親子
目が覚めると、そこは俺の部屋だった。水色のふわふわとしたものが視界に入って目を向けると、シーラが腕を枕代わりにしてベッドに乗せて眠っていた。もしかして、かなり心配させたんじゃ……
後悔はしてないけど、反省はしよう。シーラの頭を撫でていると、みじろぎをしながら起きた。
「うぅ、ん……? キース、さま?」
「おはよう、シーラ。」
「おはようございます。キース様。でも、今はお昼ですよ。」
「あれ。今いつ?」
ドラゴンのスリアルが王都に来たのは15時。どう考えても数時間後じゃない。少なくとも1日は寝っぱなしだ。
「キース様が魔力切れで倒れてから2日が経過しました。キース様、あまり無茶はしないでくださいね。シーラはキース様がいなくなってしまうと泣いてしまいますよ?」
怒っ、てはいないようだけど、かなり心配させたようで、笑顔に少し元気がなかった。俺のせいだと思うと少し心が痛い。
「それはダメだから、気をつけるよ。無茶してごめんね、シーラ。でも、ちゃんと帰ってくるって約束する。」
ベッドの端に座り直して両手を広げると、意図を察したシーラが恥ずかしそうにしつつも抱きついてきた。
「約束ですからね?」
「うん。約束する。」
頭を撫でながら返事をすると、扉の方向から誰かの咳払いが聞こえた。
「仲を深めるのは大いに結構だが、目覚めたのなら連絡するぐらいはしろ。全く。」
父上が苦笑しながら部屋に入ってきた。この横には見知らぬ幼い子供が。7歳くらいか? それに気づいたシーラは一瞬で俺の腕の中から逃げてしまった。見られて恥ずかしかったようだ。可愛い。名残惜しいけど、今は子供かな。
「父上、いつのまに弟が生まれたんです?」
父上に限って隠し子なわけがない。が、俺に弟がいたと言うことも、ルナとウェスが生まれてから、母上が妊娠したと言う話も聞かなかった。でも上質な服を着ているし、本当に誰だろうと視線を向けると、ニコニコ笑顔な男の子が俺に近づいてきた。
「お兄ちゃん!」
思いっきり聞き覚えのある声だった。
「お前、スリアルか?! 人型にもなれるのか!」
「うん! 昨日できるようになったんだよ。二足歩行はまだ慣れないけど、歩けるようにはなった!」
「そっか。それはすごいな。」
頭を撫でて褒めると、嬉しそうに顔が綻んだ。小さい子はいいな。
「えへへ。あ、そうだ。お兄ちゃん!」
改めて呼ばれて不思議に思いつつ、頭を撫でるのをやめないでいるとお礼を言われた。
「助けてくれてありがとうございました!」
「どういたしまして。痛くしてごめんな?」
「それは大丈夫! 呪いだったんだもん、しかたないよ!」
呪いについて多少の知識はあったらしい。賢い子だ。竜王族だから、見た目に沿った年齢とは思えないけど。
「スリアルは今いくつなんだ?」
「えっとー、75歳! 人間で換算すると7歳くらい?」
ある意味見た目通りだな。シーラが声には出してないけど驚きで目がまん丸になっている。父上と近くにいたゴルドール、セスが遠い目をしていた。みんな、やっぱりそうだよなぁって思ってそう。
「なるほど。じゃあ子竜なんだ?」
「そうだよ〜。父さんと母さんはもっと大きいんだ。」
「お父さんとお母さんは好き?」
「うん、大好きだよ! 昨日念話魔法で連絡したから、今日くるって言ってた!」
素直ないい子だな。ん?
