再会
〜サイド:グラキエス〜
ギリギリ食堂に辿り着き、昼食を食べた後。セスとプリシラ嬢が来るまでの時間を図書館で本を読んで過ごした。
今日読んでいたのは魔物図鑑、解説付きだ。本を読んでいたというよりは、眺めていた、という方が正しいような。まぁどうでもいいか。わかりやすければなんでも。
図書館にあるソファに寝そべって熱中していると、誰かが図書館に入ってきた。本から目を離すと見知った顔が俺の顔を覗き込んできた。
「キース様……お行儀が悪いですよ?」
「セス。きたんだ。」
ということは、プリシラ嬢も来たということか。本を置いて体を起こし、伸びをした。
「きたんだ、じゃないですよ。お髪が乱れてるじゃないですか。」
「長時間座ってると疲れちゃってね。」
「全く。お部屋で読めばいいものを……」
「持って行くのめんどくさかったし。誰もいなかったから許して。」
厳密には司書がいたんだけど、差し入れをしているからか、見て見ぬ振りしてくれている。誰もいないからいっかって思ってそうだ。
「キース様がいつでもどこでも寝そべるので、私がいつも鏡と櫛を持ち歩くようになってしまいましたよ。」
呆れたような顔をして、折りたたみの櫛を差し出した。そう言えば、いつもサラッと渡されていたっけ。俺のせいだったのか。
「ごめんごめん。」
櫛を受け取って軽く髪をすき、懐中時計ぐらいの小さな丸い鏡をのぞいて確認して櫛を返した。王族っていうのはいつも身だしなみを気にしなきゃいけないから、めんどくさいよね。そのままにすればセスからお小言をもらうしね。俺を思ってのことだろうから、大人しくいうこと聞くけど。
「さて。我が妹が応接室で首を長ーくして待っています。早くご移動を。」
ものすごい嫌味っぽく言われて、表情筋がひきつる……もしかして、探させてたのか? そうなるとプリシラ嬢に申し訳ない……
「今行くよ。」
すぐに本を元の場所に戻してから図書館を後にした。いつもより少し早めに歩いて応接室に向かった。扉の前まで行き、セスがドアをノックすると、少しして高くて綺麗な女の子の声が聞こえた。
「シーラ、キース様を連れてきたよ。」
「は、はい! どうぞ!!」
少し緊張しているのかな。さっきより少し声が硬くなった。
「では、キース様。」
セスが扉を開けると、俺に入るように促した。先に入ると、プリシラ嬢が淡い青とも緑とも言えるワンピースを着ていた。この前は髪は一つにまとめてあげて巻いていたけど、今日は巻いているのは変わらないけどハーフアップというやつだった。しかも、俺があげたブレスレットをつけてくれている。嬉しいし、正直に言おう。めちゃくちゃ可愛い。
「可愛い……」
「ふぇ?!」
やべ、思いっきり本音が口から出た。けど、プリシラ嬢は顔を真っ赤にしていた。怒ってる雰囲気はないから、多分大丈夫。だと思いたい。セスが思いっきりニヤニヤしているし。よし、セスが怒ってないから、喜んでると仮定して、怒ってたら後で謝る。だから、ぽろっとこぼした感想じゃなくて、ちゃんと言いたい。言った上で喜んでもらえるなら、喜んでもらいたい。
「髪をおろしているのも似合っていて可愛いよ。あと、その服も。」
「あ、ありがとう、ございます……」
さらに顔を真っ赤にしてお礼を言ったから、照れているだけっぽい。人差し指同士を付けたり離したりを繰り返している。やっば、なにこの生き物。可愛すぎない? あー……
「ウェスに譲りたくない……」
両手で顔を覆って呟くと、セスが食い気味に否定してきた。
「譲らないでください。思いっきり心を鷲掴んでください。」
「お、お兄様?! な、ななななななにをいって!」
なが多いな。それだけ動揺してるってこと?
