婚約発表 

 新しい人材4人を引き入れて、数日後。貴族の子息令嬢たちが7歳にある春の社交パーティが開かれるので、そこで俺とシーラの婚約発表がされることになった。そこそこ噂好きの貴族は知ってるようなものだから、堂々とシーラを迎えに侯爵家に言った。出迎えてくれた執事がシーラの元へ案内してくれて、シーラの部屋の前まできた。ノックと中からの返事があり入ると、俺の瞳の色である深い青のAラインドレスを着ていた。シルクを使っているのか艶があって上品だし、俺の婚約者である証の胸元にある白のガーベラのブローチが差し色になっていて、バランスがいい。

 長い水色の髪も相まって、まるで海の妖精かと思った。

 

「シーラ、おはよう。そのドレス、とても似合っているよ。綺麗だ。」

 

「おはようございます、キース様。キース様もとても素敵です。」

 

「ありがとう。嬉しいよ。」

 

 俺は、紺の礼服に白のガーベラのブローチをつけて、シーラの瞳の色であるマゼンタ色の髪紐を使って髪を纏めていた。

 婚約者同士は小物かドレスか礼服のどれかに、婚約者の瞳か髪の色と同じ色を身につける。絶対ではないが、相手と仲良いほど、その色を身につける機会は多い。俺に水色の礼服は合わなくて紺色になってるけど、髪紐の色のマゼンタ色は思いっきり似せた。プラチナブロンドってあまり不正解がないから楽だ。まぁ、礼服の紺と合うように調整はしてくれたけどね? シーラは全身で俺の瞳の色を身につけてくれているから、ほんと、嬉しすぎる。贈ったの全部俺だけど。

 

「キース様がくださったピアスも髪飾りも、このドレスと合っていて、早速つけてしまいました。」

 

 俺は、ある商会から材料を取り寄せて、自分でシーラに贈るピアスとそろいのかんざしを作った。デルフォニウムの花を模したガラス細工に、その下に花びら型をチェーンでいくつか垂らしたものだ。髪飾りは、流石に全てガラス素材は壊れ易いし危ないから却下して、髪に刺す本体部分を、銀細工にした二本挿し、その折り返し地点から大きめのデルフォニウムの花のガラス細工を垂らし、花の下にタッセルをつけた。どっちも魔道具ではないから、パーティーにも付けていける。色も今日のドレスに合うように淡い水色だ。

 知り合いのガラス職人に頼んで頑張って作ったら、王族じゃなかったら弟子にしたいくらいですよ!! って悔しそうな顔をされたけどね。この国に、愛する人に何か自分で作ったものを送る習慣があってよかった。俺が作ったって堂々と言っても咎められないからね! パーティーに身につけられるに相応しいと判断されるものであれば尚更だ。シーラとセスにどちらで購入を?と聞かれたほどだから、自信作だよ。あと、作ったものをパーティーで付けるほど、その相手はとんでもなく愛されてると自慢できたりもする。牽制という意味もあるけど。

 

「気に入ってくれて良かったよ。でもまさか、侯爵たちにも気に入られるとは思わなかったけど。」

 

「ふふ。キース様はセンスがとても良いので、気持ちはわかります。それに、お父様は不器用なので器用なキース様が羨ましいのだと思います。パーティーにつけてもらえるほど上手くできないみたいです。」

 

「たしかに、ゴルドールはアクセサリーとか作るの苦手そうだ。」

 

 繊細な作業よりも、剣の方がやり易いとか思ってそう。

 

「ふふ。お父様は見た目通りですからね。」

 

「だな。さて、そろそろ行こうか。」

 

「はい。」

 

 シーラをエスコートして、玄関に向かうと、ゴルドールと侯爵夫人、セスがいたので挨拶をしてから、各々で馬車に乗り込む。しばらく話をしていると、王宮に到着したので、先に馬車から降りて、シーラに手を貸して馬車から降りる。侯爵たちと別れて、俺とシーラ、セスは王族控室に向かった。2人は俺と一緒のタイミングで会場入りするのが決まってるからだ。もちろん、俺の婚約者と側近として、だ。

 

「さすがにお茶を飲んでる時間はないか。」

 

「あと5分なんで無理だと思う。」

 

「仕方ない、諦めるか。シーラ? 緊張してる?」


 シーラがあまり話さないし、笑顔も王宮に入ってから見ていない。緊張してる、かも。

 

