第8話 笑止千万、されどその想いは
「××××!こっちだよー!」
「こらこら、前も見ずに走ると転んでしまうよ」
「あはは!大丈夫大丈夫!」
――やめろ
「私で……、私なんかでいいの?」
「必ず、君を幸せにしてみせる」
――やめろ
「ほら見て、私たちの子供だよ」
「ああ、玉の様に可愛い愛娘だ」
――やめろ
「××××、大丈夫。だから、ほら、泣かないの」
――やめろ
「×××マ」
「××ウマ」
――やめろ
「リョウマ」
「ッ!」
体中から吹き出る汗。
軋むように疲労を訴える全身の筋肉。
口を開けて寝ていたのか、渇ききった喉。
どれだけ拒もうと、忘れようとしても離れない記憶。
何度失えば許されるのだ。何度狂えば忘れられるのだ。
汗もそのままに、仰向けから足を床に下ろし座りなおす。
「……カエデは帰っていないのか」
人の気配を感じない静寂に包まれた部屋。
「残された記憶は少ないんだ」
普段着から軍服へと着替えながら、その瞳には覚悟が宿っていく。
――例え、全てを犠牲にしてでも叶えなければならない
「約束したのだから」
――例え、その果てにこの身が朽ち果てようとも
「為せばならぬ」
――リョウマ、もういい。もういいんだよ
まやかしの幻聴が、都合の良い夢が楽になろうとする。
そう、これは幻聴だ。この期に及んで、僕はまだ逃げようとしている。
「甘い夢はもういい。残酷な現実を直視しなければ」
僕は、罪人だ。決して許されることのない罪を犯したんだ。
――彼女の最後の願いを叶えるという一つの夢以外、他に何もいらない。
「そう誓っただろう」
陰からあふれ出す黒い渦が、もがき苦しむようにうねる。
軍帽を深く被り、目を伏せる。
どこまでも冷たく、目的の為に、男はどこかへと歩いていく。
・ ・ ・ ・ ・ ・
細かく刻まれた階段の先に、玉座だけが置かれた部屋。
煌びやかに宝石や金で装飾された部屋。
価値観が歪みそうになる。
――これのどこが貧困なんだ
侍たちが確かに口にした、共に苦しむ者の姿、ソラが想像していたものとは大きくかけ離れていた。
「何用だ」
金の袴に金の羽織、金の扇子に金のちょんまげ。悪趣味な程、己の裕福さを顕示したいのが伺える服装のからくりが玉座から声を返す。
「大名様に提案がございます」
「申してみよ」
高圧的な空気が離れず、言葉を放つたびに痺れるような感覚になる。
「この国は侍、からくり共に椿姫の独裁によって苦しんでいるとお伺いしました。
このままでは貧困に両者倒れ行くだけ、彼女に話を聞いてもらう為に協力して頂けないでしょうか!」
疑心が透けて見えたのか、大名は「ふん」とソラの話を笑う。
「それ即ち、戦でツクヨ様をねじ伏せると同義であろう」
「いざとなれば、そうなるかもしれませんが……」
「断る」
「なっ、お待ちください」
「またぬ。元より椿は力こそ全ての国。頂点に立つのは最も強き者。負け戦に挑む間抜けがどこにいる」
「……」
「それに、反逆者となれば生活はますます苦しくなろう。我もまた守る立場にある者。貴様の気まぐれに踊らされるほど軽い意志でないわ!」
子供じみた理想を、夢の話を語る者に対する容赦のない現実。
「これを姫に告発すれば、それなりの報酬が貰えるやもしれぬな」
話はない。立場を弁えよ。そう言うようにソラ達を煽る大名。
しかし、ソラも引き下がることができなかった。
「それじゃあ何も変わらないままだ。その場凌ぎじゃ、何の意味もない!」
「勝利すれば潤うのは世の常。何故、あやつめが独裁者として在り続ける事ができるかをよく考えろ」
ああ、彼の言いたいことはずっと変わらないのだろう。
「強さじゃ。この国では強さが全て。裁けるものがいないからこそ、従うのだ」
「……」
「そうすれば、これ以上の地獄を味わうことはない」
「それこそ、約束されてない未来じゃないか!」
怒りのままに、飛び出した言葉に大名がすぐに返す。
