第8話 集う仲間たち(2)
喫茶店スワン。
「――と言う感じなんだけど」
「ほおほお」
とりあえず、僕らの仕事の流れを夏樹に説明する。
僕も入って一ヵ月も経っていない。だけど、僕がわかることは夏樹に伝えたい。
「質問とかある?」
かれこれ二十分。昴は休む間も無く説明していた。
秋悟に教わった記憶をひたすらに辿る。その記憶は不思議と自分の中に染みていた。そうか、これが経験と言うのだ。昴はふと気づく。
経験。今までその意味を実感したことは無かった。初めての感覚。
「質問。と言うか・・・・・・疑問?」
しばらく悩んだ顔をして、夏樹は首を傾げた。
「疑問? どうしたの?」
さっきの説明でわからないことはあったかもしれない。だけど、こんな顔までして悩むことがあっただろうか。
「お前、本当に・・・・・・昴か?」
眉間にしわを寄せ、どこか曖昧な顔で夏樹は言った。
今の僕は本当に僕か――って。その言葉の真意を考える。
「・・・・・・そうだけど?」
考えてもその言葉の真意はわからなかった。
無論、僕は僕。二時間ほど一緒にいるのに夏樹は何を言っているのか。
「いやいや、すまんすまん。冗談だよ」
「えー」
きっと夏樹の言葉は冗談じゃなくて、本心だろう。あの顔は冗談を言う時の夏樹の顔では無かった。それは付き合いの長い昴だからこそわかること。
確かに今の僕は前よりも変わった気がする。それは自身でもなんとなく実感していた。
「いやー、意外にわかりやすい説明で驚いたわ」
昴にしては。感心した顔で補足し、小さく頭を下げる。
「そ、そう?」
褒められているのか、貶されているのか。よくわからないけど、不思議と悪い気持ちはしなかった。だから、これはきっと褒められているのだろう。
「それか・・・・・・、あれか?」
思いついた顔で夏樹は顔を上げた。
「あれって?」
夏樹は何を思いついたのだろうか。
「お前の教育担当――秋悟の教育が良かったのか?」
「あー、それはあるかもね。と言うか、それかも」
僕を教えてくれたのは秋悟。確かに秋悟の説明はわかりやすく、すんなりと理解することが出来た。
「なるほどなー。やっぱり、秋悟は凄いな」
納得した顔で夏樹は何かを確信する。
「うん。僕らの周りで一番――凄い」
昴と夏樹は感心したように頷いた。
何が優れているのか。その優れる何かが複数あって、しっかりとした言葉で表現出来ない。ただ秋悟がやっていることが凄いことだけはわかった。
「これが夢を追うこと――なのかもな」
夏樹は少し思いつめたような顔で上を見上げる。
「夢を追うこと・・・・・・か」
秋悟は幼い頃から経営をしてみたいと言っていた。昴は思い出す。あの頃の僕はてっきり社長とかに憧れていたのだろうかと思っていた。
その意味が今ならわかる。秋悟がやりたかった経営とはマネージメントなのだと。
「昴は・・・・・・夢無いよな」
夏樹は昴の顔を見るなり、そう言った。
僕の夢は――無い。残念ながら思い浮かばない。頭の中で昴は考えた。
「何で決めつけているの」
事実だとしても、もう少し僕の意見も聞いてくれてもいいじゃないか――夏樹。
「そりゃ――勘?」
「えー、勘なの・・・・・・。まあ、無いけどさ。そう言う夏樹はどうなの?」
眉間にしわを寄せ、昴は解せない顔を夏樹に返した。
願いとか願望とかは聞いたことはあったけど。夏樹の口から『夢』を聞いたことが無い。
「無い――と言えば嘘になるが、ほとんど無いようなものだ」
あるようで無いもの。そんな不思議な言葉を夏樹は呟いた。
「あるはあるの?」
初耳。今思えば、しっかりとこんな話をするのは初めてかもしれない。
「まあな――。でも、それを夢として追いかけるには労力が足りない」
小さく息を吐き、夏樹は儚げな顔でそう言った。
「労力?」
あまり聞かない単語。単純に体力とかだろうか。昴はそう解釈した。
「単純に熱量だよ」
夏樹は昴と違う見解だった。
「熱量――?」
夏樹の言葉に昴は身に入っていないような顔をする。
熱量とは――。理科で少し習ったあのカロリーとか燃焼の話だろうか。しかしまた、労力と熱量がどうして関係あるのか。運動して汗かいて疲れる。そう言うことなのだろうか。
