ドラゴン

 未来を知っている人物にシーラが加わって数日。すこし、不穏な噂を聞いた。

 

「なぁ、あの噂、本当なのかな。ドラゴンが山に降りたって話。」

「さぁな。でも、調査はするだろう。」

「もし本当だとして、天災級のドラゴンが相手じゃ、被害が甚大だろうな。」

「だろうな。けど、できる限り被害がでねぇように戦いたいよな。」

「あぁ。家族にだけは怖い思いさせたくはない。」

 

 

 数日前、アイスリア王国の最北端、海に面したところに山脈がある。そこに、ドラゴンらしき生物が降りたと言う内容だ。東側、別の大陸から来たのではないかとの噂だ。

 この西のミッドワン大陸には、ドラゴンは南西のベルヴァンの森にアースドラゴン、最南端の山脈にいるワイバーンのみ。どちらもSクラス以上の危険度があるが、人が住めない場所に住んでいて、尚且つドラゴンたちは人里まで降りてこないので、討伐するほどではない。知能がかなり高いと噂で、群れで街を襲われたらほぼ壊滅する、と言うのが常識だ。だから、国も冒険者ギルドも討伐依頼は出していない。触らぬ神に祟りなしってな。

 

 噂のドラゴン、ドラゴンなのかは知らないけど、遠目からでもわかる巨大な図体、大きな翼、2本の足、ツノっぽいものがあったそうだ。ここまではアースドラゴンたちにもあるんだけど、アースドラゴンやワイバーンを見分けるための特徴が、その生物には当てはまらなかったと。でも、山脈から王都まではかなり距離があり噂には尾鰭はヒレついてるはずなので、鵜呑みにもできない。

 ドラゴンらしき生物が来たせいで、その最北端の山脈周辺の街や村が不安がっているから、今日冒険者組合で調査隊が組まれるはず。討伐隊じゃなく調査隊だから俺も行きたいんだけど父上が許可出さないと思うから、大人しくしてるつもりだ。

 

 なんて、思ってた日もありました。

 

 

 さらに数日。調査隊を送り込み、あと数日したら盗聴など対策をガチガチに固めて、連絡するには必要手順が多い遠隔連絡用魔道具、テレホンで連絡が来るだろうと思っていた日だった。

 

 ほとんど王太子教育も終わっていて、父上の仕事の手伝いをしていた時だった。突然外が騒がしくなったと思ったら、国王執務室のドアを激しい音でノックする音が響いた。

 

「陛下! 緊急の報告です!」

 

「入れ。」

 

「失礼します! ただいま、王都の北からドラゴンが現れ、こちらに向かってきていると北方の監視砦より連絡がありました!」

 

「なに?!」

 

 執務室にいた人たちが驚いているが、父上は平静を装った。監視砦とは、魔物が王都までこないか、街道を通る人たちに怪しいものがいないか、盗賊が悪さをしないための抑止力、盗賊が出た時の対処などを目的とした、王国の騎士団や魔法師団が詰める、詰め所のようなもの。一つの監視砦に騎士団と魔法師団が混合で二十人ずつ詰めている。王都から見て、東西南北の街道に一つずつ、その間に等間隔になるように一つずつ、計8つある。

 

 各監視砦は、ここの王都からは10キロほど離れているため、騎士たちは毎日馬車で移動する。しかし、早馬で連絡が来たわけじゃない。今回は緊急性が高く、一般人たちに秘匿もできないものだから、盗聴されても別に大丈夫な簡易テレホンを使って連絡がきたようだ。

 

 対応の速さはさすがだな。まだ王都にドラゴンは見えない。しかし、このままだといずれ来るだろう。通り過ぎてくれればいいが、そうじゃないなら……

 

「本当にドラゴンだったのだな?」 

 

「アースドラゴンやワイバーンではない黒いドラゴンのようです。現在地は連絡された時間から逆算し、アスフェル領地より南、あと一時間ほどで王都上空に現れると思われます。」

 

