第10話 あねといもうと

 自転車で自分の部屋へと帰った。アザミのマンションからは概ね25分程度かかる計算になる。駅前なので意外と距離があるわけで、アザミはもちろん自転車の荷台だ。二人乗りだと思ったよりも体力を消耗するとわかった。まあ、二人乗りとかヘルメット着用とかの道交法はしばらく忘れようと思う。


 部屋に帰ると……鍵が開いていた。

 また来やがった。僕の部屋に来る人物なんて性悪なあの二人しかいない。


 ドアを開けて部屋の中を覗くと、やっぱりいた。


「お兄ちゃんお帰り。朝帰り??」

「彼女の部屋にでも行ってたのかな? あー羨ましい(棒)」


 マジで鬱陶しい。

 この二人は僕の実の姉と妹なのだ。


 こないだ昨年大学を卒業したばかりの小学校教師のさくら23歳と、まだ高校三年生のもも17歳だ。


 二人共いわゆる美少女系の容姿。姉の桜はスリム系だが胸はしっかりとあるタイプ。妹の桃はややぽっちゃり系で巨乳タイプだ。今日は二人共ジーンズ姿である。どうやら部屋の掃除を済ませて寛いでいたようだ。


 二人で向かい合わせに座り、マグカップでコーヒーを飲んでいたのだが、アザミを見た途端に目の色が変わった。


「うわ。超美形じゃん。モデル並みのスリム美女」

「キリッとした目元がいいわ。狐顔? 美女ね。あれれ、清史郎がこんな美女を引っかけるなんて……どうなってるの?」

「いや、そんな事はどうでもいいだろう。一応紹介しとく。こちらは今、僕がお付き合いさせていただいている七恵ななえさんです」


 アザミと言いそうになって焦った。僕の紹介を待たずに姉が喋り始める。


「私はさくらせいちゃんの姉です。出来の悪い弟ですがよろしくお願いします」

ももだよ。もう、お兄ちゃんのお嫁さんは私だけだって決めてたのに、何で彼女なんか作るの? ねえ、お兄ちゃん」

「桃ちゃん。兄妹じゃ結婚できないって説明したでしょ」

「法律なんて関係ない。夫婦別姓とか同性婚とか認めようって時代なのに、どうして近親婚は違法なの? それこそ差別よ」

「そうね。差別ね」


 姉ちゃん。何でそこ、同意するのさ。


「でしょでしょ」

「私も清ちゃん嫁に立候補しようかな」

「桜ねえがライバル??」

「どうかしら?」

「それはやめて。お色気じゃ桜ねえに敵わないよ」

「あら。自慢のおっぱいで清ちゃんを籠絡するって張り切ってたのに? 桃ちゃんは92のFカップだよね。私より大きいって自慢してたじゃん」

「ううう。桃はね、ノーブラで迫ったりわざと乳首を透けさせてみたり腕にぐにゅぐにゅって押し付けてみたりしたんだけど、お兄ちゃん見向きもしないんだ。おっぱい……嫌いなのかな」

「そうでもないんじゃないの? 清ちゃんはむしろ、私の83Cカップより桃ちゃんのFカップに目が逝ってるし」

「ええ? そうかなあ」

「そうだよ。でもね、清ちゃんの彼女、見て」

「うん。貧乳」

「でも……ヤバイよね」

「うん。あのスリム体形はヤバイ」

「あのウエスト周りと尻の締まり具合はヤバイよ。クソ。真剣にダイエットしとくべきだった」

「ううう。桜ねえはちょっと痩せればいいと思うけど、桃はかなり……10キロくらい痩せなきゃ追いつかない……お先真っ暗だよ」

「女は胸じゃない。尻よ。あのキュートな尻には完敗だな」

「だよねだよね。桃のお尻はもうたぷんたぷんだし」

「胸程じゃないけどな。お前の胸はもう巨大なところてんだ」

「ううう。そんな言い方は傷つくよ」


 何だか知らないが二人で盛り上がっている。家主とその彼女をほっぽって。


「ところでお二人は何をしに来たんですか?」


 唐突にアザミが質問をした。そりゃそうだ。いかに俺の姉妹だとはいえ、家主に断りもなく部屋を占拠しているのだから。


「お部屋のお掃除。でも、清ちゃんはちゃんと片付けてるからすぐ終わっちゃったんだよね」

「その後は桃と桜ねえとお兄ちゃんと三人でお風呂に入っていちゃいちゃしたいなあって思ってたんだけど……彼女さんも一緒にどう?」


 全くもって、身勝手な姉妹である。この二人が、僕の高校生時代の黒歴史を作って来たと言っても過言ではない。


 そう、僕が今まで彼女ができなかったのはちゃんと理由がある。一つは、僕自身が奥手で女子に声をかけることができなかったからだ。これはまあ自業自得である。しかし、しかしだ。いわゆるグループ交際的な、クラスの皆でカラオケに行くとか、お花見に出かけるとか、夏にプールや海水浴に行くとか、そんな行事をことごとく邪魔してくれたのはこの二人だった。しかも、僕に好意を寄せてくれていたらしい女子に対しては、桜ねえが呼び出して怖い思いをさせていたらしいし、桃に至っては中等部からお弁当を抱えて毎日のように僕のクラスにやって来ては、昼休みにべったりくっ付いていた。それに桜は放課後に必ず迎えに来ていた。在学中は当然として、卒業後も何処から拾って来たのかわからないポンコツの軽トラを運転し、強制的に助手席へと突っ込まれたものだ。ストーカー被害防止のためだとか、気弱な僕がカツアゲ被害に遭わないためだとか、理由は色々取って付けていたようだが。つまり、僕にチャンスを作らせず、脈ありな女子には脅しをかけて諦めさせていたんだ。


「あの、お言葉ですが」


 アザミが口を開く。

 まさか、あの姉妹の言う事を受け入れると?


「清史郎くんは私の彼氏なの。いくら家族だからって、清史郎くんを好き勝手にもてあそんで良い理由はありません。彼の優先権は私にあります。だから、あなたたち姉妹は邪魔です」


 つ……痛快だ。

 僕が今まで言えなかった事を、アザミがキッチリと言い放ってくれた。


 しかし、桜と桃の二人は……当然の如く剣呑なオーラを放ち、アザミを睨み据えていたのだ。

 

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