第6話 友人たち


 学校。

 昼休み。


 昴は机を囲み、クラスメイトたちと昼食をしていた。

「――なあ、昴」

 小学生の頃からの同級生である鶴見夏樹(つるみなつき)は飽きたような顔で言う。


 少しはねたセミロングに小柄な体系をした夏樹は、

 時々女子に間違われるほどの容姿をしていた。


「ん? どうした?」

「相談があるんだが」

「――え? どうした?」

 お前が相談なんて珍しい。

 昴は呆然をした顔をする。

「その・・・・・・面白いバイト、無いか?」

 自席の椅子にもたれ掛かり、だらしない姿勢でそう言った。

 静止したように昴はしばらく考え込む。

「面白い――?」

 バイトの面白さとは――。

 昴は眉間にしわを寄せ考えていた。

「・・・・・・なあ、鶴見。バイトとは労働だぞ? 面白いなんて、そんな――贅沢言うんじゃありません」

 昴が言うよりも先に、隣にいたクラスメイトの斎宮康永(いつきこうえい)は呆れた顔で言う。

 康永は長身、ショートヘアーくらいの髪型でめがねをかけたインテリ系。

 委員長と言われても納得するほどの雰囲気を放っていた。


 ――まあ、実際に康永はクラスの学級委員長なんだけど。


「えっ、駄目なのか?」

 夏樹は純粋な驚き方をする。

「駄目ではないが・・・・・・、そんな素直な顔で言うなよ」

 まじまじと夏樹を見つめ、康永は悲しそうな顔で言った。

「まあ、楽をして金稼ぎたいです」

 本心なのか、笑みを浮かべて夏樹は頷く。


 楽してお金を稼ぎたい――か。

 誰もが思うその方法。

 無論、僕もだ。


「「・・・・・・」」


 昴と康永は呆然と夏樹を見つめる。


 確かに思っているが――こんなにも素直に言う奴がいるのか。


「そんな哀れなものを見る目で見るなよ・・・・・・っ」

 二人の反応に、夏樹は今にも泣きそうな顔で口を半開きにする。

「その素直さは大事」

 康永は冷ややかな眼差しを送りながらも、笑みを浮かべる。

「ほんと変なところで純粋だよな、夏樹は」

 良くも悪くも、僕が考えていないことを考えていた。

 僕とは物事に対する見方が違う。

 以前から昴は夏樹に対してそう思っていた。

「あれ? そう言えば、康永はバイトしてるの?」

 ふとした疑問。昴は思い出したように聞く。

「あ、うん。しているはしている――な」

 どうしてか、康永は腑に落ちない顔で言った。

「いや、バイトと言うより手伝いかな――今は」

 そして、康永はそう補足し、大きくため息をつく。

「へえー、そうなんだ」

 どうやら、疲れているように見える。

 昴は詳細を聞くのを止めた。

「そう言う昴は?」

「あ、僕?」

「その様子だと何かあるのかなと」

 康永は不思議そうな顔で言う。

「僕も最近、バイト始めたよ」

「えっ、お前が――か?」

 先に反応したのは夏樹だった。

 途端に信じられない顔をする。

「いや、僕でも働くよ? 夏樹、僕を何だと思っているの?」

 別に夏樹と違って、楽してお金を稼ぎたいとは思っていないんだけど。――表は。

「その・・・・・・駄メンズ?」

 何気ない顔で言う夏樹。

「うわああああっ」

 ストレートな言葉に昴は頭を抱えた。

 リアクションを取っていない夏樹の顔が昴の心にぐさりと刺さる。

「確かに昴は自然な駄メンズ感あるよな」

 その言葉が気に入ったのか、康永は何度も頷き、夏樹の言葉を肯定した。

「何その自然な駄メンズって」

 違和感しかないその単語。

 いったい僕は何だと思われているんだろう。

「そのー、作った感じじゃなくてさ。野生の駄メンズって感じ?」

 夏樹は昴をまじまじと見つめ、適切な言葉を考える。

「野生の駄メンズとは――」


 ――野生の駄メンズが現れた!