 どうやら、王都から馬車で2日かかる先にあるアスフェル領地の領主がテレホン(領主たちは緊急性が高い時にしかテレホンを使ってはならないという制約がある。)を使って北方の監視砦に連絡、それを受けた監視砦が簡易テレホンを使ってここに連絡、と言うことか。監視砦ではまだ視認できる位置ではない、と。

 

「そうか。ただちに厳戒態勢を敷く。魔法師団第一から第五中隊、騎士団第一から第五中隊は外壁と王都前の平野にて戦闘準備! 騎士団第六から第十中隊は王都の各区画ごとに市民のシェルターへの避難勧告および誘導、魔法師団第第十一中隊は結界の強化にあたれ!」

 

「はっ!」

 

 砦や、船で海洋の監視に出ているものなどで総勢10万はいるが……今、王都にいる騎士団魔法師団の部隊は1から10の中隊ずつの約五千の騎士、か。はたして、空を飛ぶドラゴン相手に空を飛ぶ手段を持っていない騎士団たちがどれだけ対抗できるのか。

 俺は俺で勝手に動くとするかね……

 

 

 

〜 side:アルバレスト〜

 

 ドラゴン対策会議に向かうと、騎士団長と副団長、魔法師団長、副師団長、宰相などなどの面々がすでに集まっていた。

 

「皆、よく集まってくれた。早速だが、すぐに本題に入ろう。ドラゴンが王都に向かっていると報告が上がった。これからそのドラゴン対策会議をする。」

 

 私がいつも座る上座に座り話し始めると、覚悟していたのか周りは息を呑み緊張が走った。

 

「ただちに監視砦から騎士を呼び戻し、外壁および王都前平原に騎士団を築き厳戒態勢を敷くべきです。」

 

「確かに、平時の時はそれでよかろう。しかし、それは空を飛ぶドラゴンには通用しない。そこで、」

 

 その瞬間、会議室の扉を激しく叩く音で中断された。ドアの近くで待機していた騎士が慌ててドアを開けて扉を叩いたであろう騎士を叱った。だが、なにか緊急の知らせだからここに来たのだろう。許可を出すと叱っていた騎士がすぐに横にずれた。部屋に入ってきた騎士が失礼しますといい告げる。

 

「緊急のご報告です! 北の監視砦からドラゴンを確認したと言う報告が終わったのとほぼ同時に王都上空にドラゴンが現れました!」

 

「なんだと?! 同時に?! それは本当なのか?!」

 

「は、はい! ここに来るときに、この目で確認いたしました! 飛行速度がとても早く、予定よりも早く到着したのだと思われます! 現在、王都近郊平野に到着し、その場に配置した魔法師団が対応しております!」

 

「わかった。下がって、「緊急のご報告です!! 「今度はなんだ?!」」

 

「ぐ、グラキエス殿下が……」

 

「キースがなんだ?」

 

「ドラゴンのところに行ってくると言い残して、王宮を飛び出してしまいました!!」

 

「は、?」

 

「止めたのですが、ドラゴンに呼ばれてるからとおっしゃっていて、そのまま空を飛んで行ってしまい……止められず、申し訳ありませんでした!」

 

 キースが? 飛んで行った? 身体強化なのか。まさか、重力魔法か? いつの間にそんな上級魔法を習得していた?

 

「はっはっはっはっ!」

 

「え?」

 

「陛下……」

 

 私が大声で笑うと、キースを止められなかったことを叱られると思っていた騎士は唖然とし、隣に座っていたゴルドールは呆れたような声をあげた。

 こればっかりは仕方ないと思う。私に報告もなしに黙って行ってしまったのには驚いたが、空を飛んで行くとはな。

 

「報告ご苦労。キースを止められなかったのは問題ない。どうせ誰も、本気を出したキースを捕まえることなど出来はしない。放っておいても大丈夫だ。そのうち私たちには予測出来ないことをしでかして帰ってくるだろう。」

 

