第19話 スワンの日々(6)


 午後二時。

 スワン厨房。


「そういや、昴」

 厨房に来るなり、秋悟は思い付いた顔で言う。

「ん? どうしたの?」

「そのー、高校は慣れたか?」

「んー、慣れたのかな?」

 昴は教室での出来事を思い出す。

 クラスに夏樹がいるせいか、新鮮さは無かった。

「まあ、夏樹もいるもんな」

「そうだね。新しい友達も出来たけど。秋悟は?」

 康永と言う何を考えているかわからない友達も出来た。

 昴の問いに秋悟はピタリと固まる。

「無事に・・・・・・、出来ていない・・・・・・」

 カクカクとした動きで秋悟は首を昴に向けた。


 機械的なその動き。

 あまりに珍しい光景に昴は呆然と見つめていた。


「えっ、秋悟が?」


 万人受けするあの秋悟に友達が出来ていない――って。

 思わず聞き返す。


「話す人がそんなにいない。それにどうしてか、俺がスワンで働いていることをみんな知っているんだよ・・・・・・」

 両手を顔に当て、今にも泣きそうな顔で言う。

「え・・・・・・、なんで?」

 昴は口を半開きにして、訳がわからない顔で言った。


 無論、秋悟はスワンでのことを自ら公表しないだろう。


「んー、別に校則的にはバイトは可能だし、クラスメイトに見つかったかな?」

 身に覚えが無いのか、秋悟は不思議そうな顔で腕を組みながら考える。


 別に悪いことをしているわけじゃない。

 しかし、秋悟にはどこか後ろめたい気持ちがあった。


「それはありそうだね」

 スワンには高校生のお客さんも多い。

 時々、秋悟の高校の制服を見るあたり、クラスメイトが来客していてもおかしくはなかった。

「――にしても、クラスメイトたちの態度がぎこちない」

 だとしてもだ。秋悟はそう言って解せない顔をする。

 クラスメイトたちの余所余所しい顔を秋悟は思い出していた。

「ぎこちない?」

 緊張しているとかなのだろうか。

 クラスメイトが秋悟に――。

 不思議とその光景が昴には想像出来た。

「何と言うか・・・・・・、目上の人に対する接し方みたいな?」

「あー、なるほどなー」

 昴は察したように頷いた。


 僕もクラスメイトなら同じ態度を取るかもしれない。

 それほど、今の秋悟は僕ら高校生には大人に見えるのだ。


「わかるのか?」

「うん、まあ。やっぱり、今の秋悟は高校生らしくないよね」

「え・・・・・・え?」

 予想外の言葉だったのか、信じられない顔で秋悟は固まった。

「あ、別に悪い意味じゃないよ。僕は色んなところでの秋悟を知っているけどさ。例えば、クラスメイトが先にここでの秋悟を見てしまうと、学校でどう接すればいいのか、わからなくなるかもしれないね」


 第一印象がスワンのマネージャーの姿。

 クラスメイトには、高校生の自分とは違う次元にいる人に見えるかもしれない。


「そ、そうなのか・・・・・・?」

「だって、ここでの秋悟は普段と違うもの」

 中学の秋悟を思い出し、昴は真顔で言う。

 学校にいる秋悟はここでの秋悟と比べてとても緩く見えた。

「そんなにか?」

「うん。何かに向かう熱量が――違う」

 学校では授業中によく寝ていることが多かった。

 今はどうかわからないけど。

「熱量・・・・・・か。んー、それは否定できないなー」

 思い返し、秋悟は困った顔で言った。

 自身でも自覚があるのだろう。その姿勢と思いの違いに。

「でしょ。僕もそこだけ見たら、どうすればいいかわからないもの」

「そうか・・・・・・。もう少し真面目に学校生活を送らないといけないの――か」

 秋悟はめんどくさそうな顔で大きくため息をついた。


 相変わらず、やれば出来るのに。

 どうやら、やる気がそこへ向かないようである。


「いや、別にスワンでの秋悟は真面目なことはわかっていると思うけど」

 むしろその真面目過ぎるような姿勢が彼らのぎこちなさを生んでいるのでは。

「んー、そうか?」

 納得していない顔で昴は腕を組んで考える。


 しばらくして、秋悟は事務所へと戻って行った。


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