日常とお茶と忍び寄る影 

 婚約発表から数日。

 影の報告から、ケミサリー公爵家がポイズンリザードの大量発生を促したそうだ。方法はまだ不明。でも、ケミサリー公爵家なら、俺が冒険者のキースと同一人物なのはわかるだろうし、冒険者ギルドの外からギルドを見張ってれば、バイオスに報告ぐらいできんだろ。人海戦術もできる。

 それに、動機もある。ケミサリー公爵家は第一王子の婚約者候補筆頭の一つだった。公爵本人もまぁまぁ野心が強く娘を使って俺に取り入ろうと必死だ。俺がバカであればあるほど王位継承後、自分が利益を享受しやすくなる。王妃の座は魅力的だろう。令嬢にも何回もパーティで話しかけられたけど、俺の顔しか見てないし自分を売り込むのに必死で会話ができない。初対面の時も俺の顔を見た瞬間にロックオンされた。一度も会ったことがないから、俺のことをなにも知らないで顔だけで判断したってこと。話してて思ったけど、彼女も彼女で野心が高いし、王妃の座欲しさだ。

 

 自分が甘い汁を啜るためには、俺よりもルナやウェスの方が扱いやすいと思っててもおかしくない。俺という飾りを手に入れるために、邪魔なシーラを殺すのも納得はできる。納得できるけど、ブチギレないわけじゃない。

 

 しかもケミサリー公爵は、アイスリア王国の海を挟んだ西側の国々、ウェストリア島にある国の一つミズトア王国と関与しているのがわかった。ウェストリア島の最南端の国であるミズトア王国は、南のバッカー大陸で生息する魚型の魔物の骨で作られた美容液とか真珠を使ったアクセサリーなどを取り寄せているとか。正式に国交をしている裏では密約として、アイスリア王国を落とそうとしている。詳しい内容は知らないけど、この国の技術を一部流すとかなんとかして結んだんだろう。

 

 バッカー大陸に潜入した影の報告もあるから、ほぼ間違いないだろう。バッカー大陸の方はまだ送り込んだばかりだからあまり深くまでは探れないらしい。でも、今年は軍関連に潜り込んだと言っていたから、しばらくすればもっと情報が得られる。引き際を見誤らない奴だから、無事に帰ってくるでしょ。任務を託した時、張り切りまくってたのが気になるけど、いつものことだしな。

 

「はぁ……めんどくせぇ……」

 

「本音が出てるぞ?」

 

「父上……さすがにこれはめんどくさいって……」 

 

「まぁ、否定はしないがな。それより、ミズトア王国の王太子だ。」

 

「わかってる。俺のシーラを狙っているという情報をね。ぶっ潰してやるって。」

 

 アイスリア王国を狙っているという以前に、ミズトア王国がケサミリー公爵を使ってけしかけた理由が、シーラを王妃にしたいということらしい。一年前、呪いの関係を調べるためにミズトアの王太子を招待したんだけど、パーティに出席した時にシーラを見て惚れた。もちろん、俺はその場面に出くわしたし、なんなら、俺とシーラが挨拶してる時に横でそのバカがシーラに見惚れたんだけどな。もちろん、俺は遠回しにお前にはやらねぇって皮肉を言ったけど、通じなかったので、セスが思いっきり牽制したんだけどな。今回のポイズンリザードの件は、俺を殺したいケサミリー公爵の意見と一致して起こしたことだと、5年以上も前から間者としてミズトアで生活している影からの報告だ。

 

「こらこら。まだ不確かだぞ。」

 

「ちっ」

 

 アイスリア王国の影は、様々な場所に間者としてその国で過ごしている。月に一度の定期報告以外は接触なし。急いで知らせたほうがいい火急の情報は、自分の判断で動くように言ってある。

 中には間者とは思ってもいない人もいる。例えば、影の中に恋人がいて、相手から情報をもらったりしてね。大体は知られてもいい情報しか得られないけど、たまに当たりを引く時もあるらしく、バカにはできないんだと。ミズトア王国の王太子がシーラに恋したって話も、そのバカが自分からペラペラ話してたと仕えてる侍女から聞き出したことらしいしな。

 

「さっさと尻尾出せや、バカどもが……」

 

 父上の言う通り影からの報告では、命知らずのクソ王子、というよりクソ王子を甘やかしまくってるバカ国王とケミサリー公爵の関与は疑う余地はないんだけど、証拠がない。

 