「その夢を追えるほどのエネルギーだよ。継続して努力が出来るほどの向上心と興味。つまり、夢に向かうエネルギーだよ。俺にはそのエネルギーが無い」
自身に向けてなのか、夏樹は幻滅しているような顔をする。
「エネルギーか・・・・・・」
おそらく夏樹の言うエネルギーはやる気とかそう言った不確かなものを指しているのだろう。
「ああ、これいいな、こうなりたいな、って思ってもさ。結局、それを本気で追えるほど、俺には意欲が無いのかもしれないな」
ただ思うだけ、やる気が続かない。そう言いながら、夏樹は大きくため息をついた。
「それなら僕も無いよ。それを考えることすらないからね」
何かを頑張ろう。今までそれを強く思ったことは一度も無かった。
良くも悪くも、僕は今まで変わることを強く望んでいない。
「だからさー。秋悟みたいに夢を追い続けて、それを叶えるって本当に凄いなーって思う」
努力を続ける意欲、夢に向かう向上心。
夏樹にはそれを持つ秋悟が羨ましく、友人として誇らしかった。
「それは僕も思うよ。僕には出来ない」
罪悪感に近い何か。思わず、昴は俯く。
自身の意思を貫き、踏み出すその勇気。僕には到底出来ないことだった。
「んー、それは微妙に違うかもしれんぞ?」
「え、何が?」
そんな不思議な顔をして、どこか微妙に違うのか。
「僕には出来ないと言うことだよ」
夏樹は昴にその言葉を突き刺すようにはっきりと言った。
「そう・・・・・・?」
ぐさりとくるその言葉。夏樹を怒らせてしまっただろうか。
僕としては、考えても出来ないなーって思ったからなのだけど。
腕を組み、どう言おうかと夏樹は悩んでいた。
「んー、夢を追い続けることが出来ない、と言うわけでは無い。きっと、自身の膨大なエネルギーを費やせるほどの夢が昴の中ではまだ見つかっていない。そう言うことだと俺は思うぞ」
出来ないことを否定する訳ではなく、それが解釈の違いであると夏樹は説明する。
エネルギーを費やしたいと思う何かが見つかっていないだけ。夏樹の言葉が昴の中で浸透するように響いていった。
「・・・・・・なるほど」
確かにこの人生、僕自身が何かをやりたいと強く願ったことは無かった。
現にスワンも秋悟からの誘いで始まったもの。一歩はいつも他人からだ。
「いずれ、お前も俺も没頭出来る何かの夢が見つかればいいな」
「――そうだね」
想像が出来ない。だけど、そうなってみたいと昴は思った。
そして、二人は頷くと大きく深呼吸した。
ピピピッ。ピピピッ。
メニューパネルに注文が表示される。
さっきまでの空気とは一変。空気が入れ替わった。
「さて、鷹城先輩」
軽く首を回し、夏樹は準備運動をしているような仕草をする。
「ん? 何、夏樹・・・・・・?」
夏樹に先輩と呼ばれるなんて違和感しか無い。昴は苦そうな顔を夏樹に向けた。
「仕事です」
ドヤ顔に近い真顔。案外、こんな顔をする夏樹はあまり見ない。
「んー、そうだね」
何と言うか不思議とやりづらい雰囲気が漂っていた。
「さて、注文は何かな――――え」
陽気な顔でメニューパネルを見て、昴は絶句する。
隣にいる夏樹は口を半開きにして言葉を失っていた。
そこに映るのは、パンケーキ×3、ガトーショコラ×1、イチゴパフェ×1、チョコレートパフェ×2、その他ドリンク系×10。
「「・・・・・・」」
僕らは硬直したようにパネル画面を呆然と見つめる。
どうやら、別々の注文が同時に来てしまったようだ。
「鷹城先輩! ご指導お願いします!」
注文数に夏樹は期待した眼差しを昴に向け、大きく頭を下げた。
「いやいや、無理」
即答で昴は両手を左右に激しく振る。
「そこを何とか――先輩」
姿勢を低くして、夏樹はすがるように言った。
ここには昴と夏樹だけ。必然的に昴を頼るしかない。
「無理無理。パンケーキわからんし・・・・・・」
もう一度パネル画面に映るメニューを見つめ、昴は小さくため息をついた。
無論、力不足である。今の昴では、すべてを決められた時間内に作れなかった。
隣には今日入ったばかりの夏樹。僕もつい最近入ったばかりだ。
