第4話 始まりのスワン(3)
月曜日。
午後六時。
喫茶店スワン。
店へと入ると、入り口にいた可愛らしい白のメイド服を着た女性に店内を案内される。
「あのー、すみません。僕らは今日からバイトなんです」
あまりにも申し訳なくて、声を掛けるのがテーブルの手前になってしまった。
「えっ――。ああ、なるほどー。それはごめんなさい」
そう言って女性は左掌に右拳を乗せ、納得した顔になる。
そして、笑顔で昴の背中に手を当てると、従業員用の扉の方へとゆっくりと押していった。
――何というか、凄く和む。
可愛いメイドさんが僕の背中を押している。
「あ、大丈夫です。場所はわかりますから」
「大丈夫です? そのー、わざとじゃないですからね・・・・・・?」
「ん? わざと?」
「そのー、お客さんと間違えてしまったことです」
「あー、それは気にしていないんで大丈夫ですよ」
むしろ、こんな可愛いメイドさんと関われて光栄である。
「あら。それは――良かったです」
安堵したように微笑むと女性はフロアへと戻って行った。
「凄い可愛い」
呆然とする昴の隣で美沙兎は感心したような顔をする。
「そうだね」
「昴」
珍しく無表情で美沙兎は言った。
「ん?」
「そのー、さっきの人好み?」
どうしてか美沙兎は不安そんな顔をしている。
「好み・・・・・・?」
「好き・・・・・・?」
ゆっくりとアンテナが横に揺れた。
「んー、可愛いとは思うけど、好き・・・・・・とは違うかな?」
可愛い。確かに好きではあるけど。
微妙に違う気がする。なぜだろう。
「――そう」
「どうかしたの?」
そんな質問をするなんて珍しい。
どうしたのだろうか。
「ううん。私の気のせい」
そう言うと美沙兎は従業員用の扉を開け、先に中へと入っていった。
「あ、ちょっと待って」
昴は慌てて美沙兎の後を追う。
数分後。
「ねえ、昴、どう?」
女子更衣室から出た美沙兎は不安そうに言った。
メイド服。
白のエプロンに黒のロングスカートのクラシカルな雰囲気。
「んんっ。そのー、可愛いよ?」
昴は一瞬ふらつくと、少し腰を低くして自身の態勢を立て直した。
決してその可愛さに心を撃たれたわけではない。
ダメージは大きかったけど。
「昴は・・・・・・、何かしっくりくるね」
瞬きを繰り返し、美沙兎はまじまじと昴を見る。
「そ、そう?」
ただの執事服のような服装なだけなのだが。
執事服。
でも、どこか動きやすい構造をしていた。
「その――仕える感じ?」
想像しているような顔で首を傾げる。
「えっ、誰に?」
仕えるとは――。
僕が誰かの執事になると言うことだろうか。
「誰だろう・・・・・・。わからない」
言った美沙兎は曖昧な顔をする。
「えー、わからないの・・・・・・?」
「きっと、お姫様なんじゃないかな?」
遠い誰かへ向けたような言い方をして、美沙兎は少し不機嫌な顔になった。
「おっ、もう着替えたか」
厨房から戻ってきた秋悟は昴たちを見て、途端に嬉しそうな顔になった。
「あれ? 秋悟も同じ服装なの?」
僕と同じ服装だ。昴は素直に驚いた。
「そりゃ、俺もお前と同じ仕事するんだから、当然だろ? 俺だけ、スーツで厨房にいるのはおかしいだろ」
「まあ、それは――確かに」
厨房の仕事であのスーツは汚れてしまう。
まあ、当然のことか。
「それにスーツでうろうろするなって、芙美さんに怒られたところだしな・・・・・・」
「芙美さんって?」
秋悟から幼馴染の女子以外の名前が出るなんて珍しい。
「えっ? ――ああ、紹介していなかったな。芙美さんはスワンの店長だよ」
「店長? そういや、店長さんにはまだ会ったことないよな?」
当然、この店にも店長がいるはずだし、バイトとして入るのに店長に挨拶していないのは、相手からしては大変失礼な話だ。昴は焦り始める。
「いや――会っているんじゃないか? 少なくともさっき会ったと思うぞ」
そう言うと秋悟は眉間にしわを寄せ、右手を口に当てた。
「ええっ、いつ?」
僕らは秋悟にしか会っていないはずだ。
店長みたいな人に会った記憶は無い。
「あれ、芙美さん入り口にいなかったか?」
「入り口・・・・・・? ――もしかして、あの可愛い人?」
今日会った秋悟以外のスワンの従業員を思い出す。
そんなまさか――。
昴は内心そう思っていた。
「ああ。そのメイド服を着た可愛い小柄な女性だよ」
「ええええええっ。嘘だー」
あんな可愛い人が店長だなんて――。
そりゃ、冗談だろ、秋悟。
「いや・・・・・・、それが本当なんだよ。あの人、あれでもアラ――」
秋悟は困った顔で昴に説明をしようとする。
「――白鳥くん?」
すると、昴の背後で冷たい声が聞こえた。
「え、芙美さん・・・・・・?」
昴の背後にいた芙美を見つめて、秋悟は驚いた顔をする。
「ねえ、白鳥くん。私が? 私があれでも? ――何かな?」
冷たい眼差しを向け、芙美は秋悟へと近づいていく。
何というか、修羅場。
そんな雰囲気が事務所を包む。
「――いえ、何でもないです」
呆然と瞬きをして秋悟は言った。
「ふーん・・・・・・。まあ、いっか――。それで君が昴くん――か」
秋悟の前で少し呆れた顔をすると、昴の方へ振り向く。
「あ、はい。そうですが・・・・・・?」
突然下の名前で呼ばれて昴は驚いた。
こんな可愛い人に下の名前で呼ばれると、ドキドキするのはなぜだろう。
「――初めまして、鷹城昴くん」
改めまして――。そう言いたげな顔で芙美は言う。
「初めまして・・・・・・?」
昴は不思議と芙美とは初めて会った気がしなかった。
気のせいか――。
会っているなら記憶に残るはずだ。
この可愛さは。
「桜木美沙兎さんも、初めまして」
「初めまして」
芙美の可愛さに思わず、美沙兎は見とれる。
「うん。私が喫茶店スワンの店長の野口芙美(のぐちふみ)です。よろしくね」
芙美は昴たちに笑顔を向けた。
「「よろしくお願いします」」
昴たちは芙美に向け、一礼する。
――こうして、僕らのスワンが始まった。
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