第11話 秋悟の幼馴染


 午後六時。

 喫茶店スワン。

 

 昴が事務所の扉に手をかけると、事務所から口論のような会話が聞こえる。

 これはいかん。邪魔しちゃ悪い。

 咄嗟に開く手を止め、距離を取った。

「ねえ、秋悟。秋悟はこんな服が好きなの?」

 責めるような口調で少女が秋悟に向けてそう言っている。

 

 この声は聞いたことがある――。

 昴はその主を知っていた。

 

 おそらく、この声は中学の同級生の相馬楓だろう。

 中学卒業後は、秋悟と同じ高校へ入学したはずだ。

 だけど、どうして――。

 どうして、スワンにいるのだろうか。昴は不思議だった。

「いや・・・・・・、そう言う訳じゃないんだけど・・・・・・」

 普段とは違う秋悟のぎこちない声。

「じゃあ、嫌いなの?」

 鋭い眼差しを向けているようなはっきりとした口調。

「嫌いではないんけど・・・・・・」

 戸惑い困ったような秋悟の声。

 こんな声の秋悟は珍しい。

 相馬に責められて戸惑っているようだ。

「それじゃあ――好き?」

「ま、まあ・・・・・・」

「ふーん、そうなんだ・・・・・・」

 そう言うと楓は事務所の扉を開いた。

「――あ」

 開いた際、昴は楓と目が合う。

 

 楓は黒いふりふりとしたゴシックのメイド服を着ていた。

 

 その姿は可愛らしく――綺麗な姿。

 そもそも、楓自身スタイルが良い。

 モデルと言われても納得が行く容姿をしているから尚更だ。


「おはよう。昴」

 楓の後ろで秋悟は何食わぬ顔で昴に挨拶をする。

「・・・・・・」

 いや、何でそんな普通な顔をしているんだよ。

 昴は心の中でツッコミを入れた。

「あれ・・・・・・鷹城くん? どうして?」

 昴を見るなり、楓は訳がわからない顔をする。

 それは僕も同じなんだけど。

 昴もこの状況が理解出来なかった。

「どうしても何も、昴はここの従業員だが」

 疑問符を浮かべる楓に秋悟は何食わぬ顔で言う。

「――あ、楓だ」

 すると、呆然とする昴の後ろから昴の肩に乗っかるように美沙兎が顔を出す。

 

 もはや、この体勢は抱きついているのでは――。

 昴は内心困惑していた。

 

 無意識なのか、美沙兎の発展途上の胸が――当たる。


「あれ美沙兎? 美沙兎もここで働いているの?」

 美沙兎の顔を見るなり、信じられない顔で楓は首を傾げた。

「うん。こないだ昴と一緒に。何なら、雪たちもいる」

 落ち着いた顔で美沙兎は楓に説明する。

「雪たち――ってことは、夏樹くんもか・・・・・・」

 楓はそう言うと眉間にしわを寄せた。

 その表情のせいか、性格がきつそうな雰囲気が漂っていた。

 雰囲気の通り、人前での性格はややきつめかもしれない。

 

 しばらく、楓はその場で考え込む。


「――ねえ、秋悟」

 そう言った楓の口調は尖っていた。

 ゆっくりと秋悟の方へ振り向く。

「ん・・・・・・? ど、どうした楓?」

 楓の顔を見るなり、秋悟は焦った顔になった。

 反射的に秋悟が半歩下がったのを昴は目撃してしまう。

「何で皆いるの?」

 楓は鋭い眼差しを秋悟に向けた。


 ちょっときつめな美人メイド。

 そんな雰囲気が楓から漂う。


「え?」

 その眼差しを避けるように秋悟はとぼけた顔で言った。


「な、ん、で、み、ん、な、い、る、の?」

 一句一句区切り、楓は秋悟にはっきりと伝える。


 秋悟は逃げられないと理解したのか、冷や汗を掻いているような顔になった。

 これはかなり焦っている。

 こんな秋悟を見たのは久しぶりだ。

「えーっと、それは――」

 続きの言葉を詰まらせる。

 なんて説明しようか――。

 秋悟には最善の言葉が見つからなかった。

「秋悟のバカっ」

 戸惑う秋悟に楓はそう言うと事務所を出て行く。

「あ、そっちは厨房――」

 秋悟は楓の背中を見つめ、言い残したようにそう言った。


 こうして、楓がスワンに加わった――。

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