第11話 カツカレーはお好き?
「今からカレー作るよ」
「材料は買って来てるから」
「ごはんも準備してあるよ。後は炊飯器のスイッチを入れるだけ」
一瞬、険悪なムードに包まれたのだが、桜ねえの機転により何とかなった。流石は年の功と言いたいところだが、あの姉が何を企んでいるのか心配になる。
僕の心配をよそに、三人の女子はキャッキャウフフと笑いながら料理を始めた。
「清ちゃんはそこで座ってて。何もしなくていいよ」
「すっごく美味しいの作るからね」
「料理苦手なんですよ」
「大丈夫だよ。愛がこもっていれば、美味しく作れるようになるから」
「そうそう。愛が大事なの」
何か偉そうに「料理と愛の関係性」を語っている姉妹であるが、僕の恋愛チャンスをことごとく潰してくれた恩義は忘れるわけにはいかない。しかし、怒ってもいても仕方がない。何もやる事がないのでスマホの電源を入れ、某SNSのアプリを開いてみる。TVを見る習慣がない僕にとっては、このアプリは結構重宝している。地震速報とか、北朝鮮がミサイル発射したとか、様々なニュースが流れてくるからだ。ただし、思想的に偏っている意見も多く流れるので注意は必要だ。
その、SNSのトレンドに上がっていたのが「IT企業倒産の危機」だった。何故か気になったのでそこをタップすると、見た事がある顔写真がUPされていた。
筋肉質でハゲで最強の絶倫って感じの、あのパパ活のオヤジだった。
記事によると、太陽光発電に関する補助金の不正利用と特別背任の疑惑があるという。あのオヤジが代表取締役会長って事らしい。
何だかよくわからないが、真っ当な稼ぎでパパ活をしていたのではなくて、不正行為で得た資金を使ってアザミの住んでいたマンションを入手していたのだろうか。
記事によると、重要参考人として注目されている会長の
キッチンではキャッキャウフフの楽しい料理教室が続いているようだが、僕はアザミに目配せをして出てきてもらった。
「清ちゃん、どうしたの?」
「いや、今ね、こんなニュースを見ちゃって」
僕はスマホをアザミに見せた。彼女は興味深そうに画面を見つめ、そしてうんうんと頷いていた。
「驚かないの?」
「うん。いつかはこうなるってわかってた。私は半年くらい先になるんじゃないかなって思ってたけど、意外と早かったね」
「不正に気付いてたの? 仕事の話とか聞いてたの?」
「そうね。自慢げに言っちゃいけない事を話してたから」
「君が情報を漏らしたの?」
「流石にそれはないわ。お金くれる人だからね、もう少し泳がせておきたかった」
完全に金づるとしか思っていない。これには少し安堵した。あんな金銭で女性を自由にするような中年男に好意や愛情を注いでいたら、それこそ僕は嫉妬に狂ってしまうだろう。
そして僕は気づいた。朝にアザミが「アレが来る」と言っていた意味を。
「朝に言ってたアレって、この事だったのか」
「そうだね。だから三ヶ月くらい先を目安にパパと距離を置いて、あのマンションも引き払わなきゃって思ってたの」
「なるほど。じゃあ、今日ここに来てちょうど良かったの?」
「そうなるかな。大事な物は全部持ってきたからもう帰らなくてもいいし」
「え? 服とかバッグとか靴とか、いっぱい残ってたんじゃないの?」
「全部パパに買ってもらった物だから全然惜しくないよ。服だって清史郎の借りれば済むし、新しく買ってもいいし」
「お金は?」
「心配ないよ。清史郎よりはおっぱい持ってるから」
そうだった。彼女は俺みたいな大学生よりはずっとお金持ちなのだろう。男に貢がせているのだろうけど。
「ナナちゃん。いつまで喋ってんの? 今からトンカツ作るよ」
「はい、わかりました」
「さあさあ、大事なところだよ。清ちゃんはね、カツカレーが大好きだからね」
「なるほど。頑張ります」
桜ねえに連れていかれてしまった。何か意味深な目線を感じたのだが、何か聞かれていたのかもしれない。しかし、あの会話だけでアザミのパパ活の実態を知る事なんて無理に決まってる。
それから約1時間後、昼食の用意が出来上がったようだ。つんと香るスパイスとからりと上がったトンカツの匂いが漂う。これには食欲をそそられる。
「じゃじゃじゃーん。桜桃姉妹お手製のカツカレーの出来上がり!」
「私もちゃんとお手伝いしました」
「うんうん。七ちゃんはお手伝いね。ちゃんとお料理を覚えて清ちゃんの胃袋を掴んでおくんだよ」
「はい、頑張ります!」
アザミと桜と桃が何故か意気投合している。彼女達の間で何かの協定が結ばれたんだと思うが、その内容を知る由もない。しかし、これは喜ばしい事ではなかろうか。あの二人がアザミを俺の彼女だと認め、余計なちょっかいを掛けて来なくなれば僕の身の回りは平穏になるはずだ。
それから四人でお手製のカツカレーを食べた。出来立てのカツに自分好みの甘めのカレーをたっぷりとかけて食べられる。こんな幸福感を味わったのは久しぶりかもしれない。ちなみに、僕はカレーはやや甘めの、某有名メーカの5段階表示では2程度の甘めのカレーが大好なのだ。この辺は自分の好みをよく知っている桜と桃に感謝するしかない。
「だからねえ。キンプリの……」
「関ジャニのさあ……」
「ニジュウのね……」
TVをほとんど見ない僕には、アイドル関係の話はさっぱり理解できないんだけど、アザミは何故か話が通じているようで、楽しそうに会話を交わしていた。女子がワイワイと楽しそうに語り合っている様は、何故か平和で良いなと思う。
食器の片づけを済ませた後も、映画の話とか朝ドラの話とか、全く話題が尽きないのは何の特技なのだろうか。しかも、アザミがちゃんと話の輪に入っている姿も、何だかとんでもなくシュールな図ではなかろうか。
「さあ、名残惜しいけど帰るよ」
「もう帰るの?」
「明日は早いしね。帰るよ」
颯爽と部屋を出ていく桜ねえと、名残惜しそうに出ていく桃の対比は中々趣きがある。桜ねえの車はいつの間にか普通車のピックアップトラックにパワーアップしていたのだが、これも相当古い車両で、あちこちに錆が出ていた。あの人、こんな旧車のトラックが好みなのだろうか。
二人を見送っていたその時に、アザミのスマホが鳴った。アザミは直ぐざまスマホを耳に当てて話し始めたのだが、ちらりと見えた画面にはパパの文字が確認できた。逃げ回っているらしいパパ活の相手、東山冬二だった。
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