芽生えたばかりの恋心と嫉妬

 ベンチがある場所に辿り着き、俺は目を見開いた。淡い桃色のドレスに綺麗な水色の髪の小さい子が座っていたのだから。

 

「プリシラ嬢?」

 

「あ。」

 

 やっばい……誰もいないと思って、つい本性出しちゃったんだけど……聞かれて……

 

「も、申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなくて……」

 

「はい、聞かれてた!! あぁ、まじでやらかしたぁ。」

 

「あ、あの、ごめんなさい!」

 

 プリシラ嬢が焦ってベンチから立ち上がり走り去ろうとしていたので、俺は咄嗟に手首を掴んで止めた。

 

「待って。」

 

「え、」

 

「ごめん、待って欲しい。」

 

 俺に止められるとは思わなかったのだろう。困惑しながらも、振り払うことはせず、大人しくなった。

 

「とりあえず、座ろっか。」

 

「は、はい。」

 

 俺が先に座り、プリシラ嬢に隣に座るように促した。すぐに座ってくれたので、とりあえず謝った。

 

「ごめんね、変なところ見せちゃって。」

 

「いえ、私が勝手にここにいたので……」

 

 さすがに猫かぶってるのはバレたし、素で話してもいいか。ここまで服を着崩してるのも見られてるし、今更だ。

 

「ここも一応解放された場所だからね。プリシラ嬢に気づかずに油断した俺が悪い。セスも俺が悪いっていうだろうし。」

 

「そ、そんな、」

 

 俺が悪いというと、プリシラ嬢が焦って否定しようとする。だけど、俺が悪いのは事実だからな。

 

「俺が悪いよ。だから、プリシラ嬢は気にしないで。」

 

「は、はい。殿下がそうおっしゃるなら。」

 

 そういえば、俺は休憩しに人目がないここに来たんだけど、プリシラ嬢も同じなんじゃないのか? そうなると、ザ・気を遣わなきゃいけない相手である俺がいたら、休まらなくね? 初対面だからもあるだろうけど、プリシラ嬢は、俺と話しているとかなり肩に力が入っているように見える。移動した方がいいか?

 

「うん。それより、休憩してるところにごめんね。俺と一緒にいると気を使うだろうし、他のところに、「あ、まって!」

 

 ベンチから立ちあがろうとしたら、ジャケットの裾を掴んで引っ張られた。こんなことされるとは思わなくて、驚きつつ、振り向いた。

 

「プリシラ嬢?」

 

 呼びかけると、ハッとなって手を離した。可哀想なくらい顔が青ざめている。

 

「あ、も、申し訳ありません! 殿下のお洋服を掴むなど……」

 

「それは気にしなくていいよ。どうかした?」

 

 かなり落ち込んでいるみたいだから、髪型を崩さないように優しく頭を撫でると、肩から力が抜けた。緊張が解けたならいいけど、今度は頬を染めて、恥ずかしそうにもじもじし始めた。どうしたのだろう。

 

「そ、その……あの、で、殿下。」

 

「ん?」

 

「ご、ご迷惑でなければ……その、もう少し、お話を……」

 

 なるほど。暇つぶしに付き合えってことだな。

 

「俺でよければもちろんだよ。だけど、いいの? 落ち着かないんじゃない?」 

 

「え、いえ! 大丈夫です!」

 

「そっか。それなら良いんだけど。」

 

 ベンチに座り直して、改めてプリシラを観察した。7歳だからこそのふっくらした頬、光に反射した柔らかそうな髪、高価なドレスを着こなす可愛さ。セスが可愛いと俺に推す気持ちがよくわかる。

 

「あ、あの……私の顔になにかついていますか?」

 

「ん? あぁ。ごめんね、不躾に見ちゃって。」 

 

「いえ。それは良いのですが……何か変ですか?」

 

「ううん。可愛いなって思って見てた。」

 

「かっ?!」 

 

「セスが可愛いっていう気持ちわかるなって思って。こんなに可愛い子が妹なら自慢する気持ちもわかる。あ、ルナが可愛くないって意味じゃないよ? ルナも可愛いんだけど、ルナとはまた違ったかわいさがプリシラ嬢にはあるから。」

