第12話 秋悟と楓
翌日。
城石高校。
「ねえ、秋悟」
校門前を歩く楓は隣にいる秋悟に言う。
昨日は初日のせいか、覚えることがたくさんあった。
だから、秋悟と話したいと思っても中々機会が無く、気がつけば閉店時間となる。
そこにいた秋悟は初めて見る秋悟で素直に嬉しかった。
「ん?」
秋悟は少し眠たそうな顔で返事をする。
その様子だと仕事が終わってから、家で色々と考えていたのかもしれない。
スワンで働いてから、秋悟は時間を気にせず没頭することが多くなった。
考える姿もかっこいい。
だけど、時折見せる寝不足な姿は心配な気持ちになる。
楓は複雑な心境だった。
「その・・・・・・さ」
聞けなかったことがある。
楓は戸惑いながらもそう言った。
「・・・・・・? もしかして、スワンのこと怒っているのか?」
見覚えがあるのか、途端に秋悟は申し訳ない顔をする。
「っ! いや、その・・・・・・怒っている訳じゃないけどさ・・・・・・」
秋悟の顔に楓も申し訳ない顔をする。
別に怒っているわけではない。だけど――。
「つまり・・・・・・?」
口を半開きにして、秋悟は不思議そうな顔をする。
つまり、どういうことだろう。
時折、楓が何を考えているのかわからないことがあった。
秋悟は不思議と不安な気持ちになる。
「――寂しかった」
秋悟をまじまじと見つめ、楓はゆっくりと頷いた。
「寂しかった?」
楓は寂しかったのか。
聞きながらも、秋悟はその理由を考える。
「美沙兎も雪たちも秋悟のいるスワンにいて、私だけどうして誘ってくれなかったのかな・・・・・・って」
落ち込むように楓はしゅんとした顔で俯く。
「あー、それは・・・・・・」
頭に過ったその問題。
秋悟は困った顔で頭を抱えた。
何より――。
初めから夏樹たちは誘うつもりはなかった。
夏樹からスワンに入りたいという話がきて、夏樹と雪がスワンに加わった。
友達同士で仲良くわいわい。
そんな遊び染みたことをスワンでやろうとも思っていなかった。
楓がスワンに加わったのも俺からではない。
先日、楓からスワンについて聞かれて答えていたら、
なぜか楓がスワンに入ることになった。
昴と一緒にスワンをやること。
秋悟の最初の目的はそれだったのだ。
「ねえ、どうして・・・・・・?」
「えーと・・・・・・」
どうして、俺が楓を誘わなかったのか。
そもそも、なぜ楓を誘う必要があるのか。
秋悟にはわからなかった。
しかし、結果として楓とスワンで働くことが出来て嬉しいのも事実。
「――ねえ?」
目を細め、楓はゆっくりと迫って来た。
「楓、その・・・近いんだが・・・・・・?」
普段よりも距離が近く感じる。
「圧を向けてるの」
普段より低い顔で強調するようにはっきりと言った。
「圧?」
圧力。プレッシャー。
自身ではそう思っているようだが、特にその雰囲気は感じなかった。
胸を突き出すような姿勢をしているせいか、
普段より胸の大きさが――目立つ。
気がつけば、こんなにも大きくなっていたのか。
秋悟はゆっくりと唾を飲みこんだ。
やはり、俺たちの関係もこのままではいけないのかもしれない。
「・・・・・・白状しなさい」
上目遣いで楓は頬を膨らませる。
「んー、白状と言うか、本当は楓を誘うつもりは無かったんだよな・・・・・・」
正直に言おう――。
楓に嘘をつき通す自信は無かった。
それに楓には嘘をつきたくは無い。
純粋な気持ちだった。
「え? え・・・・・・どうして?」
口を半開きにして、楓はショックを受けたようにゆっくりと後退していく。
「そりゃ・・・・・・、公私混同したくないからだよ」
言葉に困る顔で秋悟は言う。
「公私混同ってどういうこと? どうしようとしたの?」
意味がわからないのか、頭に疑問符を浮かべたような顔をしている。
「どうしようって・・・・・・。あー、それはそのー」
どうしよう、何しよう――。
その言葉が秋悟の頭の中で駆け巡った。
視線を逸らし、弁解の言葉を考える。
俺は楓をあのスワンでどうしようとしていたのか。
そう考えると、不思議とメイド服姿の楓が頭に過った。
「私は今でもスワンでも変わらないよ」
困り顔の秋悟を前に楓は落ち着いた顔でそう言った。
学校でもスワンでも、
どこでも私の思いは変わらない――。
じっと秋悟を見つめ、楓は切実な気持ちを秋悟に伝えた。
「・・・・・・それもそうだな」
スワンでの楓の姿を思い出し、秋悟は納得した顔で頷く。
確かに彼女はどこでも彼女らしい。
その姿が秋悟は好きだった。
「それにスワンにいれば、いつもと違う秋悟も見ることが出来るし」
新しい秋悟を見ることが出来る。
楓がスワンで働く理由は十分だった。
「それは・・・・・・俺もそうだな」
「ん? 私は・・・・・・スワンの私はいつもと違う?」
自身の姿、行動を振り返る。
別に普段と変わらないはずだ。
「ああ。少し・・・・・・大人な女性に見える」
秋悟は思い出しているような顔で言う。
「っ! その・・・・・・秋悟は大人な女性が好きなの?」
顔を赤くし、楓は驚きながらも首を傾げた。
秋悟は大人な女性が好き。
――知らなかった。
楓は不思議と不安な気持ちになる。
私は大人の女性なのか。
容姿はどうか。性格はどうか。
多方面から考えるが、断言するにはほど遠い。
楓は心の中で小さくため息をついた。
「大人な女性・・・・・・。んー、まあそうなるかな」
メイド服姿の楓を想像して、秋悟は頷く。
「そうなんだ・・・・・・」
落ち込むように小さくため息をついて、楓は先に校内へと入って行った。
「大人な楓が好きなんだけど――な」
緊張の糸が切れたように秋悟はため息をついて空を見上げる。
大人な女性では無く、大人な彼女が好きなのだ――。
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