 例えば、ドラゴンを討伐した、とかな。いや、キースは世界の深淵を見たものの1人だ。ドラゴンの討伐くらいやってのけてしまうだろう。S級ランク冒険者になったと聞いたし、ドラゴンは一匹であれば基本的にSランク相当だ。だが、どうにも、キースはそれ以上の予測ができないことをしてきそうではある。

 

「陛下……しでかす前提で話さないでください……」

 

 ゴルドールが私の言葉に呆れているようだが、こればっかりは仕方ない。キースのあの態度を見ていればそう思うのも仕方なかろう。

 

「キースはああ見えて頭がいいのはゴルドールとて分かっているだろう。心配しなくとも良い。」

 

「親バカのあなたがそういうとは思いませんでした。」

 

 キースを止めると思っているのだろう。キースは大切な私たちの子供だから、心配する、と。それはまぁ否定はしないが、子を信じるのも親の責務だと思っている。やりたいならやらせればいい。あの子は道理がわからない赤子ではないのだから。

 

「ははは。子を信じてやるのも親の努めよ。信じて待つしかあるまいて。」

 

「そうですね。では、グラキエス殿下のやることは全面的に援護をするということで?」

 

「あぁ。何かあれば私が責任を取る。好きにやれとキースに伝えてくれ。」

 

「かしこまりました!」

 

 私が伝言を頼むと騎士はその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

〜side:グラキエス〜

 数分前。

 

 さて。俺は今、自分の部屋にいた。俺は最低でも16歳になるまでは能力を隠さなきゃならない。俺がとんでもなく優秀だと気付けば、俺を利用すると考える者が多く出てくるからだ。そして、国王の正当な血筋で、王太子予定の第一子。その妻には、王妃という立場と反則級の知識と繋がれるのだ。その座欲しさに、シーラを次期王妃の座から追い落とそうとするものが出てくる可能性が高い。殺すのは簡単だ。でも、殺すことはしなくても、体を汚されれば王太子妃や王妃にふさわしくないという口実ができて、簡単に追い落とせる。

 これらは俺の妄想だ。だけど、それだけ王太子妃というのは魅力がある。それに、俺と言うチートが現れればさらに魅力が上がる。それを享受しているシーラをよく思わない貴族や女なんてゴロゴロと出てくる。それだけ、一般的な貴族という人間は欲深い場合が多い。警戒して損はないのだ。

 そんな理由もあり、俺はドラゴンとは関わらず王宮でことが収まるまで待っているつもりだった。シーラを守るためなら、できるだけ回避するべきだと思った。

 

 思っていた、その時。

 

『……れ………て……』

 

 どこかから、声が聞こえた気がした。王宮を走り回っている文官や騎士たちだと思った。

 

『た……だ……』

 

 だけど、声は俺の頭に響くように聞こえてきたのだった。

 

「だれだ?!」

 

『誰、か……』

 

 やっぱり、頭に響いてくる。幼い男の子の声? だけど、実態のある声じゃないような…

 

『助、けて……』

 

 助けて?

 

「君は誰?」

 

『痛、、、や、だ……』

 

 その時だった。窓の外によぎった黒い影を見たのは。急いで窓に駆け寄ると、王都の北側の平野部にドラゴンを見た。

 

『お願いっ、誰か助けて!』

 

 さっきよりも鮮明で、大きな声が頭に響く。同時に、つらい、痛い、苦しい、悲しいという感情が流れ込んできた。もしかして、これは念話の魔法? 高位の竜種は使えると聞いたことがある。念話では、感情まで流れ込むなんて情報はなかったけど……

 徐々に強くなっていった声と、今窓から見えている竜種の存在。そして、まだ未知の魔法である念話。この三つから、念話よりも少し違った魔法があっても不思議じゃないし、あのドラゴンが俺に語りかけてきていてもおかしくはない。

 

 もし、念話なら……

 

 そう思って、魔力を練り上げ、あのドラゴンに声を届けるイメージをする。すぐに何かがつながったような感覚がして声を上げた。

 

「ねぇ、君は黒いドラゴンなの?」

 