「しばらくは泳がせておくほかあるまい。」 

 

「確かに……今のまま追い詰めても言い逃れされて、警戒心を強めてしまい、悪手か。」

 

「そうだ。我慢が必要だぞ。その間、プリシラ嬢を守れよ?」

 

 大人しくしろはわかるし、王族なのだから行動も控えろって言われるかと思った。あと、護衛を増やすぞとか。全くそんなことはなくて、むしろ俺をシーラの護衛に回したぞ? いいのかそれで。まぁ、ステータスは定期的に父上に提出してるから、信頼されてるってことだろうし別にいいけどね。ちなみに俺のステータスは見たらすぐに燃やされます。紙に残しておくと隠してる意味ないしね。……果たして隠されているのかどうかも怪しいが……証拠を残す必要はない。

 

「うん。連れ去られでもしたら、うっかり怒りのまま王子をぶち殺してミズトア王国を滅ぼしちゃうかもしれないしね。」

 

「ダメだぞ?!」

 

 父上が焦って俺を止めるが、本気でやる気はない。………今のところは。本気でシーラに手を出されたら多分、俺は頭に血が上ってしまうだろう。それだけシーラが好きだからな。でも、そんなことをすれば普通に国際問題なんだよね。ミズトア王国とのじゃなくて、その周辺国との。一斉に叩かれるのはこの国だし、攻め込まれるいい口実になる。だから、冷静に、そうならない程度に対処しないとね。

 

「わかってるよ。つか、俺がそんなヘマするわけないじゃん。対策だってしてる。」

 

「それなら、、って、何の対策をした??」

 

「大丈夫だよ。シーラに確認してちゃんと同意してもらったし、魔道具だって危険なものじゃない。」

 

 魔道具とはわからないくらいに小さくして、尚且ついつでも身につけられるように、ピアス型にしたものを送った。この前のパーティで贈ったアクセたちとは別のアクセだ。

 

「それなら良いがな。では、引き続き情報を集めるから、今回は終わりだ。」

 

「了解。んじゃ、シーラの王妃教育が終わるまで、魔法の訓練でもしてますかね。」

 

 

 

 

 

 

 現在、魔法創造のスキルを使って魔法を試し撃ちしていた。一応、セフィの監督下である。

 

「また、攻撃力の高いものを……」


 色々とやってたら地面が発火通り越して融解したんだよねー……融解した場所の付近で陽炎が見えるよ。


「災害級通り越して、天災級では??」

 

 魔法師には魔法師としてのランクがある。赤のガーネット、黄のシトリン、緑のエメラルド、青のサファイア、紫のアメジスト。宝石の名前に因んでいて、王国魔法師団に所属している魔法師たちのランクだ。アイスリア王国の中での呼称になっている。歴史で、戦略を相手にバレないように魔法師たちの実力を色分けした時の名残とか。

 各ランクに魔法試験があり、世界共通のランクに言い直すとこうなる。

 

 ルビー……生活魔法クラス。魔法が全く使えないものか、生活魔法しか使えない人間。魔法が苦手な騎士団のほとんどがここ。魔法のみで、F、Gランクの魔物を1人で倒せる。

 シトリン……魔法学生クラス。魔法を学ぶけど戦闘能力はほぼない魔法学生レベル。魔法師を目指している現役学生が多い。D、Eランクの魔物を1人で倒せる。

 エメラルド……戦術級クラス。戦闘力があり、王国魔法師団に所属するならほとんどがここ。Cランクの魔物を1人で倒せる。

 サファイア……災害級クラス。別名、カラミティ。軽い災害を引き起こせるようなレベルの魔法を使える。魔法師団幹部はここが多い。Bランクの魔物を1人で倒せる。例外あり。

 アメジスト……天災級クラス。別名、カタストロフィ。大規模災害を引き起こせるようなレベルの魔法を使える。その場の天候を変えることもある。Aランクの魔物を1人で倒せるレベル。

 

 

 これは魔法師のランクであり、厳密にはその人の強さではない。いや、魔法だけしか使わない人ならば、強さと同意だけど、魔法を使いながら武器も使うならば、強さではない。冒険者ランクは全部含めてるから、『ランク=強さ』はほぼ成り立つけど。

 