 その単語と聞き覚えのあるゲームのBGMが昴の頭に過る。


「で――。それでどんなバイトしているんだ?」

 そう言って話の流れを康永が変える。と言うより、元に戻した。

「あ、えーと、喫茶店の厨房だよ」

「喫茶店・・・・・・? お前が――か?」

 夏樹はどこか唖然とした顔をしている。

「うん。――僕が」

 やっぱり、僕をなんだと思っているのだろうか。この鶴見夏樹は。

「お前でも出来るなら、良さそうだな・・・・・・」

「僕が出来るのを基準にしないでよ」

「その――紹介してもらうこと可能なのか?」

「えっ、紹介と言うより・・・・・・」

 昴は続きの言葉に戸惑う。

「どうした?」

「そのー、直接秋悟に聞いた方が早いと思うけど・・・・・・?」

 夏樹も秋悟と仲が良い。

 何せ、僕らは中学時代よく一緒にいたからだ。

「っ! あー、なるほど。そうか、秋悟のとこか。――わかった。それは直接聞くよ」

 察したのか夏樹はそう言って話を止めた。


 これ以上は聞く必要が無い。

 無論、その内容を知っていたからだった。


「うん。そうして」

 僕を通すよりか、夏樹から直接秋悟に言った方が円滑に進むはずだ。


 すると、昴はふとあることを思い出す。


「そう言えば、雪はどうしているの?」

 しばらく会っていない。

 最近、雪はどうしているのだろうか――。

「あー、雪は――」

 夏樹は思い出すような顔をする。

「ん? ――鶴見の彼女か?」

 聞いていた康永が不思議そうに聞いた。

「あ、雪は夏樹の彼女じゃないよ。雪は――」

「妹だよ。俺の双子の」

 昴が夏樹を見て言おうとすると、夏樹が先に言う。

「鶴見の・・・・・・双子の妹・・・・・・?」

 まじまじと夏樹を見て、康永は困惑した。

「どんな顔しているの康永」

 どこかその顔はくしゃみが出そうで堪える人にも見える。

「いや、昴。考えてくれよ、客観的に鶴見の双子の女の子だぞ? 普通にこいつと同じ見た目の女の子なのか、まったく違うのか・・・・・・想像するだろ?」

 なだめるような口調で康永は昴に言った。

「んー、確かに。そうだね」

 言われてみると確かにそうだ。

 目が覚めたように驚き、昴は頷く。


 僕らは当たり前のように雪を知っているから、考えたことが無かった。


「それでどっちなんだ?」

「どっちと言うと?」

「妹さんは鶴見に似ているのか?」

「んー、夏樹と雪は髪色と身長が違うね・・・・・・」

「確かに。昔は髪色以外ほぼわからなかったんだけどなー」

 夏樹は懐かしそうな顔で言う。

「鶴見の女版か・・・・・・」

 想像しているのか、康永は解せない顔で夏樹を見つめる。

「いやいや、俺をそのまま女子でシフトするなよ?」

 夏樹も解せない顔でそう返す。

「えっ、駄目なのか?」

「そりゃそうだよ」

 夏樹は康永の言葉を否定するように首を左右に振るう。


「――斎宮。夏樹と雪は全然違う」


 すると、昴の後ろからそんな声が聞こえる。


 この声は――。

 ゆっくりと振り向くと美沙兎がいた。


「お、桜木か。あー、そうかそうか。昴と幼馴染なら桜木も知っているんだよな」

 美沙兎を見て、康永は納得したように頷く。

「うん。雪は友達だから。それに――」

「それに――?」

「雪は可愛い」

 どうしてか、美沙兎は誇らしげな顔で言う。


 僕としては美沙兎のこの誇らしげな顔も可愛いと思うんだけどな。

 昴は美沙兎を見つめ、ふと思った。


「可愛い――だと?」

 その瞬間、康永の目つきが変わった。

「夏樹と違って、愛おしい雰囲気がある」

 そう言うと美沙兎は、自分の携帯から自分と雪が映っている写真を康永に見せる。


 その写真は先週、中学の同級生の三人で遊んだ時の写真だった。


「――確かに。全然違うな」

 驚愕の表情で康永は画面をまじまじと見つめる。

「でしょ。雪は可愛い」

