第12話 修羅

アズキが影分身の術で美月と仙月を、本人がソラと無名を抱えて倉庫に辿り着く。

すぐに安静かつ人目に付かない所に隠れ、無名を床に寝かせる。

「想像以上に傷が深いです。すぐに治療をしないと……」

咳をなんとか抑えながら苦しむ無名。アズキが手持ちの包帯で止血の応急措置をしている中で、ソラのトランシーバーが鳴る。

声は次郎ではなく、ケイだった。

「どうしたの?」

「先生、合流したいところでしたが悲報です。汽車は襲撃を受け、身を隠している状態なのですが、そちらに増援が向かっているようです」

「こっちも黒い法被の人たちに襲撃を受けて無名が負傷してる」

「幸いこちらに隊長格はいませんでしたが、新撰組の者であることは変わりません。なんとか到着して無名さんの処置をしますので、先生たちは早急に進んでください」

「でも……」

肌が焼く音が鳴り響き、苦しむ無名の姿を見て決断できずにいた。

居ても出来ることなど限られているというのに。

「ケイ殿の言う通りです。ここに居ては好機を逃します。彼女たちを信じましょう」

手を引くアズキの手を、ソラは払う。

「主様……」

「アズキ、私を担いで走れるかい。多分私が走るより早いだろ!?」

「はい!」

「無名、すぐにケイたちが来て治療してくれる。それまでなんとか耐えてくれ」

「……ええ、時間は一刻を争います。早く行ってください」

そのまま返事なく、アズキたちは全速力で目標地点へと走っていく。

背中が見えなくなった頃に、汽車から足音が集まる。

無名は柄を杖代わりに使い立ち上がり、刀を構える。

「本当に情けない」

ですが、決して彼らを追わせない。

歯を食いしばり、痛みを塗りつぶす。

凡そ100人程の黒い法被に身を包む者たちが無名に気づき刀を構える。

「今は余裕がない。稽古のつもりが誤って殺してしまうかもしれない」

その目は追い詰められた獅子のそれによく似ていた。

逆境に震える獣の鋭い眼光。見覚えのあるその視線に一歩退いてしまう。

「覚悟して踏み込め。この首、安くはないぞ!」


・ ・ ・ ・ ・ ・

風のように迷うことなく走り続けるアズキ。

後ろに続く美月と仙月も中々の速さであるが、一向に並ぶことはない。

「人抱えてこの速さって……」

「ニンジャってやっぱり凄いんだね!」

最短距離で走り続けること10分、目的地に着き、ソラを床に下ろす。

「警備一人いませんでしたね。この先に椿姫がいるのは間違いありません」

「……行こう」

覚悟を決める時間さえ惜しい。再度彼らが現れない保証もない。

両手で襖を開くと、その先にも襖があった。

灯り一つない暗い部屋。畳と襖だけの空間に一歩を踏み込む。

誰が開けた訳でもなく、一人でに開かれる襖。

その奥に見える襖も、その先にある襖も、次々と勝手に開かれていく。

10を超える襖が開かれたその先は真っ暗闇。

少しずつ近づいていき、その暗闇に踏み込んだ時のことである。

「来たか、変数」

一声と共に、最奥に対に立つ蠟燭が2つ同時に灯る。

紫の炎を揺らして、一組、また一組と奥から灯っていく。

それは左右にも展開していき、部屋が次第に照らされていく。

煌びやか、されど無駄のない御殿の奥に座する者が一人。

――三味線の音と篠笛の音が奏でられる

「千寿ツクヨ、君はどうして」

「言葉は不要だ。武を持って私に価値を示せ。話はそれからだ」


体を起こし、首元に刻まれたひし形の翠色の宝石が輝く。

宝石から全身に赤い線が伸びていき、指先に届いた頃、伏せていた瞳を開く。

「結局3対1かあ。いけるかな……」

「やるしかないだろ。ダメだったら死ぬだけだ」

「奥の手はあります。いざとなれば二人は逃げてください」

三人が武器を構えツクヨを睨む。

刀に手を添えるも、なかなか抜刀されない。

ここで止まるなら、どの道先はない。期待しているぞ」

両方長身の刀を抜き、交差させてこちらに構える。

「千寿ツクヨ、戦闘態勢に入りました。来ます」

――紫電一閃


構えてすぐに放たれた驚異の一撃。

畳を焼き焦がしながら向かってくるそれは、放たれた事に気づいた時には3歩先。

「土壁の術!」

畳から突然として土壁が立ち、一瞬を作る。

完全に防ぐものとはならず、すぐにひびが入る。

美月と仙月が互いの槍を交差させ、くるくると回し始める。

――雷操の舞

土壁が崩れると共に向かってきた雷は双槍にまとわれ、先端を上に向けると円を描いて回り始めた。

もう一度槍を交差し、遠心力で投げるように体をねじると、先端に付いた雷をツクヨへと打ち返す。

放った後、こちらに走っていたツクヨにそれは直撃した。

刀で受けることも叶わず、力なくそのまま吹き飛んでいくツクヨ。

バリバリと襖と畳が喰われるように削れていき、奥壁にぶつかると共に雷は消えた。

そのまま煙を上げ、立ち尽くすツクヨ。

本人の技とはいえ、喰らえばひとたまりもないだろう。

予想外にも一瞬で勝負がついたかと思っていたがアズキたちは構えを解かない。

垂れた髪で隠れた表情、無表情のままだった口元がニヤリとだけ笑う。

――その表情は喜びに満ちていた。