「え、あ、少ししてます。私が王太子妃として、社交会を纏めなきゃなんですよね。」


 まぁ、それはそうなんだけど、歴代の王妃が全員そうだったかと言われるとそうじゃない。父を外交官に持つ娘だった時は、王妃自ら外交したこともあるし、宰相の娘なら王の書類仕事を手伝って社交を他のものに任せたりと、色々な形がある。この国は比較的王妃が社交以外の仕事をするのも推奨している。大国だから、男だけ仕事をするとなると普通に人手不足だ。戦闘がある騎士団は男ばっかりだけど女も少なからずいるし、研究職となると女の方が多いところもある。この国は実力主義だ。やりたくないならシーラが社交をしなくてもいい。

 

「そんなに背負い込まなくていいんだよ。母上だって助けてくれるし、やりたくなければ最低限だけやればいい。この国はそれが許されてるし、サリナ嬢がいるだろう?」

 

 つい最近、ウェスに婚約者ができて、その相手がウォルロック公爵家の長女、サリナ・ウォルロック嬢だ。金髪縦巻きロールと悪役令嬢並みに顔がきつめなのが特徴だ。先代国王陛下お祖父様の妹が臣籍降下したから、サリナ嬢は一応俺たち兄弟のはとこではあるが、あんまり面識はない。まぁ少し話した感じでは性格は悪くなさそうだったけど。

 サリナ嬢が、ウェスとの婚約が決まったのでその挨拶をするために王宮に登城したとき、王妃教育のために登城していたシーラと出会ったそうだ。少し話した感じ、お互いに仲良くできそうだと思ったみたいで、今では名前を呼び合う仲だ。社交が苦手だと言っていたシーラが心を許せそうな令嬢で安心したんだよな。

 

 ウェスも、俺のしつk……刷り込……教育のおかげか、サリナ嬢との関係は良好……むしろ溺愛してねぇか? ってぐらいに令嬢を甘やかしまくっている。王族と結婚なんて……って内心思っていたサリナ嬢もウェスにデロデロに甘やかされてメロメロになっていた。あの調子なら、ヒロインに心惹かれることはないと思いたい。

 セスが、俺たちみたいな恋人がもう1人増えた……って呆れた顔をしていた。

 

 今回のパーティーでは、ウェスの婚約披露パーティーとなってもいる。サリナ嬢は俺の二つ下、ウェスの一個上の11歳だから婚約発表はOKなのだ。サリナ嬢は公爵家だから、婚約の打診をされることが多いと知ったウェスが独占欲を発揮し、早く発表してしまいたいって言っていた。準備も急げば間に合う段階だから、じゃあ、ついでに婚約発表してしまえってことで、令嬢のドレスやアクセサリー選びに奔走し、俺たちと同時になった。

 

 2人分の婚約発表ということもあり、料理が少し豪華(王族基準)となっているらしく、今年7歳になる子息令嬢は運がいいと言われている。1人分だったら豪華にしないってさ。

 

 おっと、話がそれた。

 

「サリナ様と一緒に婚約発表ができるなんて、心強いです。」

 

「そうだね。今回はウェスのわがままも役に立ったと思うよ。」

 

 ウェスはちょっとわがままなところはあるけれど、使用人や父上、母上を困らせるほど、駄々はこねない。どこまで許されて、どこまで許されないかを理解している。許されないわがままは基本的に、ダメ元で言いはするけど渋々ながらも潔く身を引く素直さもある。ゲームで横暴な振る舞いをしていたのも、俺が死んで、自分が平凡だという自覚があり、才能があった兄の後釜である王太子という重圧の反動だろう。だから、ある程度飴を用意してやれば、素直な良い子になる。その代わり、俺にもプレッシャーがくるような気もするが、比較的自由にしてもらってるので大丈夫だけどね。

 

「キース、そろそろ時間だ。」

 

「わかった。それじゃ、シーラ。いこうか。」

 

「はい。」

 

 シーラをエスコートして、会場前に向かう。扉の前には、ウェスとサリナ嬢がいた。ウェスは、サリナ嬢の翠眼に合わせた礼服だ。いつもと違うけど、結構似合ってるし落ち着いた色でいいんじゃないか。反対にサリナ嬢は、ワインレッドの生地に金の刺繍を施したドレスと黒に近い紺色のリボンで髪を側頭部に一つにまとめていた。俺とウェスの瞳の色は同じ青系統の色だけど、濃淡が若干違うから、サリナ嬢の紺色は限りなくウェスの瞳の色に近づけている。青だとわかる青だと、俺の瞳の色になってしまうからね。サリナ嬢とシーラは青系をつける時は濃淡を気にしなきゃいけないのは大変だよね……俺だって俺の瞳の色より濃い青は贈らないように慎重になった。ウェスも自分の瞳より薄いものは避けただろうな。幸いなのは、俺たちの髪の色の違いと、婚約者たちの色が全くかぶってないことかな。 