『?! 僕の声が聞こえるの?!』

 

 驚いたような気配がしたけど、幼い男の子の声は、嬉しいという感情が帰ってきて、俺に尋ねた。

 

「聞こえてる! 君は誰?」

 

『僕は竜王族のスリアル!』

 

 ちょっと待て。竜王族?! 冒険者ギルドで定められた魔物の危険度ランク最強のSSSランクに認定されていて、はるか古代から存在している竜種の中で最強種って言われてる伝説の魔物じゃねぇか! 北の大陸にいるって言われるやつじゃん! 数百年に一度繁殖期があって、生まれた子供は大事に育てるとか……北の大陸の種族とは良好な関係を築いているとかなんとか。

 

「お願い、お兄ちゃん! たすけて! 首が痛いのに、取ろうとしても体がいうこときかないの!」

 

 ん? あれ? 首が痛い? よくわからないが、嘘をついているわけじゃないだろう。今も俺に流れ込んでくる感情と声は演技とは思えない。必死に助けを呼んでいる。

 

「助けてやりたいから、落ち着いてくれ。スリアルは操られてるのか?」

 

『多分そう。呪いの気配がする。』

 

 呪い、か。確かに呪い、呪術魔法の中には相手を操るものもあると南の大陸が発行してる本で読んだことがある。あそこは呪術が発達してる大陸だからな。ん?南の大陸で呪い?ゲームでもそんな情報があったような…いや、今はそれどころじゃないな。


 呪いとは、呪うための供物と呪いを込めた媒体、魔力量、かける呪術魔法の難易度、呪術魔法を使う術師の熟練度を掛け算をしたものが、そのまま呪いの強さとなる。例えば、すべての条件が1だった場合、あまり強さはないが、全てが十だったらかなり強くなる。逆に、どれか一つでも欠けていると呪いは発動しない。そして、呪いが強ければ強いほど解呪するのは難しいが、呪いが解けたとき、呪いの反動はかけた時よりも強くなって帰ってくる。

 だけど、解呪するにはかなり時間がかかるはず。それに、オレは解呪魔法なんて習得してない。解呪魔法以外にも解呪する方法はいくつかある。その一つが解呪するための素材集めだ。いわゆる供物だな。解呪するにも供物がいるとは滑稽だけど、今はそれを集めている時間はなさそうだ。竜王族を操るほどに強い呪いを解呪するための素材なんてあるわけがねぇだろ!! だから、それ以外の方法を探るしかない。

 

「とりあえず、そっちに行くからしばらくは我慢してくれ。いいか?」

 

『本当?!』 

 

「あぁ。本当だ。できれば王都に攻撃をしないでくれると助かる。」

 

『頑張るけど、自信はないよ……本当に言うこと聞かないから……』

 

「わかった。急ぐよ。」

 

『ありがとう!』

  

 スリアルの嬉しそうな声を聞いた後、すぐに行動に移った。目の前の窓を開け放ち、バルコニーに出て、手摺りを超えて外に飛び出した。ここは三階だから、重力魔法を使って落下速度を落とし、身体強化魔法を使って駆け出した。勢いをつけて王宮の高い外壁に飛び乗り地面に降り立つと、王宮の門番をしている騎士に見つかった。

 

「え、殿下?! どこへ行くのですか?!」

 

「ちょっとドラゴンのところまで!」

 

「は?! え、ちょ! お待ちください! 危険です!」

 

「ごめん! ドラゴンに呼ばれてるから行ってくるって父上に伝えて!」

 

「危険です! 殿下! でんかぁぁ!!」

 

 ごめん、騎士さん。急がないといけないから。俺が後で叱られるし、騎士さんは悪くないって言っておくから!