「さすがにそれは………あるかもしれん、けど……」

 

「自覚していてくれて助かりますよ。あなたの魔法師ランクの試験を用意していましたが、これは見直したほうがいいですね。」

 

「目立ちたくないんだけどなぁ……」

 

「ならもう少し自重というものを覚えてくださいね。十分目立ってます。」

 

「あい……苦労をかけます……」

 

「本当ですよ。」

 

 俺は今度、時間を見て魔法師ランクの試験を受ける予定だった。王国魔法師団に入っている人は必須の試験なんだけど、王族も結果は公表しない予定で受けることもある。俺もその予定で、受けようとしていた。王太子教育の一環でもある魔法学は応用まで全部学習済み。筆記試験は余裕合格のはず。実技もまぁサファイアは余裕だとセフィが言っていたから、そこまで気負って無かったけど、アメジストだとは思わなかった。

 

 アメジストとは。確かに天災級という基準はある。あるけど、基本的に英雄と呼ばれる人間しかこのレベルの魔法を使うことができない。だって、魔力量もそうだけど、強力な魔法であればあるほど魔力量が必要で、大量の魔力を制御する術は必然と高い技術が必要となる。機械と一緒で、精密にすればするほど、高度な技術が必要で仕組みも複雑となる。

 俺は大量の魔力を保有している。だが、使える魔法は人よりは多いけどスリアルやその両親のユグドラとサンドリアたち竜王族に比べればとても限られている。理由が魔力制御の技術が魔力量に追いついていないからだ。竜王族と比べるなって話かも知れないけど、呪術大陸と呼ばれるバッカー大陸と対抗するのに必要だ。

 

 運命に抗うためには、それ相応の力が必要。

 

 異世界の常識でしょ。

 

 だから、俺は人間という常識に当てはまってはならない。たとえ、化け物と罵られようとも。俺はこの国が好きだから。第二の故郷であるこの国を守りたいのだから。

 

「でもさ、もう隠さなくてもいいのかなって思ってる。」

 

「なぜですか? 隠す理由はあなたも理解していたと思いますが……」

 

 セフィが不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ。俺が子供のうちからステータスが有能だと知られれば暗殺される可能性がある。利用されることだってある。それは6割ぐらいあるけど、残りの4割は俺の実力が受け入れられなかった時が怖かったから。だから、隠すことに積極的な俺が逆のことを言い始めたんだからそう言う顔にもなる。でも、そう思った理由はある。

 

「積極的にバラす気はないけど、もしバレたとして、化け物と罵られようと、俺にはシーラや父上たちがいる。俺を俺として見てくれる人がいる。セフィもそうでしょ?」

 

 父上はもちろん母上、シーラ、セス、セフィ、オーレン。みんな俺の魔法に驚いたり引くことはあっても、恐怖の対象として見たことはない。もし俺がそれ以外の人間から化け物として見られて、王位を継承することに問題が出てきて継承権を剥奪されても、冒険者ギルドにいるギルマスのガレットやスカーレットたちギルドのみんながキー坊って呼んで、受け入れてくれる自信がある。多分シーラも付いてきてくれる。だから、俺は自分の実力を知られることに今はそこまで怖いとは思わなくなった。

 

「あなたがこの国に牙を向くような方ではないし、見捨てるような方ではないと信頼していますからね。強ければ強いほど、私としては助かりますよ。」

 

 セフィの顔を見ると、何をバカなことを? と言う顔をして言われた。予想通りすぎて笑った。

 

「あはは。セフィはそう言うよね。……だから、俺は安心して好き勝手できるんだ。」

 

「はぁ……その好き勝手の皺寄せが私とオーレンに来るのですが???」

 

「そこはごめんね?」

 

 両手を合わせて謝ると、セフィの表情が綻んだ。時々こう言う顔をするよね、セフィって。俺が女だったらお前に惚れてるぞ。多分。

 

「ふ、冗談ですよ。あなたは好きに動く方が性に合っている。それが後々、いい結果をもたらすので、そのままでいいですよ。どうせ皺寄せもそこまで負担にはならないですし。」

 

「うれしい悲鳴って奴?」

 

「調子に乗らないでください。」

 

「はい、すんません……」

 

 ピシャッと一刀両断されたので落ち込んでいると、気配察知に引っかかった。この気配は……

 

「キースさまー? こちらですか?」

 