 

「あ、兄上! と、プリシラ嬢。正式な婚約発表、おめでとうございます。」

 

「ありがとう。ウェスとサリナ嬢もおめでとう。知ってるだろうけど、4人で会うのは初めてだから一応ね。こちらが俺の婚約者のプリシラ・ガーディーアン侯爵令嬢だ。」

 

 俺の婚約者だと紹介したことはないから、一応してみた。それは2人も心得ていた。

 

「ウェスペル第二王子殿下にご挨拶申し上げます。そして、サリナ様は昨日ぶりですわ。本日はお二人のご婚約、心よりお喜び申し上げます。」


「ありがとう。こちらが私の婚約者のサリナ・ウォルロック公爵令嬢だ。」

 

「グラキエス第一王子殿下にご挨拶申し上げます。この度ウェスペル殿下の婚約者となりました、サリナ・ウォルロックですわ。お祝いの言葉、ありがとうございます。そして、2人のご婚約、私も心よりお喜び申し上げます。そして、プリシラ様はとても素敵ですわ。その髪飾りとピアスは昨日のお話の?」

 

 最低限の挨拶をしたら、すぐにサリナ嬢はシーラのアクセサリーに目を向けた。めざといな。

 

「ありがとうございます。そうなんです。キース様にいただいたものです。」

 

「本当に素敵ですわ。職人の作るもののように見えます。」

 

 本人目の前で称賛されるとちょっと照れ臭い……

 

「私もとても気に入っています。サリナ様のドレスはウェスペル殿下のお色の糸を使っているのですね。とてもお似合いです。」

 

「本当ですか?! ウェスペル殿下の隣にいても見劣りしませんか?」

 

 そういえばシーラが言っていたな。ウェスにメロメロだからこそ、自分のきつめの顔が、ウェスの甘い顔と釣り合わないのではないかと。意外とその辺は釣り合い取れてると思うけどね。普通に美男美女だし。

 

「もちろんですわ。自信を持ってくださいませ。」

 

「それはよかったです。」

 

 シーラの言葉にサリナ嬢がほっとしていると、父上と母上が合流した。

 

「皆揃っているようだな。」

 

 父上と母上にそれぞれ挨拶をすると、穏やかな顔で母上が尋ねた。

 

「緊張はしていませんか?」

 

「むしろこの後の挨拶回りが憂鬱ですよ。」

 

 母上から目を逸らすと、くすくすと笑われた。シーラもふふっと笑うので、多分緊張はそこまでしてないと思う。

 

「キースはそうでしょうね。シーラや、ウェスたちはどうですか?」

 

「私もキース様と似たような意見ですわ。ご挨拶の時の方が自分自身でお話しすることもありますから。」

 

「私は慣れましたので、大丈夫です。一番緊張しているのはサリナだと思います。」

 

「う、それは、その……」

 

 図星らしく言葉に詰まっていると、父上が控えめに笑った。

 

「ははは。あまり気負いすぎるのも良くない。いつも通りにやるといい。では、行こうか。」 

 

 会場の王族入場口を警護している騎士に合図を送ったので、父上と母上、俺とシーラ、斜め後ろにセス、ウェスとサリナ嬢と順番に並んだ。そして、扉前の警備兵が俺たちの入場を、声を張り上げて知らせると同時に扉が開かれた。みんなで一緒に入場する。王族入場口は2階にあり、そこから入って2階中央から会場一階の左右の隅へと円のように伸びる階段を降りて、左右の階段を挟んだ場所に王族席がある。いつもと同じように2階から1階を見渡せるほど奥へと進み、パーティ開始の挨拶をする。

 

「本日は子息令嬢たちの7歳になる誕生年記念パーティに参加してくれて感謝する。そして、王家から重大な発表がある。前から通達していた我が息子たちの婚約発表だ。今、紹介をしようと思う。」

 

 父上が俺たち4人を見たので、ウェスと手を合わせてから、シーラと一緒に1階を見下ろせる位置に出る。かなりの貴族たちの視線を集めた。

 

「グラキエスの婚約者は、ガーディーアン侯爵令嬢、プリシラ嬢だ。」

 

