第13話 無礼な乱入者

「おや、君は誰だ?」

「七恵さんのボディーガードです」

「ほう」


 ハゲに睨まれた。ジロジロと舐めまわすように。旅館で寛いでいるくせに背広を着ていた事に違和感がある。今からここでアザミを抱くつもりだと思っていたのだが、すぐにでも外出しそうな雰囲気なのだ。


「何か問題でも?」

「いや、七ちゃんこんな相手がいたとはね。知らなかったよ」

「そんな事はどうでもいいでしょう。スマホを返したら用事は終わりですよね」

「それはそうなんだが、まだまだ宵の口じゃないか。一緒に食事をしておしゃべりしよう。彼氏くんも一緒にどうだい?」


 ハゲは何を企んでいる?

 ここは断固として断り、アザミを連れ帰るべきだろう。


「ああ、いい湯だった」

「ここの露天風呂は最高だな」


 男が二人、部屋に入って来た。

 これは昨夜の二人だ。髭面と色黒なのだが、この二人はすでに宿の浴衣を着ていた。


「あれ? もう一人いるの?」

「先輩、今日の趣向は5P? 昨日やり過ぎちゃったから今日は自信がないんだよ。俺は無理かも?」


 下卑た笑いを浮かべている二人。この二人は昨夜のようにアザミを抱くつもりのようだが体調はよくないらしい。そりゃそうだ。昨夜はあの、アザミのシャドーアストラルにたっぷりと絞られたのだから、平気な方がおかしいだろう。


「パパ。今夜もですか? 大丈夫なんですか?」


 アザミの問いにはハゲが笑いながら答えている。


「あはは。今夜は多分無理。僕としたことがね。こんなにヘロヘロになるなんて信じられないよ。ま、お前らも座れよ。食事にしようや」


 絶倫自慢といえども昨夜のアレはきつかったらしい。ハゲは内線電話を取った。


 ここは高級旅館だ。まさか懐石料理が出されるのか? と思っていたらそうではなかった。出てきたのは握りずしとオードブルの盛り合わせだった。


「後は勝手にやるから下がっていいよ」

「かしこまりました」


 中年の仲居さんは正座して深く礼をして退出した。


「さあさあ、食べてくれ。もしかして食事は済ませて来たの?」


 はい、と言いそうになったところで、アザミがオードブルのエビフライをつまんで口に入れた。


「美味しい! いただきますね」


 アザミは遠慮なく食べ始めていた。僕も遠慮がちにオードブルをつまんだ。


「君たち、飲み物は何にする? ビールと水割り、焼酎の湯割りができるよ。ソフトドリンクはウーロン茶だけかなあ」


 髭面が冷蔵庫を開ける。中をごそごそと漁っているのだが。


「あれれ? コーラはあるけどウーロンは無いな。俺ちょっと取って来るよ」


 髭面が部屋の外へ出て行った。わざわざ取りに行かなくてもと思ったのだが、色黒にビールを注がれてしまった。


「君、大学生なんだろ? ビールくらい飲めるよな」

「いや、僕はお酒が苦手なんです」

「じゃあ私が飲む!」


 俺に注がれたグラスをアザミがグイッと飲みほした。


「じゃあコーラでも飲むか? お寿司にコーラで?」

「大丈夫です」


 色黒がビンのコーラの栓を抜いてくれた。僕は自分でコーラをグラスに注ぎ、グイッと飲んだ。残念な事に、ビールを飲んで旨いと思った事は一度も無い。日本酒や水割り、ワインなども同じように不味く感じるので、そもそも自分にはお酒が合わないんだろうと思っている。


「七ちゃんは飲みっぷりがいいね。さあ、もう一杯」


 色黒がアザミのグラスのビールを注ぎ、アザミはそれを一気に飲み干してしまった。


「ああ、美味しいね」


 本当に美味しそうに飲んでいる。そして何よりアザミが楽しそうで良かった。しかし、パパ活の相手と飲んでいるのはやはり気持ちが良いものではない。いつ帰るか、どのタイミングで帰るか、そんな事ばかり考えていた。


「ちょっと、おい。乱暴はよせ。うがああ」


 さっきウーロン茶を取りに行った髭面だ。


「痛てて。何しやがる」


 何があったのだろうか。入り口には顔を押さえて蹲っている髭面と、黒のスーツとサングラスをかけている、いかにも暴力団風の男が三人いた。三人とも皮靴を履いて畳の上に上がって来た。これは非常識すぎると思ったら、その中の一人は大型の自動拳銃を持っていた。


「会長。お迎えに上がりました」

「早いじゃないか」

「船の時間がありますから」

「そうか」


 会長と呼ばれたハゲ……東山冬二はよっこらしょと声を出してから立ち上がった。それを確認してから、リーダー格であろう一番体格の良い男がアザミを舐めるように見つめていた。


「ところで会長。この女が例の?」

「そうだ」

「ほう。会長が私財を投げ出しても囲っておきたかった女ですね」

「何の話だ」

「いやね。あなたを逃がす段取りで意外と使っちゃったんですわ。赤字じゃないけど儲からない。だからね、ちょっと役得をね、貰わないと合わないんですわ」


 黒服の男がニヤリと笑ってアザミの手を握った。アザミを立たせた後に、嫌らしい手つきで彼女の尻を撫でる。


「これはいい尻だ。会長がハマるのも無理はないですねえ。じゃあ、行きましょうか」


 リーダー格の男がアザミの手を引いて部屋から出ていく。もう一人がハゲを促しながら、最後の一人は拳銃を僕たちの方へと向けて威嚇しながら部屋を出て行った。僕は何もできず、その場で固まっていただけだった。


「彼女を連れ戻さなきゃ」


 僕は立ち上がって部屋から出ようとしたのだが、髭面に腕を掴まれてしまった。


「馬鹿な真似はよせ。あいつらは正真正銘のヤクザだぞ。恐らく中国系のマフィアだ」

「どうして?」

「いやいや、銃を持ってたんだぜ。馬鹿な事をすりゃ死ぬぞ」

「それでも行かなきゃ」

「待て。お前の彼女なのか?」

「はい。だから」

「そうか。気持ちはわかるが、ここは動かない方が正解だ。七ちゃんは連れていかれたが犯されるだけだ。殺されたり売り飛ばされたりしない。我慢しろ」

「でも……」

「彼女はパパ活をしてたんだ。こういう言い方は失礼だが、あの娘はコールガールだ。セックスには慣れてる」


 色黒が言う事ももっともだ。ハゲを逃がす段取りの為に金がかかりすぎた。だから報酬としてアザミを抱こうって話のようだ。従順にしていれば事が済み次第開放されるだろう。でも僕は納得できなかった。

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