 訓練場の入り口、扉を開けて顔を覗かせたのはシーラだった。

 

「シーラ?! あれ、時間過ぎてた?! ごめんね……」

 

 急いでシーラの元に駆け寄って謝ると、シーラがふふと笑った。 

 

「今日は早く終わったので、たまには私がお迎えしたいと思ってきてしまっただけですから。お邪魔してしまいましたか?」

 

「ううん。全然大丈夫だよ。じゃあ、温室に行こうか。」

 

「はい。」

 

「じゃあ、セフィ、付き合ってくれてありがとう!」

 

「いえ。いつでもお呼びください。」

 

 セフィにお礼を言ってから、シーラの腰に手を回して一緒に温室に向かった。王妃教育の休憩時間は俺との時間で、俺が独り占めできる時間だ。有効に活用しなくてはね。

 

「今日は、マリアさんがお菓子を作ってくれるから、いつもより違うのが出てくるかもよ?」

 

「本当ですか? 楽しみです!」

 

 ケミサリー侯爵家が、マリアさんを呪い、旦那であるバイオスがマリアさんを助けるために俺かシーラを殺すように仕向けたことがある。それを俺が助けたんだけど、その後、2人を口封じされないために王宮に匿うことにした。マリアさんは料理スキルがあったから、迷惑にならない範囲で料理長のお手伝いと俺たちのお菓子作りとその開発を。料理長も最初は訝しんでいたけど、マリアさんの料理スキルを見込んで色々仕込んでるらしい。

 バイオスと、バイオスと一緒に俺を襲った2人、サンザとオリブは騎士団でオーレンに扱かれまくっているそうだ。鍛錬後はゾンビみたいになってるけど、逃げ出したりはせず、食らいついてるって。オーレンもそれが楽しくて嬉しくて、結構張り切ってたりする……御愁傷様である。

 

 と、まぁこんな感じで新しい人材はよく働いてくれてるし、今は王宮の使用人寮に住み込みだけど、ケミサリー侯爵家が片付いたら既婚者の使用人と同じように王宮に通うか、前の生活に戻るのかは決めてもらうことになってる。

 幸いと言うべきか……マリアさんとバイオスがやっていたお店はマリアさんが体調不良で休業していたから、まだ猶予はある。

 

 いつもの庭園を抜けて、奥の温室まで行くと、すでにテーブルの準備は整っていて、色とりどりのお菓子が並んでいた。その横にコック服を見に纏ったマリアさんがいた。

 

「殿下、プリシラお嬢様、お疲れ様でございます。」

 

「お疲れ様。マリアさん。クッキーにマカロン、カップケーキ、パウンドケーキって、いっぱいあるね。」

 

「ここにきてから初めて、殿下に振る舞うお菓子ですので気合を入れました! 何か助言ありましたら言ってください!」

 

「これでも十分そうだけどね。ね、シーラ?」

 

「はい。とてもおいしいそうです。」

 

 マリアさんと話しながら、席に着くと侍女がお茶を淹れてくれて外に出た。残ったのは俺とシーラと、マリアさんだけ。

 

「じゃあ、三人で食べようか。ちょうど椅子がもう一個あるし? マリアさんも座って。」

 

「え、え? ですが、、」

 

「マリアさん。こう言うのは一緒に食べた方が美味しいですよ。早く早く!」

 

 シーラはニコニコとしながらマリアさんを急かして座らせた。戸惑いつつもマリアさんは席に座ってくれたので、都合よくカップがもう一つあったから、それに紅茶を淹れてマリアさんに渡す。恐縮しながらも受け取り、三人でお茶会をした。シーラがまず最初にシンプルなクッキーを手をとった。

 

「ん〜、バターが効いていて美味しいですね。」

 

 シーラがもぐもぐとクッキーを食べている。頬が落ちるかのようにホワホワしている。

 

「俺も。……ん、うっま! 俺が作るよりもうまいな! え、こっちは?」

 

 シーラとは別のココア色と狐色のクッキーを手に取り食べる。前世だとココアが混じってる方と普通のクッキーなんだけど、食べてみるとその通りで、めちゃくちゃうまい。前世でクッキー屋でも開いてたのかってぐらい。

 次に手を取ったのは緑色のクッキーだ。抹茶風味なのか。

 

「お茶味うっま!」

 