 

 後ろから俺を静止する声が聞こえるが、すべて無視して王都の北へ向かって走った。一直線に行きたいけど、馬車とか通行人が邪魔で速度が出せない。かと言って速度を上げると事故につながりかねない。となると、目立ちたくはなかったけど、屋根伝いに行くしかないな。

 身体強化された体なら、高い屋根までひとっ飛びだ。そのまま屋根伝いに走っていき、すぐに王都外壁まで来た。重力魔法で飛び上がり、外壁に登ると外壁で待機していた騎士に驚かれた。

 

「で、殿下?! なぜここにいらっしゃるんですか?!」

 

「あのドラゴンに用事があるんだ。オーレンたちはどこ?」

 

「え? あ、平野に待機をしております。で、ですが、ここは危険ですから、って、殿下ぁ?!」

 

 静止の言葉を聞かずに外壁から飛び降りると、騎士の絶叫が聞こえた。戸惑っている騎士たちがどうしようかと戸惑っているから、声だけかけた。

 

「あのドラゴンは呪われてるんだ! 一刻も早く助けたい! できるだけ傷つけないように立ち回ってくれると助かる!」

 

「え、えぇぇぇ?!」

 

 戸惑いの声をあげる騎士にもごめんって心の中で謝っていると、オーレンとセフィリスタ含めた団長たち責任者がいるだろうところへと一直線に駆け抜けた。一番指示が通りやすいのは、後方ド真ん中。オーレンたちもいるはず。

 そう思って向かっていくと、すぐに見知った顔を見つけた。一番に気づいたのはセフィだった。

 

「は、殿下?! なぜここに、」

 

「それより、あのドラゴンの様子はどう?!」

 

「え、あ、そうですね。観察している感じ、攻撃する意思がないように見えます。こうやってずっと上空を旋回してるだけで……ですが、どこかおかしく感じます。」

 

 みんなでドラゴンを見上げると、確かに黒いドラゴン、スリアルは平野部をぐるぐると旋回している。しかし、ただ旋回してるのとは少し違う。やっぱり苦しんでいるように見えた。

 

「まるで、何かに抗っているのか、苦しんでるように見えて……」 

 

「俺もセフィリスタの意見に一票ですぜ。殿下。」

 

 セフィの言葉に同意したのは、王国魔法師団師団長、パズラン・ドームだった。セフィがよく書類仕事を投げ出して困っていると愚痴っていたセフィの直属の上司だ。

 

「どうやら、あの子は呪われてるらしいんだ。」

 

「呪い? そりゃ、またきな臭い……」

 

 確かに、呪われていて操られてるドラゴンがここにきたと言うのはきな臭い。どっかの国が関与してそうだ。それに……

 

「そう。あの子は死なせちゃダメだ。竜王族らしい。」

 

 死なせちゃダメな理由は、竜王族の家族愛の高さだ。竜王族は数百年に一度しか繁殖期は訪れないし、一度に産める卵は一つ。ものすごく稀に多くて三つだけだ。つまり、大事に育てる傾向が強く、群れで子供たちを育てるらしい。つまり、この子を殺したのがここだと知られれば竜王族総出で滅ぼしにくるだろう。それだけはまずい。

 

「なんでそんなことがわかるんです?」 

 

「あの子が俺に直接話しかけてきたんだ。それより、助けるために協力してほしい。」

 

「ほう? こりゃまた面白そうな。」

 

「パズラン師団長?!」

 

 パズランに抗議するのは王国騎士団団長イスタルト・ノーマンだ。オーレンの上司で結構真面目な部類らしい。俺の身が危険にさらされると思って止めたいんだろう。

 

「まぁそう、慌てなさんな。イスタルト団長。あのドラゴンが呪われてるってんなら、あの様子は辻褄が合うし、本当に竜王族なら殺すのはまずい。わかってんだろ?」

 

「だが、殿下の御身を危険に晒すことになる……それは許容できない。私は反対だ。」

 

「なら、殿下以外に助けられる奴はいるのか? 竜王族だと仮定して、それを操るほどの呪いだ。強い解呪魔法が使えるやつはこの国にいたか?」

 

「そ、それは……」

 

