梅の巻

第13話 定められた運命

「はぁ……はぁ……」

咳と共に血を吹き出しながらも立ち続ける無名。

体は既に限界に達しており、骨から震えている。

視界は歪み、支えの鞘を手放せばそのままに倒れてしまいそうである。

切れども視界は端から端まで敵で満ちている。

――戦え。太刀を損じれば小刀を、小刀を損じれば鞘で、鞘を損じれば素手で

「戦場では……、誰も待ってくれないのだから」


いつかの風景。それは彼女の悔いであり未練。未だ燻る焔の薪となる怒り。

咳を込み、襖の先に移る雪景色に登る狼煙を見つめ、静かに涙を流していたある日。

――誰も彼も帰ってはこなかった

一人、また一人と姿を消していった。

黎明の時が終わりゆくのを、ただ眺めることしか出来なかった。

――戦えなければ、彼の隣を歩くことさえ叶わない

「×××、お前は本当に刀が似合わないな」

――私は、私は……


「行かないで!」

手を伸ばすも、いつかの景色はなく。そこには天井と薬の匂いだけがある。

途端に痛む体に、眠っていたのだと気が付く。

「あんまり動くと傷口が開くぞ」

「貴方は……」

ソラたちとの出会いの日に別れた個性的服装の女性・シンの姿であった。

「ソラ殿たちはどこに……。いえ、彼らは戦に勝利出来たのでしょうか……?」

「……さあな。ただ、それどころじゃないってことだけは確かだ」

「……?」

「ここも時期に戦場になるだろう。見てみろ」


重い体を起こし、促されるがままに窓の外を眺める。

「こ、これは……。どうして……どうしてこんなことに!」


× × × × × ×


「さて、これはどういうことですかな」

「ぐぬぬ……」

絶対的支配者・千寿ツクヨの退却により形成は覆った。

横領の証拠を街に拡散すると共に追い詰め、悪事の暴露がなされた。

牢へと運ばれる中で、大名はソラを睨み続ける。

「よそ者め。偽善で大局を壊してもいづれツケが回るぞ」

確かに不安は尽きない。問題の解決にもなっていないかも知れない。

それでも、一つ。たった一つでも状況が好転したのなら、後悔なんてしない。

ソラはピースサインを向け、歯をむき出してニッと笑う。

「その時も、諦めないで良くなるように頑張りますよ」


「私(俺)は、最後まで自分を捨てない!」


ああ、そうだったな。

見たことがあると思っていた。


随分と姿を見なくなった男の顔を思い浮かべていた。

蒼き誠を背負い、赫き刀で悪を正す。

その者たちの先に立ち、導く正義を体現したかのような男の姿。

「名前は、確か……」

いや、そんなことはどうでもいい。

ワシも頭が固いようだ。二度も意地の張り合いで負けるとはな。

「小僧、老いぼれの戯言を聞いていけ」

「はい……?」

「よく見極めろ。誰が乱し、誰が望む世界であるかを」

「……」

「前提を疑え、言葉を信じるな。全ては行われた事実にこそ姿がある」

――もしかすれば、など賭けてみるのも悪くないだろう

「ワシも一つ、勝負と行こう」

理解できていない様子のソラを見て、大名は笑い声をあげながら消えていく。

「その為に現れたのだろう?の」


・ ・ ・ ・ ・ ・


大名の件が終わり、無名を改めて探したが見つからず。

一先ずはリョウマの所に戻ってみる事にした。

(カエデも見てないし、流石に見つかったってことだよね?)


探偵事務所へと戻るも人気はない。

放置されたままの書類、かけられたままのコート。

冷たくなったカップに残る濁った珈琲。

(誰もいないか……)

この状況がいつからのものなのかもわからない。

ただ立ち尽くしているだけの所に、扉が勢いよく開かれる

「大変大変大変たいへーん!」

美月が息を切らしながら膝に手をついて整えている間に、次はアズキが現れる。

「主様、ご報告が」

「えっと、どうしたの?」

「藤の国にて襲撃者が現れました。たった二名と規模はそれほどなのですが……」

「ですが……?」

「その襲撃者は、主様が度々口にしていたと名乗る者でして」

「え……?」

言葉を理解できなかった。

混乱している間に美月が息を整え、話を再開する。

「朝から私たちの所と侍たちの所に新撰組からの襲撃!」

――そして

「きゃああああああああああ」

「なんだこいつら!」

「いやああああああああああ」

窓から悲鳴と共にあちこちで破裂音や爆発音、金属のぶつかり合う音が聞こえる。

衝動的に窓の外を眺めると、そこにはこの世のものとは思えない姿の怪物が複数。

――妖怪

そう呼ぶのが適切だろう。絵本や書物でみたことのある怪物。

首がくねくねと伸びているもの。一つ目玉に手足のついたもの。

鬼面を被り金棒を担ぐ巨大なもの。三日月のように鋭い三つに割けた尻尾を持つイタチ。巨大な布が二足を持ち、細い目で睨むもの。

その数は凄まじく、百鬼夜行という文字が脳内に連想された。

「妖怪を使役しているのは……?」

「同じ怪奇なるもの・鬼。すなわち梅の国やろね」

ミコトが爪を噛みながら、にらみつけ呟く。


(なんでこんな突然に、一斉に……?)

皆がソラの顔を見つめる。

――私がしっかりしなければ

「……」

答えを煽る表情は、ソラの曇っていく表情から次第に不安に変わる。

「私は……」

――こんなことでへこたれるな。がんばれ!がんばれ!がんばるんだ!

「くっ……」

拳を握りしめ、何も出てこない自分への怒りに震える。


「何ぐずぐずしてるの!まずは目の前の事から!」


!?


「ほら、早く行く!もたもたしてる間にどんどん事態の収拾がつかなくなるわよ!」


突然としてどこからか現れた桜模様の着物を纏った女性がソラの手を握る。


――To be continued.




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