どうすればいいのかわからない。昴は心の中で大きくため息をついた。
「――お困りか」
すると、俯く昴の後ろでそんな声が聞こえる。
ゆっくりと振り向くと、執事服を着た秋悟がいた。
堂々としたその雰囲気。まさに救世主。
「あれ秋悟? その服装は?」
瞬きを繰り返し、昴はその光景に戸惑った。
さっきまでスーツだったはず。なのにどうして、今はその服装なのか。
「そりゃ――出番だから?」
どうしてか、秋悟は悩んだような顔で言う。
「ありがとう。助かるよ」
秋悟がいる。さっきまでの動揺は無かったと思えるほど、昴の心は落ち着いていた。
「と言うより、秋悟と昴じゃないのか・・・・・・? 今日の厨房」
厨房と事務所側廊下を結ぶ扉の前で夏樹は不思議そうにそう言う。
夏樹は扉横に掲示してあるシフト表を見てそう言ったようだ。
「――そう言えば」
昴は思い出す。今日は秋悟と僕が厨房の担当だ。
ならば、秋悟がここにいるのは――当然か。
「あ、バレた?」
夏樹の言葉に秋悟は笑みを零した。
「それじゃあ、秋悟何とかしてよ」
昴は弱音を吐くようにそう言う。
この店を熟知している秋悟ならこの展開を変えることが出来るはずだ。
「何とか・・・・・・? こんとかしたいけど――昴」
笑みを浮かべ、そう言ってパネルの前へやって来る。
「ん?」
「パフェ系とドリンクは二人に任せてもいいか?」
秋悟はそう言って、IHの調理場の前でパンケーキ用のフライパンを取り出した。
つまり、秋悟がパンケーキとガトーショコラを作る。昴はそう解釈した。
それにパフェは盛り付けがメインだか、パンケーキは焼きがメインだ。作り方もわからずに焼き物を感覚だけで作るわけにはいかない。
「わかった。パンケーキはお願い」
少し申し訳なさそうに昴は頷いた。
失敗した料理を提供するわけにはいかないし、パンケーキを成功するまで待ってくれる余裕も無い。お客さんに出す料理は、丁寧且つ迅速でなければならない。
それは秋悟が昴に教えたスワンの心得の一つだった。
「おうよ」
秋悟の返事を聞くと昴はパフェの盛り付けの準備を始めた。
今の僕が出来ることを。これが昴の出来る最善だった。
「ねえ、夏樹」
「はい、鷹城先輩」
指示を待つような顔を昴に向ける。
「・・・・・・えーと、まだ続くのそれ?」
とってもとっても仕事がやりづらい。
「お、すまん昴」
「それでさ」
「おうよ」
「夏樹はこのコップにあのドリンクサーバーでいける飲み物入れてくれる?」
ドリンクサーバ―を指差し、昴は説明する。
「えーと、メロンソーダ二杯とコーラとオレンジジュースか」
メニューパネルを見つめ、夏樹は再度注文数を確認した。
「うん。あ、押す前に氷は入れてね」
「氷は――適量?」
「うーん、高さ的には六割くらい?」
近くにあったコップを左手に取り、右手で目盛りを示す。
この位の量が少なすぎず、多すぎない適量であった。
「おー、はいはい。了解」
イメージが出来たのか夏樹は納得したように頷き、持ち場につく。
しばらく、厨房は調理音だけの世界となる。
自然と昴たちは集中していた。各自、持ち場を精一杯こなす。
秋悟に関しては、動作の度に昴と夏樹を見て、彼らの仕事を見ていた。
「――ほい。まず、最初のオーダーから」
秋悟はそう言うとパンケーキを一皿カウンターに乗せる。
「えーと、チョコレートパフェが一つ」
チョコレートパフェを乗せ、昴はニューパネルの注文票を再度確認した。
あとは――ソフトドリンクか。そう思い、夏樹の方へ振り向く。
「――ほい。アイスコーヒーとコーラ」
昴がチョコレートパフェを置いた直後、夏樹はカウンターに置き、手慣れた手つきでハンドコールベルを鳴らす。
「あ、うまい」
鳴らす夏樹の隣で昴は純粋に驚いていた。
自分は上手く鳴らすのに苦労したと言うのに、夏樹は容易に出来ている。
そして、メニューが出来たからか、秋悟は事務所の方へと戻って行った。
「はーい」
そう言ってカウンターへと向かって来るのは雪だった。
「あー、雪がメイド服着て、とことことしている・・・・・・」
ハンドコールベルを片手に夏樹は、なぜか思いつめた顔をしている。
