第7話 進

「それで、わざわざ一人で戻ってきたのかい?」

「……」

「君は、もう少し後先を考えて行動できると思っていたがね」

「うるせえな。あいつがいなくともやることはやってやるよ」

「はあ、君は自分の立場というものを何も理解していない」

ため息とともに、気だるげに、雑に、革製のソファーに腰を落とすリョウマ。

硝子のコップに積もる氷が水に融和し、からんと音を鳴らし崩れる。

「あ?」

ただ無言でにらみ合う時間が生まれ、セミの鳴き声だけが激しさを増す。

「無くてはならぬ。故にここまで手をかけているんだよ。彼らなくして終点には辿りつけない」

「相変わらずだな、くっせえポエムは聞き飽きた。直接的に言ったらどうだ?」

「野蛮な猿とは気が合わないね。君一人、どれだけ足掻こうと無意味だと言ってる」

「んだと……?」

互いの向ける視線に鋭さが増し、今にも殺しあいが始まりそうな重い空気が漂う。

「筋書きにたどり着くまで、13日の泡沫は何度でも繰り返される」


リョウマの回りくどい言い回しに苛立ちが限界に達した。

シンが短刀の柄に親指を添え、抜き出そうと標準を定める。

「これで571回目。君が僕に殺意を込めて刃を振るった回数だ」

「なっ……」

目にも止まらぬ速さで、シンはリョウマの右目にナイフを突き立てたはずだった。

しかし、彼は顔を上げる事なくその刃を中指と人差し指だけで止めて見せた。

「あまり僕を失望させるな。辛抱がいつまでも利くと思わないほうがいい」

指圧だけで刃はガラスのように砕け、破片が床へとこぼれていく。

「どうやら彼らは期待通りらしい。明日には椿姫の元に辿り着くだろう」

――ブツン


電源が落ちたように、全てが黒一色となる。

次第に、夢をみていた事に気づき、意識が鮮明になっていく。

日が昇りはじめ、冷たさの中にぬくもりが混ざった風が頬を撫でる。

髪を揺らし、土と植物の香りが鼻を刺激する。

――あれは、いつのことだったかな

記憶と日付が結びつかない。すっきりとしない気だるさの中、シンは体を起こす。

「言われなくても、俺だってやらねえわけにはいかねえんだ」

――なにがなんでも、例え誰を犠牲にしてでも成し遂げなければならぬことがある

空に早々と流れていく雲に手をかざし、実体のない空気を握っては放す。

「これは、俺の物語だ」



雀の無く頃に廃寺を後にした。

皆で歩き続けること数十分、商人たちが声を張り始めた。

急ぎ足でどこかへ向かう者、宛てもなく彷徨う者。

赤、青、紺、緑、牡丹柄、金魚柄、着物の色や柄を数えながら歩き続けた。

そろそろ一時間が経とうとした頃、ようやくたどり着いた。

「ここが……、からくりの街」


「すまねえ。ついていってやりたいが、やるべき事は尽きねえ。代わりといっちゃなんだが、無名を連れて行くといい。腕は確かだからな」

侍たちにも日常がある。飢えぬように、今日も今日とて明日の為に命を懸けるのだ。


「なんだか、先ほどの景色とは別世界ですね」

ケイが思わず声を漏らす。

それも不思議なことではない。事実として目の前に映る世界は異質なものだった。

侍と同じくして貧困に苦しむ民。藁の家や穴の開いた襖を誰もが想像していた。

しかし、そこはドミニオンにも似た景色のものだった。

暗闇が張り付いた鉄の空、しかし街並みは電気によって輝く灯に照らされている。

歯車が煙を吹きだしながら動き続け、干しもの竿のように家から家へと伸びたワイヤーを伝って、扉や何かの鉄製品を運び、一カ所へと集まっている。

「本当に、この国は貧困なのか?」

発展国。そう呼んで差支えないほど近代的な街並みは思考を鈍らせる。

「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!いいオイルがはいっております!」

「さあさあ!安いよ安いよ!うちのパーツはいつでも安くて丈夫だよー!」

こちらも活気があることは同じだった。

彼らもまた、明日の為に今日を必死に過ごしているのだろう。

大きくそびえ立つ城に向かって進む先、裏路地への道や半ばに転がるゴミ箱に倒れこむからくりたちの姿があった。

瞳を意味するであろう二つの電球が点滅し、ぐったりと仰いでいる。

声をかけても返事が返ってくることはない。

わざわざ騒ぎたてられることもなく、怪奇な目を向けられるだけ。

そう、確かにここも困窮した街なのだ。


人がどれだけ声をかけようとも、彼らは反応を示さない。

しかし、マリアだけは仲間として認識されているようだった。

「やあやあ、お待たせ」

「おかえり。任せっきりになってすまないね」

「なあに、これくらい安いもんさ。私は天才美からくりだからね」

(なにその言葉……。どう反応したらいいの……?)

おかげで情報は集まり、やはり高く聳え立つ城。始めに目標地点としていた場所が、この街を、からくりたちを代表する者が座する場所であるとのことだ。

「この子が、会合の場を取り繕ってくれるそうだ」

Cの形をしたレンチで、示すそのカラクリはちょんまげを結っていた。

「話は聞かせて貰ったぞ。商談だそうで」

上手くマリアがつないでくれたものだ。無駄にするわけにはいかない。

「はい。争う以外にも出来る事はありますから」

「なーはっは!面白い冗談を言いなさる!とうに我々は幸福ではありませんか。どこに争う理由がありましょう!」

違和感はあった。しかし、これ以上の会話は誤解や揉め事に繋がりかねない。

愛想笑いで場を凌ぎ、黙って案内されることにした。


「旦那様」

「ああ、よいぞ」

扉の奥から大名の返事があり、どうぞと腰を折る。

静けさと不慣れな場のせいか、体がこわばっていたのだろう。

マリアに足をつつかれ、耳を貸せと指示される。

「あくまで協力を仰ぐだけだ。決裂も大いにあり得る。多くを語りすぎるなよ」

「ありがとう」

拳を強く握りしめ、改めて誓いを思い出す。

第一優先はクルミたちの安全だ。無理はするな、最善の策を常に探すんだ。

深呼吸。つま先で靴を詰めなおし、頬を叩く。

「よし」

空腹に涙を流す少年の顔を思い出し、瞳に炎がたぎる。

「失礼いたします!」


――To be continued.


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