 そういえば、最近紅茶以外の茶葉と粉末を仕入れたって料理長が言ってたっけ。俺がお茶として飲むのもうまいけど、それをクッキー生地に混ぜるのもうまいって言ったのを覚えていたのか。多分マリアさんと一緒に実践してくれたんだろう。うめぇ……

 

「それは、この前殿下が呟いていたって料理長から聞いて、やってみたんです。お口にあったようで嬉しいです。」 

 

「いや、本当にうまい。シーラも食べてごらん。」

 

 もう一枚お茶色のクッキーをシーラの口元に持っていくと、なんの躊躇いもなくシーラが食べてくれた。

 

「あー、ん。」

 

 サクサクと口の中で転がされ、喉を通るとシーラの顔が再び綻んだ。

 

「不思議な味ですけど、美味しいですね。」

 

「でしょ? これはお茶って言って、中央大陸に分布している植物を粉末にして混ぜたものなんだ。これ、紅茶と同じ植物からできてるから、お茶として飲むのもうまいけど、粉末をクッキーの生地に混ぜてもうまいんだ。」

 

「そうなんですね。お茶というのも飲んでみたいです。」

 

「そう言うと思って、お茶っぱ、持ってきましたよ!」

 

「さすがマリアさん。」

 

 急須がわりにティーポットにお湯を入れてお茶っぱをいれて少し蒸らす。玉露や抹茶じゃないから熱めのお湯で大丈夫。30秒ぐらい経ってから、三つのカップに少しずつ順番に流していく。

 

「はい。飲み慣れてないと渋いかもだけど、一度試して見てほしい。」

 

 2人が飲んだのを確認して、俺も一口飲んだ。いい渋味である。我ながらジジくさいこと言ってる自覚はあるが、お茶はいいものなので、黙ってくれ。

 

「ほぅ……確かに渋いのでしょうけど、体がポカポカして、落ち着きますね。」

 

「私はこれ好きです。けど、中央大陸でしか作れないものですよね?……私には手が届きませんね……」 

 

 茶の木は今の所中央大陸のみ分布していて他大陸では見つかっていない……はず……自信はない。だから、あちらで流通して安くても、こちらに運ばれてくるまでの運搬料、人件費、維持費などさまざまな要素で金がかかり、ここに来るまでに値段が上がる。ちょっと金持ちってぐらいの人なら余裕で買えるだろうけど、平民なら年に一度買うかな〜って程度には手を伸ばしにくいものだ。そもそもあまり散財するって気持ちがないから、茶葉なんて買わない人がほとんど。だから、一部の貴族と商人が愛用している感じだ。

 紅茶が裕福な層でしか飲まれていないのは費用の話もあるけど、煎茶の渋さで人気が出なくてあまり加工されていないのも理由の一つだった。王宮ではお茶の存在は知っていても、人気が出ないものを輸入しても…って感じで仕入れる機会がなかった。だから、俺が煎茶や抹茶などの存在を知ったのはつい最近。王族ともなればお茶の常備なんぞ余裕である。

 

「でも、結構給金もらえてるでしょ?」

 

 いくらお手伝いとはいえ、『王宮の料理人』のお手伝いだ。王宮で働いているので、王宮専属料理人には劣ってもそれなりに高い。それこそ茶葉なんて簡単に買えるはずだ。

 

「まぁ、そうなんですけど、人生何が起こるかわかりませんから。」

 

 確かに。マリアさんは呪いなんてもので死にかけたんだ。俺が見つけなきゃ聖属性魔法を使える人を見つけるしかないけど、金はかかるはず。持っていて損はない。

 

「気に入ったならずっとここで働いてくれてもいいんだけどね。」

 

「それは最後まで精一杯悩みませていただきますね!」

 

 どうやら、ここもそれなりに気に入ってくれているようで、にっこり笑顔で悩むと言ってくれた。前の生活も今の生活もいいと思ってくれているのは、嬉しいよね。それに、悩む時間はいっぱいある。

 

「いいよ、ゆっくりで。どうせバカどもの掃除はまだ終わらないし。あ、そうだ。シーラ。」

 

「はい?」

 

「今日からシーラの護衛には俺がつこうと思うんだけど、いいかな。」

 

「え?」

 

「王妃教育でいつもここにくるけどさ、護衛は最低人数でしょ?」

 