「「ん?」」
「今、なんて?」
「今日父さんたちくるよ。」
「「えぇぇぇ?!!!」」
「大丈夫だよ! 助けてくれたお礼したいって言ってたから!」
「「お、おぉ……」」
果たしてそれは大丈夫なのか……ちらっと父上を見ると国王の護衛騎士たちが慌てふためきながら部屋から出て行った。やばいらしい。つか、急に言われても国民にはなんて勧告すれば……
「あ、来たって!」
「ぬぁっ……まじ?」
「まじ! ほら!」
スリアルが窓の外を指さしたので、目を向けると黒いドラゴンが2体王都を旋回して飛んでいた。伝令より来るのが早いってどう言うことなのよさ……全く……人の常識が通じないよなぁ……
「とりあえず、行ってくるかな……」
「え、キース様?」
「大丈夫だよ、シーラ。あちらは攻撃する意思はなさそうだし、話してくるだけだから。スリアル、一緒に行ってくれる?」
「はーい!」
ドラゴンを招くためのスペースはあるけど、使えるかは別問題。だから、俺が上空から様子を見なきゃいけないし、ドラゴンさん方もこちらの様子見と言ったところだろうから。父上も俺に任せてくれるらしい。ベッドから起きて急いで服を着替える。人間の常識が通じないとはいえ、寝巻きは失礼だろう。本当は人前で着替えるのはよろしくないけど、家族と婚約者と男しかいないし、緊急事態だから誰も咎めない。シーラが顔を隠しながら指の隙間から覗いていたのは気づかない。
バルコニーに出て、スリアルが子供の姿のまま飛んでいくのに合わせて、重力魔法で俺も飛びあがると、それに気づいたドラゴン2体は旋回をやめて空中で止まった。その目の前まで行くと、スリアルが2体のドラゴンに飛んでいった。
「母さん! 父さん!」
『スリアル、無事でよかった……』
親子の再会に、少し胸が暖かくなった。よかった、この人たちを会わせられて。スリアルも笑顔になっていて、嬉しいって思ってるみたいだ。
安堵していると、少し体が大きい方のドラゴンが俺に視線を向けた。
『其方が我が息子を助けてくれたお兄ちゃんとやらか?』
「はい。ミッドワン大陸アイスリア王国第一王子、グラキエス・ウィン・アイスリアと申します。」
『うむ。我は竜王族族長、ユグドラという。もう一体は私の妻でサンドリアだ。此度は我が息子を助けてくれて感謝する。』
ユグドラさんが自己紹介をして、頭を下げた。ちょっと待て、竜王族に頭を下げられるって、とんでもないことじゃないか?!
「頭を上げてください! スリアルが念話で俺に助けを求めたから助けただけで、それがなかったら、スリアルはどうなっていたかはわかりませんし……」
助けてって言われたから見捨てられなかっただけ。それに、念話で知らなければ竜王族だとは思わなかったし、操られていたとはいえスリアルを殺せば竜王族に王都が滅ぼされると思った。だから助けた。
『助けを求められたからとはいえ、其方がスリアルを助けるかは別問題であろう?』
「そ、それはそうなんですけど……」
だからと言って、自分が見たく無いと思った未来を回避するためにした行動は、偽善だ。自己満足、ただのエゴのはずだ。お礼を言われるようなことじゃ無いはずだ。そう思っていたのに、ユグドラは怖いことを言った。
『私の体ぐらい好きに剥いでくれて構わんぞ。』
「はぐ?!!」
『人間にとっては我らの素材は高価なものなのだろう? 息子の命の恩人に我が身を差し出すのは当然であろう?』
確かに竜種、それも竜王族の皮や牙などの素材は超超レア物だし、超超高い。頭悪い表現で申し訳ないが、マジで大国の国家予算並みの金が動く。それぐらい、竜王族の素材はやばいのだ。
「いらないいらないいらないです!」
そんなもの受け取れるわけねぇよ!
『なぜだ?』
「なぜって、俺は自分の良心に従っただけで、お礼なんて求めてねぇよ! あ、求めてませんので、命とかいりません。」
明らかに不釣り合いな報酬すぎて必死に拒否していると敬語が抜けた。けど、しかたないよね? ただの偽善でした行動に竜王族族長一体分の素材とかいらねぇ!! マジで怖すぎるし、ありえねぇだろ! 俺がおかしいの?! いや、おかしく無いよね?!
『ふむ。なかなかに謙虚だな。普通なら飛びつくものだろうに。』
「俺は自分のプライドを傷つけるようなことはしたくなかっただけなんだ! だから、そう言うのはいらない。」
強く否定すると、ユグドラが少し悩んだ末に、何かを思いついた。
『ふむ。ならば、我の牙をやろう。それで剣を作ると良い。』
そう言って口を大きく開けたかと思ったら、勢いよく閉じるとガギッという変な音が鳴った。そして、近寄ってくると俺に手を出せって言われておずおずと手を出すと、でっかい牙が落とされた。
「うぉ、おっも!! つか、牙?! 今折ったの?!」
『案ずるな。また生えてくるのでな。』
「そう言う問題じゃねぇだろ!!」
『流石にそれは受け取ってもらうぞ。それとも何か。私のでは満足できぬか?』
すんげぇ、不満そうな顔をしてそんなことを言われた。
「そうじゃねぇんだけど……はぁ、わかった。これは貰うよ。これ以上は失礼だろうし。」
『それで良い。さて、これで息子を助けてくれた義理は果たしたな。次の話へ移ろう。』
え、これで終わりじゃないの? そういう顔が出ていたようでくつくつと笑われた。