「そして、桜木。もう一個聞いていいか」

 康永は真面目な顔で美沙兎に言った。

「うん。なに」

「桜木の右にいる美女は誰だ?」

 美沙兎の右に映る少女を康永は指差す。


 セミロングヘア―でスタイルの良いその容姿。

 キリっとしたその瞳は自然と彼女に可憐らしさを漂わせる。


「その子は楓。中学の同級生だよ」


 彼女の名は相馬楓。

 美沙兎たちの友達でもあり、秋悟の幼馴染だった。


「桜木のメンツ、アイドルかよ・・・・・・」

 右手を口に当て、康永は感動の涙を堪えるように言う。

「そう・・・・・・?」

 美沙兎が首を傾げていると、少し離れた席にいたクラスの女子に声を掛けられた。

「あ、ごめん、斎宮」

 そう言うと美沙兎はそっちの方へと行ってしまう。


 康永はその後の話が聞きたかったのか、

 美沙兎の背中を残念そうな顔で見つめていた。


「んー、その鶴見」

 すると、康永は何を思ったのか申し訳なさそうな顔で夏樹を見つめる。

「な、なんだよ・・・・・・?」

 康永の雰囲気が変わったことに気付いた夏樹は疑うような眼差しを向ける。

「その――、妹さん紹介してくれないか?」

 少し笑みを浮かべ、康永は夏樹にそう言った。

「――は?」

 予想していなかった言葉に夏樹は唖然とする。

「その・・・・・・。お前の妹、可愛すぎないか?」

「それはそうなんだが・・・・・・。なぜお前を紹介するんだ」

 何食わぬ顔でそう言うと夏樹は呆れた顔をする。

「そこなんとか! ――お義兄さん」

「やめろ! お義兄さん、呼ぶな!」

 振り払うように強めの口調で夏樹は言う。

「じゃ! じゃあ、もう一人の美女を!」

「ん? もう一人の美女・・・・・・?あー、あいつは・・・・・・」

 途端に夏樹の表情は曇っていく。

「えっ? 彼氏いるのか? まあ、違和感がないけどさ・・・・・・」

 夏樹の表情に察したのか、康永は寂し気な顔になった。

「いや、彼氏ではないんが・・・・・・。――昴」

 言い方に困ったのか夏樹は昴に助けを求める。


 んー、僕も良い言い方が見つからないんだけど。

 昴は思考を巡らせ考えた。


「え? あー、相馬は溺愛している相手がいるから駄目だよ」

 突然のパスに昴は諭すような口調で康永に言う。

「彼女を――か?」

 康永は鋭い視線を昴に向ける。

「――いや、彼女が」

 どうしてその視線を僕に向けるのか。

 ため息交じりに昴は言う。


 楓は秋悟を前にすると、溺愛しているような態度を取っていた。

 溺愛と言うよりかは、狂愛になる時も時々。


「えー、あんな美女に愛されているのに付き合っていないのか?」

 不満げな顔で康永は昴に迫る。

「まあ、そうなるよな。――あいつは」

 夏樹は秋悟の顔を想像して、呆れたようにため息をついた。

「そうだね」

 昴も想像しているのか呆れたような顔で頷く。

「にしても・・・・・・」

 目を細め、康永は気がついた顔になった。

「どうしたの?」

 今度は何に気がついたのだろうか。

 自然と昴には不安しか無かった。

「いやー、改めて見ると桜木も可愛いよな」

 クラスの女子と話す美沙兎を見て、康永は納得した顔で言う。

「お、昴。ライバル出来たぞ。排除するなら――今だぞ」

 ハッとした顔で夏樹は昴を見つめた。

「ライバルとか排除って・・・・・・」

 好戦的な気持ちは無いんだけど。

 昴は少し唖然とした顔で言った。

「あー、そうか。桜木はお前がいるのかー」

「いや、別に僕がいるからって関係ないと思うけど・・・・・・?」

 僕がいるからなんだと言うのか――。


 別に僕と美沙兎は恋人では無いのだから。


 僕は康永であれ夏樹であれ、美沙兎が好きになった人を応援するだけだ。

「諦めろ、康永。――そういや、相馬も秋悟も雪と同じ高校か」

 笑顔で夏樹は康永にそう言うと思い出した顔をする。