「貴様の言う下剋上こそ、不確定要素ばかりではないか!」
理想と現実はいつだって混ざり合わない。誰もがそう諦めてしまう。
だけど、それでも、混ざりあうその日まで、諦められない。
奇跡でも、魔法でもいい。その一筋の光に辿りつくまで。
「私(俺)は、最後まで自分を捨てない!」
ソラに重なる何者かの影が見えた。その圧に気圧されたのか、大名が唸る。
大名の言い分を理解していないわけではない。
不確定要素と不確定要素によって願う明日と、不確定ながらも約束された今。
これまでもそうしてきたように、彼は変わらない日々が欲しいのだ。
結果的に全てを失うことになろうとも、今全てを失うよりはマシであると。
その諦観を、ソラはどうしても許すことができなかった。
それは、人を従える身にないからこそのものかもしれない。
だが、何故か絶対に受け入れることができない。
彼はそれを知っている。その結末を知っている。
果てに待つ絶望と、どうしようもない後悔と嘆き。
――最悪の未来は、もう懲り懲りだ
一寸たりとも逸らさない眼差しに、恐怖すら感じた大名は指を鳴らす。
「子供の泣き言は聞き飽きた、やるなら好きにせい。わしらは関与せん。失せよ」
武装したからくりたちが、対に並び×の形に押しだす。
それでも、ソラは目を逸らさなかった。
どうする事も出来ず、そのまま外へと追い出され、立ち尽くす。
「熱くなりすぎだ。少し頭を冷やそう」
マリアの言う通りだ。気を使っての労いの言葉に、ソラは睨みで返してしまう。
すぐに虚しさとやるせなさに塗り替わり、俯いてしまう。
「ごめん。事前に言われてたのに」
こうなってはまたの機会はないだろう。からくりたちとは完全に相いれない。
自分の後先の考えなさに嫌気が差す。
「元より不可能と諦めていたこと。私はソラ殿に感謝しています」
無名がペットボトル替わりであろう穴の開いた竹を渡してくれる。
「諦めていたからこそ争い、考えるのやめていた。そんな救いようのない我々の為に怒り、抗おうとしてくれたのですから」
「そうかな……」
納得できないでいる自分も嫌いだ。
いつまでも落ち込んでいられない。ダメなものはダメと割りきり、切り替える為に頬を叩く。
「あのぉ……」
そんな所に、聞きなれない声が一つ。
「盗み聞きで申し訳ないのですが、話はお伺いしました」
人の姿をしているが、関節のいたるところが人形のようだ。
「私は次郎、戦場で指揮をとる総長であります」
「これはどうも……」
「侍との終わりなき戦の日々に、嫌気が差していたのは我々も同じ。結末が変わらないのなら、私も最後まで抗いたい。仲間の為、家族の為に諦めたくありません」
作り物の
「それに」と無名の方へと視線を向け、微笑む。
「侍の皆も同じ気持ちでいてくれたこと、現状を変えようとしていることが嬉しい」
「次郎殿……」
「ならば、この身も共に参ろうではありませんか。カラクリ総出とはいかなくとも、戦に身を置く者は皆同じ気持ちであります」
ソラと無名に伸ばされた手。握った腕は冷たくも、熱い。
「力が支配するのが椿、野蛮でこそあるも、力によって反旗を翻すのもまた必然」
細くも繋がれた糸、ソラの叫びは確かに届いていた。
「まずは、兵士たちを集めて情報共有としましょう。さあ、こちらへ」
早足で先を歩く背中を、ソラは止まってみてしまう。
「どうやら無駄ではなかったみたいだよ?」
表情はないが、笑ったようにこちらを向くマリアに、ソラも思わず微笑んでしまう。
「うん」
「本番はここからだけどね」
「わかってるって!」
「ちょ、ま、まって」
マリアの手を引き、おいてかれないように走り出した。
「浮いてる!浮いてるってー!」
――To be continued.
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