 

 ルナは小悪魔的可愛さで、プリシラ嬢は天使的可愛さと言ったら良いのか。ルナはどこかあざといところがあるから、プリシラ嬢とは少し違う感じ。俺が褒めると、プシューという効果音がなりそうな顔になった。

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「可愛いって言われ慣れてそうなのに、照れるところも可愛い。」

 

「殿下みたいな素敵な方にそんなこと言われたら誰だって照れてしまいます! 揶揄わないでください!」

 

「あはは、からかってないよ。全部本音。」 

 

「ぅ、うぅー……」

 

「俺、素でいる時ほど、褒める時は本音だよ。お世辞言うほどめんどくさいことはないからね。」

 

「そうなのですか?」

 

「そうそう。ただでさえ、貴族と接する時は、舐められないように表情は取り繕ったり嘘を混ぜたりして駆け引きしなきゃならないんだよ? 疲れるじゃん。素面でいる時ほど、そう言うのは抜きしないと休まらないし。」

 

 ただでさえイライラしてストレス溜まるのに、素面でいる時まで気を使うとか嫌だ。いつ、気を休ませるって言う話だ。

 

「確かに、息抜きは必要ですものね。」

 

「そうそう。勉強の合間に紅茶とか飲んで頭を休ませたりね。」

 

「ふふ、私はお菓子も食べちゃいます。」

 

「いいね。どんなものを食べるの?」

 

「最近はクッキーとかが多いです。ミルクティーと一緒にいただくのが好きなんです。殿下は甘いものはお好きですか?」

 

 お。質問をしてくれた。少しは緊張がほぐれたのかな。さっきより表情が柔らかいからよかった。

 

「甘すぎなければ好きだよ。ショートケーキは一切れが限界だけど。」

 

「そうなのですね。お兄様は甘いもの全般が苦手みたいで、一緒に食べられなくて……」

 

 あー、そういえば、どんなにお菓子を勧めても断るから理由を聞き出したことあったな。だけど、この前試作品を料理長と作ったクッキーは、食べてたな。

 

「この前セスに甘くないクッキー食べさせたら気に入ってたみたいだよ。」 

 

「そうなのですか?! ちなみに、そのクッキーはどちらのお店ですか?!」

 

 思いの外食いつきが良かった。そんなに一緒に食べたかったのかな。でも、俺と料理長のアレンジだから、売ってるはずはない。

 

「あー……ごめん、俺が作ったやつだから、売ってないかな。」

 

「え? 殿下が?!」 

 

 やっぱり驚かせてしまったようだ。すでに大きな目がさらに大きく見開かれて、俺をじーっと見ている。

 

「そう。甘いものが苦手だから、じゃあ砂糖を少なくしたやつはどうかって思って、作ったんだ。王族らしくないよね〜。」

 

 普通、貴族がキッチンに立つことはない。使用人に任せれば良いし、料理人の仕事を奪うことにもなるからな。でも、俺は前世の甘さ控えめクッキーが食べたかったんだ!! 今世のも美味いけど、もう少し抑えての方が好きだ。あと、紅茶風味のやつとか。

 

「確かに、そうなのかもしれません。ですが、私、殿下の作ったクッキーを食べてみたいです!」

 

「甘さは控えめだよ?」

 

「お兄様が美味しいと言ったものを私も食べてみたいのです!」

 

 ずいっと顔を近づけて、上目遣いの目でお願いされる。上目遣いでおねだりの破壊力はすごいと前世の友人が言っていたが、確かにこれは断れない。断れる男がいるか? いや、いない。いたら殴る。

 

「それなら、今度セスと一緒に王宮においで。料理長と一緒に作るよ。」

 

「本当ですか?!」

 

 クッキーを食べに王宮へ来るっていうのもおかしな話だけど、プリシラ嬢がパァッと顔を輝かせたから、なんでもいっか。

 

「うん、本当。セスにも言っておくね。」

 

「ありがとうございます!」

 