 いない。そうなのだ。少なくとも呪い耐性がある竜王族を操るほどの強い呪いを解呪するならば、おそらく解呪魔法特級を使えないと無理だ。この国にそんな人がいるなんて把握はされていない。セフィが俺を見た。おそらく、できないのかと言う確認だろう。

 

「流石に俺も解呪魔法は習得してないよ。けど、できる気がする。」

 

「その根拠は?」

 

「勘。」

 

「キース様……」

 

 セフィに呆れられたけど、いつものことだから、お小言が飛んでくるかと思ったけど、今日は無しだったらしい。

 

「根拠がないなら私は反対で、」

 

「伝令です!」

 

 イスタルトがもう一度強く反対しようとしたところに、早馬で王宮の門番をしていた人がきた。

 

「殿下、こちらにいらしたんですね、間に合ってよかった……陛下からの伝令です。責任は取るから好きにやれ、とのことです。」

 

「なっ、陛下が?!」

 

「よっしゃ。それなら早速行ってきます。セフィ! 臨機応変によろしく!」

 

 さすが父上だ。いくら親バカとはいえ、俺を信じてくれると思ってたんだよね。だから、今考えてるスリアルを助ける方法の手順を即座に組み立ててから、セフィに声をかけた。

 

「はぁ、わかりました。もしもの時のために拘束魔法の準備はさせていただきます。」

 

 色々諦められてる気がするけど、いっか。重力魔法で飛びあがろうとした時、スリアルが地上に降りてきた。

 

「グル、アァァァーーーーー!」

 

「っ?!」

 

 二本の足で着地すると苦しがり、そして吠えた。竜王族の威圧に騎士たちが怯む。だけど、俺は違った。

 

『いやだぁぁぁーー!!!』

 

 悲痛な叫びが頭に流れ込んできた。もう、スリアルの精神がもたなそうだ。ぐずぐずしてる暇はねぇな……

 スリアルは苦しそうな咆哮を上げながら、翼をバタバタとはためかせる。そのせいで、巻き起こった風が俺たちを近づけさせない。

 

「風、つよ、……」

 

 風魔法で一部の風を操作して勢いを弱める。スリアルが作った風は強すぎて無風にはできないから、身体強化をかけ直して無理やり駆け抜けた。スリアルに近寄って上に飛び、スリアルの首に手をついて背中に乗った。ものすごく暴れられるので、俺諸共スリアルに重力魔法をかけた。多少はスリアルも暴れなくなったみたいで、俺はスリアルが痛いと言っていた首周辺に目を向けた。ちょうど俺がいる場所より上の位置に、黒い杭のようなものが打ち込まれていた。手が届いたので、掴もうとした。

 

「いっ……!」

 

 静電気より少し強めに電流が走った。手を見ると軽く火傷をしているっぽい。やはり、呪われたものの類は直接触るとまずいんだ。二次元の定番じゃねぇか! クソッタレ! だけど、定番なら定番らしく、光や聖属性にも弱いだろ!

 光魔法ヒールで手を直してから、光魔法のゴスペルを発動させた。光魔法のゴスペルは、精神を癒す魔法と言われているが、違う使い方もある。本来ゴスペルとは福音という意味で、良い知らせや、喜ばしい訪れなどというプラスのことを人に与えるという。それを人に向ければ、良い作用をするという感じになり、精神安定剤のようなものになるだけ。

 呪いはその人を蝕むもの、マイナスの要因を与える。なら、相反する二つの魔法がぶつかれば、相殺されるはずだ。水と火がぶつかれば消えるように。

 ゴスペルは強い呪いと対抗できるような魔法じゃないけど、勢いは多少殺せるだろう。

 

「やってやろうじゃねぇか!」

 

 強引な考察だったが、試してみる価値はあった。効果は希薄で精神安定剤のような役割しかなかったゴスペルが、呪いの効果を弱めた。そのおかげでさっきよりは手に電流が流れなくなった。まぁ、ちょっと痛いけど、我慢できる。無理やり引っ張るが痛みがあるのか、スリアルが動き出して、

 

「ちょ、ま、のわぁぁぁぁぁあーー!!!!」

 

 首をブンブン振り回し始めた。いや、犬か!! って、そんな現実逃避してる場合じゃねぇ!

