第9.5話 また明日

明日の作戦の為に英気を養う為の宴。

組織として動いている大将の元に集った侍は30人程度。

ツクヨは部下を持たない孤高の王であるため、全員でぶつかることができる。

数がわからないからくりたちを除いて総員36人対1人の戦い。

しかし、数の力をもってしても、圧倒的1人に不安が尽きない。

皆が酒に酔い、クルミたちも話している内に眠りについた。

誰もが明日に賭け、少しでも体を休めようとしている中で、

ソラだけは眠りにつけなかった。

外の空気を浴びながら、綺麗な三日月を眺める。

雲一つない、街灯もない、街はずれだからこその星空。


すっかり気にもしていなかったな。


ずっと太陽が昇るスローン。

ずっと月が昇るドミニオン。


裏世界に位置するはずの桃楽龍宮は昼も夜も存在するのだ。

そんなことに今更気づく程に、皆気持ちが張り詰めている。

「やあ」

「マリアも眠れないの?」

ミシミシと床を踏みしめながら、こちらにゆっくりと歩くマリア。

「別に、一人は寂しいから寝ているだけで、寝る必要はないからね」

「そっか」


そのまま何も言わずに体がくっつくほど隣に、マリアが座る。

「怖いかい」

「……怖いよ」


自分の行いが正しいなんて言いきれない。

もしかしたら、戦わずに済むかも知れない。

勝手な気持ちで行動して、彼女たちを危険に晒しているかもしれない。

進めば進む程に、後に引けなくなる。

後ろを振り返る度に、もしこの先が間違いで、行き止まりだったらと怖くなる。

「全てにおいて絶対なんてない。きっと他の選択をしても、同じ悩みを抱える」

「それはそうかもだけど……」

「らしくないぞ高木ソラ。これまでの自分の軌跡を信じないでどうする」

「……」

「誰もが気まぐれで君に続いている訳じゃない。君が為した事を、君の意志を、君が示す未来を手に入れたいと望んだからこそ、皆が君に力を貸しているんだ」

「だからこそ、背負うものが増えたからこそ、怖いんじゃないか……!」


頬に冷たい鉄が触れる。

幻覚だとわかっている。だけど、それは手に見える。

小さくて、細くて、傷だらけの少女の手に見えるのだ。


「皆で力を合わせれば、壁を壊せるかもしれない。その先がないかもわからない」

――共に悩もう、共に挑もう、共に折れ、共に乗り越えようじゃないか

「君の旅はまだ終わりじゃない。そうだろう?」

「マリア……」

「例え、壊した先がなくても、作ればいいじゃないか」

「科学者にしては随分と夢見たことを言うんだね……」

「私は科学ロジカルを嫌い、科学ロマンを愛しているだけさ」


その言葉は、かつての自分へと向けたものでもあった。

一人で挑み、一人で絶望し、一人で終わりを迎えた愚かな科学者に向けた助言。

「……」

マリアの鼓舞は、確かにソラに届いた。

根本的な不安を消すことは出来ない。

それでも、不安それを塗りつぶすほどの勇気を持つ事は出来る。

「マリアも大事な生徒だよ」


頭を撫で、微笑む。

ソラの表情から曇りが晴れたとわかると、マリアはソラの手をそっと払う。

「あーあ、生徒を口説くなんて破廉恥な教師だね」

「そんなわけじゃ……」

「二人きりでいると何をされるかわからない。やっぱり寝るとしようかな」

そう言って、彼女は軽やかな足取りで戻っていく。

「ありがとう、マリア」

その背中に、聞こえない程度に呟く。


マリアは、時々ヴァリアスで感じる違和感を感じさせない。

ありふれた表現をすると、どこにでもいるソラの知る人間なのだ。

彼女の過去も、いつぞや見た格納庫とやらも、何も知らない。

それでも、特別ではない故の特別があり、似た部分を感じる。


――いつか、彼女の心も救える日が来ますように

空に祈りを捧げ、されどその願いは必ず自身の手で機会を掴み取ると誓う。

雲が現れ、星空が覆われていく中、一つの流れ星だけが一層輝いて見える。


「おやすみ先生、また明日」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る