第17話 スワンの日々(4)


 ――それは欲張りでは無い。


「――」

 昴の言葉に何を思ったのか秋悟は驚くように目を見開いた。


「えっ、何か変なこと言った?」


「――いや、同じことを社長に言われたんだよ」

 秋悟は大きく息を吐くと懐かしい顔で顔を上げる。


「社長? 店長じゃなくて?」

「ああ。社長はスワンの親会社の社長だよ。俺がここのマネージャーになれたのも、その人のおかげだよ」

「あ、そうなんだ・・・・・・」

 親会社。と言うことはかなり偉い人だろう。それだけはわかった。

「さっきの昴の言葉は、俺がマネージャーになる時、社長が俺に言った言葉だよ」


「へー、たまたま同じ言葉だったんだね」

 そんな偉い人と同じ言葉を言うなんて、そんな偶然もあるのか。


「たまたま――。世の中には偶然の必然もあるかもな」

 秋悟は不敵な笑みを浮かべると、再びパソコンの前で手を動かしていく。


「――?」

 いったいどう言う意味なのか。


 偶然の必然。

 偶然なのか、必然なのか。

 実に矛盾した言葉である。


「やっぱり、俺もこのままはいけないよなー」

 思い出したのか、手を止め秋悟は背筋を伸ばした。


 変わるべきか。

 良くも悪くも、このままではいけない気がした。


「このままと言うと?」

「楓とだよ。お前も桜木とこのままじゃいけないと思うだろ?」

 秋悟は小さくため息をついた。

「それは・・・・・・そうだけどさ」

 日々感じるズルズルと引きずるような感覚。

 これは間違いなく僕らの関係性を自身で良くないと思っているのだ。


 でも、どう変わる?

 どう変わっていく――?

 昴は想像がつかなかった。


「一波起こして今までの関係が変わる恐怖もある。でも、変えねばならないような気持ちもある。――そうだろ?」

「そうだね」

「どれが最善で――傷つけずに済む方法なんだろうな」

 秋悟は悩みに悩んだような顔で首をゆっくりと左右に振るった。


 傷つけずに。

 自身のことでは無い。

 相馬に対しての言葉だろう。


「わからない。――本当に」

 昴は俯き、大きくため息をついた。

 

 変わりたい。

 変わらなければならない。

 そんな気持ちに駆られる。


 でも、この日々が変わってしまうと言う恐怖もあった。


 矛盾したこの気持ち。

 僕はいったい何を望んでいるのだろう。


 数秒考えても答えは見つからなかった。


「秋悟! 」

 すると、ノックもせずに楓がそう言って事務所の扉を開ける。


 その姿は急いで走って来たような姿。

 昴は突然の出来事に呆然としていた。


「楓、おはよう。そんな急いでどうしたの?」

 何食わぬ顔で秋悟は仕事をしながら言った。


 さっきまで彼女の話をしていたはずなのに。

 よくもまあ、気持ちを切り替えられるな。

 昴は感心していた。


 にしても、なぜ相馬はそんな姿なのだろうか。


「どうしたの・・・・・・って、起きたら秋悟がいないからさ・・・・・・」

 楓は恥ずかしそうにもじもじとした仕草をする。


 起きたら秋悟がいなかった――。

 つまり、二人は一緒に寝ていた。

 昴は自然とそう解釈する。


「今日は早くスワンに行こうと思っていたからさ」

 秋悟は楓と目を合わせずにそう言う。


 横にいる楓の無防備な姿にドキドキして寝られなかった。

 そんなこと秋悟は口が裂けても言えない。

 ――恥ずかしくて。


「むー、それなら起こしてくれても良かったんじゃない?」

 楓は頬を膨らませて、不満げな顔で言った。


 秋悟に起こされたかった。

 秋悟を起こしたかった。

 そんな不純な感情もある。


「いやー、それは出来ないよ」

 そりゃ、俺の何かも起きるから。

 秋悟は心の中でため息をついた。

「どうして・・・・・・?」

「さすがに可愛い寝息で寝ている人を起こす気持ちにはなれない」

 秋悟は真顔で首をゆっくりと振るった。


 思い出すだけで愛おしい気持ちが込み上げる。

 やはり、俺は楓が好きなのだ。


「――っ!」

 驚くように目を見開くと、楓は真っ赤な顔になった。

「まあ、いいじゃないか。俺は仕事が進んだ。楓は眠れた。――ね?」

 ウィンウィンじゃないか。

 秋悟はそう言いたげな顔をする。

「・・・・・・秋悟のバカ」

 秋悟を睨むように見つめ、楓は更衣室へと向かって行った。

「えっ」

 どうして。そんな顔で秋悟は呆然としていた。


 数秒後、事務所の扉がゆっくりと開く。


「おはよう」

 様子を伺うように顔だけ出して、そう言ったのは美沙兎だった。

「おはよう、美沙兎」

「おはよう。桜木」

「あれ? 昴がいる? ・・・・・・どうして?」

 昴を見るなり美沙兎は不思議そうな顔をする。

「どうしてって、どうして?」

 逆に僕が聞きたい。

 僕がいたらいけないのだろうか。

「リビングにもいなかったから、まだ寝ていたのかと・・・・・・」

 呆気に取られているような顔で美沙兎は言った。

「今日は早起きしたから、早くスワンに来たんだよ」

 どうして僕の家のリビングにいたのかはさておき。

「それなら良かった」

 美沙兎は胸をなで下ろしたように安堵した顔になる。

 秋悟は呆然とした顔で昴と美沙兎を交互に見つめていた。

「いやいや、同棲してるの?」

 ツッコミを入れるように秋悟は右手を左右に激しく振る。

「ん? 秋悟の話?」

 自分の話なのに疑問符なのはおかしいぞ、秋悟。

「いや、お前の話だよ」

「えっ? 同棲してないよ? どうして?」

 同棲では無い。

 あくまでも気がつけば美沙兎がいるだけのこと。

「普通に桜木がリビングにもいなかったからって言っていたからさ。それ聞いたら、さすがに思うだろ」

 呆気に取られたような顔で秋悟は言った。

「あー。それは・・・・・・どうして?」

 不思議そうな眼差しを秋悟から美沙兎に移す。

 僕も無論、秋悟と同じ意見だ。 

 今日はどうしてうちにいたのだろうか。

「朝ごはん食べに来ただけ」

 美沙兎は何喰わない顔でそう言った。


 間違ってはいないだろうけど。

 やっぱり、どうやって僕の家に入れるのだろう。


「そ、そうか・・・・・・」

 秋悟は解せない顔ながらも、何度も頷き状況をかみ砕く。


 そして、昴と美沙兎は各自更衣室へと向かって行った。


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