「シーラだって、キース様との婚約は嫌なわけじゃないでしょう?」
「うぐ、そ、それは……その……はい……」
「え、本当?」
さっきまで悩んでいたものの最後の一つを、セスがドストレート、真っ向から投げつけた。プリシラ嬢はそれを肯定した。本当に、俺でいいの?
「ほ、本当、です……」
「この前のパーティで、キース様と話して惚れたそうです。」
まじか。奇しくも俺と同じタイミングで、俺に惚れてくれてたのか。その事実に嬉しくなっていると、プリシラ嬢は顔を真っ赤(若干涙目)にしてセスに詰め寄り、セスの胸ぐらを掴んで前後に揺さぶった。
「お兄様!! 殿下には言わないでくださいとあれだけお願いしましたのに!!!!」
「シーラがいつまでも言わないから。」
「私にだって心の準備というものがありますの!! ひどいですわ!!」
「でも、殿下は嬉しそうだけど?」
鬼!とか、悪魔!とか、精一杯の悪口を言って抗議していると、セスが揺さぶられながら俺を指さした。いきなり俺に話がすり替わると、プリシラ嬢が困惑しながら俺を振り向いた。
「へ?」
「え?」
「キース様、喜びたいのを我慢して結果ニヤついてます。」
「嘘!」
「嘘じゃないですよ。」
「まじか。ごめん、見ないで……」
セスに言われた俺の顔を想像して恥ずかしくなり、手の甲を当てて全力で顔を逸らした。
「殿下! 見せてくださいませ!」
「なんで?!」
「貴重な顔な気がしますので!」
「いや、本当に恥ずかしいから!」
「ジー」
「じっと見られてもやだから!」
「むぅ。」
絶対ぷくーっと顔を膨らませている気がする。気持ちを落ち着けるように息を吐きながら、振り向くと、本当に頬を膨らませていた。子リスかな。
「ふは、可愛い顔してる。」
「なっ、殿下まで?!」
俺までってどう言うことかわからないけど、女の子にここまで言われちゃ、腹が座るってものだよね。なら、俺もこの子に向き合おう。
「それ、」
「んっ、、?」
俺は、プリシラ嬢の唇に人差し指を当てて行った。
「殿下じゃなくて、キースって呼んで?」
指を離してから、プリシラ嬢の頬を撫でながら、微笑んで頼むと、また顔をぽぽぽと赤くさせた。
「へぁ、え、う、それ、は、お、おお恐れ多くて……」
「婚約者になるんだから、いいでしょ?」
「ふぇ?!」
「俺もあのパーティの時、プリシラ嬢のことを見てとても可愛い子だなって思ったんだ。もっと話したい、もっと近づきたいって。気づいたら、ウェスにあげたくないって思ってた。君に一目惚れしちゃったんだ。だから、」
プリシラ嬢の前に片膝をついて、見上げた。
「俺と結婚してほしい。君を世界一幸せにしてみせるよ。」
プリシラ嬢の左手薬指にキスを落とした。なかなかにキザで、恥ずかしい行動だけど、俺王族だし? 王子だし? 開き直ってプリシラ嬢の言葉を待っていると……
「キース様。妹はオーバーヒートとなっております。」
セスの言葉通り、プリシラ嬢は口をぽかんと開けたまま固まっていた。一応呼吸はしてるから、ほっといても死にはしないだろう。
「あらら。やりすぎた?」
「そのうち復活しますよ。」
「なら、立ちっぱなしは足を痛めてしまうから、寝かせよっか。」
ヒョイっとプリシラ嬢を横抱きにして抱えてソファに座らせた。その横に座ってから、膝枕をして寝かせた。
セスが中継ぎの侍女に紅茶を頼んでくれていたようで、俺とセスの紅茶を持ってきてくれた。俺は冷めてから、飲み始めよう。こぼさないけど、億が一こぼした時が危ないからね。プリシラ嬢の顔を眺めたり、髪を撫でたりしていると、セスが口を開く。
「それにしても、求婚とは振り切りましたね。セフィに聞きましたよ。午前中は現実逃避に魔法を試作していたと。」
「会ったのかよ。でも、色々吹っ切れたし、いっかなって思った。」
「それならいいのです。私たちも、シーラだって居ます。シナリオ通りにはさせませんよ。」
「あぁ。よろしくな。」
「はい。それはさておき、シーラ。いつまで呆けているつもりですか。」
「ぎくっ、なんでバラしてしまいますの?! せっかく殿下のことをじっくり見れるいい機会でしたのに……」
どうりで視線を感じたわけだ。とっくに目覚めてたのか。それにしても、俺の顔をじっくり見るいい機会って、俺の顔好きなのかな? 確かに前世よりもいい顔だと思うけどね?