「そう言えば、そうだね」

 僕ら六人はちょうど三人ずつ別々の高校になった。

「あながち相馬は秋悟を追いかけた感じか?」

「そうかも。でも、二人とも頭良いから、普通に合格していたみたいだよ」

 特に秋悟に合わせるために、相馬が必死で勉強をしたと言う記憶は無い。


 昔から秋悟と相馬は一緒にいたらしい。

 おそらく、勉強も一緒にしていたこともあるのだろう。

 そう考えると、相馬の学力が秋悟の学力に近いことは不思議と納得出来た。


「お前らの周りの女子、レベル高くないか?」

 美少女が美少女を呼ぶと言うが。

 康永はそう補足した。

「んー、そう言われると確かに」


 美沙兎も雪は可愛いし、楓は綺麗だ。

 アイドルやモデルと言われても納得する容姿をしている。

 そう考えると、可愛い美沙兎といられるのは、幼馴染の特権なのかもしれない。


 昴は改めて自分の立場のありがたさを理解した。


「鶴見ー。今度、誰か紹介してくれよ」

 駄々をこねるような口調で康永は夏樹に言う。

「――出来たらな」

 夏樹はそう言って康永に不敵な笑みを浮かべた。



 ―――



 翌日。

 昼休み。


 いつも通り机を囲み、昴たちは三人で何気ない話をしていた。


 康永は購買へと向かうため、席を立って教室を出て行く。

「あ、昴」

 突然夏樹は思い出したような声を上げ、机に埋めていた顔をハッと上げた。


 まるで、言い忘れていた。

 そう言いたげな動作。


「ん、どうしたの?」

 その雰囲気はろくなことがない――。

 昴はそう思いつつも聞いてみる。

「来週からスワンで働くことになったからよろしく」

 何食わぬ顔で夏樹はそう言った。

「へえ、そうなんだ・・・・・・。――え?」


 今なんと――。

 口を半開きにして昴は瞬きを繰り返した。

 ちょっと意味がわからない。


 夏樹がスワンで働く。

 かみ砕いてもやっぱり、意味がわからない。


「よろしく。――先輩」

 不敵な笑みを返す夏樹。

「え・・・・・・? なんで? いつの間に決まったの?」

「秋悟と話してそうなった」

「えー。まじか」

 いつの間に。あまりのスムーズさに驚きを超えて呆然としていた。

「昨日の夜、決まったことだよ」

 夜にちょっとな。夏樹はそう言って、持っていた缶コーヒーを飲み干した。

「あー、二人とも動くの早いよね・・・・・・」

 不思議と納得。

 相変わらず、ボールを返すのが早いと言うか上手いと言うか。

「と言う訳だ。俺たちの初日は今週の土曜日・・・・・・だったかな?」

 秋悟との会話を振り返るように夏樹は言う。

「そうなんだ・・・・・・。――俺たち?」


 どうして、夏樹だけなのに俺たちなのか。

 腑に落ちないような顔で昴が首を傾げると、夏樹が途端に落ち込んだ顔になった。


「そうだ――。そうなんだよ・・・・・・」

 痛みに耐えるような苦痛の表情で夏樹は小さくため息をつく。

「俺たちって・・・・・・。もしかして、雪も?」

 夏樹と言えば――。

 必然的にその対象は限定される。

「ああ。そうなんだよ」

「え、夏樹が誘ったの?」

 とても夏樹が言った光景は想像出来ないけど。

 昴は試しに言ってみた。

「――んなわけないだろ」

 夏樹は昴の言葉に鋭い眼差しを向ける。

「あ、ごめん」

 予想以上の反応。

 やはり、そんな訳は無かったのだ。

「さて、どうするっかな・・・・・・」

 左手で後ろ髪をわしゃわしゃすると、夏樹はため息をついた。


 この姿は困っている時。

 中学時代にも困り事があった時、こんな顔をしていた。

 実はその困り事の大半が雪に関わることだったりする。



 ――こうして、夏樹と雪がスワンに加わった。


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