 名前を呼ばれたシーラが一歩先に出て、ドレスのスカートをつまみ、礼をして下がる。

 

「そして、ウェスペルの婚約者は、ウォルロック公爵令嬢、サリナ嬢だ。」

 

 サリナ嬢も同じように礼をして下がった。

 

「二組の婚約を認めることを、アイスリア王国国王、アルバレスト・フォン・アイスリアの名においてここに宣言する。」

 

 父上が宣言をすると、貴族たちが拍手をした。少しして父上が手を上げてやめさせる。静まった頃に、父上がパーティ開始の合図をした。

 

「では、これよりパーティをはじめる。ぜひ、楽しんでいってくれ。」

 

 静かな音楽が流れはじめたので、俺たちは一階へと移動する。これから俺とシーラ、ウェスとサリナ嬢が中央でダンスをすることになる。みんなの目の前で踊るとか拷問か? と思うけど、貴族の婚約発表なんてそんなもんだと言い聞かせた。

 一階の中央で、俺とウェスは背中合わせに立つ。複数の組で踊る時は向かい合う必要はないんだけど、二組で踊る時は向かい合わせの方が見栄えがいいらしい。その方が広々とフロアを使えるしね。

 音楽が流れると同時に、左手を差し出す。前世風にいうと「shall we dance?」っていう時のやつみたいな。ほんと、ゲームの世界というだけあって、前世風の文化が混ざってるのは助かるけど、元日本人の俺には少し恥ずかしいけどね。

 シーラがニコッと微笑んで、手を重ねてくれた。その手を握り返して左に、俺の右手はシーラの腰、シーラの左手は俺の肩に添える。音楽に合わせてステップを踏むと、シーラが小声で呟いた。

 

「やっと、キース様と踊ることができました。」

 

 嬉しさを滲ませた顔をしていた。さっきまでのお澄まし顔も可愛かったけど、今の表情も可愛すぎん? なんなの、この子。悶えたいけど、今はダンス中なので、平常心を心掛けて、シーラをリードしていることを思い出す。

 

「俺はダンスが苦手だから、7歳のパーティ以外、なんだかんだ逃げたからね……」

 

「そうなのですか?」

 

 シーラは俺が10歳になるまで社交界に来たことがないから、7歳からの三年間は全く知らないんだよな。

 

「俺は一応第一王子だから、一度誰かと踊ると最低でも婚約者候補の全員とは踊らなきゃいけないでしょ? いくら体力に自信があると言っても、めんどくさい……」

 

 公平性のために、婚約者以外と踊った時、最低でも婚約者候補とは踊らなきゃいけない。体力が持つなら、伯爵家までの、王妃になる可能性がある上位貴族のだ。何人いると思ってんだよ、十人で終わればマシだ。ほとんどの令嬢は王族と踊りたがるからな。まぁ、10歳の時に婚約者ができたと公表した後は、それを理由に全部断っていたけど。

 

「あ。でも、シーラと踊るのは楽しいから、何回でも踊りたいけどね?」

 

 微笑むと、シーラが頬を染めた。満更でもなさそうだ。

 

「私も、キース様と踊るのは楽しくて、嬉しいです。」

 

「俺もだよ。」

 

 一応、練習としてシーラとは踊ったことがあるんだけど、お互いにめちゃくちゃ踊りやすくて楽しかった。練習で楽しいなら本番はどうなんだろうと思ったけど、それ以上に楽しくて、嬉しい。この子は俺のものだって、堂々と誇示できる。今までは、婚約者がいないと思われていたシーラをダンスに誘う男はいた。まぁ、シーラもなんだかんだ言って、断ったりしてセス以外は誰とも踊ったことはない。7歳の最初のパーティは俺と一緒に薔薇園で休んだ後は帰ったし、その後のパーティは非公式とはいえ俺と婚約していた。シーラが断りにくい侯爵家以上の貴族は俺の婚約者だと情報を入手していただろうから、堂々と誘えなかったんだろう。セス(堂々)と俺(密か)が、牽制していた結果とも言えるが……

 ウェスたちの気配に気を配りつつ、シーラをリードして踊りきる。俺たちは婚約者になったので2回連続踊れるようになった。どうするかを聞こうとして、シーラを見る……俺と同じ顔をしてる。もう一回踊れるんじゃないかって、期待してる顔だ。なにも聞かずにもう一度手を差し出すと目を輝かせた。曲調が変わり、大人や子供たちも混ざり初め、俺たちを気にする人はいなくなる。まるで、2人きりの世界になったような気分だった。

