第6話 食事の後は彼女の部屋へ

 大好きな彼女と向かい合って、好きなモノを食べる幸せ。僕は今、家族のだんらんとは違う、トキメク幸福感を存分に味わっている。何も変わり映えのしないかつ丼セットがこんなに美味しかったとは知らなかった。一緒に食事をする相手を見つめながら自分も食べるって、嬉しすぎる。彼女はちょっと日本人離れしている鼻筋なんだけど、でも箸の使い方やうどんのすすり方はやっぱり日本人で、本当に人外の悪魔なんだろうかと思ってしまう。さっき聞いたパパ活の事が頭の隅をよぎるのだが、今は考えない事にした。僕たちは相思相愛のカップルで、恋人同士なんだと自分に言い聞かせる。こんな気持ちになっているのは彼女に支配されているからなのかもしれない。でも彼女は僕の普段着を着て僕と一緒に食事をしている。それは、彼女が僕の事を大好きだから。それを今まさに実感しているという状況がとても幸せな事だと思った。


 食事を終えて会計をしようと伝票をつまんだら、彼女にさっさと奪われてしまった。


「私が払うから、気にしないでね」

「あ、ありがとうございます」


 アザミはあの高級ブランドっぽいバッグから、バッグとおそろいの財布をとりだして会計を済ませる。元々裕福なのだろうか。それとも、パパ活でたっぷりと貰っているからだろうか。他の男に抱かれてもらったお金で奢ってもらったのだとしたら……やはり面白くないものが心に影を落とす。これは複雑な心境だ。


「いまから私の部屋に来る? 大学はお休みなんでしょ?」

「えーっと、時間はありますけど。良いの?」

「ええ。清史郎には私の事、もっと知って欲しいから」

「ああ、僕も知りたい……」


 情けない返事のような気もするけど、ここは彼女との親交をもっと深めておくべき……いや、深めたい!!


「じゃあ行こ!」


 アザミに手を引かれて自転車の所まで歩くと、知っている人物と出くわした。僕が初体験を済ませた相手……築山あかねだった。


「おお。大殿大路くんではないか。隣の人は彼女? すごーい美女だねえ。ねえ、付き合ってるの?」

「まあ。そうかな」

「良かったね!」


 ニコニコ笑いながらも、あかねの目線はアザミの胸元を見つめていた。そして自分の豊かな胸をブルンと揺らしながら傍にいた男の手を握ってファミレスへと入って行った。茶髪で体格が良くて、いかにも遊んでるって風体の男だった。地味目な僕とはかなり雰囲気が違う、いわゆる陽キャってタイプだった。


「あらら。清史郎はあんなのに引っ掛かったの?」

「……まあ、そうです」

「アレはおっぱい自慢のアホ娘ね。巨乳を揺らしたら男を言いなりにできるって信じてる」

「そうなの?」

「そう。ま、胸元は男の目を引くところではあるけどね」

「確かに」

「でもね。胸の大小がセックスの良し悪しと関係があると思う?」


 そんな質問をされて戸惑ってしまう。そう、あかねとの初体験を思い出してみる。その時は性の快感を十分に味わったと思っていたのだが、アザミとの経験を経て、その認識は甘かったと気づいた。

 あかねとアザミ。顔も体形も全然違う二人を比較するというのも変だと思うのだが、実際、アザミとの行為の方が何倍も何十倍も気持ち良かった事は事実だ。ある意味、魂を抜かれてしまったかのように。


「そう思ってくれて嬉しいよ。あの子は清史郎の事を値踏みしてたの。だからそこには愛情なんて無かった」

「そうなんだ」

「そう。相手への思いやりが一番大切なんだ」

「じゃあ、アザミさんは」

「清史郎を怖い目に合わせた事が申し訳なくて、だから癒してあげたくて、大好きな君にいっぱいした……」


 そういう話は聞いたことがある。気持ちが大事。思いやりが大事。そんな気持ちで彼女は僕とセックスしてくれたのか。そして大好きな君……この言葉が胸に刺さる。


 いやいや、何だかよくわからないまま両想いになってるのは、やはり不自然な気もするが、それでも今はこの状況に感謝しようと思うのだ。


「じゃあ、私の部屋に行こ」

「うん」


 再びアザミを後ろに乗せてこぎ出す。自転車に二人乗りとか、ヘルメット着用義務を無視してるとか、ちょっと問題あるかなと思いつつ、ポリさんに見つからないよう祈りながら駅前へと向かった。


 駅の駐輪場に自転車を止めて向かった先は、ちょっと一般人には手が出せないような高層マンションだった。


 彼女に手を引かれ最上階までエレベーターに乗って、たどり着いた彼女の部屋は物凄く汚かった。高級マンションなのに。


「さあ、頑張ってお掃除しよ。もちろん、手伝ってくれるよね、大好きな清史郎くん♡」


 目の前が真っ暗になる……という貴重な経験をしてしまった土曜のお昼であった。

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