バレた 

 セスと一緒に魔法の訓練が終わったあと、セスが宰相と一緒に帰るまでの時間、王室の図書館で復習・予習をしていた時だった。本来なら、公務で忙しい時間の父上からセスと共に呼び出された。いくら家族を溺愛していて、公務中もポロっと家族に会いたいと言っていたとしても(宰相ゴルドール情報)、その最中に呼び出すことはしなかった。父上は大国の国王なのだ。仕事をサボるようなことはできない。それも、あと1時間で本日の公務が終わるという時間なのに、だ。つまり、国王陛下として俺を呼んだということ。多分、ステータスのことだろうなぁ……それしか思い浮かばないし。

 呼びに来た宰相補佐のあとについていき、国王執務室の扉をノックした。

 

「国王陛下、グラキエス殿下をお連れいたしました。」

 

「入れ。」

 

 中から開けられて、宰相補佐の人が俺が先に入れるように横にずれた。先に中に入ると、中にいたのは父上と宰相とその補佐の人たち、そしてセフィリスタだった。

 

「キース、突然呼んですまなかったな。」

 

「それについては良いのですが、何かありましたか?」

 

「あったといえばあったが、何もないと言えば何もないとも言える……とりあえず、ゴルドールとセフィリスタ副師団長、セスタ以外は席を外してくれ。」

 

 その部屋にいた名前を呼ばれなかった人たちは、不思議そうにしつつも、嫌そうなそぶりも見せずすぐに退出してくれた。いよいよさっきのステータス関連だなぁ……って実感してきた……

 

 備え付けられているソファに、座るように言われて、セスと一緒に座らされる。セスが遠慮したけど、俺が無理やり座らせた。二人って言ってたし良いでしょ。父上も何も言わないし。その父上は俺の正面に、ゴルドールとセフィリスタは父上の後ろに控えた。それを見てセスが立ちあがろうとしたけど俺が止めて、セスがどうしようと言う顔をしてゴルドールを見ると首を横に振った。諦めろって言ってるんだろうなぁ。父上は始終ニコニコしてるから平気だ。

 

「さて、二人をここに呼んだのは、セフィの報告を聞いたからなんだ。」

 

「やはり、ステータス関連でしたか。」

 

「本当、我が息子ながら頭の回転が速いな。その通りだ。お前はどこまで理解している?」

 

 父上が親としてではなく、俺の真意を探るような顔になった。いや見定める・・・・かな? これは、変な誤魔化しも嘘も通じないだろう。なにせ、俺を5歳の子供ではなく、一人の人間として見ているのだから。

 

「暗殺者目線だったら、弱く人生経験の浅い子供の時期に抹殺する方が得策。次期王太子目線だったら、自身を守る術は多くて問題はなし。周辺貴族目線でしたら、私と縁を結びたいと思っている貴族は多くなり、俺の地位を利用しようと画策する家族に目をつけられる、と言ったところでしょうか。」


 これが俺が出した結論だ。16歳ならば、この国では大人として扱われるし、本人の意思でどうにかなるかもしれない。しかし、俺は一応5歳だ。何かをしようとするなら今のうちに。って考えるのが普通だ。結構簡単だと思うのだが、父上とゴルドールが盛大なため息をついた。


「「はぁ……」」

 

「これが5歳なのだから、末恐ろしいものだ……」


 あれ?

 

「父としては優秀で結構なのだがな。」

 

「キース様って本当に5歳ですか?」

 

 やっちまった? 流石に5歳でこの考え方は不味かった? もうちょっとオブラートに包めばよかったかなと思っていると、父上が息を吐き出した。

 

「ふぅ、この際はっきりさせようか。」

 

 そう言って俺に視線を向けた。この目は何かを警戒するような鋭い視線だった。

 

「キース、お前は世界の深淵を見たのか?」

 

 世界の深淵。なんだそれ。世界に深淵なんてものあるの?いや、あるのかな?それ転生してるし。でも、見たのかという質問はよくわからない。

 

「深淵、とは。」

 

「こことは異なる世界を見たのか、ということだ。」

 

 まっずい。前世の記憶とは思ってないだろうけど、異なる世界の情報は知ってる。なんでそんなことを思った? 自重しなかったからか? いや、俺は前世のアニメ『〇〇の孫』みたいな全くの自重なし主人公みたいなことはまだしていない。前世の知識を惜しげもなく魔法に応用していた、みたいな。これから徐々にする予定ではあったけど、してない段階でバレるとは思わなかった。カマかけただけか?