「どうしたの、夏樹」
「いやー、働いて良かったなーって」
どうしてか満足気な顔。逆に怖い。
「ん? 雪のメイド服見えたから?」
この流れはそれしか無い。昴は確信していた。
「いや、それだけじゃないぞ?」
ハッと気がついた顔で夏樹は弁解するような口調で言う。
「あ、そうなの?」
昴が不思議そうに返すと、雪がカウンターへ到着した。
僕も雪を見て、働いて良かったと思ったんだから、夏樹は無論だろう。
「――テーブル7番さん。パンケーキ、チョコレートパフェ、アイスコーヒー、コーラが一つずつ」
昴に返答するのを止め、夏樹は真剣な口調で雪に注文内容を確認した。
「四点だね、わかった」
上唇で下唇をはむっと噛んでそう頷くと、雪はホールへと向かって行く。
初日にも関わらず、雪の動きは昴には慣れたような動きに見えていた。
「・・・・・・」
ホールへと向かう雪を夏樹はただ呆然と見つめていた。
「どうしたの夏樹?」
手が止まっている。仕事をしてくれ、後輩の鶴見くん。
「いやー、雪って緊張してもあまり表に出ないんだよ」
唐突に夏樹は学校で話しているような口調で言った。
「あ、そうなの?」
確かに今まで緊張している雪を見たことが無い。
「それに焦ったり戸惑ったりした態度もしないからな」
「確かにそうだね」
怒った顔も見たことが無かった。いつも微笑んでいるようなイメージが強い。
「でも、今の雪はだいぶ緊張しているんだーって思ったよ」
「え、どうしてわかるの? 双子だから?」
驚いたように昴は瞬きを繰り返した。
さっきまでの会話だと緊張していない話じゃないのだろうか。
「いや、そう言う勘とかじゃないよ」
右手を左右に振り、昴の言葉を否定する。
「なら?」
ならどうしてか。純粋に不思議だ。何をもって、確信に至るのか。
「さっき、唇をはむっとしていただろ?」
「あー、してたね。――凄く可愛かったよ」
美沙兎も時々するけど、雪もあんな仕草するのか。昴は真顔で頷いた。
「それは当然だよ――って、そうじゃない」
「ああ、そうだね。ごめん、夏樹」
それでどういうことなのだろうか。雪が可愛いのは公の事実として。
「雪があの仕草をするのは、逃げたいと思うくらい緊張している時だよ」
何か思い出したのか、一瞬だけ夏樹は険しい顔になった。
「そんなに・・・・・・?」
「ま、最初だから緊張するよな」
「そうだよね、今日が初めてだもんね」
あんなに慣れた動きに見えても今日が初めてなのだ。この目の前にいる夏樹も。
「さーて、今日の洗濯は俺がやろうかなー」
後ろ髪をわしゃわしゃとしながら、夏樹は大きく息を吐いた。
「ん? 普段は雪がやってるの?」
その言い方だと普段は雪がやっているのだろうか。
「いや、交代制だよ。今日は雪の当番だけど、あの様子だと緊張の糸が切れたらぐったりしそうだからな」
そう言う夏樹は心配そうな眼差しで雪を見つめていた。
夏樹の言葉に昴は自然と二人の生活を想像する。その生活は双子と言うより、カップルの生活に近そうだ。
「夏樹は雪をよく見ているんだね」
「そりゃあ、可愛いと思う人の仕草や行動は気になるだろ?」
やけに意味深な顔を夏樹は昴に向けた。
「仕草や行動――か」
確かに僕も美沙兎の仕草は凄く気になる。
些細な行動も不思議と目に留まる。どうしてなのだろうか。
「それに比べて桜木は――相変わらずの素振りだな」
雪の少し離れたところで接客する美沙兎を眺めて、夏樹はそう言った。
「相変わらず・・・・・・。確かに美沙兎だね」
スワンに入ってからの美沙兎を振り返り、昴は納得したように頷く。
今の美沙兎は僕がよく知る桜木美沙兎だ。良くも悪くも、堅苦しくない自然体な雰囲気が彼女に漂う。
「相変わらず、お前らは順調なのか?」
「ん? 順調って?」
順調。僕と美沙兎に共通する順調なことなどあっただろうか。
「そのー、プライベート?」
なぜか夏樹は曖昧な顔で返した。
プライベート。つまり、僕と美沙兎の仲のことだろうか。
「え、順調も何も普通だよ」
僕らの仲は中学の頃からあまり変わっていないように見えた。
「は? 普通だと?」
