第9話 目覚めは賢者の気分です。

 白い天井が見えている。染みを数えてみようと思ったのだが、染みらしきものは全くなかった。僕のアパートとは違う天井……はて、ここは何処だろうか?


 僕の隣にはアザミがすやすやと眠っていた。


 そうか。昨日、僕はこのアザミの部屋に来て、半日もかけて大掃除をした。その後にパパ活の相手が来ると決まっていたから、かなり焦って綺麗にした。


 パパ活の相手は三名だった。僕は書斎に閉じ込められて、彼等の乱れた性行為を見せつけられた。そしてアザミの体から黒い霧が出て来て……思い出した。あの、三人の男は無事だったのだろうか? 触手に絡まれ、性的快楽に浸りきっていたのだ。そして僕は極度の興奮状態でアザミに抱かれ気を失った。


「アザミさん」


 僕はアザミに声をかけて少し揺さぶってみた。彼女は目を開いて僕を見つめる。まだ眠そうだ。


「おはよ」

「昨日はどうなったの? 僕は途中から記憶がないんだけど」

「清史郎はね。私としてる最中に気絶しちゃったのよ。ベッドまで運んで着替えさせたのは私です」

「すみません」

「いえいえ」

「ところであの男の人たちは?」

「しっかりと抜いて差し上げました。三日位腰が立たないかもね」

「三日も? ちゃんと帰れたのかな」

「大丈夫だと思うよ。ちゃんとお寿司の残りを食べて、シャワーも浴びて自分で服着て帰りました」


 あの黒い触手に絡まれて平気だったのだろうか。自分で身支度を整えられるなら心配はいらないのかもしれない。


「気になる?」


 あ、また心を読まれている。


「そう。あの黒いのは何だったの?」

「私の本体のシャドーアストラルかな」

「意味が分かりません」

「だよね。悪魔って、基本的にアストラル体なんだよ」

「アストラル体?」

「霊体って言った方が分かりやすいかも」

「霊体……魂ってこと?」

「そうね。人間で言うなら。意識の中核であり存在の本質の事。その本質部分がアストラル体。そこから出した分身がシャドーアストラル」

「影分身みたいなの?」

「そう考えてもいいかも? でもね。分身って言っても完全に分離する訳じゃなくて、例えるなら、右手が自分と同じ姿になって、自分の代わりにお食事したって感じかな」


 わかったような、わからないような。でも、影分身なら何体でも出せるのかな。


「上級悪魔になると、何体も完全に分離させることができるみたい。私の場合は二体を有線で操る事が出来る」

「有線?」

「そう。無線じゃないの」

「有線だと遠くには行けないって事?」

「そうね。そう考えてもらっていいわ」


 わかったような、わからないような。


 壁に掛けてある時計をみると、まだ朝の8時だった。かなりの空腹を覚えていたので起きる事にした。


 布団から体を起こした僕の下半身は、見事に〝朝立ち〟状態になっていた。それを目敏く見つけたアザミが僕の股間に頬を摺り寄せてくる。


「ごめん。今はそんな気分じゃないんだ」

「朝の賢者タイム?」

「そうかもね。そこもおしっこするとへなへなになるよ」

「そうなんだ」


 半裸と言ってもいい下着姿のアザミを目の当たりにしても、僕は性的に興奮する事は無かった。昨夜の激しい行為のお陰で、本当に賢者タイムとなっているのかもしれない。


 トイレを済ましてから何か食べ物はないかとキッチンと冷蔵庫を漁ってみる。冷凍のピラフとたい焼きを見つけたので早速レンジで調理する。コンロはHIヒーターだったのでヤカンに水を入れてセット。スティックタイプのインスタントコーヒーとカップスープを見つけたので、コーヒーカップとマグカップを用意する。


 キッチンでガチャガチャしているとアザミも着替えて来た。


「手伝う?」

「いや、いいよ。コーヒーとカップスープでいい?」

「うん」

「後は冷凍のピラフとたい焼き」

「おお。朝からたい焼きなんて。へへへ。嬉しいかも」

「甘いものは好き?」

「好きだよ。清史郎も?」

「そうだね。僕は朝食が〝おはぎ〟でも平気な人だよ」

「はあ。それ、超贅沢だよね」

「そうかな」

「そうだよ。朝からお祝い事の気分だよね」


 そうかもしれない。おはぎと言えばお供え物。昔は貴重な食べ物だったにちがいない。


 僕とアザミはピラフの簡単な朝食を取り、食後はコーヒーをすすりながらたっぷりと餡の入ったたい焼きを食べた。彼女と二人で食べる朝食はこんなに美味しいのだと気づいた朝の一時だった。


 後片付けをした後、僕は自分のアパートへ戻ろうとしたのだけどアザミに引き留められた。


「ねえ、この部屋で一緒に住もうよ」


 とんでもない提案だ。ここにはアザミのパパが来るんだ。それを思うと、僕の心は平静でいられなくなるだろう。わかってはいるのだけど、そんな想いはしたくない。


「ごめん。君の事を否定する気は無いし、僕と付き合ってくれている事には感謝するしかないんだけどね。でも、ここには住めないよ。たまに遊びに来るくらいで勘弁してほしい。掃除とか手伝うから」

「家賃とか光熱費は全部パパのお金だしね。やっぱり抵抗感はあるんだ。でも、その気持ちは尊重するよ。じゃあさ、私が清史郎のアパートに入り浸るってのはどう? 同棲みたいな感じで」


 その提案には心がぐらりと動いてしまった。


「この部屋を空けててもいいの?」

「昨日みたいにパパが来る時だけ戻っていれば問題ないし、そろそろアレが来そうだし」

「アレって?」

「それは秘密。ま、いいじゃん。私も夜な夜なふらつかないで、清史郎といちゃついていたいし」


 願ってもない提案だと思った。アザミは身の回りものとか、下着関係なんかを手早くバッグに詰めていた。それはもちろんLとVのアルファベットがちりばめられている高級ブランド品だった。

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