 

「どうやらそのようだな。」

 

「うぇ、」

 

 なんで確信されたの? 俺まだ何も言ってないんだけど。頭に?を浮かべていると父上の表情が綻び、張り詰めた空気が弛緩した。

 

「まだ何も言ってない、と思っただろう。」

 

 図星である……これ完全に誤魔化せないな。視線をあさっての方へ向けると、苦笑いされた。

 

「私はお前の父親で、お前のことはよく見ていたのだ。二年前ぐらいから、キースが大人のようなことをするようになり始めた。私たちの真似をしているのかとも思っていたが、少し違うように思った。このステータスを見て可能性が浮上したよ。」

 

 王位継承と同時に閲覧ができるようになる特級禁書に分類される文献の一つに、はるか昔から数百年に一度、世界の深淵を見たものがいると書かれたものがあるらしい。この世界とは異なる世界の情報をもつもの。詳細はあまり書かれていないらしいが、その者のステータスは異常に高かったり、強力なスキルをいくつも持っていたりするそうだ。

 まぁ、ステータスは異常に高いし、それはいいとして、バレたのはそれだけじゃないだろう。

 

「なぜバレたんです? それだけでバレませんよね、普通なら。」

 

「まぁな。だけど、私とエリーなら見抜けたと思うぞ?」

 

 どういうことだろうと思って首を傾げると、父上が意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「完璧に表情を読ませなかった。王族としては満点だと思うが、今回はそれが悪手だったな。お前は知らないことがあると目を輝かせるのだが、それがなかった。」

 

「げっ、まさかそんなところでバレるとは……」

 

 家族としての俺を見ていたからバレたとか……これは無理……つか、目を輝かせるって、俺は子供か。子供だったわ……

 

「はっはっは、お前は知識欲の塊だからな! 良い良い。その時のお前は子供らしくて好きだぞ。」 

 

 父上が笑いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。完全に子供扱いである。 

 

「むぅ。子供扱いして……」

 

「事実、私の可愛い子供だからな。」

 

 私の可愛い子共、か。異質な存在であると分かっていても今までと同じように接してくれる。あの優しい眼差しをむけてくれている。なら、こちらも覚悟を決めて向き合うのが誠実というものだろう。

 

「はぁ……わかりましたよ。全部お話ししましょう。父上のいう通り、私は日本という別世界の知識を持っています。世界の深淵を見たと言われるとよくわかりませんけど。」

 

 そういうと、父上以外が息を呑んだ。俺は、日本という世界で生きていたこと、死んでこの世界に転生したこと、この世界は弟を中心としたゲームの世界であり、本編が始まる前、16歳で俺が死ぬこと全てを。

 

「むぅ、ゲームとはよくわからぬが、恋愛小説のようなものか?」

 

「そうですね。そういう認識でいいと思いますよ。」

 

「アルバレスト、私は猛毒というのが引っかかる。殿下が食すものには、必ず毒味係がいるはずだ。それなのに殿下以外の、即死するはずの猛毒を飲んでも平気だったというのはおかしい。」

 

 ゴルドールと父上は幼馴染らしいから非公式であるこの場では敬称無しで話す。初めて聞いたけど、仲良さそう。俺とセスもこうなれたらいいな。

 

「あぁ。私もそう思う。毒味係が機能してなかった可能性がある。キース、詳細は語られなかったのだろう?」

 

 おっと。違うことを考えていたら、俺に話がきた。集中しなければ。

 

「そうですね。私はそのゲームを全てやり込みましたけど、真相は語られませんでした。」

 

「物語というものはそういうこともある。その物語だけを当てにはできない。しかし、それを全て信じることも難しい。キース、その物語には近い将来何か問題は起きないか? キースや私たち王族、国、なんでもいい。それが起こったら私たちが知るであろう事柄は何かないか。」

 

「それでしたら、王妃と第一王女、第二王子毒殺未遂事件でしょうか。」

 

「ど、毒殺……」

 

「はい。ルナとウェスが2歳になる前日………あっ、まずい! 今日だ!!」

 

「なに?!」

 

「なんで忘れてたんだよ、俺!! 明日がちょうどルナとウェスの2歳の誕生日!! 母上と一緒に毒を飲まされる日じゃん! 急いで母上たちを止めなきゃ!!」 

 