 さすがに侯爵令嬢を護衛なしで登城させる道中、不安がある。護衛なしで馬車なんて通れば襲ってくださいって言ってるものだし。だから、最低2人はいる。人によっては五人とかもある。特に少し大きくなった令嬢は純潔を散らされないためにも護衛は男より多めな場合もある。シーラは将来の王妃だから、五人は絶対いる。これでも少ない方だけど。

 

「そうですね。でも、最近はお父様が増やしてくれましたよ?」

 

 家族大好きゴルドールならやると思う。でも、八人とかのはずだ。流石に十人も連れていくとなると、色々費用が増す。まぁ、宰相家となれば端金だろうけど。

 

「ゴルドールが選んだ人たちを信頼してないわけじゃない。俺がすごく心配なんだ。」

 

「お気持ちはとても嬉しいです。私も一緒にいたいですが、キース様が公務でお忙しいのはわかっています。私のためにお時間を使ってしまうと、お仕事の進捗が遅れてしまいます。」

 

「大丈夫。その前に終わらせるから。」

 

「無理をしてしまわないかが心配です。私は大丈夫です。」

 

 んー、正直言って公務自体はさして問題はないんだけど、ここまでシーラに心配されると、ちょっと心苦しい。

 

「そっか。わかった。流石に過剰に反応しすぎたかな。」

 

「はい。ご心配おかけしますが、私も少しは対処できるつもりです。」

 

「うん。外に出る時は気をつけてね。」

 

「はい。」

 

 それから、シーラの休憩時間が終わるまでお茶をのんでお菓子を食べた。シーラが温室から出て行ってから、マリアさんに問われた。

 

「殿下、よろしいのですか?」

 

「護衛の話?」

 

 マリアさんは俺がシーラの護衛を断られて引き下がった時、目を丸くしていたからそれだと思った。

 

「はい。殿下のことだから、溺愛してるプリシラお嬢様が断り続けても絶対実行すると思っていたので、引き下がったのは意外でした。」

 

「誰も引き下がるなんて言ってないけど?」 

 

「え??」

 

 俺の否定の言葉に、マリアさんがキョトンとした顔をしていた。だってさっきわかったって言ったよね? って顔をしてる。

 

「俺は、わかったとしか言ってないよ? 誰も見守らないなんて言ってない。影から護衛するよ?」

 

「殿下、それは一種のすと、」

 

「わかってるっての! でも、シーラに手を出されたら、俺は何をするかわからない。相手がどんな奴でも俺は殺す自信があるね。」

 

 俺だってストーカーっぽいって思ったよ! けど、本当に俺はシーラを愛してる。シーラが傷つけば、俺はそいつを迷わず殺すし、シーラが死ねば俺はシーラを殺したやつを殺して俺も死ぬ。王太子とかこの国を守るのは、シーラがいてこそやろうと思えるんだ。シーラがいなきゃ、とっくの昔に王位継承権を放棄して逃げてるよ。俺はシーラがいないと生きていけない。執着心? そんなもん、シーラにバレなきゃいいんだよ。

 

「ひぇ……それほどなんですか?」

 

「マリアさんはバイオスが理不尽に殺されたらどうする?」 

 

「殺した人を殺して私も死にます。」

 

 怯えた表情から一転、すぐに瞳から光が失われて物騒なことを言った。この人もこの人で結構バイオスにゾッコンで考え方も物騒だよね。でも、そういうところだけはバイオスには気づかれていない。意外と俺と似たところがある。

 

「それと一緒だよ。」

 

「なるほど。納得しました。」

 

 2人の物騒な発言を止める者がいないため、2人の黒い笑みは止められないのだった。






〜side:●●●●〜


「なんだと?! 失敗した?!」

 

とある貴族の屋敷、執務室にて声を荒げながら机を叩く男と、そんな男の剣幕を意に返さずに報告をする執事が部屋に存在した。


「はい。グラキエス殿下の強さは相当だと愚考いたします。並の騎士では相手にならないかと。」

 

「ちっ、足手纏いのガキがいれば殺せると思ったんだがな。仕方ない、闇ギルドで暗殺者を雇うしかあるまい。すぐに金を用意しろ。一番腕の立つやつを雇え。」

 

「かしこまりました。」

 

「噂のあやつを使うには大金が必要だが、これで、あの目障りなガキを殺せるなら、たいした金額ではない……」

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