第7話 集う仲間たち(1)
土曜日。午後五時。喫茶店スワン。
「えーと、新しく入りました、鶴見さんです。――あっ、鶴見さん×2ですー」
芙美は左隣にいた夏樹と雪を見て、昴たちにそう説明する。
「・・・・・・ざっくりしすぎじゃないですか、店長?」
芙美の前で昴が少し唖然とした顔で言った。
「え? そう? 双子ってわかりやすくない?」
頬を膨らませ、異議でもあるの、そう言いたげな可愛い顔で昴を見つめる。
「まあ、×2は――ざっくりかと・・・・・・」
言いづらそうな顔で昴は言った。
可愛いけども。本当にこの人は、僕の二倍以上の年齢なのだろうか。昴はそう思うと、美沙兎も十年、二十年経っても変わらぬ容姿なのかと思った。
「そう・・・・・・? とりあえず、自己紹介お願いー」
芙美は腑に落ちない顔をしながらも、視線を昴から夏樹に移す。
その一連の流れに夏樹は少し呆然とした顔をしていた。可愛い店長が纏う天然さ。 良くも悪くもそれは良い味を出している。夏樹は自然と感心していた。
「鶴見夏樹です」
ウェイター姿の夏樹は、丁寧な口調でそう言って頭を下げる。
普段と違う夏樹の姿に昴は呆然としていた。
何というか『楽してお金を稼ぎたい』そう言った人物とは思えないほど、今の夏樹は真面目な雰囲気がある。
確かに僕らは初めて出会う人を「印象」で決め、印象から得られる情報を用いてその人の性格を決めつけてしまうのだ。やはり、最初から人を見分けるのは難しい。
第一印象。その雰囲気の大事さを昴は知った。
「鶴見雪です。よろしくお願いします」
夏樹の隣で夏樹よりも少し背の低い白髪の少女は言った。
小柄で白髪のセミロングの容姿。彼女は鶴見雪(つるみゆき)。夏樹の双子の妹だ。
雪が着ていたメイド服は、美沙兎のとも芙美とも違った。
コンセプトは巫女服。白衣と朱色の袴。自然と彼女の髪色とマッチしている。
純白。不思議と彼女はその雰囲気を放っていた。
「あー、可愛い」
興奮したようにそう言ったのは芙美。今にもとろけそうな表情をしていた。
「そ、そうですか?」
自分の服装を見て、雪は不思議そうな顔をする。
どうして、自分がこの服装なのか。雪はそんな顔をしていた。
無論、雪を見てこの服装を選定したのは芙美である。
「うん。可愛い」
隣にいる夏樹も雪を見て、頷いていた。
「そう? お兄ちゃん?」
腑に落ちない顔で雪は首を傾げる。
「いや、びっくりだわ」
芙美の横に移動し、夏樹と芙美はまじまじと雪を見つめる。
昴には二人が意気投合しているように見えた。
「そんなにじろじろ見ないでよ・・・・・・」
もじもじと恥ずかしそうな仕草をして雪は俯く。
雪は高校へ進学しても相変わらずのようで昴はほっとした。
「あー。その姿も可愛いっ。もっと焦らしてー」
幸せそうな顔でさらに息を荒くする芙美。
隣の夏樹は無言でガッツポーズをしている。
確か美沙兎のメイド服を見た時も、芙美はこんな感じだった。昴はこの光景を見て、ふと思い出す。
「――店長、セクハラですよ」
興奮する芙美にそう言ったのはスーツ姿の秋悟だった。
普段よりも低い声。秋悟の横にいた昴はその発言に驚いた。
何と言うか、僕の知る秋悟の発言ではない――。と言うか、いつの間に僕の隣に来ていたのだろうか。
どこか威厳のある雰囲気を放つ。その姿はマネージャーと言われても納得出来る姿。
これが今の白鳥秋悟なのだ。
「えっ、ダメなの・・・・・・?」
口を半開きにして、芙美は秋悟に向けて首を傾げた。
「駄目とは言わないですけど。――興奮し過ぎです」
呆れたように秋悟は小さくため息をつく。
この光景だけではどちらが年上なのかわからなかった。
「うー。学生の頃から可愛い子には目が無いんだよー」
芙美は何かを訴えているように秋悟をじっと見つめる。
あなたも可愛い子の一人なんですが――。横にいた昴は心の中でそう思っていた。
しかし、可愛い人が可愛い子を愛でる姿は何とも癒される。
「そうなんですか?」
何食わぬ顔で秋悟は返す。
「そうだよ。学生のことの親友なんて、可愛すぎて毎日抱きしめないと気が済まなかったもん」
同じく何食わぬ顔で芙美は言った。
「え・・・・・・」
秋悟は唖然とした顔で芙美を見つめていた。