夏樹は解せない顔でそう言うと、何かを言いたげな顔をする。
そして、夏樹が何かを言うとした。
「お前らな――」
事務所の方から秋悟が冷たい口調でそう言う。
振り向くと、呆れたような顔の秋悟と目が合った。
今は仕事中なのだと言うことを昴は思い出す。
「あ、ごめん秋悟」
紛れも無い私語だ。仕事に集中していない証拠かもしれない。
「お、すまんすまん。――で、お前はどうなんだ?」
軽く頭を下げると、夏樹は不敵な笑みを秋悟に返した。
話を続ける夏樹。悪い意味で粘り強い。
「・・・・・・何がだ?」
呆れた顔で秋悟は夏樹に向け、首を傾げた。
秋悟は、と言うと相手は一人だけである。
「相馬とだよ。高校に入ってどうなんだ?」
夏樹の言う相馬とは、美沙兎の友人であり、秋悟の幼馴染の相馬楓だ。
秋悟と楓は昔から付き合っていると思うほど、仲が良い。
「どうって・・・・・・普通だが?」
目を細め、秋悟は解せない顔を夏樹に向けた。
楓とは特に変わらぬ日々を送っている。
「はあ・・・・・・。昴もお前も、普通ってなんだよ」
夏樹はため息をついて、昴と秋悟を交互に見つめていた。
普通と言うやつほど、他人から見て普通じゃない――。夏樹は内心そう思っていた。
「「普通だから?」」
二人揃って不思議そうな顔をする。
「あー、そうかそうか。お前らは普通にいちゃいちゃしているだけか。――ああ、わかったよ」
夏樹は小さくため息をつき、呆れた顔になった。
「なっ――。別に俺はお前たちと違っていちゃいちゃしてないが?」
秋悟は解せない顔で夏樹に言う。
一緒にするな。――お前らと。
「いや、僕もだよ」
僕らと違ってとは――。首を左右に振り、昴は夏樹の言葉を否定しようとする。
いったい、いつ僕は美沙兎といちゃいちゃ出来ていたのだろうか。記憶に無い。
「さー、ほんとかなー」
夏樹が不敵な笑みでそう言った頃、メニューパネルが再び何度も鳴り始めた。
「雑談はここまでにして仕事をするぞ――スワンヌ」
秋悟は注文メニューを確認すると、IHの前に立ちパンケーキの準備を始めた。
さっきと同じような注文。秋悟はチョコパンケーキを作るようだ。
なら、僕は――。昴はこれからの自分の動きを考える。
「ん? スワンヌ?」
イチゴパフェを作る準備を始めようとして、昴は手を止めた。
スワンヌ。さっき、秋悟はスワンではなくスワンヌと言った。聞き慣れない単語。いったいどういう意味なのだろうか。
「あー、スワンヌはスワンで働くスタッフたちのことだよ」
「へー、そうなんだ」
知らなかった。初めて聞く話だ。
「あ、ちなみに命名は俺じゃなくて芙美さんだからな?」
どこか弁解するような口調で秋悟は言う。
別にスワンヌって言葉、ダサくは無いと思うけど。
「そうなの?」
それに秋悟が命名したとしても驚きはしない。むしろ、秋悟らしい言葉な気もした。
「ある日、芙美さんがスタッフのことを『スワンヌっ、スワンヌっ』って呼び始めて、気がつけばそうなった」
何を思い出したのか、どこか秋悟は疲れたような顔で言う。
秋悟のその言葉に昴は自然と笑顔の芙美を想像した。
そして、秋悟は話しながらも、パンケーキ生地を焼き始める。
「スワンヌかー。なんか愛着ある名称だな」
気がつけば、夏樹はドリンクサーバーの前で注文のソフトドリンクを作っていた。
「そうなんだよ。不思議と口ずさんでしまうんだよなー」
スワンヌ、スワンヌ。鼻歌のように秋悟は口ずさむ。
「僕らはスワンヌかー」
「俺もスワンヌだよ」
何食わぬ顔で秋悟は頷いた。
「ん? スワンヌ・マネージャー?」
思いついたように昴は顔を上げ、首を傾げる。
スワンヌと秋悟の現職を足すと、昴の中でその単語が出てきた。
スワンヌ・マネージャー。単語だけだと想像がつかない。
「んー、そう言われば・・・・・・そうだな」
右手を顎に当て、考えたように秋悟はゆっくりと頷いた。
「なるほどー」
「さあ、行こう。僕らのスワンヌたちよ」
秋悟はそう言って昴たちに笑みを浮かべた。
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