 ワクワクウキウキとプリシラ嬢のテンションが上がっているのを微笑ましく見ていると突然声が聞こえてきた。

 

「たった今聞きましたので、報告の必要はありませんよ。」

 

 その方向を見ると、セスがバラが植えられている間から顔をのぞかせていた。

 

「セス!」

「お兄様!」

 

「キース様はここだと思いましたが、シーラもここにいたんですね。」

 

「プリシラ嬢が先にここにいたんだ。ちょうど良いから話をしていたんだ。」

 

「なるほど。妹がお世話になりました。そうだ。これを機に、お二人で文通はいかがですか?」

 

 俺から経緯を聞くとセスがまたもやニヤッとした顔をした。また何か企んでると思ったら、普通に文通だった。

 

「文通?」

 

「はい。クッキーの件もそうですが、これから交流していくならば、連絡手段はあった方がいいでしょう。」

 

 連絡手段は、他にもセスとかゴルドールあるけど、それは無しなんだな。俺がジトーっとした目を向けているのに気づかず、プリシラ嬢は目を輝かせた。

 

「殿下とお手紙のやりとりができるのですか??」

 

「そうだよ、シーラ。殿下に会いに行かなくても会話ができるよ。」

 

「素敵! あ、でも、殿下にご迷惑を……」

 

 周りに花を散らしていたのに、今度は花が萎れた。俺だって、プリシラ嬢のことをもっと知りたいし、文通はいい方法だと思う。

 

「迷惑じゃないよ。プリシラ嬢は、俺にお手紙を書いてくれる?」

 

 俺が否定してから尋ねると、萎れた花が瞬時に復活したように見えた。

 

「はい!! 絶対書きます! 帰ったらすぐ!」

 

 いくら今が昼だといえど、パーティはかなり疲れる。体力的にもそうだけど、普段とは全く違う環境で精神的にくる。パーティには初参加だろうし、帰ったら、というか馬車の中で寝るんじゃないかと思う。俺なら寝るからな。一度寝てしまえば、手紙を書くのはしんどい。無理しないといいけど。

 

「無理しない程度でいいからね。」

 

「はい!」

 

 とても嬉しそうに返事をしているのを見て和んでいると、セスがここにきた目的を聞き忘れていたことに気づいた。

 

「そういえば、セス。なんでここに? まだ平気だろ?」

 

「そうですね。殿下はまだ平気ですが、シーラはそろそろ帰るので、その迎えに。」

 

 なるほど。ゴルドールとセスは先に登城していて、セスは俺と、ゴルドールは軽く仕事をして、侯爵夫人とプリシラ嬢の二人と王宮前で合流したらしい。帰りもプリシラ嬢と夫人が先に帰るそうだ。

 

「え……? もう、帰らなくてはいけないの?」

 

 俺の隣にいたプリシラ嬢から、か細い声が聞こえた。セスを見てから俺を見て、俯いてしまった。どうやら帰りたくないようだ。

 

「どうやらキース様とまだ話していたいようですね。」

 

「お兄様?!」

 

「え、そうなの?」

 

「え、あ、その……」

 

 膝の上に乗せていた手を擦り合わせて、返事するのを躊躇っているように見える。無言の肯定ってところかな。俺の自惚れじゃなければだけど。んー、そう思ってくれているのは光栄だけど、夫人たちに心配されてしまうだろう。かと言って、一緒に会場に戻れば、子供だとしても婚約者でもない男女が一緒に人目のないところにいたと思われる。そうなると、外聞が悪い。特にプリシラ嬢が。

 どう納得させるか。

 

「あ、そうだ。」

 

「「??」」

 

 作ったばかりのあれを渡そう。自信作だし、シンプルだし悪いものじゃない、はず……

 

「プリシラ嬢、これを。」 

 

 右腕につけていた小さい緑の石、エメラルドの屑石を少し加工して作ったブレスレットを、プリシラ嬢の手の上に載せた。

 

「殿下、これは?」

 

「君を守ってくれるブレスレットだよ。」

 