 

「スリアル!」

  

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!』

 

「スリアル! ごめん耐えてくれ!! 後で治してやるから!」

 

『あぁぁぁ!!! ヤダヤダヤダ!!!』

 

 まずい、俺の声が聞こえてない。このまま引っこ抜いて、スリアルに後遺症が残ったら意味がねぇぞ。こうなったら睡眠魔法を使って……

 

「なっ、効かない?!」 

 

 魔法は使えてるはずなのに、スリアルは全く寝てくれない。俺のスキル欄に睡眠魔法がないからかもしれないけど、効果が少ない上に睡眠魔法よりも痛みが強すぎるから眠るどころじゃないってことか。

 どうする? どうする?? 俺やセフィが使える魔法でこの子を傷つけずに済む方法は? 睡眠魔法が無理なら、催眠? マインドコントロール的なことが出来ればいいけど、ここまで俺の声が聞こえてないと何も……

 

 聞こえない?

 

 聞こえるようにすればいい。光魔法、ゴスペルは精神安定剤。今の錯乱状態から少しは抜け出せるかも。そうと決まれば即行動!

 

「ゴスペル!」

 

『う、うぅ、、』

 

「スリアル! 聞こえるか!」

 

『お、にぃ、ちゃん……痛いよぉ……』

 

 よっし、届いた!!

 

「ごめんな、もう少しだけ我慢してくれ。今これ抜いてやるから。傷は俺が絶対治してやる! 男の子だろ? 頑張れ!」

 

『うぅ、頑張る! いたいけど頑張る〜!!』

 

 すんごい泣いてるけど、覚悟は決まったみたいだから、一瞬でやろう。

 

「オーレン! 手伝って!! 早く!!」

 

「は?! あ、はい!」

 

 オーレンが重力魔法が使用された領域であってもいつもと変わらず全速力で走ってきて、スリアルの背中に飛び乗ってきた。バケモノか? そんな現実逃避をしつつ、ゴスペルを呪いの杭とスリアルに施しながら、オーレンに説明した。

 

「この杭抜くの手伝って! 呪いの杭だから、俺の手の上から掴んで!」

 

 本当は俺がって言いたいところなんだろうけど、俺が有無を言わさぬ気配に諦めて……

 

「殿下だけに痛い思いさせるわけねぇでしょ。」 

 

 俺の手より下の位置を掴んだ。少し痛そうにしていたけどすぐに慣れたのかぐっと掴んだ。

 

「え、ちょ、手が!」

 

「行きますよ、せーのっ!」

 

 俺が抗議しようとした声を遮って力を入れ始めてしまった。問答をするつもりはないってか? ったく、上司思いなことで! 俺も力を入れて杭を抜き始めた。

 

『う、うぅ、痛い……』

 

「が、んば、れぇ……!」 

 

『うぅ、』 

 

「気張れよ、ドラゴンさんよ!」

 

『あぅぅぅ……』

 

 呪いの効果なのか、明らかに相当な力を加えてるのに杭は抜けない。厄介だと思っていると、後ろから鎧の音が近寄ってきた。

 

「オーレンさんを引け!!!!!」

 

「杭を抜くぞ!!」

 

 どんどんどんと軽く衝撃が来て、何事かと思ったら、何人もの騎士がオーレンの腹を掴んで後ろに引っ張り始めた。オーレンの腹を掴んでる人は後ろの別の騎士に腹を掴まれて引かれ、その人も後ろに引かれて……人間ツナ引きかっつの。でも、さっきよりも杭は抜けてる。後半分。なら俺は、引いている騎士全体的に身体強化を施した。

 

「あと、すこしぃぃー!!!!」

 

「騎士団の意地を見せろー!!」

 

 オーレンの掛け声が後押しとなったのか、今まで以上に強い力が加わった。そして、かなりの力で引き抜かれた杭が、スリアルの体から離れると……

 