 

 

 

 

 

 

 3回連続踊るのは夫婦の特権。そのため、俺とシーラは名残惜しいが我慢して、三曲目が始まる前に壁側に避けた。

 

「シーラ、飲み物を取ってくるから、少し座って待ってて。」

 

「ありがとうございます。」

 

 すぐ近くの飲み物置き場へ、早歩きで取りに向かい、グラスを二つとって速攻シーラの元へ帰る。1人になるのを見計らっていた人たちが俺のあまりの速さに驚いているうちにだ。一度捕まったら数十分は絶対解放されない。そんなの絶対やだ。何事も立ち回り方が大事である。万が一捕まっても、シーラがすぐに近寄ってくれれば、1人にならずに済むしな。

 すぐそこの壁際に設置されたソファに座っていたシーラに飲み物を渡すと、中身を飲んだ。俺も同じようにグラスに口をつける。中身はやっぱりオレンジ風味の水だ。俺が置いておいてって言ってから、俺が出席するパーティには必ずおいてある。

 

「これ、とても美味しいですよね。」

 

「でしょ? 俺が料理長に作ってもらったんだ。そしたら、さりげなくパーティの飲み物としても出してくれたんだ。」

 

「お菓子以外にも作っていたんですね。」

 

「たまに前の食事が恋しくなる時はあるからね。飲み物もその一つかな。」

 

「キース様は色々なものの知識がありますね。本当に、すごいです。」

 

「俺だって全部知ってるわけじゃないよ。あそこの文化がとにかく発展してるだけだから。俺は身近にあったものをどうにかして再現したいだけ。専門家はいっぱいいるし、俺の知らないこともいっぱい知ってる。」

 

「それでも、キース様の知識はこの国の宝です。最先端をいくこの国でも知らない知識をあなたは持ってるのですから。」

 

 この国の国民らしい考えだ。国全体の考えとして知識は宝というものがある。ほとんどの分野で最先端を行くこの国は、新しいものを発見することが大切だと思っている。その知識はどのようなものでも宝だ。ま、その宝を持っているのは人間なのだから、国民は宝というのが俺たち王族の考え方だ。俺はその考えが王族の中で一番強いと思う。

 

「他人の知識を自分の知識かのように振る舞うのが少し心苦しいんだけどね。」

 

「え?」

 

 俺は、前世での知識を使って料理長と一緒にこの国のものを使って作ってもらって、再現してるだけ。それを、料理長はすごいと誉めてくれて、色々な人に自慢してくれる。だけど、それは前世で作った人がいることが前提で、その人の功績を奪っているんじゃないかと思っている。自分の好きなことをしてるだけなのに、俺のアイディアとして、俺の功績になってしまうことが心苦しい。

 

「だってさ、俺はお菓子を新しく作ってるけどさ、アイディア料としてお金は貰ってる。でも、俺が発明したものじゃない。だから、」

 

「いいえ、キース様。それは違います。」

 

 珍しく、シーラが俺の言葉を遮った。表情には出さなかったけど、普通に驚いた。そんな珍しいシーラを見ると真剣な顔で俺を見ていた。

 

「誰もが先人の知識があったからこそ、新たなものを発見できるのです。キース様はこの国の歴史を学び、知っています。その知識はキース様の知識の中の一つのはずです。お菓子もその一つですよ。この国ではあなたが一番初めに披露しただけです。」

 

 目をパチパチとしていると、シーラが微笑んだ。

 

「それに、もし私が前を覚えていて、何か功績をあげていたとして、この世界にもその知識があったとします。それが前の人たちが広めたものだと知った時、私は良かったと思いますよ。」

 

「え?」

 

「だって、自分の功績って、人の役に立てるものだったら、素敵じゃないですか。その素敵なものを他の人が広めてくれる。こんな嬉しいことはないですよ。たとえ、今の自分の功績じゃなかったとしても、です。」

 

 そんな考え方、したことなかった。だって、俺は他人の功績を自分のものだと言いふらす奴が大嫌いだったから。前世の友人が、大学の研究室で研究資料を盗まれた時、自分のものだと主張した奴が現れた。まぁ、先生に作りかけの資料を見てもらっていたから、先生も友人も取り合わず、むしろ盗んだ奴はペナルティとしてその年の単位全部落とされて留年したけど。

 

「大丈夫ですよ。なにも心苦しいと思う必要はありません。」

 

「ありがとう、シーラ。少し、心が軽くなったよ。」

 

「それならよかったです。」

 

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