 俺が執務室を飛び出して、母上たちがいる西の庭園に向かった。すれ違う人たちに、何事かと思われつつ、謝りながら全速力で走って、庭園に駆け込んだ。いつもの場所でお茶会をしている。今まさに、これから紅茶を飲もうとしていた時だ。

 

「母上! ルナ、ウェス!! 紅茶を飲んじゃダメ!!!」

 

「え? キース?」

 

 俺の声に反応したのは母上だけで、紅茶を飲むのをやめてくれた。だけど、ルナとウェスは話に夢中で俺の声が聞こえていなくて、今にも飲んでしまいそうだった。

 

「ルナ、ウェス! ダメー!!!」

 

 何が何だかわかっていない母上は混乱しているだけ。俺は無我夢中で走るけど多分このままじゃ間に合わない。どうしよう、もし、二人が死んだら? それが頭をよぎった。そんなのは嫌だ。なら、俺じゃなくて、何かないか。そうだ、魔法だ。二人を傷つけることなく、紅茶を飲むのをやめてもらう方法。

 

「ウォーター!!」

 

 一番威力が低くて、二人を傷つけないだろうと思った魔法を使った。この土壇場で使うべきじゃないことはわかっていたけど、どうしても二人を助けたかった。嫌われてもいいから、飲んで欲しくなかったから。

 俺の狙い通り、いや、バケツいっぱいの水を二人にかけるイメージだったんだけど、持っていたカップを弾くだけに終わった。二人はびっくりして泣き出してしまったけど、多分口はつけてないはずだ……

 

「はぁ、はぁ……よ、よかった……」

 

 弟妹を泣き止ませようと侍女たちが二人に駆け寄って声をかけていた。俺は安堵してその場に膝をつくと、母上は俺の元へ駆け寄った。

 

「キース? 一体どうしたの? なぜ魔法を?」

 

 普通であれば俺は叱られるはずだ。だけど、頭ごなしに否定しないのは、俺が危険なことを弟妹たちにしないという母上の信頼だろう。困惑はしているが、なぜこんなことをしたのかを聞きたいってところか。

 

「エリー、ルナ、ウェス!! 無事か?!」

 

 そこで父上の声が聞こえた。どうやら、俺が言った少ない情報から、母上たちに危険が迫っているとわかってくれたようだ。ゴルドールとセス、セフィリスタもきてくれたようだ。

 

「あなた? どうしてここへ?」


 今は公務中じゃないのか。そんな顔をしていた。

 

「毒は飲んでいないな?」

 

「え、毒? いえ、私も子供たちもまだ何も口にしていないわ。」

 

 毒という単語に一瞬怯えたようだが、すぐに返答をした。なぜ俺がこんなことをしたのかもそれに関係すると思ったのだろう。

 

「そうか。よかった。すまないが、今すぐに調べるので、部屋に戻っていてはくれないか? あとできちんと説明する。キース、落ち着いたらでいい。エリーたちに事情を説明、」

 

「いえ。先に父上に報告するべきです。」

 

 確かに3人に説明しないといけないだろう。だけど、父上にも報告するべきだ。そして、父上たちは今日は忙しくなるはずだ。母上がなんとなく察してくれているなら、詳細はあとでも平気だし、父上たちは俺から知ってる情報は聞きたいだろう。それに、父上たちが先に知っておいた方がこの後の行動も早くできる。

 

「大丈夫なのだな?」

 

 父上が俺を心配そうに見ているが、俺は大丈夫だ。3人が無事なのだから。

 

「はい。大丈夫です。」

 

「そうか。なら、あとで詳細を話してくれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 父上が俺の頭をポンと撫でてから、全員に緘口令をだして近くにいた兵士たちに命令を出して行った。それを横目に、ゴルドールがセスに話しかけた。

 

「セス。すまないが、お前は先に帰っていてくれるか? 私は帰れそうにない。このことは私たちだけの秘密だ。母上には仕事で帰れなくなったと伝えてくれ。いいな?」

 

「わかりました。キース様……」

 

 セスが心配そうな顔で俺を見たけど、俺は安心させるために、笑って送り出した。

 

「セス、俺は大丈夫だよ。また明日ね。」 

 

「はい。お先に失礼します。」

 

「うん。」

 