「あ……」

 

「ぬぉぉぁぁあーー!!!」 

 

 一瞬の浮遊を感じて、俺は後ろに転がった。

 案の定、引いていた力の通りに転がり落ちたらしい。ドンドンドンと人間の山が積み上がり、一番上に俺が背中から落ちた。

 

「いっ、たぁぁぁ!!!!」

 

 呪いの杭を持ったまま後ろに倒れる。つまり、鎧を着ているオーレンの上に落ちるわけで……俺は後頭部を鎧に打ち付けたのだった。

 

「殿下、すんません。大丈夫っすか?」

 

「だ、ダメ……痛い……」

 

「ですよねぇ。」

 

 軽く脳震盪起こしたっぽいけど、ヒールをして回復した。すぐに気持ち悪さがなくなると、スリアルがどうなってるのかが気になって、駆け寄った。まずは傷口の回復だ。杭を打たれた場所に欠損したものを回復させるエクストラヒールを使って傷を治した。すぐに鱗も元に戻ったので、スリアルの顔に近寄った。

 

「スリアル! 大丈夫か?」

 

『お兄ちゃーん、ありがとぉぉ……!』

 

 まだシクシクと泣いてるけど、楽になったっぽい。

 

「操られてる感じはなくなったか?」

 

『ゔん。もうないよ。けど、疲れたせいで体動かない……』

 

 眠たそうな声だったので、鼻の頭を撫でてそのまま促した。

 

「それもそうか。お疲れさん。よく頑張ったな。ゆっくりおやすみ。」

 

『あり、が、と……』

 

 おやすみ3秒のごとく速攻で寝息が聞こえてきた。よかった。助けられたか。

 

「殿下、お疲れ様です。無茶しましたね。普通、呪いの杭を抜こうとは思いませんよ。」

 

「身体強化をアホほどかければいけるかなって思って。」

 

「普通魔法の重ねがけはできないはずなんですけどね……」

 

 実はさっき、俺には身体強化魔法を二重にかけていた。本来魔法の重ねがけは体の繊維を壊しかねないんだけど、魔法制御さえ見誤らければできるのだ。ということで、ぶっつけ本番でやってみたらできちゃった。

 

「実力を隠す気はないでしょ……」

 

「一応、あるよ?」 

 

「ないですね。」

 

 あったんだけどねぇ? スリアルを助けたくてどっか行ってしまった。だって、あのまま見殺しになんてできない。

 

「助けてって言われて、助けないほど腐ってないんだよね。残念ながら。こんなことして、シーラに愛想尽かされちゃうかな……」

 

 実力は隠すって言った理由の大半がシーラのためだったのに、こんなことして、シーラに怒られるどころか愛想尽かされるかも。

 

「大丈夫でしょう。殿下がご令嬢にゾッコンで溺愛しているように、ご令嬢もあなたにはゾッコンでいらっしゃるのは有名ですからね。この程度で愛想をつかすほど、狭量ではないかと。」 

 

 ゾッコンゾッコン言うな。事実だけど他人に言われると気恥ずかしいんだぞ。でも、セフィの言う通りかも。シーラは怒ったとしても愛想はつかさない気がする。つかすとしたら、絶対にありえないけど俺が浮気すること、シーラを放置することかな? 今んところ思いつくのはこの二つだけど、どっちも絶対にないけどな。シーラがいないと俺がシーラ不足で死ぬし。

 

「まぁ、怒られる覚悟はしてお、く……」

 

 突然、視界が歪み、足がもつれて膝をついた。魔法を使いすぎると、魔力切れを起こし気絶する。一度だけなったことがあるから、そう言うことだろう。身体強化をかけまくり、ゴスペルの同時発動、重力魔法、重力魔法をガンガン使ったのだから、無理もない。

 

「殿下? 殿下?!」

 

 セフィの声がうるさいけど、心配させてるんだから、仕方ない。

 

「大、丈夫、魔力、ぎ、れ……」

 

 そこで俺の意識は途切れた。

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