期待するように、楽しむように、ツクヨは無言のまま再び刀を構える。

「次だ」

「タフだねえ……」

「敵の必殺は封じたも同然。数の力で有利とれてるといいんだけど」


足元から空気中に稲妻が弾け、静電気はやがて眼に見える程の電圧となっていく。

足が次第に雷へと成っていき、体に刻まれた赤い線が一層強い輝きを放つ。

――来る

距離にして60mはあるだろう。

しかし、その距離を一瞬にして詰められ、ツクヨの刀は既に振るわれていた。

目で追う事さえ叶わない速さの一撃はソラの首へと向かっていた。

刀が首筋に触れた。しかし、それ以上進むこともなかった。

ソラの体から煙が立ち、床に切れ目の入った丸太が転がる。

――変わり身の術

そのまま背後からクナイを突き刺そうと低姿勢で突き進むアズキ。

すかさず美月と仙月が顔と足首目掛けて槍を振るう。

回避不能の連携の一撃、ゆっくりとした時間の中で確実に向かう攻撃。

ツクヨの表情はそれでも笑っていた。

時間が止まったかのように感じた。

自分たちが何も出来ない時間に、ただ行動を見ているだけの時間。

千寿ツクヨは、その0より早い時間の中で動いている。

正面に伸びる槍を右手で弾き、足首に伸びる槍を蹴り上げ、背中に迫るクナイを横に避ける。3つの工程を一秒以内にこなしてみせたのだ。

それは既に人の域を逸脱しており、生きている時間さえ違うのかと絶望した。

――彼女は未だ本気を出しておらず。遊んでいたにすぎないのだと

「槍使いに忍術使い。いい動きをするな」

賞賛の言葉をかけるも、それは強者によるねぎらいの言葉程度のもの。

その差に戦意を失ってしまいそうな程。

しかし、諦めても結末は同じである。であれば、やれることをする。

アズキは既に次の行動に移っており、分身が尻をついている間にそれを囮として頭上からの攻撃を構えていた。分身の方も手裏剣を投げ、足につないでいた糸を引き、美月たち側からも飛びクナイの弾幕を放っている。

――もう一度

美月と仙月も諦めることなく左右に展開し、もう一度突きを放つ。

3方向から更に増やした全面からの攻撃。

次は雷で落とされる。

床から根のように伸びる電流は分身を消し、クナイと手裏剣を落とす。

一瞬動きが鈍ったアズキの足を掴み、それを美月と仙月に振るう。

そのまま3人束ねられて壁へと吹き飛ばされ、ツクヨはその間に構えをとる。

先ほどのタメのない紫電と異なり、廃寺で放たれた溜めの一撃。

この城ごと消し飛びかねない一撃。

空気に雷が溜まりはじめ、肌に痛みが走る。

建物全体が揺れ、ツクヨを中心として地面からえぐれていく。

体を起こすことも間に合わず、諦めかけている美月と仙月。

印を組み、何やら術を用意しているアズキ。

しかし、それも間に合わずツクヨの刀が掲げられる。

「急ぎ過ぎたな」

――紫電

刺突の構えに入り、雷が刀に纏われていく。

――いっ

だが、それは放たれずに消滅した。

「はい、そこまで」

ツクヨの首が綺麗に線を描くように滑り落ちた。

ぽたっと音を立て、体が床に倒れる。

首は床に落ちてもなお、こちらを睨みつけている。

何事かと硬直していると、紫色と黒色の煙幕が湧きたち、何者かの姿が見える。

「何度いうたらわかるん?殺したらあかんいうたよね」

郷楽マコトである。

首元から両手で救い上げ、見つめ合う二人。

「もうええよ、後はウチがやる。帰りまひょ」

「……すまない」

そのままツクヨの顔と体はマコトが現れた時と同じ煙に溶けるように消えた。

そして、こちらを向きニマリと笑う。

「これで暴君は落ちた。晴れてより椿の国には平和がもたらされたなあ」

「どういうつもり……?」

マコトの行動の意図が一切読めず、混乱するばかりである。

「徴収されてた食料とかは、倉にあるから持ってき」

「……」

「からくり達に関しては……。資料館でも漁るとええよ」

「答えてくれ、郷楽マコト。何の為に僕たちを助けたんだ」

「初めから敵になったつもりないわあ。助けるのは当たり前やろ?」

話がまったく噛み合わない。

「もう少しだけ頑張ってや、旦那はん。そしたら全部教えたる」

「……」

そのまま奥へと小さい歩幅で進んでいくマコト。

そして、足を止め振り返る。

「足元に気を付けとき。巧みな狐が潜んでるかもしれんからねぇ」

――ほななぁ

あまりにも突然に、郷楽マコト一人の手によって幕は閉じた。


美月、仙月、アズキとソラ。

誰もが気持ちの整理をつけられぬままに俯く。

そして、しばらくたったあとにケイたちと合流したのだが、無名の姿がなかったとの報告を受けた。言われた通り人気のなくなった屋敷を漁り、資料館では大名たちが資産を税として横領していることなどの記録書、倉庫では新鮮な状態のまま保存されていた食料を見つけた。

結果として解決した一件は、心になんとも言えない不安を残した。


―― 桃楽龍宮編 椿の巻 完 ――

         梅の巻へと続く





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