「毎日抱きしめないと、私のエネルギーが・・・・・・。――エナジーが」
両手を前に出し、活力を求めるような仕草をする。
エナジー言うな。昴はそう言いたげな顔をしていた。
「まあ――適度にお願いしますね」
芙美のその仕草に秋悟は小さくため息をついて、事務所へと戻って行く。
「うんっ」
秋悟の背中向け、芙美は張り切ったような声でそう言った。
「それじゃあ、雪ちゃんは私と美沙兎ちゃんと――」
気持ちを切り替えるように小さく息を吐き、芙美は雪に笑顔を向ける。
「夏樹くんは・・・・・・昴くんとで良い?」
夏樹に視線を移し、どうしてか困った顔で芙美は言った。
その様子だと、夏樹に関しては考えていなかったように見える。
「わかりました」
「えっ? あ、はい・・・・・・」
頷く雪に対し、夏樹は呆気にとられた顔をしていた。
「んー? 夏樹くんは昴くんとはダメ?」
夏樹の表情に芙美は不思議そうな顔をする。
と言うより、どうして夏樹の教育係が僕なのだろう。もっと適任な人はいただろうに。
「駄目と言うか・・・・・・大丈夫なんですか?」
眉間にしわを寄せ、夏樹は解せない顔をする。
「大丈夫って・・・・・・?」
純粋に芙美は首を傾げる。その不思議そうな顔はとても大人には見えなかった。
「俺を教えるのが昴なんかで――」
しょうがない。そう言いたげな顔で夏樹は小さくため息をついた。
「・・・・・・ねえ、夏樹。解せないんだけど」
僕も少しは・・・・・・少しくらいなら、夏樹に教えられると思うんだけど。昴は少し納得いかない気持ちになった。別に僕はこのスワンで何も考えずに働いているわけでは無い。
「いやー、昴に教えてもらうって想像がつかなくてですね」
夏樹は珍しく難しい顔で言った。
僕が夏樹に何かを教える――か。昴は考えてみる。
「――否定出来ない」
考えてみる。想像してみようとするが、確かに想像出来ない。
今まで僕が夏樹に何か教えたと言えば、ゲームの操作方法くらいかもしれない。
「んー? それじゃあ、私が教える?」
昴と夏樹の会話に芙美は、しょうがないなー、と言いたげな顔をする。
「え――良いんですか?」
目を見開き、夏樹は驚いた顔で言った。しかも、即答で。
相変わらず、夏樹は可愛い人が大好きなようだ。まあ、僕もだけど。
「夏樹、どうして希望に満ちた顔しているの?」
さっきの僕に対する態度とは大違いだ。天と地の差がある。
「――そりゃ、お前じゃないからだよ」
夏樹はため息をつくと、何食わぬ顔で言った。
「ひどい!」
だから、どうしてそんなに直球なのだろうか。シンプルにショック。
「あ、でも雪ちゃんを教える人がいなくなっちゃうから・・・・・・。んー、それはダメだね・・・・・・。どうしましょう・・・・・・?」
芙美は困ったように眉を八の字にする。
「そうです。店長は私の教育をお願いします」
慌てたような声で雪は芙美に言った。
「そう? 私が雪ちゃんに教えていいの? ――本当に?」
芙美は嬉しさのあまりか両手で口を覆い、感激していた。
可愛い雪ちゃんが私を必要としている。芙美には行かない理由が無かった。
「はい。お兄ちゃんは昴さんに教えてもらってください」
無邪気な笑顔を夏樹に向ける。
「えー、雪まで言うの?」
「うん。お兄ちゃんは昴さんです」
雪は昔から昴のことを昴さんと呼んでいた。秋悟のことは白鳥くんと呼んでいる。
「えー、昴かよ。店長が良かったなー」
「わがまま言わないの。――ね、昴さん?」
僕だけに見える振り向いた雪の顔はどこか冷たかった。いいから従えと言わんばかりの雪から感じる無言の圧。
こんな可愛い子にこの雰囲気は――いかん、癖になってしまう。昴は心の中で首を左右に振り、邪念を振り払った。
「・・・・・・あ、はい。僕が教えます」
驚きのあまり昴は静かに従った。
相変わらず、雪も夏樹が絡むと時々豹変する。
「えー」
昴の言葉に夏樹は不満げな顔で言った。
「――僕が教えます。ねえ、夏樹」
咄嗟に昴は突き刺すような視線を夏樹に送る。
「あ、はい。お願いします」
昴の態度に夏樹は呆気にとられた顔で頷いた。
こうして僕らは各自、配置についていく。
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