー公爵家ってのは、公爵なだけあって歴史があるし、武力や知力など、色々と優れている。悪知恵が働くだけあって手を焼いていたはずだ。それが1ヶ月で情報を網羅できたのはアインが凄腕暗殺者としてのプライドを捨ててまで情報を垂れ流したからだ。敵の敵は味方。昨日の敵は今日の友ともいう。

 ゴルドールが、アインは使えるのは事実だけど、娘を襲ったものを殿下のそばに置いていいのか。そう悩んでいるのが手を取るようにわかる。悩みに悩んでいると、俺たちが入ってきた通路の方から、この場に似つかわしくない声が聞こえた。

 

「キース様がそう判断されたなら、私は従います。」

 

 声のした方を振り向くと、そこにはシーラがいた。

 

「シーラ?! なんでここに……」

 

 ゴルドールが驚いているけど、俺とセスは気づいていた。俺たちは気配察知でシーラが後をつけていてどうするか相談したけど、シーラの好きにさせることにした。こういうのは帰れって言って帰らせた後に気づかれないように対策された方が危険なのだ。なら、そのまま俺たちが把握している今から守った方がいい。というか、シーラの家なのだから、帰れも守るも何もないけど。

 

「その男性の違和感が知りたくて皆様の後をつけてました。多分、お父様以外は気づいていたと思いますよ。」 

 

「は?」

 

 ゴルドールに見られた俺とセスは無言であさっての方向を向いた。

 

「お父様、お二人はSランク冒険者ですから私のようなド素人の尾行など、気づいて当然です。」

 

 俺とセスには魔物狩りで鍛えられた気配察知スキルがあると知ってるゴンドールは、その通り過ぎて何も言えなくなった。

 

「ここはシーラがいていい場所じゃない。」

 

「それをいうなら、キース様の方がふさわしくありませんわ。それに、次代の王妃になるべく教育を受けてきた私が目を背けていてはキース様の隣にたてません。気づいた上で、気づいてないふりをしてくれたキース様とお兄様、私の想いを汲んでくれてありがとうございます。」

 

「俺もゴルドールの気持ちはわかるから、今度からは事前に言ってね。」

 

「善処いたします。」

 

 しない気だな?? まぁいいけど。近くにいてくれれば俺が守れるし。

 

「では、先ほどの話に戻しますが、彼を殿下の思うままにしてあげてください。あ、勘違いのないように言っておきますが、私も同情なんかで彼を助けようとしてるわけではありませんよ。」

 

「……本当に、シーラはそれでいいんだな? 自分を殺そうとしたものを殿下に近づけるのを。」

 

「構いません。私は、キース様を信頼しております。それに、今回はキース様に従う方が色々とすっきりするのです。根拠はありませんが、女の勘です。」

 

 女の勘をここで持ち出されるとはね。暗殺されかけた後の精神状態といい、随分と豪胆だ。俺に似てきたかな? 夫婦は似るっていうけど、婚約者の段階でも有効なのかも? 

 

「はぁ……わかった。お前がいいというなら、私は反対しないよ。」

 

「ありがとうございます! では、アインと言いましたか。私と契約をしてください。」

 

「「「「ん??」」」」

 

 ゴルドールが折れるとシーラは笑顔でお礼を言ってから、よくわからない流れになった。場がシーラに支配されている。というか、契約?

 

「私には、契約という特殊なスキルがあります。」

 

 そう言えば、そうだった気がする。結構前に鑑定してくださいと言われてしたけど、スキルの欄に契約ってあったと思う。

 

「私のこのスキルは、私と相手との約束、契約を結ぶものです。例えば、私を襲わないと契約します。その契約を破ろうとしたとき、酷い頭痛や吐き気など、体が不調を訴え、無理に破ろうとすればおそらく死にます。流石にそこまで試したことはありませんが。」

 

 うっわ、怖くね?! いや、まぁ破らなければいい話なんだけど、それでも怖いわ……

 

「わかった。する。」

 

「えぇぇ?! 即答?!! どんな契約内容かも聞いてないじゃん!!」 

 

 まさか即答するとは思わなかった。

 

「わかりました。では、キース様に忠誠を誓い、キース様の命令には絶対服従、キース様の不利益になるようなことはしないと約束してください。」

 

 ん? 命令には絶対服従? それって、奴隷と一緒じゃ……

 

「わかった。」

 

「ちょっとまっ、」

 

「では契約成立ですね。」

 

「うそーん!!! 2人とも何してんの?!」

 

 遅かった。こんな不当な契約しちゃダメなのに、シーラとアインが不思議そうな顔をしている。

 

「「え??」」

 

「なんで驚くのですか? みたいな顔しないでくれないかな!!! 確かにただの契約だし、奴隷じゃないけど、それって俺がどんな無茶な命令してもやらなきゃいけないってことでしょ?!」

 

「まぁ、そうだな。」

 

 シーラって、もしかして得体の知れない男を俺のそばに居させるならこれぐらいはするのが普通って思ってないか?

  

「そうだなじゃない!! アイン! あんたはそれでいいの?!」

 

「俺は将来の王族に手を出したのに、命を拾われた身だ。しかも、俺の復讐を手伝ってくれるんだ。なら、王子のために俺はどんな命令でも受けるよ。じゃないと、俺のプライドに傷がつくし。」

 

 思っていた以上にアインがめちゃくちゃ冷静だった。普通に肯定されて、ギャーギャー騒いでる俺がバカみたいじゃん。

 

「私、キース様を信頼しておりますが、彼自身は信用しておりません。このくらいはさせていただきます。それに、契約も万能ではありませんもの……」

 

「シーラ?」

 

「どんな契約をしても、抜け目は存在します。これぐらいはしないとキース様が殺されてしまうかも知れませんからね。」

 

「殿下を殺せるほど、俺は強くないですよ。でも、お嬢様の信頼できないって気持ちはわかる。だから、なんでもいいさ。」

 

 この流れで俺がぐちぐち言っても、シーラは契約を解除してくれそうな気はなさそうだし、アインの覚悟もあるし、何言っても覆らない雰囲気だ。俺はため息をついて、両手を上げた。降参ポーズである。

 

「わかった。今回は俺が折れるよ。」

 

 俺って、敵さんを寝返らせること多いな…そんな特技あるのかな?

 

 こうして、俺はアインという闇ギルド最強の暗殺者を味方につけられたのだった。

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