『二つほど残っておる。』
「まじかー。じゃあ、ここじゃなくて、地上に降りよう。父上、この国の国王陛下に報告もしないとだから。」
いい加減にしないと、国民がこっちをずっと見てることになる。さっきから大勢の人が道に出ていてこっちを見上げているのだ。騎士団たちが対応してどうにか混乱は防げてるって感じ。さすがにいつまでも空にドラゴンがいると何もできないよね……
『よかろう。国王ならば話は早そうだ。』
意外にもユグドラは快諾してくれた。人間社会を理解してるのか? だとしても、もう少し目立たないように来て欲しか……ってのは無理か。それは出来ない相談か。とりあえず、騎士団のデモンストレーション用訓練施設へと向かおう。ここは中隊以上で編成された軍の訓練施設となる。(十人編成の班と、それが三つ集まった三十人の小隊となる。六つの小隊とプラスαが合わさって大体200人編成になったものが中隊。五つの中隊が集まった千人編成が大隊。大体1200人超えればそれは連隊となる。)
だから、デモ用はそれなりに大人数の戦闘シミュレーションを想定して、場合によってはそれを観客に見せることもあるから、かなりの広さになる。よって、ドラゴン三体なんぞ余裕のよっちゃんやぞ。なんなら十体はいけるし、駆け回れる。……今はそれは置いといて、ユグドラとサンドリア、サンドリアの上に乗っているスリアルを案内して訓練場に降りた。そこには父上とシーラ、ゴルドール、執事長がいた。今日ここを使う予定はなかったからここに来るだろうと予想してたんだろうな。重力魔法を解除して地面に着地すると、執事長が牙を預かってくれた。
「キース様……」
シーラが駆け寄ってきた。ドラゴンはSランク以上の魔物。相対したら死ぬと思え。それが貴族の中での常識だ。
「大丈夫って言ったろ?」
「でも……」
シーラが心配するのは無理もないけど、スリアルが大丈夫って言ったんだから、大丈夫。まぁ、気が気じゃなかったってのがシーラの言い分だろうけど。ドラゴンと対話するなんて、普通できないし。
「大丈夫。ね?」
「ん……はい。」
頭を撫でると少しは落ち着いたようだ。まだ9歳なんだから、心配するなって言う方が難しいか。
「さて、父上……父上?」
シーラの後ろにいた父上に話しかけようとしたら、父上たちがポカーンと口を開けて俺の後ろの方を向いた。なんだと思って振り返ると、
「ふむ。この姿になるのは久しぶりだな。」
「えぇ。人間とは窮屈な服を着なくてはいけないのが少し不便よね。」
「でも、僕は好きだよー!」
二人の美男美女がいた。黒髪黒目、父上と同じぐらいの身長で、イケおじって感じの紳士風な男と、腰まで長い黒髪黒目でイケおじより少し低めの身長の美女。スリアルと雰囲気が似ていてドラゴンがいなくなったのだから、この人たちがユグドラとサンドリアなのはわかる。サンドリアについては、子供がいるとは思えない若さに見える。
二人して絶世とつくほど、美しい見た目だ。そんなこと聞いてねぇよ。事前に言っておけや……(これまた無理な相談である)
「まぁ、スリアルが美少年なんだから、納得はした……」
「それもそうだな。」
「ん? なんの話だ?」
「いえ、なんでも。」
父上が俺に同意するがユグドラたちはなんのことかと首を傾げた。だが、そんなこと本人たちに言っても詮無いことと思い直したのか、ごほんとわざとらしい咳払いをして、話を変えた。どうやら、話をするのに場所を変えるらしい。王宮の応接室に向かった。
もちろん、父上と、俺、ゴルドール、シーラ、セスがついて行った。侍女たちが人数分のお茶と、ソファを配置して、みんなで座った。侍女や執事が出て行ってから、父上がちらっと俺を見た。紹介しろってことね? おーけーおーけー……
「ユグドラ殿、こちらは私の父で、このアイスリア王国国王アルバレスト・フォン・アイスリアです。父上、こちらは竜王族族長のユグドラ殿と、その奥方であるサンドリア殿です。」
「今紹介に預かりました。アルバレスト・フォン・アイスリアです。」
「我は、竜王族族長のユグドラだ。妻のサンドリアと息子のスリアルである。この度はスリアルの保護、誠に感謝する。」
「いえ、感謝されるようなことではありません。」
「感謝の印として、グラキエス殿には我の牙を授けてある。好きに使ってくれ。足りなければ我の命、好きに使ってくれて構わない。」
やっぱりそう言うのね? でも、父上が受け取るとは思えない。
「……スリアル殿を助けようとしたのはグラキエスです。私は本来国を守るため、攻撃するようならと思っておりました。グラキエスの援護はしましたが、感謝されるようなことはしておりません。」
「ふむ。国王でさえそう言うのか。やはり、最後の目的は実行しても良さそうだ。」
「最後の目的、とは?」
二つ話があると言っていた。そのうちの一つってことかな。どんなことを言われるのか、少し考えるが全く予測できない。聞くしかないかと思っていると、ユグドラに視線を向けられた。
「ふむ。まずはそれの前に一つ、用事を済ませよう。グラキエス殿。」
「はい?」
「スリアルと竜王契約をしてほしい。」
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