「そんなに好きならいつでもどこでも見てくれていいのに。」
まだ膝に頭を乗せているプリシラ嬢の綺麗な髪を一房手に取りキスをすると、顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまった。
「死んでも悔いはありませんわ……」
「それは俺が困るからダメ。」
なにせ、これからは俺だけを愛してくれないと、ね。
「殿下のせいで死にそうなので、お手柔らかにしてほしいですわ……」
「こんなのはまだ序の口だから、出来ない相談だね。だから、慣れて?」
これからズブズブに甘やかして、俺がいないとダメにしないとね。浮気されたらシャレにならないし。底なし沼に沈めてあげないと、ね?
「善処いたします……」
「あと、キース、ね?」
「そ、それはまだ、」
「キース。」
「き、キース、様……」
「様もいらないんだけど、それは後でにするね。シーラ?」
本人に確認も取れたし、正式な婚約者となったんだから、俺だってシーラって呼びたい。
「きゅう……」
本格的に気絶したっぽいけど、可愛いからこのまま寝かせてあげよ。髪を空くように優しく撫でてながら、この寝顔を独り占めしたいというドス黒い独占欲を自覚した。
「こんな男に捕まっちゃって、シーラはかわいそうだね。」
前世で女を好きになったのは(初恋とも呼べないようなやつ)小学生の時だけだったから知らなかった。本気になった俺の独占欲と執着心は強いんだと。
思えば、俺はたった一つのもの以外の物欲がなかった。祖父の形見であるあの時計以外は。
前世に思いを馳せていると、セスが紅茶を飲みながら答えた。
「幸せそうなのでいいのでは?」
「兄が言うセリフかねぇ。」
妹がかなり危険な男に捕まってしまったのにね。
「キース様は妹を幸せにしてくれるでしょう?」
「お前のその根拠のない自信と俺に対する全面的な信頼が時々怖いよ。」
「事実、信頼しておりますからね。」
本当、怖いやつ。
ま、だからこそ、こいつの信頼を裏切りたくないと思うんだけどな。
〜side:セスタ〜
「こんな男に捕まっちゃって、シーラはかわいそうだね。」
目の前の我が主の瞳に灯った仄暗い輝きは見逃さなかった。
確かに、独占欲はありそうだが……
「幸せそうなのでいいのでは?」
「兄が言うセリフかねぇ。」
そういって肩をすくめた。でも、我が妹はこの方に恋をして、たった今両思いだったのを知り喜んでいた。キース様に初めて会ったあの日も、家族が見たことないような顔をしていた。
『お兄様、殿下がとてもかっこよかったですわ……』
同性の俺から見てもキース様はかっこいい。見た目もだけど、大人と
子供らしいと思う場面や、大人っぽい場面。思いの外、周囲の人間を見る洞察力。観察眼。キース様みたいな人がシーラを好きになってくれないか。
そう思って、キース様とシーラが会えるように父上と画策した。(例えばパーティでキース様の目に止められるようにドレス選びはシーラに似合うもの尚且つキース様の好きなものを合わせたものを、とか。シーラにもキース様の話をして少しぐらい殿下をしてないときのキース様を知ってもらうためにとか。色々。)王妃に興味がないシーラに興味を持ってもらうのは大変だったけど、いや、そんなシーラだからこそ、キース様を好きになってくれないかなと思ったけど。
