第5話 ファミレスで憩う一時

 自転車の二人乗り。やったのは二年ぶりかもしれない。彼女は僕のジーンズをはいてグレーのパーカーを着ており、嬉々として自転車の荷台に横座りしている。スタイル抜群な彼女はジーンズの裾がやや上がってしまい、くるぶしが見えてしまっている。いいんだよ、僕が少々短足だからって、世の誰かが困る訳じゃないし。


 自転車で十分ほど走ったところにファミリーレストランがある。自転車を駐輪場に停めロックをかけたら、アザミは僕の右手を掴んで颯爽と店へと向かう。僕は彼女に手を引かれ、あたふたと店内へと入った。


「ねえ、食べ物は何が好きなの?」

「うーん。僕は生の魚とか肉が苦手です。ハンバーグとかトンカツは大好きです。あと、うどんも。だから、ここのかつ丼セットとか、ほら、うどんとかつ丼のセットなんですよ。これ、好きです」

「なるほど。私はね、ステーキが大好き。血の滴るようなレアで」


 犬歯をチラつかせながらアザミがニヤリと笑う。やはり、彼女は悪魔なんだから、生肉をガブリと食べたりするのだろうか?


「うーん。私はそんな事はしないよ。私だって一応、文明化してるからね。美味しく調理された食べ物が一番なの。清史郎だってそうでしょ?」

「まあ、そうだね」


 また心が読まれている。これはもう気にしても仕方がない。


「お刺身とかお寿司は?」

「大好き。馬刺しもいいわね。でも、清史郎の好きものも好きだと思う。トンカツとかハンバーグとか」

「子供っぽいって思わない?」

「全然思わない。私だって時々はお子様ランチを頼む事あるよ」

「へえ」

「あれはさ、色々な料理の盛り合わせだから楽しいんだよね。プリンとかデザートもついてるし」

「お子様ランチが好きな女の子は結構いると思うよ」

「でしょ。美味しいし可愛いいしね」


 ややきつめの狐顔のアザミだが、話してみるとニコニコと笑うし笑顔が非常に可愛らしいと気づく。こんな女の子が彼女だったらいいのに……などと考えてしまった。これは不味いかもしれない。読まれたかも?


 しかし、アザミはそんな素振りを一切見せず、注文のタブレットをいじっていた。


「清史郎は何にする? やっぱりカツ丼セット?」

「そうだね」

「私は……お寿司にしようかな? 握り寿司とうどんのセットにする。じゃあ注文するね」

「はい」


 悪魔もタブレット端末を扱えるんだと、今更ながら驚いてしまった。アザミは何処からか取り出したハンドバッグ……しかも高級ブランド物っぽい……からスマホを取り出して操作していたのだが、急にしかめっ面をしてから舌打ちをした。


「どうしたの?」

「うーん。今夜、パパが来るってショートメッセージが入ってた」


 パパ?

 もしかして、魔界のパパが娘の様子を見に来るとかそういう事なのか?

 それとも、いわゆるパパ活のパパなのか?


「パパ活の方だよ」


 魔王のようなパパの訪問かもしれないとビビっていた自分が恥ずかしいのだが、そっちもあまり嬉しくはない。僕はもう、アザミにがっちりと心を掴まれているみたいだ。これは性的な欲求だけでなく、好意や愛情と言っていい感情かもしれない。


「へえ。そういう風に思ってくれてるんだ」

「……恥ずかしながら」

「ふーん。ちょっと嬉しいかも」


 僕の顔を間近で見つめながらニコニコと笑っている。彼女が普通の大学生で、僕だけとエッチしてくれるならこんなに嬉しい事は無いだろう。


 しかし、現実はそんな事は無いのだ。

 彼女は悪魔であり、多数の男と性的な関係を持つ事で糧を得ている。


 そんな事情を反芻しながら、僕は考える。〝好き〟と〝切なさ〟と〝恐怖心〟が僕の心の中で渦巻いていた。そして、〝好き〟な気持ちがだんだんと強く大きくなっていく。


 僕はやっぱりアザミに支配されているんだと感じた。

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