 一度だけ、アクセサリーをつけている人間に危機が迫ると、防御魔法を展開するようにした。アクセサリーを中心にしているから、走ったり歩いたりしても防御魔法は展開されたままだ。ただし一時間しか展開できないのが難点だ。この難点があってもうまく使えればかなり便利だ。そんなことにならなければいいんだけど、何事も準備しておくに越したことはない。あげちゃっても、作るのは簡単だし。

 

「え、こんな大事なもの貰えません!」

 

 やっぱり遠慮されちゃったか。なら。

 

「いいのいいの。俺が作ったやつだし、また作れるから。それに、少し小さくなってきてたから、そろそろ手直ししなきゃいけないんだけど、それをするぐらいなら新しいものを作った方が簡単だからさ。いらなかったら捨てていいよ。」

 

「な、絶対捨てません! 大切にします! 私の宝物です!」

 

 小さくなったのも手直しするのがめんどくさいのも本当。でもどっちかと言うと同じものを新しく作る方がちょっとだけ手順が多いんだけどね。プリシラ嬢は知らなくていいことだけど。喜んでくれればなんでもいい。

 

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう。」

 

 婚約者でもないのにアクセサリーを送るのは気が引けたけど、セスも効果を知ってるからか、はたまた思惑があるからか、反対してないし、身を守るものだからあって損はない。

 

「俺の代わりにそのブレスレット、持っていてあげて。」

 

「はい! わかりました!」

 

「良かったな、シーラ。」

 

「うん! ありがとうございます、殿下!」

 

「どういたしまして。気をつけて帰ってね。あと、ここでのことは三人の秘密、ね?」

 

 人差し指を立てて口の前に持っていき「しー」とジェスチャーすると、プリシラ嬢はコクコクと首が折れるんじゃないかって勢いで頷いてくれた。

 バラ園から二人を見えなくなるまで見送ってから、ベンチに寝そべった。

 

「はぁ……まじかわいすぎ……」

 

 ゲームとは比べ物にならないくらい、可愛くて……

 

「惚れそう……」 

 

 何度でも言いたい! 褒めると恥ずかしそうに頬を染めていたり、もじもじとしているところとか、髪を耳にかけるところとか! なんなの! 本当、俺の心臓ドキドキしっぱなしなんですけど?! あんな子が悪役令嬢?! 絶対おかしい! 未来で断罪されるような女の子じゃない!

 もし、そんな子に発展したのだとしても、ゲームのウェスが浮気してるのを見て怒ってるだけじゃん。つか、ゲームやってる時も思ったけど、悪役令嬢なんて言われてヒロインとの邪魔してたけど、婚約者だからその権限はあるだろうと思うわ。

 

 あれ?

 

「あの子、ウェスと結婚すんの?」

 

 ふと、気づいて想像してしまった。二人が結婚式をして、幸せそうに微笑みあっているところを……

 

 前世の漫画とかでよくあったけど、こう言うのって物語の強制力があったよな? ゲームでもゴルドールは婚約に乗り気じゃなかったけど、確かウェスがこのパーティに出席していたプリシラ嬢の媚を売らなかったのを見て気に入った。婚約者候補筆頭だったから父上は快諾、ゴルドールは幸せにしてくれるならって条件をつけたはず。

 でも、今世ではどうなる? ゴルドールも父上も俺が提供した情報を知っているし、それを聞いてゴルドールは父上に絶対嫌だと釘を刺していて、父上もそれはわかっているはずだ。しかし、物語の強制力が出たら?

 

 嫌だ……

 

「……俺は、どっちを選べばいいんだろう……」

 

 あんな女に惑わされないようにウェスの手綱を握り、二人を応援し、この気持ちを押し殺すのか。

 

 俺のこの気持ち恋情と嫉妬を優先して、彼女と婚約したいと言うのか。

 

 ヒロインの出方次第だが、ゲーム通りならウェスとだけは結婚させねぇ。

 

「はぁ……考えるのやめよ……」

 

 現実逃避なのはわかってる。けど、それぐらい目を逸らしたかったから。

 

 

 

 

 その後しばらくゴロゴロしているとセスが呼びにきてパーティに一瞬だけ戻って部屋に帰った。

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