そして、今日。予想外にも、キース様は会場に入った瞬間に俺よりも先にシーラの存在に気づいたし、時々目で追っていたように思う。シーラはそれに全く気づかなかったけど、殿下が話しかけると恥ずかしそうに挨拶を返した。父上と一緒に手応えを感じながらその場は終わった。その後、俺だけパーティにのこっていると父上に帰るからシーラを呼んできてくれと言われ、庭園に行ったと情報をもらって探しに行った。見えるところにはいなかったからバラ園に向かうと、殿下と仲良さそうな声をきいて、良いタイミングだと盗み聞きしていた。まぁ、すぐに俺の話が出て、出て行ったけど。その時に見たシーラの顔は嬉しそうで、殿下を男として見ていたと思う。さっきはそこまでだったのに、こんな短期間で何があったんだとすら思った。キース様も人目がないからか、さっきとはまた違った、見たことない顔でシーラを見ていたし。
うまくいきすぎて、怖いなーとは思った。
シーラはウェスペル殿下の婚約者候補筆頭だと教えたときは、ものすごく落ち込んでいたし、キース様が他の女と?!って思った時なんか、ものすごく悔しそうに唇をかみしめていたし。実はこの二人相性いいんじゃないのか。それに、
「キース様は妹を幸せにしてくれるでしょう?」
キース様は、家臣の信頼には最大限応えたいと思う人だし、他人には飴と鞭を使い分けるが、自分に対しては鞭だけしかないんじゃないかってくらいとても厳しいお方だ。
ウェスペル殿下が将来妹を虐げないよう「女の子にはものすごく優しくして、何かあったら噂だけじゃなく自分の目や足で調べること」を徹底して教育していた。子供に理解できるのかと思ったけど、理解できないうちから口を酸っぱくして言えば、刷り込めるだろう? と純粋な顔をして言うのだから、あの人の怖さが滲み出ていたと思う。後から知ったけど、前世で女兄弟に囲まれた男は女を大事にしろと刷り込まれていたらしく、それを参考にしたと知った。それでも実行するキース様は怖いけど。
立場や権力は求めない無欲。
かと思えば、
美味しい食事や菓子には目がないし、自分で作り出すほど。そして魔法や体術など強さを求める貪欲さも兼ね揃えている。
未来を知ってるからこそだろう。だけど、そこに自分の幸せは含まれていないように思える。
さっきセフィから聞いたけど、シーラと婚約すると聞き、16歳で死ぬのにとか、ウェスじゃなくていいのかと思っていたそうだ。自分じゃなく、あくまでシーラの幸せを考えていたのだと。
であれば、私は臣下として、忠誠を誓った主人と可愛い妹をくっつけたいと思うだろう。
シーラのことを考えて自分のことは後回しなキース様なら、シーラを幸せにしてくれる。自分のことは後回しなキース様は、きっとシーラが幸せにしてくれる。妹は鋭い子だから、キース様のその歪さにもきっと気づく。
妹と主人が幸せならば、独占欲や執着心など、国を傾けなければ気にしなくていい。誰しもが持ち合わせている感情なのだから、気にするだけ無駄だ。
「お前のその根拠のない自信と俺に対する全面的な信頼が時々怖いよ。」
気絶したシーラを無礼だと怒らずあまつさえ、頭を膝に乗せ、愛おしい目で見ながら優しい手つきで髪を撫でる。猫のように警戒心が強い子が2回しか会っていないキース様相手に気絶とは言え安心し切った顔をして寝ている。
この二人を見て、可哀想などと誰も思わない。
どう見ても幸せそうな光景にしか見えないのだから。
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