 セスと母上たち3人が帰っていくのを見送り、俺は父上に詳細に伝えた。ルナとウェスの2歳の誕生日前日、お茶会をしていた3人は毒を盛られて母上は熱が出たぐらいだったが、子供達は1週間生死の境を彷徨った。3人に後遺症はなく一命を取り留める。犯人は、第二王子の存在をよく思わない下級貴族である。その貴族が雇った侍女をマナー講習として王宮に侍女見習いとして召し上げた。本人は紅茶の香り付けに用いる液体で、王妃や殿下に飲ませて見てくれと頼まれたらしく、知らずに紅茶に入れてしまった、と。

 自分が飲んでも何もなかったから、大丈夫だと思ったのだろう。でも、何もなかったのも頷ける。その毒は大人にとってはお腹を壊すか熱が少し出るぐらいだが、体の小さい子供にとっては、強力な毒になる。

 

「ゲームだとこんな感じです。」


 ゲームでは、ウェスがヒロインにさらっと告げただけだったし、スチルとか背景が変わるとかは一切なく、記憶に残りにくい部分だったから、思い出そうとしなければ、一生、記憶の引き出しの中に入ったままだっただろう。思い出せてよかったけど、思い出すタイミングがあと少し遅かったらと思うとゾッとする。

 

「そうか。他にも何か思い出したら言ってくれ。今日はもう遅いから夕食と寝る支度をすませたら寝なさい。」

 

「はい。父上も、あまりご無理はなさらずに。」

 

「わかった。心配かけるな。」

 

 部屋を出て行こうとドアノブを掴んでから、言い忘れたことがあったのを思い出した。

 

「あの、父上。」

 

「どうした?」

 

「その……ありがとうございました。私の可愛い子だと言ってくれて。」

 

「あぁ、そんなことか。お前がどんな存在であっても、これからどんな存在になろうとも、キースはキースだ。私とエリーの愛する子だというのは変わらないよ。」

 

 頭の片隅に、俺はグラキエスではなく、前世の俺柊満なのだと考えていた。グラキエスとして生きてきた記憶はあるのに、柊満としての人格の方が強く出ている。前世の記憶がある俺ではなく、転生してきた俺という感覚が拭えなかった。父上も母上も、親には違いないんだけど、柊満としての俺が二人と家族として接していいのか。二人の子供じゃないんじゃないか。これを話したら、家族は俺を敬遠するのだろうか。その不安があった。

 だけど、そう思わなくていいんだと、父上が証明してくれた。ゴルドールも、セフィリスタも驚いてはいたけど、真剣な顔をして聞いてくれていた。セスに至ってはワクワクした顔をしていた。絶対に、この人たちを裏切りたくない。そう思った。

 

「はい。では、おやすみなさい。」

 

「おやすみ。」

 

 

 

 

 

 翌日。起きたらすぐに、ルナとウェスに昨日のことを謝って仲直りした。母上にも事情を説明すると、顔から血の気が引いていたけど、すぐに気を取り直して俺にありがとうと言って頭を撫でてくれたので、朝食を食べるために食堂に向かった。

 父上も食堂に来ていて、みんなで楽しく食べた。その後、ルナとウェスは侍女たちに預けてから昨日の話になった。やはり、母上たち三人の紅茶の中には毒が入っていた。本来なら紅茶を飲む時、銀のスプーンをカップの中に入れて反応を見るのだが、今回は銀のスプーンがただの鉄のスプーンにすり替わっていたらしい。それで気づかず飲みそうになっていたそうだ。実際に鉄のスプーンを見てみたけど、精巧にできていて、銀か鉄かはわからなかった。いつすり替わっていたのかとか、毒物の特定、入手経路など全てを洗ってる最中らしい。と言っても、毒を盛った侍女はすぐに見つかったし、真犯人の下級貴族もわかっているから、あとは逃げられないように証拠集めの真っ最中だと知った。ほぼほぼ、ゲームで開示されていた内容通りらしい。かなりの警戒体制を敷くことになったそうだ。

 

 話が終わると、父上が俺だけを呼び止めて、耳元で囁いた。おそらくこの後は俺の知っている通り、下級貴族は爵位返上したのち、死罪だろうとのこと。まぁ、王族三人に毒を盛ったのだから、そうなるだろうな。騙されていた侍女は扱いが難しいそうだ。自白する魔法を使っても、本当に知らなかったらしい。情状酌量の余地はある。ただ、どこまで許すかということだ。まぁ、こればっかりは父上の仕事だろう。

 

 

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